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孤独と闇と希望と  作者: 普通人
第一章 動き出す日常
13/90

10話 白と黒

感想、評価お待ちしています~

こんな小説ですが、読んで下さっている方々に感謝!!

「それでは行って来ます」

「行って来るね、おじいちゃん」

 芽衣と結衣は、穏やかに笑う老人――月下重夫に声をかけた。もう七十歳を超えているにも関わらず、その体は衰えた様子もなく、ピンと伸びた姿勢はまるでお手本のように美しい。

 ――第十六代目雷切。

 その一振りは雷を両断すると謳われた一族の当主。

 重夫は、玄関へ向かう愛孫二人に向かって笑みを深くすると、思い出したように言った。

「そう言えば、早く零を家に連れて来んか」

「「えっ」」

 二人が同時に声を出す。結衣は視線を横にずらし、芽衣は少し顔を赤くした。

「いや、何ていうか…… もう私たち子供じゃないし」

「は、はい…… ちょっと恥ずかしいような気が」

 その二人の様子に、重夫は呆れたような顔をする。

「何が恥ずかしいだ。一緒に風呂だって入ったことあるくせに」

「「ぶっ!!」」

 ボッという音と共に顔から湯気が上がった。芽衣にいたっては目を回している。

「おじぃぃぃぃぃぃちゃん!!」

「おー怖い怖い」

 結衣の怒鳴り声に、やれやれと首をすくめた。どうやら愛孫と愛弟子の関係は、昔と何一つ変わっていないらしい。あいつも罪な男だと思う。

 四年間連絡もなく過ごしてきた。

 その間に、孫の二人がもらった恋文の数など数え切れない。だが、それに一切応じようとしなかった愛孫を見て、まるで幼い頃の自分を見ているような気がした。

 ……人生でそんな異性と出会えたことは、果たして幸運なのか不運なのか。

 久しく会っていない愛弟子の顔を思い出す。

 別れる際に、ふたりは言葉を交わさなかった。

 頭を下げる。それを、ただ黙って見つめる重夫。その時間は、永遠に続くかと思えた。何を考えていたかは覚えていない。もしかしたら、何も考えてなかったのかも知れない。ただ、その時の音、臭い、空気は鮮明に思い出せる。

 ……そういえば、あの後は大泣きする二人をなだめるのが大変だったな。

 真っ赤な顔をした愛孫を見ながら、重夫は懐かしむように微笑んだ。


◆◇◆◇◆◇◆


「おはよう、月下さん」

「おはよ」

 挨拶してくるクラスメートに返事をしながら、芽衣は自分の席へ向かった。天気は晴れ。いつも通りの気持ちのいい朝である。

「月下さん知ってる? 今日このクラスに転入生が来るらしいよ?」

「転入生? この時期に? しかもこのクラス?」

 転入生というのは、時期を問わず珍しい。しかも最難関校であるこの学校の、しかもAクラスに転入してくる人間など滅多にいない。したくてもできないからだ。教室がいつもより騒がしいのはこのせいかと思った。

 曰く、編入試験のテストでほぼ満点。

 曰く、面接官が見とれてしまう程の美少女。

 そして最も驚いたことは……

「治癒ぅ!?」

「そうそう、そうらしいよ。なんか実技の試験で実演して見せたとか。まだ公にはされてないみたいだけど」

「そりゃあ……そうでしょうね」

 その噂が事実だとしたら、おそらく大陸で二人目の能力者ということになる。大勢の人間がこの学校に押し寄せてくる可能性があった。

 ……すごい生徒が入って来るわね。

 芽衣が感心していると、教室のドアが開いて担任――藤本香織(ふじもとかおり)が入ってきた。一瞬にしてざわめきが止まる。Aクラスともなるとエリート意識が強い生徒が多く、教員がいる前では喋らないというのが暗黙のルールになっていた。

「え~、おはよう御座います。もう知っている人も多いと思いますが、今日から新たにもう一人、このクラスに入ることになりました。早速紹介しましょう。天戸さ~ん、どうぞ」

 天戸さん(・・・・)??

 全員の顔が硬直する。知らないわけがない。その名字は今、最も有名と言っても過言ではないもの。空気が止まったかと思えるAクラスの教室のドアが静かに開いた。そして、ひとりの少女が入ってきた。

 クラスメート全員が息を呑んだ。

 透き通るような白く長い髪、スカートから伸びる細く長い足、ルビーの瞳と真っ白い肌。芽衣は一瞬目を奪われた。無表情でさらりとした態度は、どこか懐かしいような……

 ……懐かしい(・・・・)

 芽衣は沸きあがった感情に疑問を抱く。当然見るのは今が初めてだ。過去に会った記憶もない。それでも、久しいと感じずにはいられなかった。

「天戸明です。よろしくお願いします」

「何と! 天戸さんのために昨日、私が机を用意しておきました~ そこ座ってね」

「はい」

 未だ息を呑むクラスメート達の視線の中、明は表情を変えずにその席へ向かった。場所は廊下側の一番後ろ。名前が「ア」で始まるため、全員の学籍番号がひとつずつずれることになる。

「皆、仲良くしてあげて下さいね~」

 担任の声がやたらと大きく聞こえた。


◆◇◆◇◆◇◆


 休み時間になると、明の周りには人が集まった。

 全員の疑問はひとつ。

 天戸零とはどういう関係か?

「血は繋がってないけど、親戚みたいなもの」

「あー、そう…… え、血は繋がってないの!?」

 一際大きな声が響く。芽衣はその人だかりに加わっていないが、会話は食い入るように聞いていた。なんせ、零と関係ある人物だ。零には身内がいないと思っていたが、話を聞く限りだとやはり実の親戚ではないらしい。

「え、じゃあ一緒に住んでたり……とか?」

「そう」

「「「「な、なに――――――!!」」」」

 男子も女子も悔しそうな声を出した。

「くそっ奴め、Eクラスのくせに……」

「うそ……天戸君……」

 クラスメート達が次々に呟く。悔しがる男子、嘆く女子。もちろん芽衣もビックリだ。そんな話は今までに聞いたことがない。

 ……もしかしたら、この前遅刻してた時に何かあったのかも。

 芽衣は、零が夜にほとんど眠らないことを知っているため、何かがあったと感じていた。しかし……

 ……同棲してるんだ。

 どうしても嫉妬心が沸き起こってしまう。彼女は美人だ。誰が見てもそう言うだろう。今も質問に答える様子は、クールビューティーという言葉がぴったり当てはまる。身長も女子にしては高い方だ。スリーサイズ? 考えるまでもなく負けているだろう。

 芽衣は、零と明が並んでいる様子を想像した。真っ黒な髪と真っ白な髪が風に揺れて……

 ……あ、お似合いかも。

 芽衣はど――んと落ち込んだ。


◆◇◆◇◆◇◆


 噂が広まるスピードはとんでもなく速いと零は思う。今日のことは、もう学校中に広まっているらしい。零のプロフィールには、「学年1位」と「赤点」と「Eクラス」の他に、「遅刻」と「同棲」が加わっていた。改めて噂の恐ろしさを思い知る。

 原因は何だったか。

 言うまでもない。明が言った言葉だろう。

 明の入学は驚くほどスムーズに進んだ。テストではどの科目も高得点を叩き出し、教員達を驚愕させた。面接では質問に対し、的確に答えた。そして何より、教師陣を最も驚かせたのは魔法の性質である。零と出会った当初はまだ覚醒していなかったが、方法を説明するとあっという間に「治癒」の力を発現させた。かつて零がその方法を試した時、零には何も起きなかった。「治癒」が自分にはない唯一の能力であると悟った瞬間である。それに対して、明は一発で力を開花させた。やはり、自分の目に間違いはなかったと思う。全て順調だと思っていたのだが。

「目線が痛い」

「……ごめん」

 現在地――食堂。

 明が零と同棲していると認めたため、すっかり注目の的になってしまっていた。今も、男子生徒から零に、女子生徒から明に、鋭い視線が突き刺さる。

「……まぁ 仕方ないことだよ。二人とも外見目立つから」

 瑠璃が諦めたような口調で言う。瑠璃には先日、補習が終わるまで待ってもらって事情を話した。零の秘密を知っている彼女ならば、説明し安いし協力も得安いと思ったのだ。男の零では、出来ることに限界がある。主に制服や私服の見立ては彼女に頼んだ。最初は何故か不機嫌そうだったが、最終的に明とは楽しそうに話をしていたので大丈夫だろう。

 あとは芽衣と結衣の二人への説明だが……

「零君、この子……えと明ちゃん? と一緒に暮らすことになったって本当?」

 迫るように尋ねてくる結衣を見て、やはりそれほど重要なことなのかと思う。正直周りの反応などこれっぽちも考えてなかった。


「う――ん、別に変なことをするつもりは全くないんだが」

「「まあ、零君(アンタ)はそうだろうけど(でしょうけど)……」」

 ……うわ、息ピッタリ。信頼されていると捉えるべきか、馬鹿にされていると捉えるべきか。

「じゃあ、問題ないだろ」

「そういう問題でもないのよ」

 頭で理解はしていても、納得できない部分と言うのはやはりあるのだろう。芽衣と結衣は、お互い顔を見合わせると、深い溜息をついた。

「そもそも血は繋がってないのに親戚ってどういうこと? 意味分かんない」

 複雑そうな顔――例えるならばラーメン屋でカップ麺を食べている人を見るような目でこちらを見てきた。二人は零の出生の秘密を知らない。月下家で知っているのは重夫だけだ。

「二人はさ、俺が最初に月下家にやってきた時のこと覚えてるか? アカリはそれに関する犠牲者みたいなもんだ」

 当時を思い出す。殺すことしか知らなかった頃。人と石ころの区別も出来ないほど目が濁っていた頃。

 二人の表情が揺れた。

 きっと昔は恐ろしかったことだろう。穴ぼこのような感情の無い目をした少年と一緒に生活するのは、どうしようもなく恐かったはずだ。それでも、二人は零を受け入れてくれた。普通に会話をして、普通に稽古して。

 ……そして今回も。

「分かった。私は零君を信じる」

「まぁ、私も何だかんだ信頼してるから」

 結衣は静かに、芽衣ははっきりと口を開いた。やはり二人は何も聞かなかった。零のことも、明のことも、何も聞かなかった。

「いつか話してくれればいいです」

 詳しいことを秘密にしたままの零を、二人は受け入れてくれた。

 ――淡白な言葉は、時に全てを包み込む優しさになる。

 どうしようもなく有り難い。零はその優しさに、笑みを返した。


「零……」

 明が寂しそうな顔で零の顔を見る。大変なものを見てしまったような顔だった。

「どうした?」

「……何でもない」

 急いで顔を背ける様子はどこかぎこちない。見ると、明だけでなく他のみんなも同じような表情をしていた。

「あれ、俺なんか変なこと言ったっけ」

 暗い話になってしまったのがいけなかったか。

「いや、なんでもない。それよりもさ、みんなも早くご飯、食べよ」

 わざとらしく元気に言う瑠璃に、零は首を傾げた。



「明ちゃん……」

 瑠璃が影から声をかける。それに反応して、顔を向けた。零はそれに気づかない。

「今の見たよね」

「……」

 あんなものを見たのは初めてだった。笑顔の下に、感情という感情を詰め込んで、破裂しないように必死に耐えてるような表情。

「あれが『天戸零』だから。一緒に暮らすなら覚えておいて損はないと思うよ」

 先程の表情を思い出す。自分と同じ境遇の少年の認識を改め、小さく頷いた。


次回、校内模擬大会編に入ります~

2013/09/17改訂

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