14話 少年の思い、少女の決意
評価して下さった方々、本当にありがとうございます。
筆者は頭が上がりません。
読んで下さっている方々全てに感謝です!
「賭けは私の勝ちみたいね」
「……そうだな。お前の言った通りになった」
観客席にて。
天戸零と古池淳の試合を観戦していた二人は呟いた。肩には最上級学年であることを示す黒のライン。胸には生徒会役員であることを示す赤いバッチ。
副会長の宮城進と、会長の藤本千鶴だった。
「彼、明日はあなたが相手でしょう? ちょっと羨ましいわ。私も戦ってみたかったのに」
「……馬鹿言うな。今の試合ちゃんと見ていたのか。『古池』相手に圧勝。しかも武器も魔法もなし。残念ながら俺が勝てる見込みは薄い」
「あら、前回三位入賞者が随分と気弱じゃない。もっと堂々としていたら?」
「そうしたいのは山々だがな」
溜息。よりによって厄介な相手と当たってしまったものだ。
「……それにしても彼といい神無月さんといい、腕に付けてるあの黒い輪は何かしらね」
「お前も気付いてたか。俺も少し疑問に思っていたんだ」
……アクセサリーの類には見えない。何かの目印か?
その予想は、あながち外れでもなかった。
制御装置は本来、力をセーブすることが目的だが、その筋では《組織》に属する人外物であることを示す警告のようなものにもなっていた。
彼らがそれを知るのは、まだ先のことだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ……やっと終わった」
零は背伸びをすると、欠伸を噛み殺した。ようやく本日の試合も全て終わり、めでたく決勝トーナメント進出である。
「おつかれ」
「ただいま」
明は午前も午後もずっと変わらない位置に座っていた。立ち上がった形跡すらない。体勢を変えた様子もない。同じ体勢でずっと動かずにいるのも疲れるはずだが、明の表情からは何も読み取れなかった。瑠璃はさすがにいなくなっていた。
「……過ぎ」
「は?」
明が何かを呟いた気がして聞き返す。
「零、目立ち過ぎ」
一瞬目が点になる。目立ち過ぎとは、先程の試合のことだろうか。
「いや、それは仕方ないって。一応決勝戦だったんだし、嫌でも目立つ」
「……それでも目立ち過ぎ」
「いやいや! それも古池が召喚魔法なんて使うからだ。つまり不可抗力。オーケー?」
「……駄目」
どうしたことだろう。珍しく明が意地になっているように見えた。よく見ると、無表情の中に不機嫌が混じっている。
とはいえ、目立ったのは自分のせいではない。明もそれが分からないはずがないので、零は余計に混乱していた。
その日、天戸零の写真が、生徒たちの間で飛ぶように売れていたことを零は知らない。
「……で、何コレ」
「何って、明日のトーナメント表だけど?」
瑠璃があっけらかんと答える。
「違う、そうじゃない。俺が言っているのは、何でこんな組み合わせなのかってことだ」
手にしているのは明日からの決勝トーナメントの組み合わせ表。それによると、瑠璃とは決勝で戦うことになっていた。仕組まれたとしか思えない。
「仕組んだもん」
「やっぱりか」
「零くん……説明聞いてた? 配られた資料にも書いてあるけど、前回大会優勝者にはその権利があるんだよー」
同じく決勝トーナメント出場が決まっている結衣が、校内模擬戦と書かれた冊子を指差していた。当然読んでいない。どうやら、優勝者には予想以上の権限が与えられるようだ。
「別に決勝じゃなくたって」
「ううん。駄目」
「……は?」
何か他に理由があるのだろうか。考えていたら、明が隣で「……そういうこと」と呟いた。
「そういうことってどういうこと? 俺分かんないんだけど」
「零、明日は負けて」
「……はい?」
「ちょー! 明ちゃん、何言ってんの!?」
わけが分からない。手を抜くなと言ったり、今度は負けろと言ったり無茶苦茶だ。とはいえ、別に優勝に特別な執念を燃やしているわけでもない。勝ちに拘る理由もない。
「まあ、負けろというなら俺は別に構わ……」
「零くん、明日おじいちゃん来るから~」
「……なくない。よし、明日も頑張ろうか」
師匠が来るとなれば話は別だ。恩人の前で無様な姿を晒すわけにはいかない。くるりと態度を変えた零を見て、瑠璃と結衣は顔を見合わせて小さくガッツポーズをしていた。
と、ここで事の重大さに気づく。
「結衣、それは本当か?」
「うん、毎年この大会は見に来るんだよ~」
「……そうか」
四年ぶりだ。
補習等で会いに行けなかったが、本来なら真っ先に会いに行きたい人物だった。
恩師の顔を思い浮かべる。思い出されるのは別れ際の姿。ただ静かに見守ってくれた姿。
「そういうことだから、零くんにも頑張って貰わないと。それに、順調にいけば二回戦は私とだよ~」
「え……本当だ」
どうやら、今回は瑠璃に感謝しなければならないようだ。
翌日、朝から大勢の人間が国立カルディナ学校に集まった。どうやら、この大会の決勝トーナメントは一般公開されており、一種のお祭りのようなものになっているようだ。国のお偉いさんも来ているらしい。さすがは国内最大級の学校といったところか。そしてそのステージは――
「……広い」
当然の如く広かった。ご丁寧にスクリーンまで設置されている。普段立ち入り禁止のこの建物が何のためにあるのか、たった今理解した。
現在、零たち出場者は、教室の一角で諸注意などを受けていた。
怠い。そんなことよりも早く偉大な恩師の所へ行きたかった。
恩師――月下重夫は早起きだ。加えて楽しいことがあると待っていられない類の人間だ。今日来るとしたら、孫娘と一緒にやってくるはず。つまりもう来ている。
「ええと、ゴホン! 諸君にはカルディナ学校代表として……」
長い。この校長は確か、入学式の時も話が長かった。繊細なのは頭だけにして欲しい。
そう思った直後だった。
突然ドアが開いたかと思うと、一人の女子生徒が入ってきた。美しい黒髪はウェーブがかかっており、スタイルも抜群の美少女だった。その部屋にいた人間全員が息を呑む。正確には零と結衣以外の人間が息を呑んだ。
「零くぅ~ん! ここにいるって聞いたから来ちゃった♪」
間違いない。この口調、仕草、そして大胆さ。
「……何やってるんですか、鏡花さん」
「あ、ひどい。四年ぶりなのに」
「なっ…… お、お母さん!」
「「お母さん!?」」
瑠璃を含めた全員が驚きの声を出した。無理もない。目の前の女性は制服も着ているせいか、どこから見ても零たちと同年代にしか見えない。
だが、彼女の名前は月下鏡花。芽衣と結衣の実の母親である。
「鏡花さん、その制服は……」
「そんなことよりも、お義父さん待ってるから早く~ ほら、結衣ちゃんも~」
鏡花は零と結衣の腕を掴むと、半ば引きずるように歩き出した。
「ちょっ 鏡花さん! 自分で歩けますから!」
「お、お母さん! スカートがシワになる!」
「では皆さん、二人を借りていきます♪」
全員がポカンとする中、零たちは慌ただしく出ていった。
「お義父さ~ん、拉致ってきました!」
「おう! よくやった鏡花!」
敬礼する鏡花、それに親指をたてる重夫。思わず、相変わらずだなーと苦笑した。その横には諦めた表情の芽衣と、若干引きつった表情の明もいた。
「久しぶりだな、零」
重夫は昔とほとんど変わっていなかった。寧ろ昔よりも動きにキレが増しているような気がする。ピンと背筋を張った姿勢は美しく、引き締まっていて且つ無駄を削ぎ落とした筋肉も変わらない。
「……お久しぶりです、師匠。本当だったら、もうちょっときちんとした再会がしたかったんですけどね」
「なに、堅苦しいのは御免だ。どうせなら楽しく過ごしたい。それにお前も全然ウチに来ないし、今も注意だなんだって言うから焦れったくなってな」
「……あの制服は何ですか」
「鏡花が学生時代のものだ。あいつもここの卒業生だからな」
「それを何故今日?」
「さあな。似合うからいいじゃないか」
重夫が笑う。鏡花の方を見ると、パチンとウインクをしてきた。確かに似合っているのは否定できない。今も、数人の男子生徒が彼女に見惚れていた。
……まあ、いいか。
細かいことは気にしないことにした。
「……零」
一転して重夫の態度が変わった。それはいつかの稽古の時のような表情だった。それを確認して姿勢を正す。
「本当に久しぶりだ。元気にしていたか」
「はい」
短い沈黙が降りる。騒がしい校庭で、そこだけが空気が止まったように静かだった。
「彼女が?」
「はい、アカリです」
「孫から聞いた話に寄ると、お前と同じ犠牲者だとか」
「……はい、俺と同じく人に造られた人間です」
重夫は無言のまま黙っていた。怒りも驚きもないまま。それはおそらく、聞く前から予想していたことなのだろう。
「お前がどう思っているかは知らん。どんな感情を抱いているのかもな。だが……どんな理由であれ、彼女は生まれ、今生きているわけだ。それは変わらない。ならば……」
重夫が言葉をきる。真っ直ぐに零の目を見た。
「お前が守れ」
空気が止まったかと思った。
つまり「奪う」ために造られた零に、「守れ」と言っているのだ。それはずっと昔に諦めたことだった。
でも。
……また挑戦するのもいいかもしれない。
零は重夫に頭を下げながら、決意を新たにした。
◆◇◆◇◆◇◆
「……君がアカリちゃんかな」
「はい」
零と別れてから、重夫は明に話しかけた。穏やかな表情。それは普段の月下重夫のものだ。
「改めて名乗ろう。俺は月下家第十六代当主、月下重夫という」
「……天戸明です」
重夫が笑いかける。
「アカリちゃん、突然だが君に頼みがある」
「……私に?」
「零と同じ人間だそうだな」
頷く。
「そのことだ。どうか零を支えてやってくれ」
意外だった。昔から零を支えてきた人間が、逆に他人にそれを頼むことが。
「あいつは強い。でもだからこそ、全て自分で抱え込んじまう……というか抱え込むことが可能なんだ。だが、それは危険なことでもある」
蓄積されたものを発散しなければどうなるか。少なくとも良い未来は見えない。
「あいつは自覚がないだけで、既に多くのものを『守って』る。もっと報われるべきなんだ。だから気づかせてやる切っ掛けが必要だ。その切っ掛けになってくれんか」
きっとこの人は、零のことを本当に大事に思っているのだろう。それが全身から滲み出ていた。断る理由はない。
ただ、疑問があった。
「どうして私が?」
今日初めて出会ったばかりの私に、何故そんなことを?
重夫は笑った。
「君にしかできないからだ」
その真意を、深くは教えてくれなかった。
何か一言ありましたら、遠慮なくどうぞ~
2013/10/09 改訂