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真・恋姫†無双 ~天命之外史~  作者: 夢月葵
第二部・義勇連合軍編
8/30

第四章 黄巾党征伐・前編

黄巾党は、元は単なる農民達。

気高い志を持って立ち上がった筈の人々。


それがいつの間に、単なる賊に成り下がったのか。

それは最早、黄巾党すら解っていないのだろう。




2009年12月7日更新開始。

2010年1月10日最終更新。

 (りょう)達が旅立って一ヶ月が経った。

 その間に何度か黄巾党(こうきんとう)と戦い、全てに勝利している。

 雪里(しぇり)が得た情報が正確だったので、当初の目的通りに小規模の所から攻めたのが要因の一つだ。

 とは言え、黄巾党の根城をどんどん潰しているのは事実なので、その噂は瞬く間に広まっていった。

 すると、義勇兵の志願者や資金・兵糧等の援助者が次々と現れ、義勇軍はその規模をどんどん大きくしていった。

 初めは百名程だった義勇軍も、今では三千近い人数を誇る大部隊に成長している。

 それだけ規模が大きくなると色々と問題も起きるが、そうした事には愛紗と雪里が対応していった。

 愛紗(あいしゃ)は真面目で何より強いので、軍の空気を引き締めるのに一役買っている。

 雪里はその頭脳で臨機応変に対応し、規則を守らない者には厳しい罰を与えた。

 その為、今義勇軍に居る兵達は心身共にかなり鍛えられた者ばかり。

 単に徒党を組んで辺りを荒らすしか能のない黄巾党が、今の義勇軍に勝てる筈もなく、今では「劉備(りゅうび)清宮(きよみや)軍」の名前を聞いただけで震え上がり、まるで蜘蛛の子を散らすかの様に逃げていくのだった。

 そして今日も、涼達は黄巾党を倒す為に出陣し、目的の場所に向かっていた。


「すっかり大軍になったなあ。」


 後ろに続く軍勢を見ながら、涼は呟いた。


「本当ですよね。一ヶ月前とは比べ物にならない人数ですよ。」


 その呟きに、隣に居た桃香(とうか)が応える。


「これも御主人様や桃香様の人徳のお陰でしょう。」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、すっかり人気者になったのだっ。」


 二人の後ろに続く愛紗と鈴々(りんりん)も続いて話に参加する。


「ですが、これでは未だ未だです。何れは何万何十万といった大軍を率いてもらわないと。」


 そんな風に厳しい声を出しながら、雪里も会話に参加した。


「何十万て……。今は三千弱の軍を率いるだけで精一杯なのに、無茶言うなよ。」

「勿論、今直ぐという訳では有りません。ですが、気構えくらいは持ってもらわないと困ると言っているのです。」

「うぅ……雪里ちゃん、相変わらず厳しいよぅ。」


 更に厳しい口調で喋る雪里に、涼と桃香はタジタジになっていく。


「そりゃ、この“劉備・清宮軍”を率いる一人として、それなりの自覚は有るさ。けど、戦い始めて一ヶ月くらいじゃそんな気構えは持てないよ。」

「まったく……。」


 涼の答えに雪里は呆れつつも、それ以上は何も言わなかった。

 雪里が話し終わったのを確認してから、再び桃香が涼に話し掛ける。


「ねえ、涼兄さん。私達義勇軍の名前、変えちゃダメ?」

「その話は散々しただろ? だからダーメ。」

「えー。」


 提案を即座に却下され、頬を膨らませる桃香。

 それでも負けずに言葉を繋いでいく。


「だけど、私なんかより涼兄さんの名前だけの方がしっくりくると思うんだけどなあ。」

「そうかな? 俺としては“劉備軍”だけの方が良いと思うんだけど。」

「「それはダメですっ!」」


 涼の言葉に桃香と愛紗が同時に反対する。


「お兄ちゃんの名前は無いといけないと思うのだ。」

「我が軍は、清宮殿と桃香様の二枚看板で成り立っているのですよ。それをお忘れにならないで下さい。」


 更に鈴々と雪里も、二人と同じく反対の言葉を続ける。

 涼は皆の言葉を苦笑しながら聞いてから、口を開いた。


「解ってるって。だから折衷案として“劉備・清宮軍”って名前にしたんじゃないか。」

「だったら、せめて“清宮・劉備軍”に……。」

「ダーメ、これ以上は譲歩しないって何度も言っただろ?」

「それはそうだけど……雪里ちゃーんっ。」


 反論に困った桃香は雪里に助けを求める。


「桃香様、時には諦める事も必要かと。」

「そんなーっ。」


 雪里にあっさりと断られ、桃香は悲しい表情になって声を上げた。

 冷たい様に感じるが、あっさりと断ったのには理由が有る。

 実は義勇軍の挙兵以来、既にこの会話は何回も繰り返されている。

 挙兵後、軍の正式な名前を決める事になったのだが、その時に「清宮軍」にするか「劉備軍」にするかでちょっと揉めた。

 桃香や愛紗は「清宮軍」にすると拘ったが、逆に涼は「劉備軍」にすると拘った。

 雪里は両者の言い分を公平に聞き、鈴々はよく解らなかったのでどっちにもつかなかった。

 そんな感じで収拾がつきそうになかったので、涼は二人の名前を入れた「劉備・清宮軍」という名称を提案した。

 すると桃香と愛紗は「清宮・劉備軍」にという案を出したが、「劉備・清宮軍」じゃないと自分の名前を入れるのは反対と言ったので、仕方なく涼の案を受け入れたという経緯が有る。

 だが、やっぱり涼を立てたい桃香や愛紗は、それから何度も変更を申し出たが、今みたいに簡単にあしらわれている。

 多分、未だ暫くは続くのだろう。


「ほら、早く行くよ。」


 涼は苦笑しながら、皆に先を急ぐ様促した。


「ところでお兄ちゃん、鈴々達はこれからどこに行くんだっけ?」


 鈴々の何気ない一言に、涼達は馬上でずっこけた。


「鈴々ちゃん、何処に行くか知らないで進んでいたのっ!?」

「そうなのだっ。」

「威張るなっ。」


 元気良く答える鈴々に、桃香と愛紗は呆れてしまった。

 同様に呆れつつも、雪里は簡潔に説明した。


「これから行くのは、広宗(こうそう)(現在の山東省(さんとんしょう))で黄巾党と戦っている官軍の董卓(とうたく)将軍の陣営です。」

「官軍……なら苦戦しているだろうな。」


 雪里の説明を聞いた愛紗が重い口調でそう呟く。

 この時代の官軍は堕落した漢王朝に仕えている為、殆どが戦える実力を持ってない上に覇気も無い。

 そんな人間ばかりだから、殆どが農民の黄巾党にさえ勝てない部隊が多いのだ。


(董卓……か。三国志でも演義でも物凄い悪役だけど、この世界でもやっぱり悪役なのかな。)


 雪里達の会話を聞いていた涼は、董卓について考え始めた。

 董卓と言えば三国志は勿論、歴史上でも有数の悪役として知られている。

 十常侍(じゅうじょうじ)抹殺による混乱の後、帝を勝手に替え、暴政を強く等して大陸中を大混乱に陥れたという。

 その暴政は、董卓が暗殺される迄長く続いた。

 そんな人物の救援をしなければならないのは、涼としても不本意なのだが、今の董卓は未だ一武将であり黄巾党と戦う官軍なので、彼等が苦戦していると知った以上、行かなくてはならなかった。


(あと、多分……いや、絶対女の子なんだろうな。それでいて悪役なら、性格が悪いとか太ってるとか、そんな感じなんだろうか。)


 この世界の董卓について色々と想像してみたが、ゲームや演劇に出てくる董卓を女にしただけの醜い姿しか思い付かなかった。


(……やーめた。想像したって何の得にもならないしな。)


 想像するのを止めた涼は、少し行軍速度を上げる様に指示し、目的地へと急いだ。

 数刻後、董卓軍陣営に着いた涼達は、董卓に会う為に本陣に向かって歩いていた。


「……怪我人が多いな。」

「それだけ苦戦しているという事でしょう。」


 その途中、陣内のあちらこちらに包帯を巻いた兵達の姿を見掛けた。

 腕や足は言うに及ばず、頭や体にも巻いている兵が多く居る。


「覇気は勿論、数でも黄巾党が圧倒していますからね。こうなってしまうのは必然かと。」


 目線だけを左右に動かして状況を確認しながら、雪里がそう分析する。

 桃香も周りを見ながら暫く考え、そして雪里に尋ねる。


「ねえ雪里ちゃん、董卓さんが今相手にしてるのって、黄巾党の主力部隊なんだっけ?」

「ええ。農民が中心の黄巾党ですが、戦いを重ねる内に実力をつける者も多数居ます。そうした者を集めた部隊が、この辺りにも現れた様です。」

「厄介極まりないな。」


 雪里の説明を聞いた涼がそう呟く。

 今迄も何度か黄巾党と戦ってきたが、一人一人はそれ程強くない。

 だが、如何せん数が多いので正面から戦うと被害が大きい。

 なので、いつも雪里の策を用いて被害を最小限に抑えてきた。

 その黄巾党の中でも、腕に覚えのある者ばかりが集まっている部隊が、今回の敵なのだ。厄介極まりないという言葉は、決して過言では無いだろう。


「雪里、何か良い策は思い付いたか?」

「幾つかは。ですが、先ずは董卓将軍に会わなければ策を弄する事も出来ません。」

「そりゃそうだ。」


 今度の敵の数は、涼達だけで戦って勝てる人数じゃない。

 涼達よりも遥かに多い人数の董卓軍ですら、この有り様なのだから。


「じゃあ、先ずは董卓さんを捜さないと。どこかなー?」


 そう言って桃香は辺りを見回した。

 だが、その動きは直ぐに止まった。


「……桃香?」


 その事に気付いた涼が声を掛けるも、返事は無い。よく見ると、桃香の視線は一点に集中していた。

 その表情も、いつも以上に明るくなっている。

 かと思うと、桃香は視線の先へと向かって突然走り出した。


「ちょっ、桃香!?」


 涼は驚きつつも後を追った。愛紗と雪里もそれに続く。

 涼達は、桃香が走り出した理由が解らなかった。

 だが、自軍の陣内でないここで何かあったらいけない。

 だから必死に追い掛けた。

 だが桃香は止まらず、尚も走り続ける。

 そして、


「先生っ!」


そう叫んで、一人の妙齢の女性の前で止まった。

 先生と呼ばれた女性は、何事かという表情で振り返ったが、桃香の姿を見るとその表情を明るくして近付いた。


「貴女はもしや玄徳(げんとく)! 劉玄徳ではありませんか?」

「はい! 御久し振りです、先生!」


 そう会話を交わすと、二人とも笑顔を浮かべながら手を握る。

 愛紗と雪里は、桃香と話している女性は誰かと思いながら見ていたが、涼だけはその正体に気付いていた。


(この時期に桃香が先生と呼ぶ人物って事は、恐らく……てか、やっぱり女性なんだな。)


 涼がそう思っている間も、桃香は先生と呼んだ女性と親しげに話している。

 まあ、話している相手が桃香の先生なら、親しいのは当たり前ではあるが。


「こうして会うのは三年振りですね、玄徳。息災そうで何よりです。」

「先生こそ、お元気そうで嬉しいです。」


 桃香は女性との話に夢中で、涼達に気付いていない様だ。


「貴女が天の御遣いと共に義勇軍を旗揚げし、活躍している事は聞いていましたよ。」

「いえ、私なんて未だ未だで……。皆が居なかったら、義勇軍を旗揚げする事は出来ませんでした。」


 そう言った所で漸く涼達に気付いたらしく、慌てて涼達の自己紹介を始めた。


「先生、この方がその天の御遣いの清宮涼(きよみや・りょう)さん。そして、その左隣に居る黒髪の女の子が武将の関雲長(かん・うんちょう)ちゃんで、右隣に居る銀髪の女の子が軍師の徐元直(じょ・げんちょく)ちゃんです。」


 桃香の紹介を受けて、涼達は丁寧に挨拶を交わす。

 その挨拶が終わると、今度は女性が柔らかい物腰で自己紹介を始めた。


「皆さん初めまして。私は、かつて劉玄徳の先生をしていた盧植(ろしょく)と申します。」


 その名前を聞いた愛紗は、盧植を単なる桃香の師として認識したが、対照的に雪里はかなり驚いていた。


「貴女があの高名な盧植先生ですか。是非一度お目にかかりたいと思っていました。」


 そう言った雪里は口調こそ常の冷静さを保っているものの、その瞳は眩しい程キラキラと輝いており、まるで憧れの人に会ったかの様だ。

 いや、普段クールな雪里がこんな反応を示しているのだから、本当にそうなのかも知れない。

 そんな雪里を盧植は真っ直ぐ見つめ、微笑みながら言った。


「有難うございます。でも、私はしがない儒学者ですよ。」


 それが謙遜して言っている事は、雪里の反応を見る迄もなく解る。

 涼に至っては、「三国志」の知識を知っているのだから、盧植がしがない儒学者だけでない事くらい解っていた。


「そして、政治家であり将軍でもある、でしょ?」


 そんな中、涼達の前方から女の子の声が聞こえ、そう言葉を紡いだ。

 涼達はその声の主を注視し、盧植は振り返ってやはり微笑みながら声の主に応える。


「私にとって、それ等は副業でしかありませんよ、賈駆(かく)。」


 賈駆と呼ばれた少女は、やれやれといった表情を浮かべながら更に言葉を紡ぐ。


「それだけ才能が有るのに、政治家や将軍が副業とはね。天も時々気紛れが過ぎるわ。」


 そう言うと、賈駆は視線を涼達に向けた。


「で、貴方達は?」

「この方達は劉備・清宮軍の劉玄徳と清宮涼さん、関雲長さんに徐元直さんですよ。」


 賈駆の質問に涼達が答える前に、盧植が答えてくれた。


「最近噂に聞く、あの義勇軍の? ふーん……。」


 賈駆はそう言って、涼達を値踏みする様に見つめる。

 女の子に見つめられて、ちょっと恥ずかしくなる涼だったが、それでも賈駆を観察する事は出来た。

 賈駆は、緑色の長い髪を細い三つ編みにし、その上には黒を基調とした四角い帽子を被っている。帽子の前両端には糸を束ねた様な装飾があり、それはブーツにも施されていた。

 金色に光る大きな瞳は鋭く、紅色フレームの上部分の縁が無い眼鏡をかけていた。

 白を基調とした服の袖口は黒く、その両端に白いラインが入っている。また、胸元には紅いリボンが付いていた。

 肩には、黒いケープみたいな羽織を身に着けていて、端は波の様な形の白い模様になっている。

 指の部分が無いタイプの黒い手袋を填めていて、細い指先が露わになっている。

 黒が好きなのか、プリーツスカートもタイツもブーツも黒を基調としていた。

 身長は小さいが、鈴々よりは大きい。


(同じ小さいでも、かなりの差が有るもんだな。)


 そう思いながら、一瞬だけその部分を見る。

 小さい外見ながら、その体が女性だと如実に示す部分−つまり胸は意外と大きい。

 少なくとも、鈴々よりは遥かに大きかった。


(ここに鈴々が居なくて良かったよ。あれで結構コンプレックスみたいだし。)


 因みにその鈴々は、部隊と共に留守番をしていて、何故かこの時クシャミをしていた。


「……ボクの顔に何か付いてる?」


 ジッと見過ぎていたのだろうか、賈駆は涼を睨み付ける様に見ながらそう尋ねる。

 余りに強く睨んでいたので、近くに居る桃香が竦み上がってしまったくらいだ。

 だが、涼はそんな賈駆にたじろぎもせず、微笑みながら答える。


「綺麗な眼が二つに、鼻と口が一つずつ。あ、細い眉毛も二つ有るね。」

「……誉めてるのかケンカ売ってるのか、どっちかしら?」


 賈駆は顔を赤らめつつも機嫌を悪くするという、器用な表情をしながら言った。


「ケンカは売ってないよ。ちょっとした冗談さ。」

「良い性格してるわね。」

「そりゃどうも。」

「言っとくけど、誉めてないわよっ。」


 賈駆はさっきより機嫌を悪くしながらそう言った。


「ゴメンゴメン、機嫌を直してよ。」


 そう言って微笑みながら賈駆の頭を撫でる。

 途端に賈駆の顔が紅く染まった。


「な、何やってんのよアンタっ!」

「何って、機嫌を直してもらおうと思って……。」

「だからって人の頭を撫でるんじゃないっ!」


 顔を紅くしたまま、涼の手を振り払う賈駆。

 そんな賈駆の様子を、涼は頭に疑問符を浮かべながら見つめていた。


(変だなあ、桃香はこうすると機嫌が直るんだけど。)


 涼はそんな風に思いながら、疑問符を更に増やしていった。

 皆がそれで機嫌が直る訳では無いという事を、誰かが涼に教えた方が良い様だ。


「……御主人様、遊んでいる暇は有りませんよ。」


 愛紗が、凛とした常の声をいつも以上に低くして涼に話し掛ける。

 涼は反射的に体を硬直させながら、首を何度も縦に振っていた。


「わ、解ってるってっ。えっと……ここの指揮官に会いたいんだけど、何処に居るのか教えてくれるかな?」

「……ここの指揮官は董卓将軍よ。……こっちへ。」


 未だ少し朱に染まっている顔を若干伏せながら涼達に背を向けると、賈駆はスタスタと歩き出す。

 涼達は慌ててそれについて行った。

 それから数分後、涼達は一際大きな天幕へと辿り着いていた。

 因みに、盧植もついて来ていて、さっきから何故か微笑みながら涼達を見ている。


「この中に董卓将軍がいらっしゃるわ。……くれぐれも、失礼の無い様にしなさいよ。」

「解ってる。」


 賈駆の忠告を涼はしっかりと受け止める。

 何せ相手はあの董卓だ。今は未だ官軍の将軍とはいえ、どんな性格か解ったもんじゃない。

 下手に怒らせたら命が幾つ有っても足りないだろう。


「それじゃあ……失礼します。」


 賈駆が天幕に入ると、涼達も後に続いた。

 天幕の中には数人の兵士が左右に均等に配置されていて、中央の椅子に座っている人物の警護は万全の様だ。

 涼は椅子に座っている人物に目を向け、そして驚いた。

 そこに座っているのは、やはり女性だった。それも、かなり若い。ひょっとしたら涼と同じ位か年下かも知れない。

 それだけでも充分驚きなのだが、もっとも驚いたのはその容姿だ。

 背は賈駆より小さく、肌は透き通る様に白い。

 緩やかなウェーブ状の薄銀色の髪は肩迄伸び、ふんわりとしている。

 そして何より、紫色の大きな瞳はとても澄んでいて、見る者を穏やかな気持ちにさせてくれた。


(この子が董卓……? 本当に……!?)


 余りにも想像と違っていたので、別人じゃないかと思ったが、天幕の中には他にそれらしい格好をした者は居なかった。

 目の前に居る少女は、黒と薄紫を基調とした宮廷装束に身を包み、帯は花魁の様な大きい紫色のリボン状になっていた。

 ファーの様にもこもことした物を肩から掛けて腕に巻いており、優雅かつ華麗な姿に拍車がかかっている。

 紫色のスカートは地面に着く程長く、どんな靴を履いているか判らない。

 黒と白を基調とした四角い帽子の左右には、鍔が付いていて、その先には小さな宝石が幾つか連なって吊り下げられていた。

 額には紅い水滴状の宝石が付いた飾りを巻いていて、帽子から降りている蝶々結びの細く紅いリボンと長いベールが表情を隠し、神秘的な印象すら感じさせる。


(こんな格好の子が一般兵な訳は無いし、ならやっぱりこの子が董卓なのか?)


 そう結論付けようとするも、やはりイメージとかけ離れている為か、中々判断出来ない。

 だが、まるでそんな涼に答えを突きつけるかの様に目の前の少女が立ち上がり、言葉を紡いだ。


「……皆さん初めまして。私が、この部隊の指揮官である董卓です。」


 目の前の少女自身がそう言ったので、涼は認めざるを得なかった。

 だがそれでも、涼は中々言葉を紡ぐ事が出来なかった。

 けどそれも、仕方が無い事だろう。

 現実世界に伝わる董卓は、悪逆非道の限りを尽くした人間で、ゲームや演劇等では、太っていたり醜い容姿をしていたりする。

 そんな董卓が、この世界では虫も殺せない様な可愛い女の子なのだから、余りの落差に思考が停止したりもするだろう。


「あの……?」


 董卓はそんな涼の様子に気付いたらしく、怪訝な表情をしながら尋ねた。

 すると涼は、董卓を見ながら呟いた。


「可愛い……。」

「へぅっ!?」

「なあっ!?」

「あらあら♪」

「涼兄さん!?」

「御主人様っ!?」

「やれやれ……。」


 董卓を見た涼が感想を正直に口にしたら、その場に居た武将や軍師達が三者三様の反応を見せた。

 賈駆は暫く口をパクパクさせてから、董卓に駆け寄って涼から離す様に立ち、桃香は何度も涼の名前を呼びながらその体を揺さぶり、愛紗は笑顔のまま青龍偃月刀(せいいりゅうえんげつとう)を持つ手に力を込め、雪里は呆れながらその光景を眺め、盧植は温かい眼差しで涼達を見守り、そして董卓は頬に手を当て、白い肌を朱に染めていた。


「えっと……皆どうしたの?」


 周りが急に騒がしくなったので呆気にとられていた涼が、皆を見回しながらそう尋ねた。

 すると、賈駆が顔を真っ赤にして怒りながら迫っていった。


「“どうしたの?” じゃないわよっ! ボクの前で月を(たぶら)かそうなんて良い度胸してるわ‼」

「誑かすなんて人聞きが悪いな。俺は思った事をそのまま言っただけで、別にそんなつもりじゃあ……。」

「それが誑かしてるって言うのよ‼」


 そう怒鳴ると、賈駆は董卓の(もと)に戻ってその手をとり、涼から更に距離をとる様に動いていった。

 納得いかない表情の涼は、不満を露わにしながら反論する。


「えー。だって可愛い子に“可愛い”って言っただけじゃんか。」

「月が可愛いのは当たり前よっ!」


 さっきより大きな声で怒鳴ると、賈駆は董卓を椅子に座らせ、まるで守る様に董卓の前に立った。

 そんな賈駆を苦笑しながら観察しつつ、涼は賈駆が言った「月」という言葉について考えていた。


(賈駆がさっきから言ってる“ゆえ”って、多分董卓の真名(まな)の事だよな。外見だけでなく真名迄可憐とは、尚更可愛いな。)


 そんな風に考えていたので、涼の顔は自然と綻んでいた。

 だからだろうか、涼は後ろに居る二人の只ならぬ気配に、全く気付いていなかった。


「……御主人様。」

「涼兄さん……。」


 一つは常より低く、一つは悲しみを含んだ口調で涼に話し掛ける。

 その瞬間になって、涼は漸く事態を把握した。

 すると、涼の体中から突然冷たい汗が大量に流れ始めた。


「な、何かな?」


 平静を装いながら、ゆっくりと振り返る。


「会ったばかりの女性を口説くとは、随分と余裕が出て来た様ですね?」

「……涼兄さんって、意外と女好きですよね。」


 そこに居たのは満面の笑みを浮かべる愛紗と、困った顔の桃香だった。


「え、えーっ!? いや、それは物凄い誤解で……っ。」

「だまらっしゃい‼」


 否定して弁解しようとした涼だが、愛紗の一喝に遮られてしまう。


「これから黄巾党と戦うという大事な時に、女性を口説くとは言語道断! 今日という今日は許しませんよっ‼」

「だから口説いていないって! 只、感想を口にしただけだしっ‼」

「問答無用っ‼」


 愛紗は青龍偃月刀を思いっきり振り上げる。

 涼は既視感を感じたが、それ以上考える事は無かった。

 涼がどうなったかは、言う迄も無い。


「それでは、現状についての確認から始めましょうか。」


 あれから暫くして、涼達は軍議を始めていた。

 涼は何故か体中を痛がっているが、それについては誰も気にしない様にしている。

 よっぽど恐い物でも見たのだろうか。

 何はともあれ、軍議は進んでいた。


「ボク達董卓軍には、現在五万の兵が居るわ。もっとも、そこから傷兵(しょうへい)を差し引くと……動かせる兵の数は四万三千といった所かしら。」

「傷兵が七千もですか。」

「これでも少ない方よ。近くで戦っている皇甫嵩(こうほ・すう)将軍や朱儁(しゅしゅん)将軍の部隊は、これより多い傷兵を抱えている様だから。」

「私の部隊も、董卓将軍の部隊と同じ位の傷兵を抱えているわ。」


 賈駆や盧植の説明を聞きながら、雪里は頭を捻っていた。

 そんな雪里の様子を見ながら、桃香が尋ねる。


「そう言えば、敵将は誰なんですか?」

張角(ちょうかく)の妹の張宝(ちょうほう)よ。」

「ほう、地公将軍(ちこう・しょうぐん)自ら出陣ですか。これはまた大物が出て来たものですね。」

(張宝が妹って事は、張角も女性なのかな?)


 敵将が黄巾党の中核である張宝と知って苦い顔をする雪里と、またも女性になっている事に少しだけ驚いた涼。

 事柄は同じでも、考える事は違う二人だった。

 そんな二人とは別に、桃香達もそれぞれ対策を考える。

 だが中々妙案は浮かばず、出るのは溜息ばかりだった。


「主力とは聞いていたが、よりにもよって張宝自らが率いているとはな……。」

「今迄にない苦戦になるのは必至でしょう。ですが……。」

「ここで勝てれば黄巾党に大打撃を与える事が出来る、か……。」


 そんな中、愛紗と雪里、そして涼が感想を述べ、何とか場の空気を変えようとする。

 すると賈駆が、はあ、と溜息をつきながら口を開いた。


「確かにそうだけど、そう簡単にはいかないわよ。」

「だよなあ……。そういや、敵の数はどのくらいなんだ?」


 涼が尋ねると、賈駆は表情を更に暗くし、言葉を絞り出す様にして言った。


「……およそ二十五万。」

「に、二十五万!?」


 こっちの兵数を遥かに超える大軍に、涼は勿論桃香達全員が大きく驚いた。


「勿論、この全てが相手では無いわ。現在、皇甫嵩将軍の部隊と朱儁将軍の部隊がそれぞれ四万ずつ、盧植将軍の部隊が二万を相手にしているから、ボク達の相手は残りの十五万。」

「それでも軽く三倍以上じゃんか。」


 数が十万少なくなっても、圧倒的不利な状況には変わらなかった。

 董卓軍が四万三千。そこに涼達義勇軍三千が加わっても総数は四万六千で、十五万の黄巾党とは十万四千もの大差がついている。

 兵法では、相手より多くの兵を揃える事が勝つ為の大前提だ。

 残念ながら、今の涼達はその前提通りの状況を作り出せていなかった。


「け、けど、それだけの大軍を相手に、今迄持ちこたえていられるなんて凄いですね。」


 桃香が場の空気を変えようとしてそう言うと、賈駆は冷静に分析して説明した。


「まあね。どうやら、敵は主力とは言っても兵法に通じている者はそう居ないみたい。只数に任せて闇雲に押し寄せてくるだけだから、策を用いれば結構何とかなるのよ。」

「けど、兵力差が明らかなら、怖じ気付いて逃げだす兵も多いんじゃないのか?」

「……死んだ兵の殆どは、そうして逃げだした時に後ろからやられてるわ。だから、逃げても死ぬだけだから最後迄諦めずに戦えって命令はしてるけど……。」


 そう言うと、賈駆は今迄以上に表情を暗くしてしまった。


「当たり前だけど、それでも戦死者は出るわ。……軍師だから解ってはいるけど、そんな命令を出すしかないのって結構辛いのよ……。」

(えい)ちゃん……。」


 董卓は心配そうな表情をしながら、賈駆を「詠ちゃん」と呼んだ。

 恐らく、「詠」とは賈駆の真名なのだろう。


「……なら、次の戦いでは賈駆殿はお休みになられていたら良いかと思います。」

「えっ?」


 突然の提案に驚いた賈駆は、思わず間の抜けた声を出しながら声の主の方を見る。

 そこには、静かにお茶を飲んでいる雪里が居た。


「……ボクに休んでろって、どういう事かしら?」

「軍師たる者、時には非情な策も講じなければなりません。勿論、それに伴う心の痛みに耐えながら、ね。」


 そう言うと再びお茶を飲み始める。


「ボクだってそんなの解ってるし、ちゃんとやってるわ。」

「ですが、辛いのでしょう? ならば、後の事は同じ軍師である私に任せ、お休みになられた方が宜しいかと思った迄です。」


 言い終わると湯飲みを置き、賈駆に視線を向ける。

 一方の賈駆も負けずに、視線を雪里に向けたままだ。


「徐元直、アンタは随分と自信がある様ね。」

「当然です。軍師が自信を無くしては、主君に勝利を捧げる事等出来ませんからね。」


 何だか、段々と互いの言葉に棘が出てきている。

 そんな二人を、涼も董卓もヒヤヒヤしながら見ていた。


「え、詠ちゃん、徐庶さんは心配してくれてるんだよ。」

「うんうん、そうそうっ。」


 董卓も涼も焦りながら賈駆を宥め、また涼は目線を雪里に向けて注意をする。

 雪里は軽く息を吐いてから頷き、賈駆は暫く雪里を睨みつけてからやはり息を吐いた。


「まあ良いわ。ボクも、噂に聞く義勇軍の軍師がどんな実力の持ち主か気になるしね。」


 賈駆はそう言うと椅子に腰を降ろし、お茶に口を付ける。

 その様子を暫く見てから、雪里は淡々と言葉を紡いだ。


「御期待に沿える様、頑張りますよ。」


 瞬間、「別に期待してないわよ」と言いたげな表情を見せた賈駆だが、董卓が相変わらず困っていたからか何も言わなかった。

 それから、改めて黄巾党について話し合った。

 涼達が戦う十五万の黄巾党だが、その全てを張宝が率いている訳では無い。

 馬元義(ば・げんぎ)丁峰(ていほう)程遠志(てい・えんし)鄧茂(とうも)といった者が前線で各部隊を率い、それ等を張宝が纏めているという事らしい。


「ならば、各個撃破していって数を減らしましょう。」

「簡単に言うね。」


 雪里の提案に、涼は少し呆れながらツッコミをいれた。


「数で押すしか能が無い相手等、策を使えば簡単に倒せますよ。」

「それは遠回しにボクを馬鹿にしてるのかしら?」


 賈駆が眉をピクピクさせながら、棘を含んだ言葉で尋ねる。

 その瞬間、再び場の空気が悪くなる。


「そんなつもりはありませんが、そう聞こえましたか?」

「聞こえなくはなかったわね。」


 そう言って賈駆が雪里を睨むと、雪里もまた賈駆に視線を向ける。

 マンガだと、視線と視線がぶつかり合い、バチバチと火花が散っているといった、そんな感じだろう。


「……雪里。」

「解っています。」

「詠ちゃん……。」

「月ぇ、そんな顔しないでよう……。」


 涼と董卓が静かに注意すると、それぞれ素直に従った。

 それから更に作戦の細部を話し合おうとした時、天幕の入り口から声が聞こえた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、大変なのだ!」

「鈴々!?」

「一体どうしたの!?」


 少し慌てながら天幕に入ってきたのは、今や義勇軍の将になった鈴々。

 そんな鈴々に、「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ばれた涼と桃香が駆け寄る。

 その途中、鈴々は蛇矛を担ぎながら、真剣な表情で言った。


「黄巾党が攻めてきたのだっ!」

「なっ!?」

「黄巾党が!?」


 鈴々の言葉に天幕に居た全員が驚いた。


「敵の数は!?」


 賈駆が鈴々に近付きながら尋ねる。

 鈴々は一瞬答えて良いのか解らなかったが、涼と桃香が頷いているのを確認すると、将らしく引き締まった表情で答えた。


「敵の数は約八万らしいのだ。」

「八万……ボク達が戦う相手の約半数か。」

「旗には何と書いてありましたか?」


 鈴々の報告を受けた賈駆が考え込み始めると、雪里が椅子に座ったまま尋ねた。


「えっと……確か“馬”と“丁”だったのだ。」

「ならば、相手は馬元義と丁峰ですね。他の旗は有りませんでしたか?」

「無かったのだ。」

「成程。……清宮殿、桃香様、急いで迎撃しましょう。」


 鈴々からの報告を聞いた雪里は暫く考えた後、二人を見ながらそう進言する。

 勿論、それ自体に異論は無いのだが、何しろ戦力差が有り過ぎる。迎撃に出るだけでは勝つのは難しいだろう。


「どうする気なんだ?」

「簡単です。この辺りは平地で、地形を使った策は余り使えません。ですから、方形陣で一撃を防いだ後、中央を後退させて相手を引き寄せて挟撃、しかる後に後退した部隊も反転攻勢に出るのです。」

「基本だけど良い策ね。けど、それだけで敵を殲滅出来るかしら?」


 雪里が提案した策を聞いていた賈駆が疑問を投げかける。

 すると雪里は、賈駆に向き直りながら冷静に答えた。


「今回の戦で殲滅させるのは難しいでしょうね。ですが、持ちこたえる事は出来るでしょう?」

「当然よ。」

「ならば問題無いわ。今回は防戦にまわり、次の戦いで馬元義と丁峰の部隊を殲滅します。」


 雪里がそう宣言すると、愛紗と鈴々は頷き、部隊を指揮する為に天幕を出て行った。

 それを見届けると、今度は涼と桃香に向き直って言葉を紡いだ。


「清宮殿、桃香様、お二人の指揮にも期待していますよ。」

「解った。」

「任せといて♪」


 そう言って涼と桃香も天幕を出て行く。

 残った雪里は、董卓と賈駆に向かって言葉を投げ掛ける。


「それではお二人共。先程話した通り、私が部隊の総指揮をしても宜しいですね?」

「はい……お願いします。」

「大言壮語じゃないと良いけどね。」


 董卓と賈駆がそれぞれ答えると、雪里は帽子を被り直しながら宣言した。


「まあ、見ていて下さい。今回と次の戦いで馬元義と丁峰を討ちとれるでしょうから。」


 雪里はそう言うとゆっくりと天幕を出て行く。

 その後ろ姿は、自信に満ち溢れていた。

 結果、その日は無事黄巾党を追い払う事に成功した。

 勿論犠牲もそれなりに出たが、それ以上に黄巾党に与えた損害は大きかった。


「こちらの戦死者が約七百、負傷者が約九百。対する黄巾党は戦死者が約三万八千、投降者が約七千ですか。」

「実質的に、今回襲ってきた敵の半数以上を倒したと言う事だな。」


 再び董卓の天幕に集まった涼達は、先程終わった戦いについての報告を兼ねた軍議を行っていた。


「黄巾党なんて大した事無いのだ。あのままなら一気に倒せた筈なのだっ。」

「無茶を言うな鈴々。全ての兵がお前の様に戦える訳では無いのだぞ。」


 血気盛んな鈴々を愛紗が窘める。

 鈴々は頬を膨らませて不満を露わにするが、桃香が宥めると少しだけ機嫌を直した様だ。

 雪里はそんな三人を微笑ましく思いつつも、それを表情に出さず軍議を続けた。


「義勇軍も董卓軍も精鋭揃いなだけあって、こちらの被害はかなり少なくて済みました。これなら、無事に次の戦いに臨めます。」

「けど、具体的にどう戦うの? 雪里ちゃんの事だから、策も無しに只突撃ーっ、て事はしないんでしょ?」

「当たり前です。策を用いない軍師等軍師ではありませんからね。」


 雪里が桃香に向かってそう言うと、台に広げられている地図を指差しながら、説明を始めた。


「恐らく、敵は今回の敗戦を受けて後方に居る味方に救援を頼むでしょう。ですが、後方部隊には守るべき張宝が居ますから、援軍は余り送れない筈です。」

「そりゃあ、幾ら敵を倒しても自軍の大将が討ちとられては意味が無いからね。」


 雪里の説明を聞きながら、賈駆が呟く様に言葉を紡ぐ。


「ええ。ですが仮に張宝自らが全軍を率いて合流した場合、敵の総数は約十万。対してこちらは約四万四千、投降してきた黄巾党を自軍に加えたとしても約五万で、依然として数的不利な状況には変わりありません。」

「そんな相手に正面からぶつかるのは愚策中の愚策。なら、当然何か策を練る必要が有るけど……一体、どうする気なんだ?」


 涼が尋ねると、雪里は帽子の鍔を摘みながら言った。


「それは考えていますが……董卓殿、暫く天幕から離れても宜しいですか?」

「えっ? ……は、はい、良いですよ。」


 突然の申し出に董卓は戸惑いつつも了承する。


「有難うございます。では清宮殿、桃香様、お手数ですが御同行願えますか?」

「ん? ああ。」

「良いよ。」


 董卓同様、突然話を振られた二人は少し戸惑いながらも了承し、揃って天幕を出た。

 賈駆は何か言いたそうだったが、董卓が了承した以上異議を唱える訳にもいかず、只三人を見送るしかなかった。


「……それで、鈴々達は何をすれば良いのだ?」

「……取り敢えず、御主人様達が戻られるのを待つとしよう。」


 残された愛紗と鈴々は、やはり戸惑いながらも着席し、少し冷えたお茶を口にする。

 そんな二人の呟きは、陣地を歩く雪里達には当然聞こえる筈は無かった。

 それから数分後、涼達は陣地の外れ迄来ていた。


「なあ、何処迄行くんだ? このままじゃ陣地を出るぞ。」

「そのつもりですから問題ありません。」

「そのつもりって……何をするの?」


 雪里の後を行く涼と桃香は、相変わらず戸惑いながら尋ねる。

 だが雪里は曖昧な答えを返すに止まり、スタスタと歩き続けていた。

 そうして遂に陣地を出たが、それでも雪里は足を止めなかった。


「雪里、本当に何処迄行くんだ? このままじゃ陣地から離れ過ぎるぞ。」

「……もう直ぐです。」


 涼の更なる問いかけにも一言で返した雪里が漸く足を止めたのは、先程の戦った場所が見渡せる小さな丘だった。


「着きました。」

「……此処が何なんだ?」


 先程迄居た戦地を一望出来る場所で立ち止まった雪里に、怪訝な表情の涼が尋ねた。

 何故なら、目の前に広がる平原には沢山の死体が未だに残っているからだ。

 大敗した黄巾党の兵士は勿論、勝利した劉備・清宮・董卓連合軍の兵士の死体も未だ野晒しになっている。

 また、折れた剣や矢がそこかしこに散らばり、血溜まりが地面に染み込んでいた。


「……っ!」


 それは涼も桃香も既に見慣れた光景だが、未だ直視出来ないらしく無意識に目を逸らす。

 雪里もそれに気付いているが、特に注意はせず、右手を前に伸ばして話を続けた。


「我が軍と黄巾党の進路を予測した結果、この先が次の戦場になると予想されます。」

「まあ、そうだろうな。」


 雪里が指差す方向には、先程の戦場とは違って、一面に腰の高さ迄伸びた長い草が覆い茂っており、その先に黄巾党の物と思われる天幕が幾つか点在していた。


「この地形を見て、何か思いませんか?」

「えっ? うーん……。」


 雪里に尋ねられた涼と桃香は、目の前に広がる風景を見る。

 雪里が何を言いたいのか解らない涼と桃香は、随分と長い間思案顔のままでいた。


「…………あっ、解ったあっ!」


 まるで叫ぶ様に言いながら、笑顔のまま右手を高々と挙げたのは桃香だった。


「おや、清宮殿が先に気付くかと思いましたが、桃香様が先に気付かれるとは意外ですね。」

「……雪里ちゃん、何気に酷い事言うね。」


 歯に衣着せぬ物言いの雪里に向かって、桃香は頬を膨らませながら落ち込んだ。何とも器用な事をやるものだ。


「これは失礼しました。それで、桃香様は何が解ったのですか?」

「この地形と黄巾党が居る場所。そこから一つの策が導き出せたんだよ。」

「……ああ、そっか!」


 桃香がそう言うと、涼は合点がいった表情を浮かべながら声をあげた。


「ほう、清宮殿もお気付きになられましたか。」

「まあね。」


 「それが桃香と同じかは解らないけどね。」と、付け加えながら涼は桃香を見る。

 それが何を意味するのか、桃香と雪里には解らなかったが、余り深く考えずに話を続けた。


「それでは桃香様、その策について御説明下さい。」

「うん、あのね……。」


 雪里に促された桃香は、慣れない口調と身振り手振りで、必死に説明をしていった。


「……という策なんだけど、どうかな?」


 説明を終えた桃香は不安な表情で雪里を見る。

 一方の雪里は暫く黙考した後、笑みを浮かべて桃香を見据えた。


「お見事です、桃香様。それは私が考えていた策と殆ど同じ策ですよ。」

「ホント!?」


 雪里に誉められた桃香は、満面の笑みを浮かべて両手を合わせた。

 一応、これでも義勇軍の指揮官の一人である。


「因みに清宮殿は、どの様な策を考えていましたか?」


 クスクスと笑いながら雪里は涼に尋ねる。

 話を振られた涼は、暫く考えてから口を開いた。


「そうだな……大体は桃香と同じだけど、他には……。」


 涼はそう言って桃香の策に付け加えた。


「流石です、清宮殿。先程の桃香様の策と合わせれば、私が考えていた策と全く同じになります。」

「そうか。」


 雪里の言葉を聞いた涼は、笑みを浮かべつつも冷静に接していた。

 「三国志」や「三国志演義」を知っている涼にとって、黄巾党の乱における劉備達の戦い方は一通り理解しているからだ。


「なら、決行は今夜か?」

「ええ。ですから兵の皆さんには今の内に休んで貰いましょう。」


 雪里はそう言うと(きびす)を返し、本陣へと戻っていく。

 勿論、涼と桃香もその後に続いていった。

 丁度その頃、涼達が居た場所から少し離れた場所に、新しく陣を張っている部隊が有った。

 この部隊は、劉備・清宮軍では勿論無いし、また董卓軍でも無い。

 更に、盧植軍でも無ければ皇甫嵩軍や朱儁軍でも無いし、ましてや黄巾党でも無かった。


「――様、部隊の確認は全て終わりました。いつでも出撃可能です。」

「……そう。」


 その陣内で、フードを被った少女が、金色の巻き髪を左右に分けている少女に報告すると、金髪の少女は彼方を見つめたまま応えた。


「どうかされましたか?」

「私が何を考えているか、貴女なら解るでしょう?」


 金髪の少女はそう言うと、ゆっくりとフードの少女に向き直りながら、妖しい笑みを浮かべる。

 笑みを向けられたフードの少女は、何故か顔を紅らめながら答えた。


「……はっ。我が軍は精鋭揃いながら、人数では圧倒的に不利。賊が相手なので普通に戦っても勝利は確実ですが、この戦いは如何に兵を損じる事無く勝つかが重要かと。」

「その通りよ。こんな所で苦戦する様では、覇道を歩む事等出来はしないわ。」


 フードの少女と自分の考えが同じだと確認した金髪の少女は、遥か彼方を見つめながらそう言葉を紡いだ。

 そんな金髪の少女を、フードの少女は相変わらず顔を紅らめながら見つめ、やがて表情を正しながら口を開いた。


「先程戻った物見によりますと、数刻前に劉備・清宮軍と董卓軍が共闘し、黄巾党の馬元義と丁峰が率いる部隊を敗走させたとの事です。」

「劉備に清宮に董卓? どれも知らない武将ね。」


 金髪の少女がそう言うと、フードの少女が説明を始めた。


「劉備と清宮は共に琢県(たくけん)楼桑村(ろうそうそん)から、董卓は涼州(りょうしゅう)から出てきた武将です。劉備と清宮は未だ義勇軍の将でしかありませんが、董卓は漢王朝の信頼を得る程の急成長を見せている様です。」

「私とした事が知らなかったわ。……それで、その者達は強いのかしら?」


 金髪の少女は自分の不勉強を嘆きながら、直ぐ様情報収集を始める。


「全て伝え聞いた事でしかありませんが……董卓には賈駆という軍師が居り、その実力は大陸中の軍師の中でもかなりのものと。董卓の急成長には、賈駆の活躍があったのは間違いありません。」

「成程。では、劉備や清宮はどうなの?」

「劉備と清宮は旗揚げから共に戦っていて、義勇軍ながら優秀な武将と軍師が居るらしく、幽州各地で数々の武功を挙げている様です。」


 説明を聞いていた金髪の少女は、義勇軍の活躍に興味を持ったらしく、急に目の色が変わった。


「義勇軍にそれ程の者が居るの?」

「はっ。名前は未だ知られていませんが、何れも腕の立つ武将と頭の切れる軍師の様です。」


 始めは半信半疑だった金髪の少女も、フードの少女の説明を聞く内にその表情が変わっていった。

 そして暫く考えた後、おもむろに口を開いた。


「その者達、欲しいわね……。」

「ええっ!?」


 金髪の少女の一言に、フードの少女は大袈裟過ぎる程に驚いた。

 そんな少女に対して、金髪の少女は笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。


「何を驚いているの? 優秀な将や軍師を欲しがるのは当然じゃない。」

「そ、それはそうですが……。」

「まあ、それは黄巾党を殲滅してからの話ね。……全軍に通達。我が軍は劉備・清宮・董卓軍の動きに合わせて進軍する!」

「は……はっ!」


 金髪の少女の命を受けたフードの少女は、恭しく一礼してから、命令を伝える為にその場を離れた。

 その後、金髪の少女は空を見上げて微笑んだ。一体、何を思っているのだろう。

 そんな少女の側で翻る牙門旗には、「曹」の一文字が大きく記されていたのだった。

 それから数刻後。

 太陽はとうの昔に地に沈み、世界には夜の(とばり)が降りていた。

 この日の夜空は一面を雲が覆っていて、月の光は地上に届いていない。

 その為、辺りは漆黒の闇に包まれており、黄巾党の天幕の周りに立てられた篝火による明かりだけが、この闇夜に浮かんでいた。

 見張りに立っている黄巾党の男達は、余程眠いのか先程から欠伸を繰り返している。

 だがそれも無理は無い。現在の時刻は、現代でも未だ草木も眠る丑三つ時と呼ばれる深夜。つまり、午前二時半なのだから。

 この場に居る黄巾党は四万弱。その九割九分が既に眠りについており、残りの一分が見張りについていた。

 更にその一分の八割が睡魔に襲われている中で、異変は起こった。


「な、何だあれは!?」


 黄巾党の見張りの一人が、とある方向を指差しながら叫んだ。

 その指の先には、漆黒の闇に浮かぶ幾つもの鬼火。その数は百や千では追い付かず、万を軽く超えていた。


「何なんだよ、あの鬼火は……! ま、まさか……‼」

「か、官軍の総攻撃だあっ‼」


 鬼火を見ていた見張りの一人がそう叫ぶと、黄巾党の男達は味方を起こしに走ったり武器を手に取ったりと、右往左往していった。

 深夜に奇襲を受けた黄巾党は、次第に混乱の度合いを深めていった。

 そこへ、更なる混乱の火種が文字通り飛んできた。

 漆黒の闇夜を切り裂く様に放物線を描き、それは黄巾党の陣内に雨の様に降り注ぐ。

 そして、動きが止まると同時に草や天幕を燃やし始め、瞬く間に一面を火の海に変える。

 起きたばかりで満足に動けない黄巾党は、何が起きたのか理解する間も無く炎に包まれていく。


「う、うわああぁっ‼」

「熱い、熱いいぃっ‼」

「た、助けてくれええぇっ‼」


 轟々と燃える炎の音と、助けを求めて叫ぶ黄巾党の声が辺りに響く。

 だが、彼等を助ける者は誰一人として居らず、その殆どが炎の中に消えていった。

 辛うじて後方に脱出した者も居たが、その数は微々たるもの。

 また、混乱して方向を間違えたのか、後方以外の方向に逃げた者も居たが、その者達には沢山の矢と剣と槍が襲いかかった。

 命辛々逃げてきた黄巾党だったが、逃げ出すのに体力を使い果たした者が多く、武器も持たないで逃げてきた者も数多く居たので、誰もその攻撃を防ぐ事が出来なかったのだ。

 結局、炎や攻撃によって死んだ黄巾党の数は三万人を遥かに超えていた。

 それから更に数刻の時が流れた。

 燃やす物が無くなった炎は次第に勢いを弱め、やがて鎮火した。

 草木は燃え尽き、天幕は焼け落ち、数刻前迄黄巾党だった者は黒焦げになって固まっていた。


「うっ……!」


 涼は思わず手で鼻と口を塞いだ。

 馬に乗ってその場に近付くにつれて、草木が燃えた臭いと、肉が焼けた臭いが風に乗って漂ってきたからだ。


「酷い臭いだ……。出来れば、二度と嗅ぎたくは無いな。」

「そう願いたいのだ……。」


 涼と同じく馬に乗って近付いた愛紗と鈴々も、手で鼻と口を塞ぐ。


「ですが、火計は見ての通り、使い様によっては非常に有効な策です。戦場に身を置く限り、いつかはまた経験するでしょう。」

「そうね。……まあ、この臭いが生理的に嫌なのはボクも同意見だけど。」


 やはり馬に乗って近付いてきた雪里と賈駆も、同様に鼻と口を塞いでいた。


「……へうっ!」

「……きゃあっ!」


 董卓と桃香も馬に乗って近付き、やはり鼻と口を塞いでいたのだが、そこかしこに転がっている黄巾党の焼死体が目に入る度に、小さく悲鳴をあげていた。

 慌てて目を逸らすが、その先にも焼死体が有るので、悲鳴は中々止まなかった。

 何とか臭いや光景に慣れてきた涼達は、兵を動員して黄巾党の生き残りの捜索や、この先に居る筈の張宝の動きの監視、そして黄巾党及び連合軍の戦死者の弔いをそれぞれ行った。


「それにしても、こんなに上手くいくとはな……。」


 埋葬される黄巾党の遺体に手を合わせながら、涼はそう呟いた。

 心なしか、その表情には陰りがある。


「大勝の直後にその表情……もしやそれは、罪悪感ですか?」


 涼の右隣に立って同じ様に手を合わせながら、雪里が尋ねる。


「そりゃあ……幾ら敵でも、こんな光景を見ちゃったらな……。……悪いか?」

「いえ。……(むし)ろ、その罪悪感は持ち続けた方が良いかと。」

「……どういう事だ?」


 疑問に思った涼が尋ねると、雪里は背を向けて話し始めた。


「……間接的にとは言え、清宮殿が沢山の人間を殺した事に変わりはありません。」

「……ああ。」

「ですが、清宮殿は今、戦場に身を置いています。その様な状況で、戦う度に罪悪感に囚われていては、何れ心を壊してしまうでしょう。」

「つまり、割り切れ……って事だよな。」

「そうです。」


 弱々しく呟いた涼に対して、雪里は冷たく、そしてハッキリと言い切った。

 今更ながら、涼は自分の決意が甘く弱い事を痛感していた。

 平和な現代の日本で生まれ育ったのだから、戦いに対する考え方は比較的普通なのだが、この世界で生きて行くには普通ではいけない。

 解っているのに、解りたくなかった。

 それは、未だ自らの手を血で染めていない事からも、充分過ぎる程に表れている。


「ですが……時々は割り切らなくても良いと、私は思います。」

「えっ……?」


 驚いた涼が顔を上げると、背を向けていた筈の雪里はこちらを向いて微笑んでいた。


「割り切る事は大切です。一軍の指揮官なら尚更に。ですが、余りにも割り切り過ぎると人間としての大切な物……“心”を何れ失ってしまうでしょう。」

「心を失う……。」


 雪里の言葉を涼が反芻すると、雪里は一度空を見上げ、言葉を紡いだ。

 その内容は、独裁によって多くの民を犠牲にした始皇帝についてだった。


「……歴史上、この国を始めて統一した(しん)始皇帝(しこうてい)は、(まつりごと)に関してはとても優れた人物だったと伝えられています。ですが、優れ過ぎていた為か国の事ばかりを考え、民の事は蔑ろにしました。……結果、世は乱れ、劉邦(りゅうほう)項羽(こうう)といった英雄が世に出る事になったのです。」

「劉邦は解るけど、項羽も英雄と言って良いのか?」


 雪里の言葉に違和感を感じた涼が、そう尋ねる。


「清宮殿は高祖(こうそ)・劉邦と項羽について御存知なので?」

「まあ、少しは。」


 軽く驚いた表情をしながら雪里が聞き返すと、涼は平然と答えた。

 実は涼が子供の頃、三国志に関する書物を読み漁っていた際、項羽と劉邦に関しても興味を持ち、そのまま読破したという経緯があったので、それなりに知識は有るのだ。

 そんな事は当然知らない雪里は、多少疑いながらもそれ以上追及せず、項羽についての自らの考えを口にした。


「確かに、漢王朝の礎を築いた高祖・劉邦と、戦上手ながら傲慢で人心を得ようとしなかった項羽を較べては、同じ英雄という言葉を使って良いのか躊躇うのは解ります。ですが……。」


 一旦言葉を区切ると、帽子を取って長い銀髪を風に靡かせながら、再び言葉を紡いだ。


「項羽も元は、暴政を強いた秦に抵抗していた武将であり、その強さは一騎当千、国士無双。歴史にもしもは有りませんが、もしも項羽が人心を得る術を持っていたら、漢王朝では無く楚王朝がこの国を治めていたでしょう。そうした事から、項羽も英雄だと評したのです。」


 負ける事が多かった劉邦と、戦いの殆どを勝ってきた項羽。

 戦いの実績では圧倒的に項羽が優れていたが、最終的に勝利したのは劉邦だった。


「始皇帝と項羽……共に類い希なる才を持ちながら、最も大切な“人心”を得なかった為に破滅へと突き進んでいってしまった……。始皇帝は、折角統一した王朝の寿命を縮め、項羽は天下を統一出来る実力を持ちながらその機を得る事が出来なかった。……ここ迄言えば、私が先程言った事の意味は解りますよね?」


 帽子を両手で持ちながら、雪里は真っ直ぐに涼を見つめ、尋ねた。


「……普段は敵を殺した事を気に病まずにいても良いけど、それに慣れて人を殺す心の痛みを忘れてはいけない……。」

「……その通りです。」


 涼の答えに満足したのか、雪里は微笑みながら帽子を被り直した。


「人を殺す事は、この戦乱の世で生き抜く為に必要な事です。ですが、だからといって人を殺す事に何の躊躇いも無くなってしまっては、その者は鬼畜にも劣る愚かな存在になり果てるでしょう。……私は、貴方や桃香様にそんな道を歩いてほしくありません。」

「……解った。有難う、雪里。そうならない様に気を付けるよ。」

「頼みますね。」


 涼と雪里は互いにそう言葉を交わし、笑みを浮かべた。

 その直後、一足早く陣営に戻って軍議をしていた筈の桃香が、馬に乗ってやってきた。

 何故かその表情は少し慌てている様だ。


「どうした?」


 疑問に思った涼と雪里が駆け寄ると、桃香は下馬して報告を始めようとする。

 だが桃香は息を切らしており、話し出す迄数十秒を要した。


「えっと……愛紗ちゃんと董卓さん達と軍議をしていたんだけど、急にお客さんがやってきて……。」

「お客さん?」


 自分の陣営に戻っていた盧植が来たのかと思った涼だが、それならば桃香がこんなに慌てる必要は無い。

 そう思うと一体何があったのか不安になる涼と雪里だったが、その不安が収まらない内にその声が耳に届いてきた。


「貴方がもう一人の指揮官?」


 声のした方を見ると、見知らぬ二人の少女が馬に乗って近付いていた。

 一人はフードを被った小さな少女、もう一人は今声を掛けてきた金髪の小さな少女だ。


「そうだけど……君は?」

「あら、失礼したわね。」


 そう言うと金髪の少女は下馬し、フードの少女も倣って下馬した。


「私の名は曹孟徳(そう・もうとく)、曹軍の指揮官よ。」


 金髪の少女は堂々とそう名乗った。

 その名前を聞いた涼は一瞬思考が停止したが、やがて思考が元に戻ると、驚きながら尋ねた。


「曹孟徳って……君があの曹操(そうそう)なのか!?」

「えっ? ええ……そうだけど……。」


 驚きながら尋ねた所為か、曹操は戸惑いながら答えた。


(鈴々の時も驚いたけど、まさかあの曹操迄こんなに小さい女の子になってるとはね……。)


 曹操と名乗った金髪の少女は、涼より遥かに背が低く、鈴々よりは明らかに大きいという具合の背丈だった。

 もっとも、三国志における曹操も比較的背は低かったという記述が有るのを涼は知っているので、何処かで納得していたりもする。 納得しながら、涼は曹操を見続けた。

 髪型は、髑髏の髪飾りで左右に纏めた所謂ツインテールで、その金髪はクルクルとした巻き髪になっている。

 碧い眼は大きく、強い意志が見てとれた。

 ノースリーブの服は胸元が開いているが、胸は余り大きくない。それでも鈴々よりは大きい様だ。因みに配色は服の上部が白色、襟元と胸から下は黒色、白いフリルがついたミニスカートは薄紫色という感じ。

 また、腹部には紫色の鎧、その下には鬼の顔の様な形の腰当てを付けている。

 二の腕から伸びている袖には、やはり白いフリルがついている。袖の色は黒色で、二の腕には銀色の腕当てを付けていた。

 足には白いオーバーニーソックスと黒いブーツ。太腿と足首には紫色と銀色で構成されている足当てを付けていた。


(小さい娘だけど、格好や雰囲気は確かに曹操らしいな。……しかし、髑髏ってまるっきり悪役じゃん。)


 そう思いながら、「三国志演義」では劉備が正義で曹操が悪という構図になっていたので、有る意味納得していた。

 そんな事を思っていると、フードの少女が突然、


「ちょっとアンタっ! 義勇軍の大将如きが華琳(かりん)様を呼び捨てにするなんて生意気よ! それと、華琳様が美しいからってジロジロ見ないでよ、穢らわしいっ‼」


と、涼を物凄く罵倒をした。

 涼は目を丸くしながら声の主に目を向ける。

 すると今度は、


「何よ、男如きがこっちを見ないでよ! 妊娠しちゃうじゃない‼」

「するかっ‼」


と、更に突拍子もない事を言ったので、涼は思わずツッコミをいれた。

 一応説明するが、人間は見られただけで妊娠したりしない。


「お止めなさい、桂花(けいふぁ)。」

「ですが華琳様っ!」

「……桂花。」

「は……はい。」


 曹操が窘めると、フードの少女は途端に大人しくなった。

 まあ、曹操の部下が曹操の命令に逆らえる訳は無いので、当然ではある。


「失礼したわね。あの娘は優秀な軍師なのだけど、私の事になると少し冷静さを欠いてしまうのよ。」

(少し……か?)


 戸惑いながらもその疑問は口にしなかった。


「まあ、確かにビックリしたけど、曹操に謝られたから気にしない事にするよ。」

「助かるわ。」


 涼の言葉を受けた曹操は笑みを浮かべた。

 一方、フードの少女は罵詈雑言こそしなくなったものの、さっきからジーッと涼を睨みつけていた。

 目を合わせたらどうなるか解らないと察した涼は、余り目を合わさない様にしながらその少女を観察した。何とも器用だ。

 その少女は、肩に付かない長さの、ふんわりとした栗色の髪を、猫耳みたいな形の黄緑色のフードで隠している。

 碧色の瞳は今鋭く光っているが、本来はもう少し穏やかなんだろう。多分。

 首元には碧色の丸い宝石をあしらった黒いリボン。服はフードと同じ色で、袖にはやはり同色のフリル。

 上着は薄紫のコートっぽい服。両方の二の腕辺りが楕円形に空いており、そこには黒い紐が×字状に結んである。

 その×字状の紐は上着を留める為にも使われているらしく、ボタンやチャック代わりにしている様だ。

 ズボンは所謂かぼちゃパンツ……なのか? 因みに色は黒色。

 靴下は履いておらず、素足に栗色の靴を履いていた。


「えっと……ビックリして言い忘れたけど、改めて自己紹介するね。俺は清宮涼、一応この義勇軍の指揮官の一人だ。」

「そして、“天の御遣い”でもある、でしょ?」

 曹操はニヤリとしながら涼の言葉に付け加えた。


「まあね。」

「……確かに服は見た事の無い生地を使っている様だし、雰囲気も違うけど、それだけでは信じられないわね。」


 曹操は涼の全身を見回しながらそう言った。

 涼の服装は明らかにこの世界には無い物だが、それだけなら外国の服と見る事も出来るだろう。


「まあ、そうだろうね。……そういや、君の名前は?」


 涼はフードの少女を見ながら尋ねる。

 やはりと言うか、フードの少女は不機嫌な表情をして口を開いた。


「……何でアンタなんかに言わなきゃいけないのよ。」

「だって、名前解らないと呼べないから。さっき曹操が言った名前は真名だろうから言えないし。」

「残念。うっかり言えば遠慮無く殺せるのに。」

「恐い事を言うね。」

「神聖な真名を勝手に呼ばれたら相手を殺しても良いのだから、これくらい普通よ。」

「……ホント、凄い世界だな。」


 そう呟きながら、この世界に来たばかりの頃を思い出した。

 知らなかったとはいえ、張飛の真名を呼んだ為に、愛紗に青龍偃月刀を向けられた時は、正直生きた心地がしなかった。

 それだけ、この世界では真名が大切な物だという事だ。


「仕方ない。教えてくれないのなら、君の名前を当てるとするか。」

「えっ?」


 涼の言葉に、フードの少女は小さく声をあげて驚いた。また、曹操や桃香、雪里も同様に驚いている。


「何人か候補は居るんだけど……多分、荀彧(じゅんいく)かな?」

「なっ!?」

「……凄いわね、当たりよ。」


 名前を当てられたフードの少女――荀彧は目を見開いて驚き、曹操も冷静な表情のまま驚きを口にした。


「そっか、君が荀彧か。なら曹操が優秀だと評するのも解るよ。」


 涼は納得しながら二人を見る。

 相変わらず驚いているが、ピタリと当てた所為かその表情には不審の色が混じっていた。


「アンタ……一体何者?」

「何者って……一応天の御遣いの清宮涼、それ以上でもそれ以下でも無いよ。」


 睨みつけながら尋ねる荀彧に対し、涼はどこかで聞いた事があるフレーズを、飄々とした口振りで言って答えにする。

 勿論それで納得はしなかったが、涼がそれ以上言うつもりが無いと解ると追及しなかった。


「そういや、曹操達がここに来たのは何か用が有るからじゃないのか?」

「え、ええ。すっかり忘れていたわ。」


 涼の言葉で本来の目的を思い出したらしい曹操は、小さく咳払いをしてから本題に入った。


「今回の策、見事だったわ。数的不利のあの状況では、草が多いこの地形を利用した火計は最善策よ。この策を考えたのは誰かしら?」

「ああ、それは……。」

「劉玄徳様と清宮涼様のお二人です。」

「「えっ!?」」


 曹操の質問に涼が答えようとすると、その前に雪里が答えてしまった。

 しかもその答えが涼や桃香とは違っていた為、二人は同時に驚きながら雪里を見た。


「雪里ちゃん、それは違うでしょっ。」

「違わないと思いますが?」

「確かにあの策は俺達も考えたけど、雪里は既にその策を考えていただろ。」

「確かに私はそう言いました。ですが、その際に自らの口で策の詳細を言っていないので、やはりこれはお二人の策かと思います。」


 そう言って雪里は、帽子の唾を摘んで笑みを浮かべる。

 それを見た涼は、何かに気付いたらしく雪里に近付いて尋ねた。


「……謀ったな、雪里?」

「何の事でしょうか?」


 未だに笑みを浮かべたままの雪里に対し、涼は小声で言葉を繋いだ。


「俺達に策を考えさせる事で、俺と桃香の名声をより高めようって事だろ?」

「……御名答。」

「けどこれは、一つ間違えば指揮官か軍師のどちらか、もしくは双方の名が落ちる。違うか?」

「……違いませんね。」


 適切な策を思いつく指揮官は名が上がるが、指揮官に献策出来ない軍師は名が落ちる。

 また、見る人間によっては同じ策を考えられる、優れた人物ばかりと評される可能性があるが、逆に、同じ策しか考えつかない平凡な人物ばかりだと評される危険性もある。


「それが解っていて何故……。」

「……時には賭けに出る事も必要だという事ですよ。」


 そう言って帽子を被り直すと、雪里は曹操の前に出た。


「それで曹操殿は、策を考えた人物に何か訊きたい事があるのですか?」


 そうして曹操と話し始めたので、涼はそれ以上何も言えなかった。


「ええ、誰がどういった策を考えたのか、とだけね。」

「成程。では桃香様、清宮様。折角ですから曹操殿に説明してさしあげましょうか。」

「あ、ああ。」

「う、うん……。」


 結局、涼と桃香は最後迄雪里の勢いに押されたままだった。

 その後、焼死体の臭いが残る場で話し続けるのはどうかという事もあって、全員天幕に戻る事になった。

 今は天幕への道すがら、各員馬に乗って移動している。


「……それで、それからどうなったのかしら?」

「えっと、確か……。」


 先頭を行く涼と桃香に挟まれて進む曹操が、右隣を進む桃香に尋ねる。

 それを受けた桃香は、昨日の会話を思い出しながら説明していった。


『黄巾党の数は私達より多いから、まともに攻めるよりは奇襲が一番成功すると思うの。それも夜遅くにね。』

『成程。ですが、それだけでは少し弱いですね。』


 桃香の案に雪里は頷きながら、後一押しを催促した。


『うん。だから、千人くらいの兵隊さん達に、十把を一つにした松明を持たせて、その人達を先頭にして進軍するの。』

『ふむ……松明の火でこちらが大軍だと錯覚させる訳ですね?』

『そう。深夜なら判断力は鈍るだろうし、誰か一人でも誤認して騒いだら一気に大混乱になるかなあって。』

『恐らく……いえ、間違いなく大混乱に陥るでしょう。相手は只の賊の集まりでしかありませんから、一度混乱すれば収拾はつかないでしょうね。』

『良かったあ……。名付けて“夜叉行進の計”という策なんだけど、どうかな?』


 そこ迄が、桃香が考えた策だった。


「ふむ……訓練を受けている部隊には通用しないでしょうけど、黄巾党相手ならそれで充分でしょうね。」

「あはは……手厳しいね。」


 曹操の評価に桃香は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「フフ……それで、次は貴方の番という訳ね。」


 曹操は桃香のそんな表情を、微笑みながら見てから涼に向き直り、話の続きを促した。


「そうだな。確か……。」


 そう言って涼は話し始めた。


『黄巾党が陣を張っている辺りには、長い草が深く覆い茂っている。これを利用するのが一番だ。』

『ふむ……では、具体的にはどの様にするのですか?』

『単純にあの草を燃やせば良いよ。草は枯れてはいないけど、この辺りは最近晴天に恵まれて乾燥している様だし、一ヶ所でも火が付けば一気に火が回るだろう。何なら、油が入った瓶を投げ込むのも良いかもな。』


 涼の説明を聞いた雪里は暫くの間考えた。


『火矢を使って草を燃やし、火の勢いが足りなければ油瓶を投げ込む。成程、悪くないですね。』

『その口振りからすると、未だ足した方が良いかな?』

『ええ、未だ足す余地は有りますよ。』


 笑みを浮かべながら答える雪里と、それを受けて考え込む涼。

 だが、考える時間は一分にも満たない程短かった。


『なら、桃香の策を実行する前に敵陣の両翼に部隊を展開しておこう。』

『具体的には?』

『右翼には愛紗を、左翼には鈴々と雪里を配置して、火計から逃れ陣地から出て来た黄巾党を討ってもらう。因みに俺と桃香は、松明隊とその後方に配置する部隊の指揮かな。』

『私を鈴々殿と同じ部隊に配置する理由は?』

『左右に展開する部隊は、敵に気取られない様に静かに速く移動しないといけない。愛紗は安心して任せられるけど、鈴々はあの性格上ちょっと心許ないし。』

『つまり私は、鈴々殿のお守りをすれば良いのですね?』

『まあ、そんな所。』


 涼は苦笑しながら頷いた。

 説明を聞き終えた雪里は暫く考え、やがて満足した様な笑みを浮かべて口を開く。


『流石です、清宮殿。先程の桃香様の策と合わせれば、私が考えていた策と全く同じになります。』


 それが、昨日あの場所で話した内容だった。


「……って感じで策を考えて、陣地に戻ってからは攻撃部隊を弓兵中心にするとか、詳細を詰めていったんだ。」

「成程……ね。」


 涼の説明を聞き終えた曹操は、暫く考えてから後方に居る軍師を見る。

 但し見ていたのは荀彧ではなく、雪里だった。


「中々優秀ね、貴方達は。」

「有難う。」


 涼がそう言った所で、丁度本陣に着いた。

 それから涼達は、今後についての軍議を開いた。

 今回の奇襲で死んだ黄巾党の遺体を調べた結果、敵将らしき者は居なかったという。

 つまり、あの陣地に居た敵将は逃げ失せたという事。涼達連合軍は四方中三方に陣取っていた為、逃げた先は残りの一方である後方、つまり張宝が居る本陣に逃げたと推測出来る。

 張宝がどう出るかは解らないが、ここで逃がす訳にはいかない。


「私達曹軍も連合軍に参加するわ。」


 曹操がそう言うと、涼達は驚きながらも歓迎した。

 曹操軍が加わった事で、連合軍の数は張宝率いる黄巾党と互角以上の数になった。


「次で、決めよう。」


 涼が皆に向かってそう言うと、桃香達は勿論、董卓達や曹操達も頷き、軍議は終了した。

 決戦は、近い。

第四章「黄巾党征伐・前編」をお読みいただき、有難うございます。


今回は月と詠、華琳と桂花の原作キャラに加え、盧植といった未登場キャラも登場させました。

尚、自分は基本的に携帯から投稿しているので、携帯では表示されない環境依存文字には代用漢字を用いています。例えば荀「彧」なら、似た漢字の「或」をあてる、という具合です。御了承下さい。

展開は今回も「横山光輝三国志」を参考にしています。お陰で桃香が原作より頭良かったり(笑)

この作品は原作よりシリアス分を多めにする予定で書いているのですが、ラブコメやドタバタもちゃんと入れないといけないよなあと思い、時々入れています。上手く書けてるかは判りませんが←


うろ覚えですがパロディネタ。

「何者って……一応天の御遣いの清宮涼、それ以上でもそれ以下でも無いよ。」→「私の名はクワトロ・バジーナ、それ以上でもそれ以下でもない。」

ガンダムシリーズに登場する赤い何とかさんが四つ目の名前の時に言った台詞ですね。恋姫自体パロディネタの宝庫ですから、これからも

こうしたネタは仕込んでいく予定です。


因みにこの章の執筆時は次の章の様な展開は考えていませんでした。次はどんななのか、未読の方はごゆっくりお楽しみ下さい。

では、第五章編集終了後にお会いしましょう。



2012年11月26日更新。

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