16話 天戸零vs天戸明
たくさんのご意見ありがとう御座います!
藤本千鶴
神無月瑠璃
月下結衣
天戸零
決勝トーナメントの1日目は、結局この4人が勝ち残った。
明日は藤本千鶴vs神無月瑠璃、月下結衣vs天戸零 という組み合わせになる。
零にとっては予定通り。
だが多くの人間にとって、それは異例の事態でしかない。
零はEクラスの人間で、しかも1学年だ。国中のエリートが集まるこの学校で、それは本来あり得ない。
当然のように、注目の的になった。
「……疲れた」
ドサッ という音を立てて零が倒れ込む。
今までの《組織》の任務でも、ここまで疲れを感じたことはなかった。月下家を出てから、ほとんど一人だったことも影響しているのかも知れない。そもそも、大勢の人に囲まれることに慣れていないのだ。
「大丈夫? まあ、私も最初はそうだったよ」
声がした方を見ると、瑠璃が缶コーヒーを持って立っていた。
ありがたい配慮に、お礼を言ってコーヒーを受け取る。
「リリ、そう言えば一つ聞きたいことがあったんだ」
「うん? なに?」
「……カレーニナ先輩だけど」
「……ああ、会ったの?」
瑠璃の言葉に無言で頷く。
そんな零に対して、表情を暗くした。
「別に零が気にする必要なんてない」
「出来ることだけでもしておきたいんだ。それで償えるとは思わないけど」
「償うなんて言わないで」
瑠璃が悲しそうな表情を見せた。
懇願しているようにも見える。
そんな瑠璃に笑いかけた。
「全て背負うことに決めたから。何もかも自分がやってきたことは、全部」
「……」
「どこ?」
「……北カルディナ総合病院、だったと思う」
「総合病院か…… まだいい方だ」
「うん……」
「リリ」
「……」
「ありがとう」
その言葉に込められた二重の意味を瑠璃は理解した。否、理解してしまった。
そのために
ただ黙って立っていることしかできなかった。
◆◇◆◇◆◇
「そうだ~ 今日は久しぶりにウチに泊まったらどうかしら~?」
「はい?」
瑠璃と別れると、いきなり鏡花が話しかけてきた。
それは意外な提案。
突然のことに驚いた声を出した。
「どうかしら~ お義父さんも賛成よねぇ~?」
「そりゃあいいな! どうだ零?」
「あぁ、でも……」
四年ぶりの月下家
行きたくないと言えば嘘になるが……
「アカリがいますから」
そう、明がいる。
零が泊まることになれば、彼女はひとりになってしまう。いくら鏡花の提案でも、それはできない。
「だったら、明ちゃんも一緒に来て貰えばいいじゃない~ 知ってるでしょ? ウチは広いのよ~」
「まあ、そうですけど……」
確かに月下家は広い。零と明の二人どころか、団体で訪れてもまるで問題ないだろう。
「零くんの部屋も、あの時のままにしてあるのよ~ 掃除だってしてるわ~」
暖かい目。
月下鏡花特有のものだ。
零はこの人の空気が好きだ。一緒にいると、こっちまで和やかな気持ちになる。
重夫に目をやる。
いつものように笑っていた。
「……では、アカリに言ってみます」
「そうこなくっちゃ~ 楽しみにしてるわ~ あの子達にも伝えておかないと~」
嬉しそうに走り出す鏡花に、自然と笑みがこぼれた。
◆◇◆◇◆◇
「………って、俺が作るんですか!?」
「言ったじゃない~ 楽しみにしてるって~」
「料理のことだったんですか!?」
現在、零と明は月下家の台所で、大量の食材を前にしていた。かつて零がここで暮らしていた時は、鏡花の手伝いでよく料理をしていた。その時に覚えたものも多い。その味を忘れていなかったのだろう。いきなり夕食を任された。
「いや~ 楽しみねぇ~ 零くんの手料理なんて久しぶりよ~」
「こういうのって、俺が御馳走して貰う方じゃないんですか?」
「いいじゃない~ 細かいことは気にしないの。 ねぇ? 明ちゃん」
話を振られて、明は少し困った表情で零を見た。
少し珍しい。
普段の明なら、無言で頷くか首を振るかのどちらかだろう。
「まぁ、いいですけど。アカリ、手伝ってくれる?」
「……わかった」
零が頼むと、明は嬉しそうに頷いた。
彼女は、零が何かを頼むと割と喜んで引き受けてくれる。表情こそ変わらないが、纏う空気が明るくなる。今のような料理の時などは特に顕著だ。
「おお、零が作るのか。そいつは楽しみだな」
そこで重夫が道場から戻ってきた。
零たちが来たことを喜んでいるのは重夫も同じのようで、まるで子供のようにはしゃいでいる。こういう所も相変わらずだな、と苦笑した。
「そう言えば、あの二人は?」
考えてみると、結衣と芽衣がいない。
零たちが来るや否や、どこかへ走っていったように見えたが……
「なに、大方自分の部屋の掃除でもしてるんだろう」
「随分とまた突然ですね」
「片付けるモンでもあるんじゃないか? 見られたくないやつとか」
ニヤリと口元を曲げる。
その真意を図りかねて、零は首を傾げた。
◆◇◆◇◆◇
さて、何をつくるか。
考えを巡らせながら冷蔵庫を開いた。テーブルに食材は大量にあるが、どうせなら中途半端なものから使った方がいい。鏡花のことだから、使いかけのものは別にしてあるはずだ。
「あー よし! アカリ、玉ねぎを微塵ぎ……」
「イヤ」
「……」
「……」
そう、いくら零の頼みでもこれだけは聞いてくれない。零がニッコリ笑いかけると、逆にニッコリ笑い返してきた。普段無表情な分、そのギャップからくる攻撃力は計り知れない。さすがの零も一歩押された。
だが、嫌なものは嫌なのである。
「前回は俺が体を張っただろ! 今日はアカリの番だ!」
「イヤ。玉ねぎは零の仕事」
冗談じゃない
そんなものが仕事にされてたまるか。
「……よし、ルールを決めよう」
「?」
「これから玉ねぎを刻むのは交代で行う。いいな」
「わかった。前回は私がやったから、今日は零がやる」
コノヤロウ……
意地でもやらないつもりらしい。
「……何故そこまで玉ねぎを拒む? いいか? 玉ねぎには栄養が満点だ」
「食事をきちんと取らないくせに、よく言う」
……くそ、反論できない
ちゃんと食事を取れ、という明の説教を今まで無視し続けたことを、今更ながらに後悔した。
「楽しそうねぇ~」
鏡花は台所で繰り広げられる戦いを観察しながら微笑んだ。二人の様子はまるで新婚夫婦のようである。
「お母さん、もしかして零君が料理してるの?」
「あら~ 結衣ちゃん、部屋の掃除は終わったのかしら~?」
「う、うん。まあね~」
ぎこちない様子で結衣が答える。それを見て、鏡花は新しいおもちゃを見つけた子供のような顔になった。
「仲いいわねぇ~ 零くんと明ちゃん」
「……うん」
「もう夫婦みたいよねぇ~」
「…………うん」
結衣は見るからに萎んでいった。そんな娘を、鏡花は抱きしめる。
「いや~ん 結衣ちゃんカワイイ~」
「ち、ちょっとお母さん!」
鏡花はそのまま自分の娘をもみクチャにし始めた。
「零くぅ~ん、見て見て! 結衣ちゃんかわいい~」
「わっわっわ―――!」
暴走した母親を止める術は、もうなかった。
「じい様、これは?」
「おお、芽衣か ……ってまた随分と気合入った服装だな」
「き、気のせいです! それよりも!」
芽衣は至るところで繰り広げられる戦いを指差した。顔は半分唖然としている。呆れ顔と言ってもいい。
「これは一体…」
「だ――――――! お前、今変えたろ!」
「変えてない。私は最初から、チョキ」
一際大きな声が響いた。
どうやら零と明はじゃんけんをしているようだ。
「ほら、お前は零の手伝いでもして来い」
「あ、はい」
芽衣が零たちの所へ向かう。
「お、芽衣! いいところに…… って着替えたのか?」
「え、ええ。ちょっとね」
「まぁ、いいか。それよりもアカリが冷たくてさ~」
「……む」
「玉ねぎを…」
「零、私がやる」
「はいぃぃぃ!?」
その様子を眺め、重夫はひとり微笑んだ。
願わくばこんな日々が……
いつまでも続きますように。
皆様からの意見をもとに、最終的な判断はまた後ほどお知らせ致します。
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もちろん普通の感想も大歓迎です。
より多くの方に楽しんで頂けるよう頑張りますので、これからも応援よろしくお願い致します。
それでは、これにて~