7話 孤独を共有する者 前編
PV6500 ユニーク1000突破!
大変ありがとうございます。
まだほとんどお話が進んでませんが、飽きずに読んで頂けたら幸いです。
「それで?」
「……ん」
「武器は何にするか決めたの?」
「いや、まだ」
半分日課のようなものになった会話を、今日も繰り返す。
時刻は昼。場所は食堂。会話のスタートは、いつも芽衣のこの一言であり、その度に呆れたような顔をされるところから始まる。
零の主要武器は未だ未定のままだった。
属性は氷に決めた。バランスが良く、攻めも護りもできることから、使い勝手は良い魔法だ。瑠璃は炎と地を選択しているらしい。本来なら五つ使えるため、何かと歯がゆい部分も多そうだ。
ちなみに芽衣も結衣も属性は雷だ。雷切一門の人間は、基本的に雷の性質を帯びるらしい。
「どうすんのよ!? もうすぐ模擬大会じゃない」
「……やっぱり刀は選ばないってこと?」
気まずそうな結衣の問いかけには、苦笑しながら頷いた。
二人は零が刀をメインとすることを知っている。武器の基礎をつくったのは月下家だったし、よく手合わせもしていたからだ。
また、零が月下家を離れるとき、祖父とどのような会話をしていたかも知っている。刀とはどういうものか。なぜ使うことを拒むのかも、朧げながら覚えている。
「知ってると思うけど、俺は普通頭で考えて戦うタイプだよね」
二人は頷く。零は昔から、感覚派というよりは理論派であり、戦略を練ることを好むタイプだった。
一つの例外を除いては。
「ただ、刀を扱う時だけは、何も考えられない。心が空っぽになって、ひたすら無心で動いてる。これだけは、師匠にも俺にもどうしようもなかった」
感覚に任せるままに。ただ体が動くままに。
それは逆に、零が真の刀の使い手であることを表している。実際、刀を手にした時の零の反応速度は、他のどんな武器を手にした時よりも、圧倒的に早かった。
「でも、これは怖いことだ。何故って手加減が出来ない。気付いたら相手を殺してましたってことにもなりかねないから。だから刀を使うのは少し恐ろしい」
かつて自分の力に飲み込まれそうになったことを思い出す。制御しきれず、自分の力に振り回されて、それで一体何人が帰らぬ人となっただろう。
「でも、零君ならどんな武器でも大丈夫だよ。実際、私たちは一度も勝ったことないもん」
「まぁ……そうね」
重い雰囲気を振り払おうと思ったのだろうか。結衣の声は、普段よりもトーンが高いように思えた。
「何にせよ、結局何に……」
「やっほー 何の話?」
横から会話に割り込んできたのは、青い髪の少女――神無月瑠璃だった。
「こんにちは、神無月先輩」
「こんにちは」
「お疲れ。相変わらず人気そうだな」
順に結衣、芽衣、零。
「芽衣さんに結衣さんもこんにちは。人気? うーん、気のせいじゃない?」
「いや、リリが来たことで、このテーブルに集まる視線が倍以上にはなった」
「前回の大会の優勝者ってことで、知名度が大きく上がったことも原因ですかね」
少なくとも、瑠璃に憧れる人間は多いだろう。目は口ほどにとも言うが、それは視線に現れている。中には妬みや嫉妬の感情が入り混じったものもある。
知らない方が幸せなのだろう。だが、悪意に敏感な零には、それが分かってしまう。努めて気付かないフリを装いながら、零はそれらの醜い感情から目を背けた。
「でもなぁ、今年は零がいるし、優勝は厳しいかな」
「まぁ、ほどほどに頑張るけどさ。はい、コーヒー」
「ん、ありがと」
零と瑠璃の親しそうな様子は、周りの生徒は勿論、結衣たちも意外だったようで、揃って目を丸くしていた。その影響か、主に男子生徒の嫉妬の視線が、零にも集まったような気がした。
……別に隠すこともない。
「んじゃ、いただきます」
隠そうとしても、やがてはボロが出る。ならば、堂々としていればいい。
芽衣と結衣には、いつか話そう。
昔から、ずっと口を閉ざしたままでいる、過去のことを。
◆◇◆◇◆◇◆
一年の教室へ戻る途中で、後ろから呼び止められた。
「おい、そこの一年」
「……はい」
見ると、三学年の男子生徒だった。顔には見覚えがない。胸には「A」と輝いたバッチをつけており、少々プライドの高そうな顔をしていた。
「お前が天戸零か?」
「そうですけど、何か御用ですか?」
男は零の態度に一瞬顔を引きつらし、威圧するように目を細めた。
「あまり調子に乗るなよ、たかがEクラスの一年が」
「……」
「一位だったくらいで調子に乗るなって言ってんだよ!」
そこまで聞いて、この男がなぜ怒っているのか理解した。おそらく神無月瑠璃のことだろう。入学したばかりのEクラスの一年が、全校生徒の目標ともいえる存在である瑠璃と、親しく話しているのが気に入らなかったのだ。
気持ちは分からなくもない。
だが、彼は一つ見当違いをしていると思った。
零と瑠璃が親しいのは昔からのことであり、別にテストでトップだったからではない。だから、調子に乗っているわけでも、当然なかった。
……そんな事情など、彼が知る由もないのだが。
「神無月さんに気安く近づくな。彼女はお前と違って天才なんだ。一年の劣等生が話をしていいような存在じゃない」
「……劣等生?」
「劣等生だろう。唯一の赤点だそうじゃないか」
へへっと笑う。明らかな嘲笑だった。本当のことなので腹は立たないが、「唯一」という単語を聞いて、やっぱりそうかと少し落ち込んだ。
「この…… 赤点の劣等生が」
低い声で脅す。全く意に介した様子がない零の態度を見て、舐められているとでも思ったのだろうか。顔は紅潮しており、今にも殴りかかってきそうに感じた。
その時、
「何をしている」
良く通る、澄んだ声だった。
階段の方から姿を現したのは、眼鏡をかけた長身の人物。男はその声の主を見ると、掴みかけた零の制服から手を離した。
「脅しか? みっともないな。お前はもう三年だ。寧ろ生徒を引っ張っていく立場だろう」
「……チッ! すみませんねぇ」
第三者の介入は予想外だったのか。
男はそう言うと、不機嫌そうな顔をしたまま、しぶしぶ自分の教室へ戻っていった。
「大丈夫か?」
彼は最上学年である黒のラインが入った制服を着ていた。その胸には同じく「A」と書かれたバッチをつけている。
「ありがとうございます、わざわざ助けて頂いて」
素直に礼を述べる。
「いや、構わない。君は天戸零君だな?」
「そうですが、なぜ?」
「俺は宮城進。ここの生徒会副会長をしている」
宮城進とは、四学年の二位の欄に名前が載っていた人物だ。それが目の前にいるのだから、零は多少なりとも驚いた。
「副会長さんでしたか」
「そうだ。君の噂は聞いているよ。一位で赤点というのは珍しいからな」
「……それはもう勘弁して下さい」
もうすっかり「一位で赤点の男子生徒」という認識が広まっていることに、大きな溜息をついた。
あまり好ましい認識のされ方ではない。
「ああ、すまないね。でも君も今度から気を付けろ。中には君のような生徒を妬む者もいる。確かにこの学校の生徒はレベルが高い。だが全員が素晴らしい人格を宿しているわけでは、当然ない。なまじ実力が高いから、Aクラスの人間ともなれば、今の君ではおそらく相手にならないよ。怪我をしたくなかったら、取り敢えずは殊勝な態度を見せておいた方がいい。さっきのような態度は慎んでな」
「わかりました。気をつけます」
もう一度頭を下げてその場を去る。
正直言って興味がなかった。
午後の授業が始まるまで、もう時間がなかったから。
◆◇◆◇◆◇◆
「どうだった 彼は?」
陰から女性の声が響く。
「俺が見た限りだと強そうには見えないな。ただ学があるだけだ」
「分からないわよ。爪を隠しているのかも知れない」
「何故そう思う?」
「進、あなただって覚えてるでしょう? 『Eクラスで一位』というこの異例さ。つい最近もあったじゃない」
「……神無月瑠璃か」
半分ため息交じりの答え。それに対する女性の笑い声。
「そう。彼女も最初はEクラスだった。普通の生徒かと思ったけれど、蓋を開けてみたらテストでは不動の一位。大会では私や進を倒して見事優勝。今や全生徒の目標よ」
「それはそうだが…… そんなイレギュラーが立て続けに起きるのか?」
「まだ何とも言えない。そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。でも、もうじき判明するわ。校内模擬大会はもうすぐだもの」
そう言うと、優雅に微笑んだ。
◆◇◆◇◆◇
夜になると急激に強い雨が降ってきた。
一つ、また一つと窓ガラスを伝い、水たまりの中へ落ちていく。
零は相変わらず眠らない。
特に、雨の晩は決まって嫌な夢を運んでくる。
たまに見る昔の夢。
それは、真っ赤な色に彩られている。
零の記憶の中で、最も思い出したくないもののひとつだ。
「……?」
ふと、玄関に人の気配を感じ、反射的に時計を見た。
――午前0時59分。
とても人が訪ねてくるような時間ではない。どうしようか悩んでいる内に、秒針が回り切って一時を迎えた。
無視をすることはできた。そうしなかったのは、何かしらの予感があったからなのか。この時の零は、不思議と鼓動の高鳴りを感じていた。
ドアを開ける。
そこには、長く、白い髪を腰まで伸ばした少女が、ずぶ濡れで立っていた。
2012/08/18 更新