13話 弱肉強食
隙間時間を使って作成~
ちょっと駆け足気味になりました。
『只今より、一学年決勝戦を開始します』
……さて。
ようやく今日最後の試合だ。
「じゃあ行って来る」
「うん、いってらっしゃい。芽衣ちゃんは大丈夫だから気にしないで」
のんびりした声が響いた。この姉妹は性格が全く違う。天然な姉と神経質な妹。よくバランスが取れていると思う。見ていて羨ましくなるくらい仲が良い。
「頑張って、私の分まで」
「任せな」
零はステージへ降りて行った。
すでに相手――古池淳はそこにいた。
「なるほど、君が天戸零君ですか。初めまして。僕は古池淳です」
「……こちらこそ始めまして」
礼儀正しいことが、返って嫌らしさを倍増させていた。
「まさかここまで来るとは正直驚きです。学力だけでなく腕も立つようですね」
「古池の人間にそう言って頂けるとは光栄なことだ」
フフと嗤う。口元に浮かぶのは余裕の笑み。負けることを微塵も考えていない態度だ。どうにも気に入らない。今までこの手の人間とは腐るほど出会ってきたが、良い人間だったためしがない。
「お疲れ様です。今日のところはゆっくり休んで、明日は僕の応援でもして下さい」
「この試合で俺が勝てば、あんたの試合はもう終わりだ」
「僕に勝つつもりですか? あなたが? アハハハハハ!」
嗤った。
可哀そうなものを見るような目で、可笑しくて仕方がないというように。
……早々に化けの皮が剥がれたな。
嗤いながらにじり寄ってくる淳の目は赤く血走っていた。
「ハハッ、マグレで勝ち上がってきた割には随分と自信があるようだ。早くEクラスの教室にでも戻ったらどうだ劣等」
「そう言うな。こう見えてもボチボチ強いはずだ」
「そうかそうか。それは楽しみだ。せいぜい頑張ってみろよ」
淳は嘲笑いながら去っていった。
……さて、今回は趣向を変えてみよう。
武器選択。
零はステージの端へ向かうと、鎌を選んだ。とは言っても使うつもりはない。手加減していることを端的に分からせるのもいいだろう。一学年の試合と言えど、決勝ともなればそれなりの人間が観戦に訪れる。現に零のステージの周りには、既に全学年の生徒が男女を問わず大勢集まっていた。その公の場で、古池淳を潰すつもりだった。
相手の少し上の力で勝つことをルールにしている零にとって、これは珍しいことだ。しかし彼は一度叩き落とした方がいいだろう。個人的な感情でもある。
零は鎌を背中に背負うと、ステージ中央へ足を進めた。
『これから、第一学年決勝戦を行います』
――ワアァァァ!!
歓声。
審判を挟んで相手と向かい合う。
『試合開始!』
合図と共に、古池淳は魔力を練った。
周囲に砂が集まっていく。凄まじい勢いで足場を形成し、それはやがて、高さ三十メートルを超す砂丘になった。こうして、まずは自分のフィールドを作ることが彼の戦闘スタイルのようだ。
彼の属性は土。護りに特化した属性だが、使い方によっては同時に攻めも行える。砂丘からは、百を越える土槍が零の方を向いていた。
「さようなら天戸零」
ヒュン!
一斉に槍が飛んでくる。
……さて、世界の広さを教えてやろう。
零は魔力を練った。
≪身体強化:部分展開:脚力≫
魔力を足に循環させ、身体能力を強化する。
零は走り出した。
――加速、加速、加速。
四方八方から迫り来る土の槍の僅かな隙間を、すり抜けるように駆ける。ある槍は耳の横を、またある槍は足と足の間を通り抜けていく。
限界まで体勢を低く。
尚も加速を続ける零の上半身は、やがて地面とほぼ平行になった。その勢いのまま、地面を強く蹴って上に跳躍。淳との差を一瞬でゼロに縮めた。
「なっ!」
「随分と臆病な戦い方だな」
空中で体勢を整える。落下の力を利用して体重を乗せ、鋭い蹴りを放った。寸前で砂の盾が間に入ったが、完全には防ぎきれずに貫通する。
「ぐぅ……」
淳が呻く。
今は魔法結界が張られている防具を身につけているために体に直接のダメージはないが、本来なら骨くらいは折れているだろうか。この一撃で仕留めるつもりだったが、予想外に厚い盾だったので大幅に威力を殺されてしまった。
淳は零の蹴りの衝撃で後ろに後退する。額には汗。表情は苦悶の中に驚きが混じっていた。
「発想は悪くないが、その戦い方は短所も多い。一つ目は形成まで時間が掛かること。二つ目は相手に近付かれたときに逃げ場がないこと。三つ目は……」
距離を詰める。慌てて魔力を練ろうとするが、零はそれを待たない。淳が反応する前にその腕を掴んで足を刈り取った。
「足場そのものを敵にも利用されてしまうことだ」
「うわああああああ!」
魔法で構築された足場から、淳の体が下に落下した。この位置から落ちたら防具の結界の耐久値もゼロになるだろうか。下に落ちていった淳を眺める。
……へぇ。
淳は落下直前に砂を集め、クッションの代わりにしていた。その発想と判断力に素直に感心する。普通の生徒なら今ので勝負がついていたはずだ。やはり魔法の使い方がうまい。古池の名は伊達ではない。
零はその後を追って空中に身を投じた。試合を観戦している者たちからどよめきが起こるが、零は膝の動きだけで着地の衝撃をほとんど受け流した。何事もなかったように立ち上がる。
「……あ、あなたは一体……」
「ただの一学生だよ」
「どうやらあなたを甘く見ていたようです。僕も本気を出しましょう」
……何を今更。
そうは思いながらも、何かやるようなので待つことにした。こういった甘さも実戦経験の不足故か。本来なら隙だらけだが。
……ああ、召喚魔法か。
その魔力には覚えがあった。古池の十八番ともいえる魔法。何が出てくるか興味はあった。
≪召喚魔法:狐蛇≫
ギィィィィィ!
甲高い声と共に現れたのは、巨大な蜷局を巻いた大蛇だった。その知能の高さから「狐蛇」と呼ばれ、恐れられている魔獣の一種だ。
……へぇ、本当に大したもんだ。
周りの生徒達がざわめいていた。無理もない。見るのが初めてである生徒がほとんどだろう。その巨大な体躯に、小さく悲鳴をあげる生徒もいた。
「はぁ、はぁ…… これが僕が呼び出せる最強の魔獣です」
「さすが。まさかコイツを支配下に置いてるとは思わなかった。それだけじゃなく使役までするとは」
「降参しては如何です? コイツの攻撃は、場合によってはその防具を突き破ります」
息を切らせながら、淳は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。今まで劣勢だったくせに、形成が変わると態度を一転させて降伏を要求するとは。
……確かに強力な魔獣であることは間違いないけど。
彼は決定的な間違いを犯していた。
「ひとつ教訓を差し上げる。召喚する魔獣はよく考えた方がいい」
「はい? 何ですか今更」
ワケが分からないといったように、淳が顔をしかめる。
「なるほど、理解しました。負け惜しみですね」
そして鼻でせせら笑った。
「まぁ、いいです。これで僕の勝ちですね。確かに、僕が思っていたよりも強かったですよ。あなたは大したものだ。認識を改めましょう。では今度こそ、さようなら天戸零」
グワッと。
狐蛇が零に襲いかかる。その巨大な口が開き、牙を突き立て、丸飲みしようとした。周りの生徒の悲鳴が響く。審判の教員があわてて試合を中断しようとした。
――が。
「…………な」
声をあげたのは淳だった。先程までの嘲笑が驚きと恐怖に変わっていく。全体が静まり返った。審判でさえも口をあんぐり開けていた。
狐蛇は、零に牙を突き立てる寸前のところで動きを止めていた。
零は何もしていない。ただ立っているだけ。それでも、狐蛇が攻撃してこないことを知っていた。
「……な……んで……どうして……何故だ! 何故攻撃しない!?」
淳が取り乱したように叫んだ。
「だから言っただろう。召喚する魔獣はよく考えた方がいいって。もう少し頭の悪い魔獣を召喚すれば、攻撃できたかもしれないのに」
前述したように、狐蛇は知能が高い。獲物を巧妙に罠にしかけ、確実にしとめる狡猾さを持っていた。その賢さは多くの生物にとって恐怖の対象になる。だが今回はそれが裏目に出た。この蛇は知能が高いが故に相手を選ぶ。自分よりも強いと悟った相手には決して攻撃しない。そして、それを感じ取る感性も優れている。つまり野生の本能で、零が絶対的な強者であると悟ってしまったのだ。零の殺気に硬直してしまっていた。
「……大丈夫だ。お前に罪はないよ」
零は蛇の巨大な頭を撫でた。狐蛇はゆっくり頭を下げると、安心したように体を丸めた。もはや攻撃する意志はない。淳は、自分以外があの大蛇を手懐けていることが信じられないとばかりに、口を大きく開けた。
「さてどうする古池淳。お前の魔力は尽きてるはずだが、まだ続けるか」
「クソ…… クソォォォ!」
直後審判が試合を止め、零の決勝トーナメント進出が決まった。
何か意見がありましたら、遠慮なく教えて下さい。
2013/10/04 改訂