24話 黒い企み
第3章です。
おそらく、最長の章になると思います。
面倒(?)な大会を経て、昼のひと時。
いつものメンバー、零、明、瑠璃、結衣、芽衣は食堂にいた。
正直言ってかなり目立つ。
「得体の知れない1年」の称号を獲得した零、謎の白髪美少女転入生の明、(元)無敗の女王の瑠璃、【雷切】の孫の結衣と芽衣。
男女比は考えないことにした。
当初は、周りからの視線が気になったりもしていたが、「仲がいい奴が偶々女子だった」と割り切り、今では開き直っている。自慢ではないが、彼女達以外に心を許せる人間は、この学校にいない。一部の男子生徒から見れば、きっと自分は嫉妬の対象だろう。4人とも容姿はかなり整っているし、瑠璃や結衣は入学してから今まで、結構な数の告白を受けているらしい。おそらく、明と芽衣も、これからそうなるだろうが。
(なんか俺、場違いだな)
零本人は、自分の容姿に全く自覚がない。
「ん?」
ふと、人影がこちらに近付いてきているのを感じた。
零の集団はあまりにも個性的な面々で、話しかけてくる生徒など今までにいなかったため、かなり珍しいことだった。……実は、それが月下姉妹の企みだったりもする。
「こんにちは、天戸君」
「藤本会長と宮城副会長? こんにちは。どうされました?」
やってきたのは藤本千鶴と宮城進だった。
「少しいいかしら」
「ええ、構いませんよ。生徒会のお誘いなら断りますが」
零が先手を打った。
この二人が零に話しにくることなど限られている。かつて瑠璃も勧誘された、という話を聞いていたため、自分もされるのではないかと思っていたのだ。そして今は丁度大会も終わった時。タイミング的にはピッタリだろう。
「あら、用件はわかっているみたいね。話が早くて助かるわ」
零の予想は当たっていた。やはりお誘いのために来たようだ。しかし、零の先制パンチが効いているかどうかは甚だ疑わしい。まるで断られるのが分かっていたような口ぶりである。
「天戸零君、あなたに生徒会役員になって貰いたいのです」
「そうですか。お断りします」
何とも言えない空気が漂った。千鶴も零も、お互いに笑っているが、それは心からの笑みではない。腹の内を探るような笑みだ。周りにいた人間も脂汗を滲ませながら、その光景を見つめる。
実際に、零は生徒会の仕事などやりたくはない。いつ任務が入って欠席することになるか分からないし、そんな状態で引き受けるのも、明らかに無責任だ。
「理由を聞いてもいいかしら?」
「逆にお聞きします。なぜ俺を指名するんですか? 他に適任の人ならいくらでもいるでしょう」
「あら、あれだけの頭脳と戦闘技能を持っていて何を今更?」
千鶴が楽しそうに言う。
「その二つの要素と生徒会の仕事の関係は?」
「まず一つは書類処理能力。いわばデスクワークね。生徒会は学校の行事等に、予算や人員を割り当てて、正確かつ効率的に事を進める必要があるわ。もちろん限られた時間内で。頭の悪い生徒には出来ないことね。二つ目は抑止力。人間は通常、自分より力のある存在には逆らえない生き物よ。それは単純な力的な意味合でも、権力という立場的なことでも。逆を言えば、自分より力のない存在には従わない。この点についても、あなたは合格ね。全校生徒の前で、あれだけの力を示したから。最後は、カリスマ性かしら。この点も、あなたはまるで問題ない」
予め用意していたのかと思わせるほど、スラスラと言う。零はそれを、変わらぬ態度で接した。このような場では、あいての空気に呑まれたほうが負けだ。同時に、空気を自分のものにした者が勝者となる。零は千鶴の主張を全身を耳にして聞き、一つずつ潰していくことにした。あくまで変わらぬ口調で。
「書類処理能力の件ですが、俺は今までにデスクワークというものに携わった経験がありません。正確かつ効率的に進める必要があるのなら、不慣れな俺では本末転倒です。それに、学力はあくまで筆記試験の結果であって、生徒会の仕事とは何の関係もないかと。次に、抑止力の件ですが、それは生徒がやらなくても、先生がいるのですから、特に問題ないと思われます。おそらく、教員に逆らえる生徒などいないでしょう。そして最後のカリスマ性ですが、俺には何のことだかサッパリ分かりません!」
「「ぶっ!」」
見ていた生徒の何人かが飲み物を噴き出した。聞いていた千鶴と進がポカンとした顔で零を見つめ、アカリ達は呆れたような顔をした。
しかし本音だ。解せないものは解せない。
零は、自分が生徒を引っ張っていく力があると思えないし、皆がついてきてくれるとも思えなかった。
「神無月さん、彼、まさかいつもこんな調子?」
「……はい、まあ」
「そう… 大変ね」
なにやら意味深なことを言って瑠璃から目を逸らす千鶴。
「ふふ、私、ますます君が欲しくなっちゃったわ」
「…何故ですか」
「今日はもう時間がないから引き返すわ。また後日勧誘しにくると思うけど。進、行きましょう」
「いいのか?」
「また来るって言ってるでしょう。とりあえず今日のところは、よ」
そのまま二人は去っていった。
「ふい~ 乗り切った」
「レイ、そんなに生徒会に入りたくないの?」
「当たり前だろ。学校の雑用を好き好んで引き受けるほどお人よしじゃないよ、俺は」
はっきりと零が言う。そもそも、なにかに拘束されるのが嫌だった。只でさえ、色々なことに自由を縛られているのだ。これ以上増やしたくはない。と言っても、何をするわけでもないのだが。
「瑠璃、生徒会って今何人?」
「3人かな… 書記と会計が空いてると思ったけど」
それを聞いて納得した。いつから会長をやっているか知らないが、その二つの席に零と瑠璃を入れるつもりだろう。大体、今まで3人でやって来れたなら、今更増やすまでもないと思う。いや、それより驚くべきことは3人でやって来れた事実の方か。どうやら、千鶴達はかなり優秀な生徒会役員のようだ。
「そ~いえば、もうすぐ中間試験だね~」
「うっ」
結衣が爆弾発言をした。それは零が考えないようにしていたこと。
「零君はまた赤点かな~?」
「そうね、楽しみだわ」
「いや! 今回はない!」
「……根拠は?」
明に問われ、自信満々に説明する。
「あのな、補習を受けて分かったことだが、俺は小説が苦手なわけじゃない」
「えっ そうなの?」
「……リリ、そんなに驚かないでくれる?」
「だって…」
「ん~ じゃあ何が苦手なの~?」
「それはな……」
全員の視線が集中する。
「『恋愛小説』が苦手なだけなんだ!」
高らかに宣言した。
場が静まり返る。
「前回のテストは恋愛小説が題材にされた。だから俺は全く分からなかったし、それも仕方がなかった。だがおそらく! 二回続けて恋愛小説が題材になることなど天文学的数値に等しい。よって、今回は出ない! ならば、俺が赤点を取る要素はない!」
コブシをグッと握る。
「………普通の小説の問題は解けるのに『恋愛小説』になった瞬間解けないって……」
「姉さん、レイだから」
「あ~ そうだったね」
「仕方ないだろ。誰かに好意を向けたことも、向けられたこともないし」
バキッ!!!!
大きな音が響いた。
瑠璃、結衣、芽衣の三人が、自分の箸を折っている。
・・・・・・・・・・・・・
ずず~っ
無言の中、明がお茶をすする音だけが響いた。
「……あのさ 箸、学校の…」
「「「………」」」
「……もしもし?」
「う~ もう~」
「姉さん、レイだから」
「はぁ~~~」
三人がそれぞれの反応を返す。
「…零」
「お、おお どしたアカリ」
「鈍感」
「……」
「……」
「えっと、ごめんなさい?」
わけも分からず謝っても、明の機嫌は直らなかった。
――――零はひとつ見落としていた。
「お母様」
「あ! 千鶴ちゃん どうかしたの?」
「今度の中間考査の内容ですが、また『恋愛小説』にして欲しいんです」
「あら、千鶴ちゃんならジャンルなんて正直関係ないでしょう? ……な~んてね」
藤本香織は邪悪な笑みを漏らした。
「彼ね、天戸くん」
「うふふ、さすがお母様。私の考えなどお見通しですね」
「可愛い娘のことだもの。当然でしょう? それで、何? また『恋愛小説』を題材にすればいいの?」
「はい、お願いできるでしょうか?」
「と~ぜんよ。というか、既にそのつもりよ」
「……既にですか?」
意外な母親の返答に、驚いた顔をした。
「天戸くん、きっと今回は大陸史も満点を取ってくる。CLは完璧だから、ここで点を与えないようにしろって、他の先生方からも言われてるのよ。過去に、満点を取った生徒はいないから」
「…なるほど。では、私が改めて言うまでもなく、そうするつもりだったと」
「そうね~ なにより…」
香織が言葉を切る。
「私が彼の苦しむ姿が見たかったり… な~んてね」
「…お母様も黒いですね」
「千鶴ちゃんこそ。私に似たのかしら?」
・・・・・・・・・
「「ふふふふふふふふふふふ」」
その様子を見ていた片山徹は、顔を青くして去っていった。