15話 飛び抜けた洞察力
意見があったので、これからは「・・・」よりも「……」を採用します。
その頃、アリーナでは大歓声の中、結衣が相手に向かってお辞儀をしていた。予定通りというべきか、結衣とはいずれ戦うことになりそうだ。
「お疲れ」
「あ、零君。ただいま~」
結衣は汗一つかいていなかった。力の差は歴然だったと見える。
「師匠と鏡花さんはあの辺にいるから」
「わかった。ありがとう~」
そう言うと、長い黒髪を揺らしながら走っていった。そういえば、結衣のあの髪型を見るのも久しぶりだ。彼女は戦いの時だけ、その長い髪を横でひとつに縛る。そうすると、うまく切り替えられるのだそうだ。
もっとも、その髪型はかつて零がリクエストしたものだということを、零は覚えていない。
『只今より、第四試合を行います。2465A宮城進選手、322E天戸零選手はステージ中央へ集まって下さい』
……さて、行こうかな。
零は背伸びをすると、指定された場所へと向かった。
◆◇◆◇◆
「天戸君、今日はよろしく頼む」
眼鏡をかけた端正な顔立ちの人物が、零に向かって手を差し出してきた。
「……宮城先輩でしたよね。先日お会いした」
「そうだ。あの時は悪かった」
「はい?」
記憶が正しければ、彼は零を助けてくれたはずだ。謝罪される理由はなかったはずだが。
「あの時、俺は君の力を見誤って君では他の生徒に勝てないと言った。大きな間違いだった」
「……あ、ああ、そのことですか」
確かに、そんなことを言われたような気もする。あまり覚えていないが。零としては全く気にしていなかったことだが、律儀に謝罪する進には好感が持てた。
「全然気にしてませんよ。そんなことよりも今日は宜しくお願いします」
そう言って握手をする。
進の手を握って驚いた。
……へぇ、珍しい。
人差し指と中指の間にできた奇妙なマメ。何度も何度も潰れては治った形跡がある。それも両手。
……この人、銃剣使いだ。
銃剣は近距離から中距離を得意とする一見便利な武器だ。ただ、使い勝手がいいとは言えない。当然近距離では双剣などの近接武器には及ばないし、中~遠距離では弓などの遠距離武器が勝る。つまり器用貧乏な武器なのだ。
そんな武器を使っているということは、彼の戦術はひとつしかない。
「試合開始!」
審判の合図と共に、零は魔力を目に集めた。予想が正しければ、進の体にはある現象が起きているはず。
……やっぱりね。
進の体内には、魔力が循環するような流れが出来ていた。学生のうちからこれが可能な人間が『月下』以外にいるとは驚きだった。
――身体強化。
普段零が当たり前のように行っていることだが、それは本来、熟練の魔導師が長い訓練の末に身につけることができる技だ。学生の間に身につける人間などほとんどいない。
進が駆ける。
本来の彼の筋力、体格では12秒以上かかるであろう零との距離を、僅か4秒足らずで詰めた。
銃剣は相手との距離を支配することで真価を発揮する武器だ。ならば間合管理は前提となる。進はその特性をしっかり理解していた。
撃たれると思うよりも速く、零の体は動く。
軸を左足から左手へと移行させて体を回転。進の真横をすり抜けて着地。照準からの回避も同時に行う。そのまま振り抜かれた進の腕をとると、反動も利用して鮮やかな投げ技を決める。
しかし、進は空中で体を捻ると、倒されることなく地面に着地した。
バランス感覚は射撃の要。
銃を使いこなすにはバランス感覚と空間把握能力に長けている必要があり、進も例外ではなかった。
進の戦術の弱点は《身体強化》における魔力の制御のために、他の魔法を使う余裕がないことだ。
そこを突く。
零は魔力を練った。
魔力をただ「使う」だけだった今までの戦闘と違う、魔法。
周囲の温度が一気に低下すると、足元から氷が現れた。それは勢いよく広がり、辺りの地面を浸食していく。やがて、ステージの半分が氷に覆われた。
突然のことに、進が驚きを露わにする。
「さすがだ。だが……」
銃剣を持ち直す。
「この程度の氷なら問題ない!」
進が地面を蹴った。氷の上にも関わらず、通常とほとんど変わらぬ動き。見事だと思う。
だが、零の目的はそれではない。
「……っ!」
進の連撃の雨を、零は一歩も動かずに全てかわし切っていた。
彼の卓越したバランス感覚と強化された肉体ならば、氷の上でも戦えることなど百も承知。本当の目的は呼吸を読みやすくするため。
そしてそれは、データの収集をより容易にする。
進が引き金を引く。最初の二発は直接、残りの二発は回避行動も計算した射撃。しかし、零は前進すると、その僅かな隙間に身を滑り込ませた。
「先輩、その癖はやめた方がいいですね」
「なっ……!?」
進は零の掌底を、銃剣をクロスさせてガードする。
……いい反応ではあるけども。
それすら想定の範囲内。残しておいた右足のバネを使い、気が緩んだ進へ向けて、左足の鋭い一撃が放たれた。
膝の一撃が進の顎に命中する。
「ぐぁっ」
これはダメージをメインとした攻撃ではなく、一瞬でも進の方向感覚を狂わせるのが目的。案の定、進は一瞬零の居場所を見失った。零を前にして致命的な隙。
その隙を、見逃さない
進の懐に潜り込むと、その両手から銃剣を叩き落とし、拳を寸前の所で止めた。
「……参った」
進が両手を上げる。
大歓声の中、大きく息を吐くと、結衣と同じようにお辞儀をした。
「さすがだな天戸君。完敗だったよ」
「いえ、こちらこそ」
「ちなみに、さっき言ってた『癖』って何のことだ?」
「あ、それですか」
零は進の銃剣を手に取る。
「先輩、攻撃を仕掛ける前に、銃を持ち直すんですよ。こんな感じで」
動きを真似る。それは進自身、気づいていない癖だった。指摘されて驚いた表情を見せる。
「やめた方がいいですよ。タイミングがバレバレですから」
そう言って、零は笑いかけた。
僅か数分の間にその癖を見抜いたこの少年に、進は尊敬と恐れを抱いた。
◆◇◆◇◆◇◆
「……おかえり」
「ただいま」
明に迎えられて帰還した。そこには重夫達もいた。
「ボリボリ、零くぅ~ん、ボリボリ、相変わらず、ボリボリ、カッコイイわねぇ~」
「はぁ、ありがとうございます。というか煎餅食べながら喋らないで下さい」
この馴染みっぷりは何なのだろうか。お茶をすする鏡花は家にいる時となんら変わりがない。一応ここは外なんだけれども。
「どうしたのじっと見つめて。私と結婚する?」
「……しません」
「ちょっと、母さん。何言ってんのよ」
芽衣が呆れたような目で自分の母親を見る。どちらが親だか分からない。鏡花も鏡花で「まぁ、いーじゃない」と言いながら娘に抱きついている。
「……っと、芽衣、それ何……写真?」
「え? ええ!?」
芽衣が慌てて手を後ろに回した。よく見ると、顔は赤いしテンパっていらっしゃる。
「なに、俺に見せられないようなもの?」
「か、関係ない! 関係ないから!!」
右手をぶんぶんと回す。
「芽衣ちゃん……買ってたんだ」
「芽衣……カモ」
「う、うるさい! だいたい、姉さんだって……」
「わ―――――!」
もう零の入り込む隙間はなかった。
◆◇◆◇◆
――ちなみに。
「やっほー ルリ」
「? あれターナ?」
いきなりの来客。しかも心なしかニヤニヤしているように見える。
「君にお宝を差し上げよう。これが何か、わかるかな?」
「何って、写真?」
「じゃーん!」
「え、あ、え、は! ええ!?」
予想外のものが写っていて、瑠璃の心拍数が一気に上昇する。
「親友のよしみで、コレを君に譲ってあげよう。大変だったんだよ?」
「い、いや 別に私は……」
「おろ? いらないのかい? ならしょーがない。誰かに売って……」
「わ――――っとタンマタンマ! ちょっと待って!」
身を乗り出す。勢い余って椅子から転落した。
「素直に欲しいって言いなさいな」
「うぅっ…… ターナのばか」
「はいはい、ごめんよ。んじゃあコレね」
「……あ、うん。あり……がと」
毎度、読んで下さってありがとうございます。