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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第三章 歯車とパズルのピース
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25話 動く歯車

皆様、地震は大丈夫でしょうか。

 七年前 六月十七日十四時五十七分


「こちら本部管理室。第一研究所、応答願います。こちら本部管理室。第一研究所、応答願います。………駄目です! 完全に音信が途絶えました!」

「第一研究所の様子は!?」

「未だ爆発の危険性があるそうです。無闇に近付くのは危険かと」

「クソッ! もしかして他国に知られたのか!? これは極秘のはずだぞ!」

「確認を急げ! 国に《暗部》の要請を!」


 本部は大混乱だった。

 大勢の人間が青ざめた表情で走り回り、無線機を相手に怒鳴っている。誰もが夢ではないか、という淡い期待を抱いていた。しかし、それは幻想であることを、疲れで痛む足と手が証明していた。


「情報が入りました! 目標、ロスト。生態反応……なし」


 無情なデータが画面に写し出される。それと同時に、走り回っていた人間は呆然と立ち尽くし、書類の束は力無く床に広がった。


「何故……」


 手で顔を覆い、椅子に腰を下ろしてうなだれたのは、この研究所の総責任者である原道雄(はらみちお)だ。その顔は蒼白で、目には絶望の色を宿している。初めての事態に、どうしたら良いのか分からなくなっていた。釣られるように、周りの研究員も俯く。

 その時だった。

 静まった空気を裂くように、電話の着信音が響いた。

 場に緊張が走る。

 原博士は、震える手で通話のボタンを押した。


「はい……」

『私です』

「っ! あ、天戸先生!!」


 目ん玉の眼球が飛び出して、反対の壁に激突しそうな声を出した。その声を聞いた人間も、驚きで目をボールのように丸くする。

 天戸博士と言えば、若干15歳で博士号を獲得し、その後も国に仕えてさまざまな研究を完成させた天才だ。(ちなみに女性である)世間では一般に「創造者」の異名で知られ、本名な伏せられているが、研究者なら知らない者はいない。この研究所の創設者でもあり、そんな人物から直接電話が掛かってきたことに動揺するのは当然と言える。


「も、申し訳……」

『いえ、そんなに固くならないで下さい。ちょっと確認したいことがあっただけですから。それで? 「零号」はどうなりました?』

「……ロストしました。原因もまだ分かっておりません」

『ふうむ、やっぱり(・・・・)ですか』

「は?」


 相手が偉大な上司であることも忘れ、原博士は素っ頓狂な声を出した。てっきり今回の失態の責任を追及されると思っていたので拍子抜けしてしまったのだ。と同時に、彼女の言葉に疑問を持った。

 やはり(・・・)


「あの、天戸先生……」

『今回の事故は皆さんには何の責任もありません。なるべくして起こったことです』

「しかし、原因がはっきりしない現状では何とも…」

『原因? そんなものはありませんよ。全部アレ(・・)が引き起こしたことです』

「引き起こした? まさか! 自力であの研究棟を脱出したということですか!? 有り得ない!」


 驚愕に顔が歪んだ。彼はまだ8歳なのだ。確かに、この前の実験では、騎士隊長クラスの人間を7人同時に相手し、掠り傷ひとつ負わずに見事勝利して見せた。あれには驚きを隠せなかったが、今回のは規模が違う。もはや自然災害の域に達している。いくらなんでも不可能だろうし、そんなことをする意志も理由も、あの生き物にあるとは思えない。


『有り得ないと言っても、実際に起きたのです。現実から目を背けてはいけませんよ、原博士。アレに常識は通用しないのです。皆様はそういう存在を造り上げたのですよ?』

「………」


 第一人者(スペシャリスト)の言葉に口を閉ざす。反論する材料は持ち合わせていなかった。そもそも反論する理由はない。彼女が言うことに間違いがないことなど分かっていたが、とっさに否定してしまったのだ。


「すみません……」

『いえ、構いませんよ。ところで、「壱号」の方は変わりありませんか?』


 突然の話題転換に、原博士は眉をひそめた。実は電話をしてきた本来の目的はこちらだったのではないかと思わせるほどの不自然さだ。

 天戸先生は最近、頻繁に『壱号』の様子を知りたがる。この前も、それに関するデータを送ったばかりだ。「ただの人間を造る」というコンセプトの割には、異常な執着ぶりだった。それについて、前から不思議に思っていたのだ。

 不思議と言えば、『零号』が成功した後すぐに『壱号』の実験が始められたことや、試作体の『零号』は戦闘用なのに、『壱号』は違うことも、よく考えればおかしな話だった。


「異常はありません。あるとすれば、以前送った『零号』にない奇妙なデータですが……」

『それは問題ありません。当然のこと(・・・・・)ですから』

「では正常です」

『分かりました。「零号」はこちらで回収しておきます。原博士は混乱を鎮めて、事態の収拾を図って下さい』

「回収……ですか?」

『こちらに任せて下さい』

「……了解しました。ではお願いします」

『じゃっ 失礼します』


 そのまま電話が切れた。あまりの呆気なさに、近くにいた研究員も口をあんぐりとあけている。

 天戸先生は今回のことを知っていたようだった。全く驚いた様子はなかったし、予定通りだと言いた気な雰囲気すら感じさせた。こちらがとんでもないパニックになっているにも関わらず、だ。


(何かがあるのかも知れない。私がまるで知らない何かが)


 原博士は、燃え上がる第一研究所をモニター越しに見ながら、他人事のように考えた。


◆◇◆◇◆


 人生に「突然」は付き物だ。

 別に「ジェットコースターのような人生」などと大袈裟に言うつもりはないが、物事はいつも突然やってくる。だからこそ、その一瞬一瞬を心に刻み込むのは、とても重要なことだと思う。そうしないと、あまりにも儚く消え去ってしまうから。


「天戸、お前は今日からこのクラスじゃないから」

「…………は?」


 いきなり担任に拒絶された。


 …………………


 いやいやいやいや、おかしいだろう。

 今の流れは明らかにおかしい。


「あのー 先生、俺が何かやりましたでしょうか?」

「やっただろう。女子とあんなことやこんな……」

「やってません」

「夜中にいきなり服を脱ぎ……」

「脱いでません」

「まあ、そんなwa☆keで……」

「どんなwa☆keですか?」

「お前は今日からAクラスだ」


 …………………ああ。


「これは先生方の全員一致で決まった。お前がどうしても嫌なら考えるが……どうする?」

「もしかして、委員会から苦情でも来ましたか?」

「……鋭いな」


 零の予想は当たっていた。

 先生方は隠していたつもりかも知れないが、この前の大会で、零の戦闘力を測っていることなど、最初からとっくに気付いていた。

 尤も、悪い話ではない。

 明も芽衣もいるから、この際、移動してしまうのもいいかも知れない。別にクラスがどこだろうと、興味はない。


◆◇◆◇◆


「うふふ、ようこそ天戸君」

「あ、天戸零!」


 ……………

 入室早々、最悪の歓迎を受けた。


「やっぱEクラスに帰ります」

「「待ちなさい!」」


 腕を掴まれて、逃走は見事失敗する。

 失念していた。

 Aクラスには古池淳(バカ)藤本香織(オニ)がいたのだった。


「ダメですよ。もう名簿は新しく作り直しちゃったんですから。002A 天戸零 今更変更は許しません。早く自己紹介でもして席に座って下さい」

「俺は今日、クラス変更の話を聞いたんですけど」

「君、断らないでしょう?」

「…まあ、そうですね」


 零の意志を聞く前から、事は決定事項だったようだ。若干不愉快な気がしないでもないが、零の性格をしっかり把握していたことについては流石と言える。諦めて簡単な自己紹介をした。知らない人間はほとんどいないと思うが、形式というやつだろう。(その時、女子生徒の目が輝いていたことは横に置くとする)


◆◇◆◇◆


 席は前と同じ、廊下側の後ろから二番目の席になった。後ろは明である。これは、五十音順の並びから考えると必然だった。このクラスに移ったことの利点の一つと言えるだろう。芽衣の席は少し遠いが、やはり知り合いがいるというのは良いものだ。以前のクラスでは、誰も話しかけてこなかった。(畏れ多くて、話しかけることを躊躇っていたのだが、零が知る余地もない)


「それにしても…早かったわね」

「Aに上がるのが、ってこと?」

「うん」

「苦情がきたらしい。主に委員会と、たぶん卒業生の人からも。リリの時もそうだったみたいだから、俺の場合(二回目)は早めに手を打っておいたんだと思う」

「あー なるほどね」


 頷く芽衣はどこか楽しそうだ。


「よう、天戸零! 覚えてるか?」

「?」

「あれ、熊沢君?」

熊沢善之(くまざわよしゆき)……だったか?」

「そう! 覚えててくれたのか。良かったぜ!」


 零たち三人の会話に遠慮なく割り込んできたのは、先日零が予選で戦った相手だった。名字のように、熊のような体格で、豪快に話しかけてきている。きっと誰に対してもこんな調子なのだろう。気を使わなくて助かるが、イニシャル通り、KYかも知れない。こんな体格のくせに、弓使い(アーチャー)だというのは、世の中間違っていると思う。(見た目に合わないだけで、実力は十分だったが)


「いやー それにしても、お前がこのクラスに来るって藤本先生から聞いた時は驚いたぜ~ 戦った時はもっとビビったがな!」

「そんなに驚くことか?」

「ああ、そりゃあな! 月下さんなんて跳ね……」

「ちょ、スト――――――ップ!!」

「明さんだって机か……」

「!!」


 善之は芽衣と明に口を押さえられる格好になった。端から見れば美少女二人とじゃれ合う幸せな少年(動物?)に見えなくもないが、呼吸も満足にさせて貰えなさそうなところを見ると、ただの(動物)虐待かも知れない。まあ、自分で言ったことだから、自業自得か。口は禍の門、とは昔の人はよく言ったものだ。


「むぐっ ごっ むー!」


 零は苦笑しながら、「美女と野獣」を見据えた。


◆◇◆◇◆


 ―――東の小国「シンラ」


「なあ、首領(ドン)は本気なのか?」

「ああ、間違いない。近々出る予定だそうだ。明日には『ステアーAUG』10式を乗せたトラックが到着するらしい」

「戦争でもするつもりか?」

「いや、あの人のことだ。何か考えがあってのことだろう。お前等だって分かっているはずだ」


 仲間の言葉に、一瞬で沈黙した。

 行き先のない自分達を受け入れ、匿ってくれた首領に対して、彼らは海より深い恩義を感じていた。今生きているのも、あの人のお陰だ。


「俺はあの人に従う。あの人がやれと言えばやるし、そのためなら命も惜しくない」

「俺もだ!」

「もちろん!」


 松明の光が揺れる中、彼らは拳を固め合った。



 無情にも、歯車は回り出す。



読んで下さっている方、全てに感謝です!

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[一言] 以前この作品を読み、零とかが出てくる作品とは覚えていたのですが、それ以外忘れてました。この女性研究員の登場でこれだったと確信出来ました。2度目も楽しんで読みたいです。やっぱり面白いなぁと思い…
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