23話 オダヤカナニチジョウ
第2章完結です~
次話から第3章です。
(伝統なんてどうだっていいじゃない!)
月下芽衣は心の中で叫んだ。
先に断っておくと、彼女は伝統をとても大切にする人間である。学校行事にしろ、月下家の作法にしろ、一度も疎かにしたことはないし、これからするつもりもない。その彼女が、何故こんな自己中心的ともいえる感情を抱いたかというと……
「はーい、では二人とも、もう少し寄って下さい~」
国立カルディナ学校の伝統行事のひとつ。
校内模擬大会の優勝者、準優勝者の記念撮影。
しかも、この写真は歴代入賞者ということで、学校の歴史に永遠と残ることになる。卒業アルバムにも大きく載る。今回の優勝者は天戸零、準優勝者は神無月瑠璃。つまり……
「では天戸さん、神無月さん、撮りますね~」
そう、この二人のツーショットが歴史に残るということなのだ。
別に二人は何も悪いことはしていない。正々堂々と戦い、1位と2位になったのだ。強い人間が上位に入賞するのは当然のことであり、誰もそれに文句を言う権利はない。そんなことは芽衣だってわかっている。しかし、だからこそタチが悪い。このモヤモヤをどこへぶつければ良いのかわからないのだ。そんなわけで、彼女は「伝統」というものに、不満をぶつけているのである。
「う―――」
浮かない声がした。横を見ると、姉の結衣が自分と同じような顔をして目の前の光景を見ている。自分と違い、結衣はあと一歩だったため、悔しい気持ちも強いのだろう。
「姉さん、声漏れてる」
「う―――」
ダメだこりゃ…
芽衣は早々に注意を諦めた。
こうなってしまったら、彼女の耳には何も届かない。前に、店で売ってるドーナツを見た時も、同じような反応をしていたような気がする。確か動物の形をしたもので、買って貰ったにも関わらず、最後まで食べるのを拒んでいた。
「………」
後ろでは明が複雑そうな顔をしている。言葉ではうまく表現できないが… 強いて言うならば困惑だろうか。そしてそれに不安を感じているように見える。最近一緒にいてわかったことだが、彼女は零が絡むと、途端に表情が揺れ動く。今回だってそうだ。本来の明ではこのような顔はしない。
「はぁー 可愛いな~」
小さく俯く明を見て、つい言葉が漏れる。人形のように美しい彼女が悲しそうな顔をすると、哀愁漂うものがある。これを見ていたのが自分ではなく母親の鏡花だったら、間違いなく押し倒していただろう。
(う~ ただでさえ強敵が二人もいるのに…)
芽衣は人目も気にせず、大きな溜息をついた。
◆◇◆◇◆◇
零と瑠璃がいる所から平面距離で約200m、地上からの高さ約300m、直線距離にして約360m。普通の人では目を≪強化≫しても視認が難しい距離の空中に、二人はいた。
「さーて、楽しい戦いも終わったし、アタシはまた潜ってみるとするかしらね」
「ふむ、私も帰るとするか」
女が背伸びをし、男が立ち上がる。
その瞬間だった。
(どうも、【夜霧《ユリシーズ》】に【天空神《ウラヌス》】)
脳内に声が響く。≪念話≫だ。しかもCL。咄嗟に遠方を見ると、天戸零がこちらを見て笑っていた。どうやら、完全に気付かれたようだと悟った二人はそれを見て、苦笑と微笑を浮かべた。
(あららー やっぱこの程度の距離じゃバレちゃうか……)
(お久しぶりですエイダさん。観戦ですか?)
零がどこか茶化したように言う。
(見てたわよー 随分とスケールが小さい戦いだったじゃない~)
(観客全員を氷漬けにしてもいいなら、もっとやりましたけどね)
(おー コワイコワイ)
(冗談ですよ)
もはや原型を留めないほどにボコボコのステージを前にしても、こんな会話ができるのは彼らだけの特権だろう。
(時にオールマイティ、お前は今度の集まりは知ってるか?)
(いえ、まだ聞いてません。そのうち手紙が来ると思いますけど)
(再来月の17日だそうだ)
(あれ? 変わった時期ですね。わかりました。リリにも伝えておきます)
(頼む。では私はこれで)
(アタシももう仕事するからー じゃーね坊や)
(……ああ、はい)
それを境に≪念話≫が切れた。
◆◇◆◇◆◇
神無月瑠璃は緊張していた。
心臓はバクバク。顔はカチカチ。
魔獣討伐の任務の時ですら、周りから「緊張感なさ過ぎ」と言われるほど自然体な彼女が、ここまで緊張しているのにはワケがある。
「はーい、では二人とも、もう少し寄って下さい~」
優勝者と準優勝者の記念撮影。
一方の零はいつも通りの平常心。しかも、どこか遠くのほうを見て苦笑している。
(人の気も知らないで…)
瑠璃はその態度に大きく溜息をつくと、内心で毒づいた。
「では、撮りますねー」
「……リリ、顔が怖い」
「うっ… しょうがないでしょ!」
「何でそんなに緊張してんの?」
「零は緊張しなさ過ぎだって!」
カチカチになっている瑠璃を見て、零は吹き出す。そして、瑠璃をフワッと抱きかかえた。
曰く、お姫様抱っこというやつだ。
突然のことに、瑠璃が目を白黒させる。
「なっ なっ なにを」
「リリ、覚えてる?」
「はぁ!?」
「初めての共同任務の時」
「あ…」
零の言葉で一気に頭が冷えた。
覚えていないわけがない。初めて零と一緒に任務をこなした時のこと。まだお互いにそこまで親しくなかったときのこと。
「……覚えてるよ」
「この状態で俺が走ってたよね」
零が苦笑を漏らす。
「知ってた?」
「ん?」
「あの時、私は死ぬつもりだったんだよ」
瑠璃が笑う。いつもと違う、どこか影が差す笑み。無理をして笑っているようにも見える。
そう、瑠璃はその任務で死ぬもりだった。
生きていても仕方がないと思った。それに、死ぬことも怖くなかった。
魔獣の群れの中に、自ら飛び込んだのだ。
それを、零が助け出した。
「私さ」
「……」
「あの時、零を恨んだんだよね。なんで死なせてくれなかったのかって」
「……」
「でもね、すぐ間違いだったって気付いた」
零のことを知り、自分はなんて勝手な思い込みをしていたんだろうと思った。
自分が一番不幸だと勘違いしていた。
悲劇のヒロインを気取っていた自分が恥ずかしくなった。
決して見下す、という意味ではないけれど、彼が懸命に生きているのに、自分は何なのかと思った。
「私ね、感謝してるよ、助けてくれたこと」
「……」
「死んでたら、今こうして皆と、ううん零と一緒にいられなかったから」
「……」
「だからさ、零」
「……」
「ありがとう」
先日、零に言われた一言。
いつか自分も、零に言おうと思っていた。
悲しそうに言うのではなく、満面の笑みで。
その笑顔を見た零も、笑顔を返した。
パシャ
「「あ」」
シャッター音に、二人が固まる。
「いやー 御免なさい~ 二人ともいい笑顔かったから、つい撮っちゃった♪」
写真屋の人が可愛く笑う。まるで鏡花さんみたいな人だ。話をさせたら、きっとウマが合うだろう。
「どうします? 撮り直しますか?」
「あー」
瑠璃のほうを見る。
体から湯気を出して倒れていた。とても起き上がれるようには見えない。
「……まぁ、いいんじゃないでしょうか。彼女はあの様子ですし」
「わかりました~ ではこの一枚だけでよろしいですね?」
「はい、お願いします」
写真屋さんと別れ、倒れている瑠璃を抱きかかえる。
軽い
それは17歳の少女の体重。
(こんなのが最高クラスの魔道士だもんな)
小さな少女に対し、笑みを漏らした。
『ありがとう』
瑠璃の言葉が甦る。
当時は、重夫の教えを守ることで頭がいっぱいだった。そのため、自ら死にゆく瑠璃を見て、我武者羅に助け出したのだ。けれど、その行為が彼女の今に繋がっているとしたら…
(俺が生まれたのも、意味が……)
腕の中で目を回す少女に、再び笑いかけた。
「零君!」
「はいっ!」
大声を聞いて、後ろを振り向く。
結衣、芽衣、明がジト目で見ていた。
「…な、何でしょうか皆様」
「何でわざわざお姫様抱っこで撮るのよ~!」
「いや、あれは正直な話、事故でして……」
その後、鏡花も加わり、零の弁明は困難を極めた。
今日もニチジョウはオダヤカである。
思ったことですか?
この世界、まだ1ヶ月しか経ってませんね…




