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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第二章 オダヤカナニチジョウ
15/90

12話 それぞれの思い

書きあがったので投稿します。

少し短めですが、御了承ください~


 零の戦闘中、浅沼幸平はその戦いを見て鼻を鳴らしていた。

 ……ふん、こんなものか。

 わざわざこの試合の審判を志願したというのに、とんだ見当違いだったようだ。天戸零は押されている。それも同じ学年のBクラスの生徒に。今も防戦一方で攻撃することも出来なさそうだ。この分ではAクラス昇進の話もなかったことになるだろう。

 ……杞憂に終わったな。

 幸平は手元の資料を見る。

 二年前、神無月瑠璃の試合を見た時はその力は圧倒的だった。相手が何をしてきても全く動じず、全てを飲み込むような気配はまるで底なし沼を連想させるほどだった。対して天戸零にはそれがない。どこまでも一般的で普通。教科書通りの立ち回りだった。

 ……ん?

 そこで異変に気づいた。

 天戸零は未だ抜刀すらしていなかった。最初はその余裕すらないのかと思っていたが、どうも違う。それに、相手の動きをじっくり観察しているようにも見えた。徐々に相手の男子生徒の息が上がってきている。

 ……まさかわざと?

 そう考えてから、首を振った。有り得ない。あの猛攻の最中に手を抜く余裕など、一年の段階では不可能だ。あのBクラスの生徒の剣速は、一学年の中ではなかなか速い方だ。現に天戸零も全て紙一重の差でかわしている。それだけ余裕がないということだ。

 ……しかし、ギリギリとは言え、全てかわしているのも事実。

 逆に考えれば、全て完全に見切っていると言うことも出来る。幸平が考えにふけっていると突然、天戸零が前に走り出した。

 ……ヤケでも起こしたか?

 端から見れば自滅行為だ。今まで後ろに下がって紙一重だったのに、前に出たら当たるに決まっている。

 だが、幸平は見てしまった。その時の零の目を。

 わけもなくゾッとした。

 全てを見透かすような目。それは二年前の少女の目とあまりにも似ていた。

 気づいたら天戸零の小刀は、相手の男子生徒の首筋に当てられていた。

「し、勝負あり!」

 幸平は激しい動悸を抑えるのに精一杯だった。 



「ありがとうございました」

 零は相手に挨拶をすると、ステージの脇へ――

「ち、ちょっと待ってくれ!」

 行こうとして止められた。

 少し動転しているのか、少年の声は上擦っていた。ぜーぜーと息を切らし、それでも驚きを露わにしている。

「君は……悪いけど君の名前を教えてくれないか?」

「……まぁ、いいけど。天戸零だ」

「アマト――君がか!」

 何かに気づいたように叫んだ。名前だけなら零は有名だ。だが、顔を知らない生徒は少なくない。彼もおそらく、零の名前だけしか知らなかったのだろう。悔しそうな顔をしてみせた。

「くそ、相手が悪かったか。最初はイイ感じだとおもったんだけどな」

「逆。最初から飛ばし過ぎだと思う」

 あまり偉そうなことは言いたくなかったので、最低限のことだけ伝える。というのも、負けた相手にあれこれ説教を受けるのは気分が悪いだろうと思ったからだ。この学校はプライドの高そうな生徒が多い。それに、下のクラスの人間に負けたとなれば、余計な妬みを買うかもしれない。

 ただ、目の前の彼は違った。

「そうか。まぁ、いいや。全力でやれたし。俺は照也(てるや)。テルって呼ばれてる。今日は楽しかったよ。また今度相手してくれ!」

 手を差し出される。爽やかな笑顔だった。こちらも気分が良くなる。

「ああ、いいよ。よろしくテル」

 握手をした。彼のような生徒ばかりなら、この学校の質も上がるだろう。初戦が気のいい相手で良かったと思いながら、零はステージを後にした。


 零は敵ではない相手――例えばここの生徒と戦う時に、自分で定めているルールがある。それは相手の力を見定めて、そのやや上の力で勝つことだ。

 人間は強大な力を前にすると潰れてしまう。それが大きければ大きいほど、受ける挫折も大きくなる。確かに乗り越えられれば成長できるが、人間は誰もが強いわけではない。零の力は若い芽を摘んでしまう可能性があった。そのため、相手の力が十ならば十一で、百ならば百一の力で勝利するよう心がけている。今の試合も、あと少しだったと思わせることが出来たはずだ。

 ――正々堂々と全力を出すことが、礼儀だとは限らない。

 その考えは、間違っていなかったと思った。


 戻ってくると、明と瑠璃とが待っていた。

「……お帰り」

「あぁ、零。お疲れ……てないね。余裕そうだね」

 汗ひとつかいていなかったためか、瑠璃は苦笑しながら言い直した。

「リリ、試合は?」

「ないよ」

「はぁ? なんで」

「前回優勝者は予選免除」

 ちょっと納得がいかなかった。明に試合がないことは知っていたが、瑠璃に試合がないのはずるいと思う。ということは、彼女は今日一日ずっと暇だということだ。

「……クソ、俺はこんなに面倒な思いをしてるのに」

「もう暇で暇で困っちゃう♪」

 瑠璃の態度に、拳を握り締めた。こうなったら、絶対に本戦まで進んで瑠璃を潰そう。

 図らずも、少しだけやる気が出てきた。


◆◇◆◇◆◇◆


 大会は順調に進んだ。

 零は当然のように勝ち進み、残りあと一試合になっていた。一学年のトーナメント表には三人の名前が残っている。

 天戸零、月下芽衣、古池淳(ふるいけじゅん)

 つまり、下の二人のどちらかが零の対戦相手ということになる。個人としては芽衣と戦いたいのだが。

 ……『古池』か。

 その名前は、東国に限れば『月下』と同じくらい有名だ。

 国にはそれぞれ、日の光が当たらない「影」の部分が存在する。国の機密事項、政治の極秘事項など、それらは決して少なくない。そして、必ずそれらを秘密裏に処理する集団が存在する。

 俗に《暗部》と呼ばれる集団だ。

 当然、彼らは一般人を遙かに凌ぐ力を持っている。まさに一騎当千という言葉がピッタリ当てはまるような人間の集まりだ。そして、この集団の手に負えないレベルのものが、零の所属する《組織》に回ってくる。零も過去に《暗部》の人間とは苦い思い出があった。

 『古池』はその《暗部》の人間を多数輩出してきた名門で、特に召喚魔法を生業とする一族だ。彼らが契約している魔獣は強力なものが多く、中には代々伝わっているものもある。

 ……芽衣、勝てるかな。

 零は試合の様子を見る。

 相手のスタイルは完全な遠距離射撃型だった。防御を固め、遠くから正確に芽衣を狙い撃っている。刀を軸にした芽衣のスタイルとは正直あまり相性は良くなかった。しかも、芽衣の刀は「攻め」というよりも「守り」の刀だ。相手の力を受け流してカウンターを決める実践的な型。ただ、試合となると分が悪い。このまま試合が終わって判定勝負になれば、芽衣は負けるだろう。

 勝ってほしいが、冷静に見るならこれは芽衣の対策不足だ。今までこのような相手とは戦ってこなかったのだろう。残念だが、これを機にもっともっと成長できればいい。

 試合終了の合図を聞いて、零は芽衣を迎えに行った。


◆◇◆◇◆◇◆


「……ありがとうございました」 

 芽衣は対戦相手の古池淳に頭を下げた。悔しいが実力不足だ。対策を怠った自分が悪い。

 淳は芽衣に対して勝ち誇ったような笑みを向けた。

「ふぅ、いい試合でしたが僕の勝ちですね」

 180センチはあるであろう身長と、端正な顔立ち。だがその瞳には、他者を侮辱するような色を宿していた。

「月下の人間がこの程度では、僕の優勝も間違いなさそうですね」

「……くっ!」

 唇を噛む。

「では次に戦うまでに、僕が退屈しない程度にまでは強くなっていて下さい」

 淳はそのまま嘲るように去っていった。

 試合から戻ると、零がひとりで待っていた。表情は無い。きっと結果を知っているのだろう。

「お疲れ、芽衣」

「……ごめん、負けたわ」

 笑おうとしたが、うまくいかなかった。歪な顔になっているのが分かる。それでも、目の前の少年に落ち込んだ表情を見せるのは嫌だった。

「悔しい?」

 頷く。当然だ。悔しくないわけがない。

 零と戦えないことも、月下を馬鹿にされたことも、そして歯が立たなかったことも全て悔しい。言葉に詰まった。

 零は芽衣の頭を撫でた。

「え、ち、ちょっと何やって……」

「そんな意地にならなくていいのに」

「い、いや……あの」

 突然のことに軽くパニックになりながらも、そこまで言って言葉を失う。零は笑っていた。

「御苦労さん。そして学年三位おめでとう」

 いつだったか。零の心の傷を癒せるような存在になろうと思ったことがあった。そう思わせるほど悲しくて孤独な少年だった。

 でも、いつも逆に癒して貰ってばかりで。それが嬉しいと同時に辛くて。

 自分はなんて無力なんだと思ってしまう。

「はぁ……カッコ悪いな」

 誰よりも深い闇を抱えた人間に、自分の哀しみも包んで貰って。本来ならその優しさに甘えてはいけないのに。

 それでも甘えずにはいられない。

 零の手の温もりは、遠い日の父親の温もりに、とてもよく似ていた。


2013/09/28改訂

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