21話 雲の上の戦い 前編
前置きが長くなりました。
後編へ続きます~
幻想的な風景が広がっていた。
空は赤から紫までの七色に染まり、昼間のように明るい。
それにも関わらず、宝石を散りばめたような星がキラキラと輝いて、乳白色の銀河系を形成している。
まるで、神様の涙がそのまま川になったかのようだ。
「リリ……」
不意に少年の声が響く。
少年は、漆黒の髪を風に揺らし、見るもの全てを恋に落としそうなほど嘆美な笑顔で語りかけた。
「零……」
一方の少女も、同様に少年の名前を口にしながら近付いた。
お互いに手を取り合う。
二人の表情は晴れやかだった。
今この瞬間、世界で最も幸せなのは彼らだと主張しても、異を唱える者などいるはずもないと確信させるほどに、二人は幸せそうな表情を浮かべていた。
彼らは抱き合うと目をつぶり、顔を近づける。
その唇がまさに今、重なり合おうという瞬間――――
ピピピピピピピピ
「…………………………」
無機質な電子音が部屋に鳴り響いた。
神無月瑠璃は布団から出ると、忌々しそうな顔で眠りを妨げた悪魔を見据えた。
……まあ、確かにお決まりだ。お決まりだけども!!
瑠璃は憤る。
あと1秒! あと1秒待ってくれてもいいじゃん!
(も~~~ サイアク!)
そこまで考えてから、自分が見た夢を思い出して赤面した。
何故あんな夢を見たのだろうか。
今日が決勝戦だというのが影響してるのだろうか。
瑠璃は立ち上がると、洗面所へ向かった。
体中が火照っている。
鏡を見ると、トマトに赤いペンキを塗ったのではないかというほど真っ赤な顔していた。
とても他人に見せられる顔ではない。
(うー あー もう! 私はガキか!)
両手で頬をパンと叩く。
特別なことは何もない。ただ並んで写真を撮るだけだ。緊張する必要などまるでない。
(それが今回の目的なんだから……)
瑠璃は蛇口を捻ると、勢いよく水を出した。
◆◇◆◇◆◇
最悪だ。
気分も体調も最悪だ。
零はウンザリした顔で窓の外を見た。
零の心情を知ってか知らずか、外は呆れたように快晴である。思わず、空に向かって術式を打ち込みたい気分に襲われた。
「う、ぉ…」
「……大丈夫?」
零は首を回すと、顔をしかめながら呻き声を出した。
夕べは椅子に座っていたら、30分ほど意識が飛んでしまったのだ。首はその時痛めた。
「ちゃんと布団で寝ないから、そうなる」
「布団ひとつしか買ってないし。アカリと一緒に寝ればいいのか?」
「エッチ」
「……何を想像してるんだよ」
無表情のまま目線を冷たくした明に対し、盛大な溜息をついた。
昨日寝顔を見られたたことをまだ怒っているのだろうか。それにしても機嫌が悪いような気がするが。
「ま、何にしても」
零が背伸びをする。
「今日は頑張りますかね」
そう言ってあくびをした。
◆◇◆◇◆
「すごい数ね…」
月下芽衣は、学校に集まった人の数に目を丸くした。昨日でさえも相当な人数だとは思っていたが、今日の数はそれを遙かに越えている。やはり決勝ともなると、注目の度合も違うのだろう。
「姉さん、瑠璃先輩って、確か前回姉さんが戦ったのよね?」
「そうだけど……」
「どうだったの?」
芽衣の問いに対し、結衣は何かの幼虫を噛み潰したような顔をした。
「強いよ…… なんか、零君みたい」
「レイみたい?」
「うん、気配というか…次元というか…」
結衣は、零が昨日本気を出していないことを知っていた。
追い付きたくても、まだまだ遠くにいると感じてしまった。
瑠璃を前にすると、どうしても対抗しようとしてしまうのは、彼女が零の横で戦える力を持っているが故だろう。
「あれ~? ところでお母さんは~?」
「……あっちの方で男子に声かけられてた」
芽衣の呆れたような顔に、結衣は楽しそうに笑った。
◆◇◆◇◆
『では、対戦者の登場です!』
マイクを持った元気な女子生徒が声を張り上げた。それに伴い、ワァァという歓声が上がる。
零は知らなかったが、決勝戦は始まる前に、対戦者にインタビューがあるらしい。何とも面倒なものだ。
『まずはこの方! 二種類の魔法を駆使し、舞うように戦う無敗の女王! 3学年の神無月瑠璃さんです!!』
瑠璃が登場する。
その瞬間、「ウォォォー!」という声が上がった。
さすが、男子生徒には人気があるようだ。
『続いてこの方! 赤点ながらも見事1位を獲得し、Eクラスながら決勝に進んできた今大会のダークホース! 1学年の天戸零さんです!!』
紹介のされ方に、ぶっ倒れそうになりながら零が入場する。
その瞬間、「キャァァァー!」という声が上がった。
これには零も驚いた。てっきり、場が静まり返ると思っていたからだ。
『え~ 二人はお互い全く未知の相手になると思いますが…』
((未知ねぇ~))
零と瑠璃は微妙な顔をする。
それもそのはずだ。零も瑠璃も、お互いの実力など知り過ぎるほど知り尽している。
(ねぇ、どうする?)
女子生徒が説明している間に、瑠璃から≪念話≫が届いた。
(どうするったって……)
零が言葉を切る。
この戦いでは、瑠璃の真骨頂である≪全属性複合魔法≫は使えない。
また、零の十八番の「無属無形の型」も使えない。
使ったら大変なことになる。
(こんな狭いとこじゃ何もできないだろ……)
(だよねー)
広大なステージを前にしてそんなことが言えるのは、おそらく彼らだけであろう。
尤も、彼らにとって「充分な広さ」と言えば、大陸の何分のいくつを必要とするかわからないが。
所詮、《組織》の人間は異端の中の異端
人にして人に非ずなのだ。
(だいたい、変なことしたら王様に怒られるだろ?)
(うーん、確かにそうかも)
(ま、適度に軽くやりましょうや“相棒”さん)
(オーケー!)
満天の笑顔で瑠璃が頷いた。
『では、二人に意気込みを述べて貰います! 神無月さん!』
「はい、えーとボチボチ頑張ります」
『天戸さん!』
「まあ、いつも通りやります」
『二人とも、全力で悔いのないよう頑張って下さい!!』
((いや全力出せないし…))
零と瑠璃は苦笑しながら頷いた。
◆◇◆◇◆◇
『只今より、決勝戦を始めます。それでは試合開始!』
決勝戦は放送によって試合が始まった。
瑠璃は術式を展開させる。
その数は四つ。
(……これでこの反応か)
零は観客席を見て、思わず笑ってしまった。
全員が一様に、顎が外れて床につきそうな顔をしてる。
これは相当抑えて戦う必要がありそうだ。
驚くのも無理はない。
「術式」は、使えるだけでステータスなのだ。組み上げるのも5~6秒かかる。その上、2つも同時展開できる人間が、果たしてこの大陸に何人いるのか。
それに対し、目の前の少女は4つも同時に、しかも1秒にも満たない時間で展開させたのだ。
元々、単純な魔法勝負なら瑠璃に分がある。
零の場合、術式の展開まで2秒はかかる。それでも異常な速さだが、達人同士の撃ち合いにおいて、1秒は天と地の差がある。
≪理魔法:火:火球≫
高熱のエネルギーの塊が零へ向かう。
一つは直接
二つは回避させないため
そして、最後の一つは本命だろう。他の火球よりひと回り大きい。
零はすぐに、受け止めるという選択肢を捨てた。
零の「魔法」で作りだした氷の盾など、「術式」の前では何の意味も成さない。貫通するのが目に見えている。
零は魔力を練り、持っていた小刀に冷気を纏わせた。
≪武器属性付加:氷≫
そのまま≪強化≫を施し、走り出す。
あるものは弾き、あるものはかわし、あるものは流す。
地を舞うように、最小限の動きで丁寧かつ冷静に対処していく。
さらに、魔力を練った。
小刀に氷が集まり、その形を変えていく。
≪武器形状変化:大鎌≫
実は、氷属性を選択した一番の理由はこれだった。
自由に武器の形を変えることができる。
それはすなわち、【万能者《オールマイティ》】としての力を反映させやすいということだ。
零は地を蹴ると瑠璃へ接近する。
空中で大鎌を振った反動を利用し、体勢を整えてそのまま一線。
空気を斬り裂いたかと錯覚させるほど鋭い一撃を見舞った。