28話 好きなものは……
東国のトップ校の一つであるカルディナ校。
その生徒は、後に国を支えることになる重要な財産だ。
しかし、どんな宝石も磨かなければ輝かない。
そして、輝かない宝石はただの石ころと同じである。
それ故に、生徒を磨くヤスリのような役割を担う教師は、それ相応の力、トップ校の教員ともなれば、騎士隊長クラスの力が求められる。
片山徹は速さをメインとした戦いを好まない。どちらかと言うと、どっしり構えて相手の隙を窺い、狙い澄ました一撃を入れる戦いを得意とする。この戦い方は、相手の攻撃を確実に防ぐ高い防御力と、相手の隙を見逃さないための、高い集中力が終始求められる。よって、当然のことながら付け焼き刃で使える戦法ではない。だが、習得してしまえば、これほど安定感のある戦法は他になく、相手にすれば、これほど厄介な敵はいない。
徹は長い訓練の末、このスタイルを自分のものにしていた。
先に仕掛けたのは零だった。
走って間合いを詰めながら体勢を低くし、左手を軸とする回転を加えた回し蹴り。
ダッシュによって生じる前方の力と、回転による遠心力を利用した、零の十八番とも言える強化。
さすがの徹も片腕だけでは衝撃を殺し切れない。
もう一本の腕も防御に回し、両足を地に押しつけて耐えると、攻撃後の零に生じた僅かな隙に右の拳をねじ込んだ。
対する零も、危機を感じると同時に動き出す。
軸にした左手を地につけたまま、上半身を限界ギリギリまで反らして徹の拳をやり過ごすと、そのまま後ろに手をつき、バック転の要領で回転しながら蹴り上げた。しかし威力が期待できないその蹴りは、丁寧にガードされる。
(……やりにくいな)
向き合って数秒で、零は徹のスタイルを完全に理解した。と同時に、戦い辛い相手だと思った。
まず、決定打が入らない。
今の零にとって、これは致命的なことだった。
外見からも分かる通り、徹と零では、筋力的にも体力的にも徹が上回る。よって、普通に戦っていたら、先にスタミナが切れるのは零の方だ。さらに、体格的なものもあり、零はガードという手段を持ち合わせていない。
零は、戦い方を変えることにした。
一方、徹は零の対応の速さに感心していた。
特に最後の距離の取り方。
あれでは体勢が崩れた零に追い打ちを仕掛けるどころか、ガードで精一杯だ。
(末恐ろしい子供だ……)
それは紛れもない、心からの賞賛。
相手が生徒であることを忘れてしまいそうな精神の高ぶりを、徹は深呼吸で抑えた。そう、あくまで相手は生徒である。
そこで、零が仕掛けてこないことに気付いた。
痺れを切らし、今度は徹が仕掛ける。
空いた距離を猛然と詰め、拳にその勢いを乗せる。零はそれを冷静に見極め、低い姿勢で以てかわすと、未だ前方への勢いが残る拳の内側へと潜り込んだ。その行動に驚いた徹は、とっさに体を捻り、肘打ちで撃退しようとする。しかし、さらに低い姿勢でそれを避けた零は、限界まで曲がった膝を一気に伸ばした。
避けるのは不可能だと判断し、徹はすぐに腕を交差させて零の掌底を受け切るが、殺せなかった分の衝撃は、徹を大きく後ろに下がらせた。
(浅いか……)
零は、手ごたえに不満を感じた。
どうやら徹は、零の掌底が届く直前に体を後ろに反らし、勢いを軽減させていたらしい。期待したほどの威力はなかった。
「おお、教師を吹っ飛ばすか」
「余裕がないんですよ」
好戦的な笑みに、零は苦笑いした。
そのハイレベルな組手を見ていた他の生徒の反応は、目を見張ったり、溜息をついたりとさまざまだった。
しかし、緊迫した空気は、思いがけない徹の一言で、たまち霧散した。
「……よし、合格だ!」
「は?」
何が? という疑問を浮かべる。
そんな零の肩に、笑いながら手を置いた。
「天戸、お前に教えることはない。よって、俺の助手をしてくれ」
「……随分とまた突然ですね」
「知っての通り、この学校は生徒が多い。それに比べて、教師の数は極端に少ない」
それは零も認める事実だ。
カルディナ学校の教員の数は四十五人。クラスは一~四学年で合わせて四十クラスなので、ほとんどの教員が担任を持っていることになる(故に、合同授業が多い)。確かに、忙しいことに間違いはないだろう。
「授業を効率よく進めるためだ。手伝ってくれ」
零はこのとき、「自分が楽をしたいだけでは?」と思ったが、口には出さなかった。また、自分をAクラスに上げた理由が何となく分かった気がした。
◆◇◆◇◆◇
翌日の昼、言われた通りに生徒会室へと向かった。
結衣と芽衣は、家で稽古があるので、生徒会活動など不可能である。名残惜しそうにはしていたが、そこはしっかり理解していた。
「で、リリは結局やるの?」
「ん~ 家にいてもやることないし」
零、明、瑠璃の三人は、早めに(零以外)昼食を済ませ、廊下を歩いている。
「俺が入学する前にも、誘われたことあったんだろ? 何で急に?」
「い、いやっ ホラ! あの時は知ってる人がいなかったし!」
「? まあ、そんなもんか」
瑠璃の焦り方に、ちょっとした違和感を感じたが、特に触れなかった。
そんな零の態度に、瑠璃は内心でホッと息をつく。
前に、「本音は?」とターナにさんざんからかわれた瑠璃にとっては、零の淡泊な態度は、非常に有り難いものであった。
そんなやりとりをしている間に目的地、4階の突き当たりにたどり着いた。
見た目は普通の教室と変わらない。
プレートに書かれた、「生徒会室」という文字を確認し、ドアを開ける。
「失礼しま……」
カチッという音と共に、何かが外れる音がした。
横から一本の矢が、零の頭に向かって超速で走り抜ける。
零はそれを、半ば反射的に掴み取った。
「……面白くないわね~」
教室の奥から声が掛かる。
藤本千鶴だ。
カメラを手に、悔しそうな顔で指を鳴らした。
その横には宮城進と、零の知らない女子生徒が座っている。おそらく、三人目の役員だろう。
「何ですか、このオモチャは」
「……オモチャ?」
驚いている明に、飛んできた矢を見せた。
先端に小さな吸盤が付いている、どこにでもあるような玩具だ。
瑠璃は最初から分かっていたようで、別に驚いていなかった。
「『頭に矢が刺さった天戸零』ってタイトルで、パソコンのフォルダに保存しようと思ってたんだけれど、失敗したわね」
「趣味悪いことしないで下さい」
「ま、いいわ。皆さん、生徒会へようこそ」
昼休みという、限られた時間だからだろうか。千鶴は無理矢理に話題を切り替えた。それなら最初にイタズラをしなけりゃいいのに、と思いながら、零たちは苦笑、無言、会釈という、三者三様の反応を返した。
「じゃ、知ってると思うけど、まずは簡単に自己紹介するわね。私は会長の藤本千鶴。で、こっちが副会長の宮城進。ちなみに、私も進も4-Aに所属してるわ」
「……すまないな。千鶴の悪ふざけを止めてやれなくて」
呆れたような顔をしながら謝罪する真面目な副会長に対し、
「先輩の苦労が分かった気がします」
零は労りの言葉を掛けた。
「その横にいる胸が大きい娘は、書記の柳沢葵。クラスは2-A」
「か、会長! 変な紹介しないで下さい!」
抗議しながら立ち上がったのは、天栗色の髪をした少女だった。
背は瑠璃より高く、明よりは小さい。
「以上三人です」
二コッと笑う千鶴を見て、葵の抗議は受け入れられていないことを悟った。
「えーっと、私達も自己紹介した方がいいですか?」
「あ、別にいいわよ。あなた達のことは、既に知ってるから。何か質問はある?」
話を振られて、零は気になっていたことを葵に尋ねた。
「柳沢先輩、2-Aってことは結衣と?」
「あっ はい。結衣さんとは仲良くさせて頂いてます」
「なるほど、そうでしたか」
「零さんの話も、よく聞いてますよ?」
そう言われれば、誰だって気になるだろう。
そして、それは零とて、例外ではない。
「……具体的にどんな?」
「んーっと、そうですね~」
葵は、人差し指を形のよい顎に当て、考えるような仕草をした。
「『零君の料理はおいしい!』とか」
これは、前に月下家に言った時の話だろう。
確か、リゾットを作った記憶がある。
「『零君はやっぱり強い!』とか」
強い? 模擬戦の時の話だろうか。
「『零君は鈍感だ!』とか」
これは全く分からなかった。
前に明にも同じようなことを言われたが、何か関係があるのだろうか。
「あら、天戸君は料理ができるの?」
「まぁ、ちょっとしたものなら作れます」
「……零、あれは『ちょっとしたもの』とは言わない」
「あ、私も明ちゃんに賛成」
千鶴の問いかけに対する、零の何気ない返答は、一緒に暮らす明と、かつて手料理を振る舞ったことがある瑠璃によって、全力で否定された。(零の料理が「普通」だと思っているのは、彼のみである)
「じゃあ、零さんは何が好きなんですか?」
葵の純粋な疑問に、零は困惑した。
端から見れば、至って当たり障りのない問いである。
しかし、基本的に食事を取らない零からすると、学校どんな問題よりも難問であった。(ただし、小説の問題は除く)
相当焦っていたのだろうか。
零の返答は、爆弾発言であった。
「……え~と アカリの手料理です」
これは、お世辞でも何でもない、零の本心である。
特に好きなものも嫌いなものもない零の中で、「おいしいもの」にカテゴライズされたものと言えば、それしかなかった。
しかし……
「っ!/////」
その台詞は、明の白い肌を真っ赤にさせ、瑠璃を落ち込ませ、さらに現生徒会役員の三人をも気恥ずかしくさせる力を持っていた。
「え、えっと天戸君? そういうラブラブ発言は外では控えてくれないかしら……」
「いや、そういう訳ではないんですけど…… ただ事実を言っただけと言いますか」
零の食生活を知る瑠璃はともかく、(それでも彼女は胸のモヤモヤに現在進行形で苦しんでいるが)何も知らない人間が理解できるはずもない。
あの千鶴までもが、若干恥ずかしそうにしているところを見ると、今の発言は相当マズかったようだと、ようやく事の重大さに気付いた。
対して、その様子を見た葵は、親友である結衣が言っていた『零君は鈍感だ!』という台詞の意味を、早々に理解した。
この後、前の席が零であることもあって、明は授業に集中できず、苦しむことになる。
これで5月は終わりです~
おかしいな、進行が遅いぞ…
感想お待ちしております~