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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
30/90

27話 飴と鞭

少し遅くなりました。


誤字脱字があったら教えて下さい~

 零の夜は長い。

 それは当然、彼が「睡眠」という、生物に必要不可欠な行動を拒むためだ。

 別に眠気がないわけではない。その証拠に、時々座ったまま浅い眠りに落ちる。それでも問題なく生活できるために、眠らないだけだ。

 普通では有り得ない。

 睡眠を取らなければ、精神的にも肉体的にも深刻な障害が出ることは、医学的にも証明されている。だからこそ、零の体質は異常といえた。(本人に言ったら、何を今更、と自嘲気味に笑うだろうが)「時間がない」と嘆く人々がいたら、おそらく零の体質を非常に羨ましがるだろう。睡眠時間を全て活動時間に変えることが出来れば、一体どれほどの時間的余裕が生まれるだろうか。

 しかし零は、自分の体質を「便利」と感じたことは一度もない。時間を掛けて「やりたい」と思えることも、「やらなければならないこと」もない。莫大な時間を、特に何をするでもなく、ボンヤリと過ごしていた。


 退屈だ、とは思わない。

 そんな感情すら持ち合わせていない。


 時計の秒針以外に音がない、真っ暗な空間。

 その空間で、ただ一人静かに過ごす。


 そんな夜を、毎日繰り返していた。

 学校では決して見せない、色のない瞳で。


◆◇◆◇◆


 6時半になると、明が起きてくる。

 身だしなみは既に完璧だ。パジャマのまま髪はボサボサ、しかも欠伸を連発しているなどの光景は見られない。人のことは言えないが、本当に今まで寝ていたのか疑問に思うほどだ。(前に大目玉を食らっているので、わざわざ確認してみる等の愚行を犯すつもりはないが)

 その後は朝食を取る。

 前回の反省(零は『玉ねぎ事件』と呼んでいる)を踏まえて、朝も最低限の量は食べるようになっていた。今では明の料理の腕も上達し、普通の食事ならほとんど作れる。

 余談であるが、彼女の部屋には、最近料理のらしいものが増えた。「見せて」と頼んでも、「駄目」と言って見せてくれない。その時、彼女の顔が真っ赤に染まっていたのだが、零にその理由は分からなかった。


 準備が済んだら学校へ向かう。

 再び余談であるが、零は自転車を持っていない。

 その理由は主に二つ。

 一つ、いざという時に身動きが取れない。

 二つ、走った方が速い(笑)←この記号は、本人が笑いながら(どや顔とも言う)瑠璃に語ったことに由来する。

 しかし、明はそういうわけにもいかないので、かつて自転車を一台購入することを提案したのだが、意外にも(?)彼女はそれを断り、零と並んで登校することを選んだ。(彼等は気付いていないが、その際に男女問わず、さまざまな視線を向けられている)


 今は明と一緒に登校中。

 いつもと変わらない日常だった。

 後ろから待ち構えたように、藤本千鶴が姿を現すまでは。


「お早う、天戸君に明さん」


 何の用か、とは聞かない。

 朝歩いている所に挨拶をされて、それに冷たい返事をしたら、客観的に見て千鶴に同情の余地があるだろう。それが分からないほど鈍くはないし、馬鹿でもない。しかし、普段どこか悪どい(?)笑い方をする彼女が、年頃の普通の少女のように爽やかに笑っているところを見ると、慣れない分余計に怪しく見えてしまうのは仕方がなかった。


「「……お早うございます」」


 考えていたことが同じだったのかどうか確認する(すべ)はないが、見事に明とハモる。


「あら、朝から息ピッタリね。仲が良くて羨ましいわ」

「それはどうも」


 千鶴の言葉に、明は一瞬頬を朱に染めるが、零は態度を崩さない。


「会長、今日はお早いですね」

「ええ、少し話したいことがあるのよ」

「話したいこと?」

「まずは……テストのことね」


 ここに来て、ようやく千鶴がいつもの調子に戻った。普通ならば安心するところだが、タイミングがタイミングなだけに大した安心材料にはならず、むしろ零の不安を煽った。嫌な予感が脳裏を掠める。


「天戸君、今回のあなたの小説の点数は12点。またもや赤点よね」

「……そうですね」


 それで終わりではないことは明白だった。でなければ、彼女がわざわざ零を待ち構える理由がない。


「そこで、あなたの成績をつけるにあたり、母はある決断を下しました」

「母? ああ、藤本(デーモン)香織先生ですか。似てますね」

「よく言われるわ」


 なんとか話を逸らそうと試みるが、時間稼ぎにしかならない。

 千鶴は気をとり直したように、零に顔を近付けた。


「あなたには、休日や夏休みも補習を受けていただきます」

「……決定事項ですか?」

「勿論よ」

「………」


 ハァ~と盛大な溜息をついた。

 別にやることはないので構わないが、これから何度もあの面倒な補習を受けなければならないと考えると気分が沈む。

 隣にいる明も、ほんの少しだが寂しそうな表情を見せた。感情を表にすること自体が珍しいので、その様子はどこか儚さを感じさせる。


 と、そこで違和感を感じた。

 これでもまだ、千鶴が待ち構えていた決定的な理由にはならない。そんな話は学校に行けば分かることであり、わざわざ千鶴から聞くまでもない話だからだ。まさか、母親から頼まれたわけではないだろう。

 零は、考えうる限りで最も可能性がありそうなことを口にした。


「……それで? 俺が生徒会役員になれば、俺にどんな利点があるんですか?」


 明が驚いたように零を見る。

 対して、待ってましたと言わんばかりに、千鶴は二ヤリと口元を曲げた。

 どうやら当たりらしい。


「本当に話が早くて助かるわね」

「もしかして、補習を免除してくれるんですか?」

「それは無理ね。ただ、建前なら作ってあげられるわ」

「建前?」

「そうよ」


 千鶴は先ほど近付けた顔をさらに近付けた。小声で話しても聞こえるようにするためなのだが、端から見れば、いかがわしいことをしているようにも見える。身長は零の方が高いので、千鶴は上目使いになっていた。彼女も、美少女と言って差し支えない容姿をしているので、普通の男子生徒なら卒倒してしまうかも知れない。そう、普通なら。


「具体的にはどう言えば?」


 しかし、(色々な意味で)普通ではない零に、そんな色仕掛け(本人にそのつもりはないだろうが)はまるで通用しない。尤も、アカリと同居していてもドキドキせず、逆にドキドキさせている(ここだけの話である)零にとっては当然のことかも知れないが。


「そうね、簡単に言うわ。例えば、補習と生徒会の仕事だったら、生徒会の方が優先されるわ」

「つまり、生徒会の仕事があるから補習に出られないと言えば良い、と?」

「その通り」

「休日は?」

「生徒会の書類で忙しいって言えばいいのよ」

「藤本先生はそれで納得してるんですか?」

「当然でしょう。私の母よ?」


 心底楽しそうに笑う千鶴を見て、「蛙の子は蛙」という慣用区の通り、デーモンの娘はデーモンだったと割と失礼なことを考えた。


「そうだ。明さんもどうかしら? これから神無月さんも誘う予定なのだけれど」

「……私?」


 ここで、零と千鶴の距離の近さに、非常に不機嫌になっていた明は、嬉しさと同時に軽い焦燥を覚えた。それは、自分が入らなければ、零と瑠璃の距離が縮まるという、嫉妬に近い感情だった。千鶴の飴と鞭の使い方に、密かに舌を巻く。

 零にとっても、親しい人が近くにいれば気が楽であり、悪い話ではなかった。


「……負けました」


 零は苦笑しながら両手を上げた。降参の意である。藤本香織の力もあったが、今回は千鶴の方が一枚上手だった。


「入りましょう」

「良い返事が聞けて良かったわ。正式な手続きは明日済ませるから、それまで待っててね。明さんも、その気になったら生徒会室にいらっしゃい」


 千鶴は今日一番の笑顔を見せた。

 裏を感じさせない、綺麗な笑顔に、零もつられて笑みをこぼした。


◆◇◆◇◆


 さて、これらのことは全て、授業が始まる前の朝の時間に行われていたことである。朝に激戦を繰り広げたからと言って、授業が無くなるわけはない。校内模擬戦が終わり、いよいよ本格的な実戦授業が始まっていた。

 授業は主に「体術」と「魔術」に分かれ、日によって変わる。それは担当の教師の指示に従うことになっていた。

 尚、AクラスならAクラス同士で、学年をまたいで合同で行われる。下の学年の者は先輩から刺激を貰い、上の学年の者は強い責任感が生まれる、なかなか良いシステムだと、零は賞賛した。

 今日は1学年と3学年の合同で、「体術」の授業である。

 零は校庭の端で、瑠璃に今朝のことを話した。


「まあ、そんな訳で生徒会に入るから」

「私も誘うって言ってたの?」

「言ってたよ。どうする?」

「零が入るなら、私も入ろうかな~」


 そんな簡単な理由でいいのか? と思ったが、口には出さなかった。

 ちなみに、彼等は校庭の端でサボっているわけではない。

 瑠璃の場合は、例外的に体術の授業が免除されている。

 それには零も賛成だ。

 彼女に体術など必要ない。瑠璃に指一本でも触れることが出来れば、一国の騎士隊長どころか、中央(セントラル)に配属される警備団の長を名乗れるだろう。それでもお釣りが来るかも知れない。

 瑠璃に触れたら、火ダルマになるか、雷が落ちるか、氷人形になるか、風に切り刻まれるか、地中に生き埋めになるかの、どれかを辿ることになる。どれになるかはその時の瑠璃の気分次第だ。(あくまで戦闘中のことであり、日常ではそんなことはない)

 一方零の場合は、然るべき相手がいないからだ。

 唯一、この中だと芽衣が「然るべき相手」に当てはまるが、今彼女は他の女子の相手をしている。そのため、まるで見学者のようになっているのだった。


「天戸、今は暇か?」


 見れば分かりそうなことを聞いてきたのは、前担任の片山徹だった。

「暇ですけど、どうしました?」

「俺と組手でもやってみないか?」


 意外な提案だった。徹の目には、純粋な好奇心が宿っているように見える。やはり、この先生の精神年齢は低いと、根拠なく確信した。

 とは言っても、別に断る理由も道理もない。

 折角の「体術」担当教師のお誘いを受けないのも失礼だろう。


「いいですよ」


 零は快く承諾した。


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