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真・恋姫†無双 ~天命之外史~  作者: 夢月葵
第一部・桃園結義編
6/30

第二章 桃園の誓い

桃の花が咲き乱れ、風と共に散っていく。

それはまるで、淡い紅色の吹雪の様だった。




2009年9月14日更新開始。

2009年10月12日最終更新。

 翌日。

 「天の御遣い」の少年、清宮涼(きよみや・りょう)桃香(とうか)の家に居た。

 昨夜、桃香に連れられて桃香宅に着き、そこで様々な説明や自己紹介をした後、就寝となった。

 起きたのは未だ陽が昇って間もなくの時。

 時計もテレビも無いので正確な時間は解らないが、起きるには早過ぎた時間だというくらいは解った。

 腕時計は有るものの、そこに表示されている時間は元の世界のものなので、こちらの時間と合っている訳では無い。

 この世界の日付や時間が解らないので、時計を合わせる事も出来ない。

 よって、太陽が高く昇っている今が、昼前だという事くらいしか解らなかった。


「……本当に別世界に来ちゃったんだなあ。」


 縁側の柱に体を預けたまま座っている涼が、空を見ながらそう呟いた。

 昨夜、そして今朝交わした会話から、ここが涼の住んでいた世界とは違う世界だという事が解った。

 しかも、どうやらこの世界は「三国志」に良く似た世界だという事も解った。

 今は黄巾党(こうきんとう)の乱が起き、大陸の各地で乱世の兆しが見え始めているという。


(て事は、曹操(そうそう)孫策(そんさく)董卓(とうたく)袁紹(えんしょう)が勢力を伸ばしている頃か。いや、孫堅(そんけん)は未だ生きているかな。公孫賛(こうそん・さん)袁術(えんじゅつ)も居るだろうし……。)


 自分が知っている「三国志」の知識から、今の時代に該当する人物を思い浮かべる。

 そこで、一つの疑問が浮かんだ。

 涼の世界の「三国志」では、劉備(りゅうび)関羽(かんう)張飛(ちょうひ)は男性だ。

 だがこの世界の劉備、関羽、張飛は女性、しかも涼と余り変わらない年齢だ。


(て事は、曹操や孫策達も女性の可能性が有るって事か……。)


 劉備達がそうだった以上、曹操達もそうなる可能性は充分に有る。


(……どんなキャラになってるのか、不安でもあるし楽しみでもあるな。)


 劉備達があんなキャラになっているのだから、そう思うのも仕方無いだろう。

 と、そこに凛とした声が届いた。


「こんな所で何をしているのですか?」

「ん……関羽さんか。」


 見上げると、そこには長い黒髪を左側で纏めている少女が立っていた。


「“さん”付けはしなくて良いと申し上げた筈ですよ、涼殿。」

「それなら、俺も“殿”は付けなくて良いって言った筈だよ。」


 涼の隣に座りながらそう言った関羽に対して、涼も同じ様な答えを返す。


「それもそうでしたね。ですが、貴方が“天の御遣い”なら呼び捨てにする訳にはいかないのですよ。」

「“天の御遣い”ねえ……。」


 そう呟くと、再び空を見上げる。


「未だ御自覚が無いので?」

「そりゃ、今迄普通の学生やってた人間が、急に“天の御遣い”とか祭り上げられても戸惑うだけさ。」


 関羽の問いに答えてから、涼が逆に問い掛ける。


「それに、関羽さんも俺が“天の御遣い”だって事に納得してなかったんじゃない?」

「それはそうですが……昨夜の話や、“けーたいでんわ”なる天の絡繰り等を見せられては、ある程度納得せざるを得ませんからね。」


 そう言って関羽は少し困った顔をした。

 昨夜、少年は自分が別の世界から来た証拠として、持っていたバッグから色々な物を取り出して見せ、説明していった。

 携帯電話が遠くの人と話せたり、写真を撮ったり出来る道具だと説明した時には、皆目を丸くしていた。

 携帯ゲームを遊んでみせた時は鈴々(りんりん)が一番興味を持っていた。

 携帯型音楽プレーヤーを操作して聴かせた時は、桃香も関羽も驚きつつ楽しんでいた。


「あー……まあ、それもそうだな。」


 携帯電話もゲームもプレーヤーも、この世界が三国志を基にした世界なら有る訳が無い。

 それを持っている涼を別の世界、つまり天の世界の人間と認識するのは当然かも知れない。


「……それに、貴方が本当に“天の御遣い”かどうかは、正直どうでも良いのです。」

「……え?」


 思いも寄らない言葉に、涼は思わず聞き返した。

 すると、関羽は涼の顔を見ながらこう答える。


「貴方が天からこの大陸に遣わされ、平和に導く人間だという噂が、劉備殿を始めとする人々に希望を持たせるんです。」

「あー……つまりは、風評や大義名分が得られれば良いって事か。」

「そういう事です。ですから、余り肩に力を入れなくて大丈夫ですよ。」


 そう関羽に言われ、涼は一つの事例を思い浮かべた。

 つまり、自分は「錦の御旗」になれば良いと言う事だな、と。

 幕末、戊辰戦争で優勢だった反幕府軍を更に勢い付けたのは、天皇が率いる軍の証である「錦の御旗」を得た事だった。

 「錦の御旗」を持つ軍に刃を向ける事は、天皇の敵、つまり朝敵になるという事。

 もし朝敵になってしまったら、仮に戦争で勝っても民衆の支持を受ける事は無い。

 民衆に支持されない集団が天下を穫れる訳もない。だからこそ、旧幕府軍の戦意は落ち、戦いは反幕府軍改め新政府軍の勝利へと繋がっていった。

 涼は、その「錦の御旗」になれば良いらしい。

 自分なんかが「錦の御旗」になれるのだろうか? という疑問は残るが、では他に何が出来るか? と聞かれたら、何も出来ないとしか言い様がない。


「まあ、俺に出来る事なら何でもするさ。」

「その意気です、涼殿。」


 涼の決意に、関羽は笑みを浮かべながら応えた。

 それから暫くして、二人は桃香達の(もと)へ向かった。

 桃香と鈴々は今、義勇兵の集まりに参加し、これから近くに居る黄巾党の根城に向かう所だった。


「あっ、涼さん。」

「お兄ちゃーん、関羽お姉ちゃーん、こっちなのだーっ。」


 老若男女が集まる義勇兵の集団の中から、一際明るく声を上げる二人の少女の姿が見える。

 これから戦いに行くというのに、これ程緊張感が無いのも珍しい。


「遅れて済みません。少し、涼殿と話をしていまして。」

「良いよー、気にしなくて。それより、涼さんも義勇兵に参加するんだよね?」

「ああ。戦った事は無いけど、かといってあのまま家に居るのも性に合わないしな。」


 そう言って関羽と共に二人と合流した涼は、左腰に有る剣を軽く叩いた。

 当然ながら、この剣は涼が元々持っていた物ではなく、昨夜、涼達の話を聞いていた桃香の母から借り受けた物だ。

 どうやら桃香の剣「靖王伝家(せいおうでんか)」の予備の剣みたいな物らしく、大きさが一回り小さい事と装飾が少ない事以外は、殆ど同じだった。

 因みに、名前は無いらしく、涼は取り敢えず「靖王伝家(予備)」と名付けた。


「とは言え、武器を使えぬ者が戦場に出ては足手纏いになります。余り、前線には出ない様、御気を付けて下さい。」

「う、うん。解ってるよ。」


 死にたくはないしね、と思いながら涼は身をすくめた。

 辺りを見回すと、武具に身を包んだ老若男女が数え切れない程居る。

 この街はそんなに大きく見えないが、予想以上に人口が多いらしい。

 一通り見終わると、次に桃香達を見た。

 目の前に居る桃香は、桃色の長い髪を白い羽根が付いた髪留めで左右に纏めたストレートヘア。

 白と緑を基調とした服は、どこかの学校の制服にも見える。襟元に紅いリボンが有るから尚更だ。

 まあ、肩が見える制服なんて余り無いだろうけど。

 袖等には金色のラインが有り、両袖には羽根をあしらった金色の刺繍。ヒラヒラした紅いスカートの端には白いフリルみたいな物が見える。

 靴は膝上迄有る長く白いブーツ。

 今更ながら、コスプレみたいな服装だなと、涼は思った。

 続いて、桃香の左隣に居る鈴々。

 短い赤毛には、コミカルな虎の顔の髪飾りを付けている。

 気の所為か、その表情が時々変わる様な……。

 暫くして気の所為だと結論付けた涼は、観察を続ける。

 短めのインナーシャツとスパッツは同じ紺色で、どちらも下部に金色のラインが入っている。因みにかなりのヘソ出しルックだが、寒くは無いだろうか?

 金色の首輪に、黄色を基調として茶色のラインや葉っぱの様なデザインが有る上着。両肩には白と黒で構成される陰陽のマークっぽいのが有る。

 そのマークはベルトのバックルにも有り、ベルトは二つのベルトをクロスさせて使っている様だ。

 両手には紅い手甲が付いた手袋をはめている。色はやはり紺色で、指先は空いている。

 右腕は肘迄やはり紺色で覆われている。手袋の延長だろうか。

 靴は履いて無く、指先と踵が無い靴下を履いている。色やデザインはスパッツ等と同じだ。

 忘れていけないのは、首に巻いている紅いマフラーだ。

 まるで何処かの仮面のヒーローの様に、パタパタと風に揺れている。

 もし現代に皆と戻って、その仮面のヒーローの映像を見せたらどんな反応をするだろう。少し楽しみではある。

 最後は、涼の左隣に居て、桃香の右隣に居る関羽。

 黒く艶やかな黒髪を左側で纏め、紅いリボンが付いた金色の輪で留めている。

 白と緑を基調とした服は桃香の服と似ており、金色のラインや肩を出している所も同じだ。

 服の下部は花びらの様なデザインになっており、後ろは前より長くなっている。

 その下には黒いプリーツスカートに茶色のオーバーニーソックス、革靴の様な黒い靴。

 やっぱりコスプレっぽいし、部分的にはどこかの学校の制服に見えなくもない。

 とまあ、三人の服装に関して涼はそんな感想を抱いていた。


(それにしても……これって今から戦うにしては軽装過ぎないか?)


 周りの義勇兵は鎧兜に身を包んでいたり、最低でも胸当て等の防具を身に着けている。

 だがこの三人は普段着みたいな服装でいる。

 桃香と関羽の豊かな胸が一目で解る程だ。

 因みに別の意味で鈴々の胸も一目で解るが、それはおいておく。


(まあ、俺も劉備達の事は言えないけどさ。)


 そう自嘲気味に心の中で呟いた涼は、自分の姿に目を向ける。

 基本的には昨日と同じTシャツにジーパンという服装だが、今日はそれに白いフード付きコートが加わっていた。

 涼が居た現代は、未だ秋の中頃といった時季だったので、コートを着るには少し早いのだが、どうやら、寒くなる前に買っておいたコートをバッグに入れっぱなしにしていたらしい。

 なので、普通なら未だ着ない筈のコートだが、こちらの今の季節は春先でしかも肌寒い為、寒さから身を守るのに丁度良かった。


(他にも色々バッグに入れてたからなあ……お陰で少しは楽出来そうだけど。)


 そのバッグは今背中に背負っている。

 このバッグは汎用性が高く、本来は肩にかけて使う大きなバッグだが、少し手を加えるとこの様に背中に背負う事も出来る。

 因みに、剣はズボンのベルトを通す所に鞘の紐を通して固定している。


「あ、どうやら指揮官の方々が来た様です。」


 関羽の声に涼や桃香、鈴々が反応し、関羽が見ている方向に目をやる。

 そこには、甲冑を身に纏った中年の男と、涼達と同年代と思われる少女が立っていた。

 暫くの間、二人による話が続いたが、どうやらそれによると中年の男が指揮官で、少女は軍師らしい。

 涼は指揮官の名前は知らなかったが、軍師の少女の名前は聞き覚えが有った。


「今度は徐福(じょふく)か……。」


 涼は目の前の少女を見ながら呟いた。

 徐福とは、「三国志」で劉備に仕えた軍師の一人で、物語序盤で劉備達と共に活躍した人物だ。

 とある出来事により劉備達の許から離れるが、劉備に対する恩義や忠義は忘れる事が無かったという。


「その徐福がここで登場……か。」


 そう呟きながら、涼はどこか安心した心地になっていた。


「……? 涼殿は、徐福殿を御存知で?」

「いや、会った事は無いけど解る。彼女はきっと優秀だよ。」

「はあ……。」


 涼の言葉に関羽は怪訝な顔をしていたが、その徐福が話し始めたので視線を戻した。

 徐福は野球帽の様な黄色い鍔付き帽子を深く被り、銀色の髪は膝元迄ある長さ。

 身長は鈴々より頭一つ大きい様だ。因みに鈴々は小学生みたいに小さい。

 胸は大きくないが小さくもなく、普通より少し大きいくらい。

 首元には羽ばたく二つの羽根をあしらった首飾り。服は帽子と同じ黄色を基調としたワンピースで、その左胸には白い羽根をあしらったワンポイントが有り、どうやら羽根のデザインが好きな様だ。

 足は白いオーバーニーソックスと、革靴の様な紺色の靴を履いている。

 大きな金色の瞳は自信に満ちていて、見ているこっちも自信に満ち溢れる様な気になってくる。

 因みに、桃香の瞳は水色、関羽の瞳は金色、鈴々の瞳は紺色だ。


「昨夜、劉玄徳(りゅう・げんとく)さん達が捕縛した黄巾党の男から、色々と情報を聞き出せました。……劉玄徳さん、関雲長(かん・うんちょう)さん、張翼徳(ちょう・よくとく)さん、そして清宮涼殿、お手柄でしたね。」

「あ、いえ、どう致しまして。」


 徐福に誉められ、周りの人々から注目される中、昨夜は実質的に何もしてない桃香が、四人を代表して、少し慌てながら応えた。

 関羽と鈴々の提案もあり、昨夜の事件は関羽、鈴々に加えて桃香、涼の合計四人の手柄になっていた。

 殆ど活躍していない桃香や涼は当然嫌がったが、あの場に居た事と戦った事は事実だし、その方が後々役に立つからという事で何とか納得した。

 因みに、涼が“天の御遣い”だという事は既に街の人々に知らせてある。

 勿論、皆が皆それを信じている訳では無いが、昨夜の光と黄巾党の事件を知っている為、街の人々の大半は涼を“天の御遣い”として認めていた。

 お陰で明け方、劉備宅の周りに野次馬が沢山居たのを見た涼も桃香も物凄く驚いていたが。


「その情報を基に斥候を放った結果、情報通りの場所に黄巾党の根城が在るのを確認しました。私達はこれからそこへ向かうのです。」


 これからの事を力強く説明しながら、集まった義勇兵達を鼓舞する徐福。

 隣に居る指揮官の存在理由が無いのではないかと思う程に、徐福は皆を引っ張っていた。


「それでは皆さん、私達について来て下さいっ!」


 徐福の号令に義勇兵達は威勢の良い声で応え、目的地へと出発した。

 涼以外の桃香達三人もそれに続いて歩き出す。

 車もバイクも無いこの世界の地上での交通手段は、馬か徒歩しかない。

 この行進も一部の人間を除き、皆徒歩だ。

 目的地は近くの山間に在るらしく、パッと見は近いのだが、いざ歩くとなるとかなりの時間がかかる。

 しかも、それなりの人数で行進している為、勝手に速度を上げたり落としたり出来ず、休憩も勝手に出来ない為にかなり辛い。

 調練された兵士なら兎も角、ここに居るのは殆どが農民なので、この様な行進に慣れていなかった。

 当然ながら、それは桃香も同じだ。


「あう〜、疲れたよぉ〜。」

「桃香お姉ちゃん、もう直ぐ着くから頑張るのだ。」

「その前に小休止があと一回は有るでしょう。頑張って下さい、劉備殿。」

「そんなぁ〜。」


 出発から約二時間、幾つかの小休止を挟みながら、桃香達義勇兵は行進を続けていた。


「……涼さんは良いなあ。馬に乗ってるから楽だろうし。」


 そう言って桃香は遥か前方に居る筈の涼を探す。

 探す相手は馬に乗っているから探し易い筈だが、この人混みでは意外と見つけるのが難しかった。


「涼殿は“天の御遣い”ですからね。流石に、その方を皆と同じ様に歩かせるという訳にはいかないと、徐福殿は判断されたのでしょう。」

「それはまあ、解るんだけどさあ〜。」


 関羽の言葉に同意しつつも、何処か羨ましそうな返事をする桃香。

 出発前、徐福の号令が義勇兵を鼓舞していた時、涼達の前に一人の兵士がやってきた。

 その兵士は涼に対して「徐福様が呼んでいます。」と伝え、涼は兵士に案内されるまま徐福の許へと向かった。

 その後、涼を待とうとした桃香達だが、程なくして皆が行進を始めた為、仕方なく行進に加わっていると、前方で徐福と指揮官の間に居る涼の姿が見えた。

 しかも、多少おぼつかない腕ながら馬に乗っている姿が。


「それに劉備殿、馬に乗るというのも、それなりに疲れるものなのですよ。」

「そうなの?」

「ええ、常に落ちない様に気を付けなければいけませんからね。お陰で、慣れない内は筋肉痛になり易いんですよ。」

「へえ〜。けど、それでも馬に乗りたーい。」

「まったく、桃香お姉ちゃんは忍耐力が足りないのだ。」

「その様ですね。」

「うぐぅ。」


 二人にそう言われ、落ち込む桃香であった。

 一方、桃香達がそんな会話をしている頃、前方で馬に乗っている涼は徐福と話をしていた。


「清宮殿、大分馬の扱いに慣れてきた様ですね。」

「まあね。昔の勘を取り戻したから何とか乗れてるよ。」


 昔、乗馬クラブに入っていたのが役に立ったなと思いながら、涼は徐福と話をしていた。

 涼の両親は共に乗馬が趣味で、小さい頃からよく乗馬をさせられ、一時期乗馬クラブに入らされていた。

 嫌いではなかったが、友達と遊ぶ時間が無くなる為に余り長く続かなかった。

 だが、子供の頃覚えた事は成長した今も覚えているらしく、暫く乗っているといつの間にか勘を取り戻していた。


「それにしても、馬より簡単に乗れる乗り物や速い乗り物が有るとは、流石は天の国ですね。私もその“じてんしゃ”や“ばいく”、“じどうしゃ”とやらに乗ってみたいものです。」


 徐福は目を輝かせながらそう言った。

 馬に乗る前に涼に説明された天の国の乗り物に、彼女は強い興味を持った様だ。

 まあ、どんな時代のどんな人間も、未知の事に興味を持つのは当然だろう。


「……それは楽しみだろうけど、今は黄巾党を倒す事に集中しないと。何か策でも有るの?」


 そんな徐福の願いを叶える事が出来ない涼は、それとなく話を戻した。

 すると徐福は自信満々に答える。


「勿論有りますわ。もっとも、黄巾党相手に手の込んだ策を弄する必要性は感じないのですが。」

「けど、黄巾党は結構数も多いし、都の兵士達も手を焼いていると聞くけど?」

「それは、都の兵士が無能なのと、相手を賊と思って侮っているからです。黄巾党は農民出身が殆どなのですから、霊帝(れいてい)大将軍(だいしょうぐん)何進(かしん)がもっと早く本腰を入れていれば、既に事態は沈静化している筈ですから。」


 徐福は、黄巾党の乱における現状と感想を苦々しい顔をしながら語った。

 彼女の話によれば、霊帝によって何進が大将軍に任じられ、黄巾党討伐に本腰を入れたのはつい最近の事らしい。

 霊帝は体が弱く、中常侍(ちゅうじょうじ)と呼ばれる側近達が霊帝を助けていたらしいが、その実はそうして権力を手に入れ、自分達の思うがままに政をしてきた。

 そしてそれが漢王朝を衰退させ、黄巾党が出現した最大の要因らしい。


「けど、霊帝と何進が本腰をあげたのなら、この乱もじきに治まるんじゃないのか?」


 涼は徐福にそう尋ねた。

 この黄巾党の乱の後に待っている新たな戦いを知っているのに、それでも敢えて尋ねてみた。


「ええ、“この乱”はじきに治まります。ですが、こちらの様な地方に討伐軍が来るには未だ時間がかかるでしょう。ですから、この様な義勇兵が必要なのです。」


 徐福は後ろに続いている義勇兵の面々を見ながらそう答えた。

 つられて涼も振り返れば、その中に見知った三人の姿を見つける。かなり疲れている様だな、と感じる。

 特に桃香が。


「そろそろ小休止をとりましょうか。目的地は近いですから、疲れをとっておかないと戦いになりませんからね。」


 そう言ったのは徐福。どうやら彼女も、義勇兵達が疲れているのに気付いた様だ。

 直後に小休止をとると指揮官や徐福が告げると、皆ホッとした表情になっていった。

 小休止は近くの小川の側でとる事にした。

 小川に着くと、皆その水で顔を洗い、汗を拭き、喉の渇きを潤していた。

 桃香、関羽、鈴々の三人も例外ではなく、特に桃香は先程迄とはうって変わって元気を取り戻していた。

 そんな三人を見ながら、涼も自らの顔や腕の汗を洗い流していた。

 比較的寒かったり、馬に乗っているとはいえ、二時間以上も移動していればそれなりに汗をかくし喉も渇く。

 出発前に貰った竹製の水筒に入れていた水は既に飲み尽くしていたので、喉を潤すには川の水を飲むしかない。

 涼は今迄川の水を飲んだ事は無いが、水道や自動販売機等が無い以上、水を得るには仕方がない。

 それに、この川の水はとても澄んでいて、小魚が気持ち良さそうに泳ぐ姿がそこかしこに見えた。


(それだけ、俺の世界の川が汚れているって事か。)


 この世界の川は、コンクリートで護岸が固められていたり、転落防止の柵が有ったりしない。

 川へと降りる道が階段になってる事は少ないし、蛇等の獣に注意する様促す看板も無い。

 けど、そんな風景がどこか温かいなと、涼は感じていた。

 きっとこれが、自然の在るべき姿なんだと。

 そう思いながら、ゆっくりと両手で水を掬い、口に運ぶ。


「……おいしい。」


 川の水ってこんなに美味いものなのか、と思いながら二度、三度口に運ぶ。

 そうして涼は、何度も冷たくて心地良い水を堪能していった。


「清宮殿、ここに居ましたか。」


 喉を潤した涼の側に、徐福が立っていた。

 それに気付いた涼は、顔を拭きながら応える。


「あ、徐福さん。俺を捜していたの?」

「ええ。実は黄巾党との戦いについて少し……。」


 そんな風に話をきりだしてから徐福は説明を始めた。


「……つまり、俺と劉備がそれぞれ部隊を率いるって訳か。」

「はい。片や“天の御遣い”、片や“劉勝(りゅうしょう)の末裔”。これ等の肩書きは充分に兵の士気を上げ、敵の士気を下げます。」

「けど、俺も劉備も実戦経験は殆ど無いぞ。」


 謙遜ではなく事実をありのままに話す涼。


「それはこの際構いません。お二人には後方で味方を鼓舞して貰えれば良いのですから。」

「けど、それって何か皆に悪い気がするなあ。」

「では、前線に出て斬られてきますか?」

「……それも嫌だけどさ。」


 誰が好き好んで死にに行きたいだろうか。

 勿論、涼もそんな人間じゃない。


「……清宮殿はお優しい方ですね。」

「そうかな。」


 今度は謙遜じみた話し方をする。

 そんな涼に対して、徐福は少し声を低くし、更に真剣な表情でこう続けた。


「ええ、とてもお優しいです。ですが、それだけではダメなんです。」

「……どういう事?」


 怪訝に思った涼は、自らも真剣な表情になって聞き返した。


「清宮殿は、皆を鼓舞するだけでなく、自ら先頭に立って指揮をしながら戦う人間になりたい、と、そう思っているのではありませんか?」

「まあ……そうかな。」


 そんな風になれれば、傷付く人を少しでも減らせる筈だから。

 単純にそう思って言葉に出した。


「やはり。確かに、その様な将が味方に居れば兵達は心強いでしょう。」

「だろ?」

「ええ。……ですが!」


 突然、徐福は涼の胸を人差し指で軽く突きながら語気を強め、涼にだけ聞こえる声量で話し続ける。


「そういった事は、力をつけてから言い、実行するものです! 力無き者が理想を語っても、それは単なる理想のまま。悪く言えば世迷い事でしかないのです!」

「……っ!」


 徐福が言った言葉に、涼は反論出来なかった。

 その言葉は全て正しく、何一つ間違っていない。

 力が有るから戦いに勝てる訳だし、民や兵もついて来る。勿論、ある程度の人徳も必要だが。

 理想を語るなら、それ相応の力を得ないといけない。だが、今の涼にはその力が無い。

 有るのは、「天の御遣い」という、人を集めるのに適した肩書きだけだった。

 そんな現状ですら理解出来ず、脳天気に答えていた自分が恥ずかしい。

 少し考えれば、これくらいは直ぐに解る事なのに。

 涼はそう思いながら俯き、額に手をやる。今の情けない表情を見られない様にする為だ。

 多分、今の顔は誰にも見られたくない表情だと思うから。

 そんな涼に対して、徐福がさっきより小さな声で話し掛ける。

 それに気付いた涼が軽く視線を向けると、何故か彼女も帽子の鍔を右手で押さえながら、少しだけ俯いていた。


「……勿論、理想を持つ事が悪いと言っている訳では無いのですよ。その点は、どうか誤解しないで下さいね。」


 そう言うと徐福は振り返り、元来た道を戻っていく。

 一人取り残された涼は、徐福の言葉を何度も心の中で繰り返しながら、自問自答を始めていた。

 自分に出来る事、やるべき事は何が有るのか、と。


(……そりゃあ、ずーっと肩書きだけの存在で良い訳が無いよな。……けど、だったらどうすれば強くなれるんだろう……?)


 理想を成すには強くならなければならない、それは解る。

 だが、どうすれば皆を守れるだけの強さを得る事が出来るのか、平和な現代で生きてきた涼には想像出来なかった。

 それから暫くして、行進を再開した義勇兵達は漸く目的地に着いた。

 再び斥候を放ち、様子を見る徐福達。

 その結果、黄巾党の根城には予想以上に多くの人数が居る事が解った。


「賊の数は私達より若干多い様ですが、これくらいの差なら策で何とでもなりますね。」


 徐福は軍議の場でそう自信満々に告げた。

 因みに、その場所には他に指揮官や各小隊長に任命された者、そして桃香と関羽、鈴々と涼の姿があった。


「何とでもなるとは言うが、具体的にはどうするのだ?」


 岩に広げられた地形図を見ていた関羽が、徐福を見ながらそう尋ねる。


「そうですね……相手の方が数が多い場合、幾つかの方法が考えられます。援軍を呼んだり、火矢を使った奇襲等ですね。」

「けど、援軍は当てが無いし……。」

「火矢にしても、こんな山の中で使ったら山火事になって、こっちにも被害が出てしまうのだ。」


 徐福の提案に、桃香と鈴々がそれぞれ意見を述べる。

 だが、徐福はそれをお見通しらしく、全く動じていない。


「お二人の言う通りでしょうね。義勇軍である我々は、そう簡単に兵数を増やせませんし、火矢にしても使うには場所が余り良くありませんから。」


 黄巾党の根城は山間に在り、正面以外の三方を崖に囲まれている。

 山の中だから周りには木々も沢山在るので、下手すれば山火事になるだろう。

 そうなればこちらも巻き込まれる危険性が高くなる。


「それに、弱いとは言え今は向かい風が吹いています。火矢を使うには適していません。」


 火矢を使うのは追い風の時というのは、先述の理由からも解る様に、軍略における常識だ。

 よって火矢は使えない。


「なら、どうするんだ?」


 涼が尋ねると、徐福は直ぐに答えた。


「相手はその殆どが農民の出です。まともな調練を受けた者はかなり少ない筈。また、奴等は自分達より弱い者しか襲っていない……つまり、数に頼っただけの暴徒共でしかありません。」

「ふむ。……それで?」


 徐福の説明の先を促す関羽。


「こちらの人数が少ないと見れば、奴等は意気込んで襲いかかってくる筈。なので、先ずこちらは少人数で奴等の前に現れるのです。」

「あの根城から誘い出すって訳か。」

「はい。そして、充分に誘い出した後、残りの人数全てを奴等に見せつけるのです。」

「けど、それでもこっちの人数は黄巾党より少ないのだ。それはどうするのだー?」


 徐福の説明に涼と鈴々はそれぞれ反応するが、当の徐福は相変わらず自信に満ちた表情のまま説明を続ける。


「確かに、数的不利という状況は変わりません。ですが、こちらの方が黄巾党より人数が多い様に見せる事は可能です。」

「……?? どういう事なのだー?」


 徐福の説明を聞いた鈴々だが、余り理解出来なかった様で、頭の上に疑問符を浮かべている。

 だが涼は、徐福の意図を理解していた。


(……成程ね。)


 だが、それを口にはしなかった。

 それを説明するのは、この場の主役である徐福の役目だと思ったからだ。

 そんな涼の考えを知ってか知らずか、徐福は鈴々や桃香を見ながら尚も説明を続けていく。


「つまりですね、先程も言った通り、相手は弱い相手としか戦っていません。恐らく、相手が官軍か只の義勇兵かというだけでなく、相手の人数を判断材料にしていると考えられます。」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうな。」


 徐福の考えに関羽が同意する。


「ええ。ならば、もしこちらの人数が黄巾党より多かったら、奴等はどう行動すると思いますか?」

「それは……多分逃げちゃうんじゃないかな? 勝てる見込みが無いと判断すると思うよ。」


 暫く口元に手を当てながら考えていた桃香が、冷静に答えを口にする。

 徐福はその答えを頷きながら聞き、言葉を繋いだ。


「だと思います。ですが、そうなると私達の目的を達成する事が難しくなります。」

「何でなのだ?」


 またも鈴々が疑問符を頭に浮かべながら尋ねた。徐福はその答えを直ぐに口にする。


「私達の目的は黄巾党を追い払うのではなく、殲滅する事にあります。何故なら、追い払うだけではまたいつ戻ってくるか判りませんし、追い払った黄巾党の奴等が他の街や(むら)を襲う危険性もあるからです。」

「だから殲滅するって訳か。」


 その意図を理解している涼が答える。


「はい。それに、上手く殲滅出来れば、黄巾党の他の部隊がこちらに来るのを防ぐ事が出来る筈です。何せ、奴等は弱い相手としか戦いませんからね。」


 そこ迄言ってから、徐福は小さな黄色い旗が付いた木片を、周辺の地形を記した地図の上に置いた。

 そこは、目的地である黄巾党の根城が在る場所を指し示していた。どうやらこれは黄巾党を表す物らしい。

 また、その下の森林部分には、小さな青い旗が付いた木片が置かれている。どうやら、こっちは涼達義勇軍を表す物の様だ。

 因みにこの世界の地図も、特に表記がない場合は上が北を指し示しているらしい。


「そして、その為には先ず奴等に動いてもらわなければなりません。そこで、先ずは少数で敵前に布陣。その後、応戦しながら後退し、敵を引きつけます。」


 そう言いながら徐福は青い旗を上に、黄色い旗を下に動かし、それから二つを同時に下に動かした。


「そして、充分に引きつけてから残りの兵を黄巾党の奴等の前に展開します。」

「だから、それが問題なのだっ。少ない人数をどうやって多くするのだ?」


 鈴々は早く答えを知りたいらしく、手をバタバタ振りながら促した。


「実際に増やすのは不可能ですね。ですが、こちらの兵を多く見せる事は可能です。……虚兵を使ってね。」

「きょへい?」


 鈴々は、キョトンとしながら徐福が言った言葉を繰り返した。どうやら、よく解っていない様だ。

 一方、関羽は即座に解ったらしく静かに頷いており、桃香は暫く考えてから意図に気付いた様だ。

 また、涼は予想通りだったらしく、関羽同様静かに徐福の話を聞いていた。


「虚兵とは、即ち偽りの兵。それを多用する事で奴等の目を欺き、一気呵成に攻め立てる事が可能なんです。」


 徐福は、常と変わらない自信に満ちた表情のまま説明を続ける。


「虚兵の絡繰りはこうです。先ず、旗手を通常の倍……いえ、三倍用意して下さい。」

「旗手を三倍?」


 関羽が確認の為に聞き返す。


「ええ。そして、いざ黄巾党の前に残りの全軍で現れる際に、その旗手達に旗を思いっきり派手に振らせて下さい。序でに私達全員がいつも以上に大声を出すの。それで奴等はこちらが大軍だって誤認する筈よ。」

「成程ねー。けど、もしその策が上手くいかなかったらどうするの?」


 徐福の説明を聞いていた桃香が、少し不安な表情をしながら尋ねる。


「上手くいかない? 恐らく、それは無いですね。」

「どうしてそう言いきれるんだ?」


 疑問に思った涼が、徐福に尋ねる。


「そんな思慮深い人間が黄巾党の中に居るのなら、先日の様な少人数での街の襲撃はしないでしょう。もっと大人数で計画的に攻め、街の被害を甚大なものにしていた筈です。」

「成程ね。」


 徐福の説明に納得した涼は、昨夜の黄巾党による襲撃事件を思い出していた。

 涼がいつの間にか居たあの街は、小さいながらも義勇兵を募っていただけあり、攻めるにはそれなりの人数が必要な筈だ。

 だが、奴等は十人程度という少ない人数で襲撃してきた。

 結果、幾人かの負傷者と建物が多少損壊したものの、死者は一人も出ず、物品を奪われる事もなかった。

 勿論、関羽と鈴々の活躍があった事も大きいが、それを差し引いても昨夜の襲撃は無謀だったと考えられる。


「そんな相手ですから、この策で充分です。それに、念の為の策はちゃんと用意していますから、皆さん御安心下さい。」


 徐福は自信満々に話していたが、皆の不安を察したらしく最後に一言付け加えた。

 それで軍議は終了となり、各自の持ち場へと戻っていく。

 涼は桃香、関羽、鈴々、そして徐福と共に本隊へと歩いていた。


「さっきの話だけど、本当に予備の策を考えているのか?」

「それはまあ、一応は。」

「一応かい。」


 涼は苦笑しながら徐福にツッコミをいれた。


「軍師の仕事は策を練り上げ、指揮官を支え、軍を統率する事。そして、最終的には軍を勝利に導く事です。その為なら、策の十や二十を考えておくのは当然ですよ。」

「いやいや、十や二十を考えられる軍師はそう居ないだろ。」


 それが普通かの様に話す徐福に、涼は驚きと呆れが混じった表情で再びツッコミをいれた。


「そうですか? 私の知り合いの子達なんて、私なんかより凄く沢山の策を瞬時に考え出しますよ。」

「……どんな奴等なんだよ、そいつ等は……。」


 策を一つ考えるだけでも凄いと思うのに、それを沢山考えつくなんてどんな頭をしてるんだ。

 涼は頭の中で呆れながら天を見上げていた。

 それから約半刻(約一時間)後、涼達は戦場に居た。

 と言っても、涼や桃香、徐福は戦線の遥か後方に居り、関羽や鈴々の二人が前線で戦っている。

 関羽と鈴々がかなりの実力者とみた徐福によって、前線で戦う小隊長となった二人は前曲の一角を担う事になった。

 今は作戦通り黄巾党を引っ張り出している所で、しかも予想以上に上手くいっていた。


「……黄巾党って、本当に考えなしなんだな。」


 暫く攻勢に出た後、打ち合わせ通りに後退してみれば、果たして徐福の予想通りに黄巾党の集団がついて来た。

 都合が良過ぎるくらいに策が機能しているのを、遠くの高台から眺めている涼は、同じく眺めている桃香と共にそんな感想を呟いた。


「私の予想通り、いえ、予想以上の展開ですね。」


 徐福はその光景を眺めながら、口元を緩める。

 何故か右手に大型の中華鍋を持ちながら。

 その中華鍋は何? 持ってきていたのか? 等の疑問が思い付くものの、今は聞く雰囲気では無いので聞くのを止める涼だった。


「徐福、未だ出ないのか?」

「未だですよ、清宮殿。もう少し引き付けないと、賊を殲滅するのは難しいです。」


 高台から身を屈めながら戦況を伺う涼達は、策の仕上げにかかるタイミングを図る。

 一分……、

 五分……、

やがて十分が経過しようとした時、徐福が高台に居る部隊に合図を送る。


「今です!」


 大型中華鍋を銅鑼代わりに思いっきり叩いて味方を前進させ、同時に黄巾党を怯ませる事に成功する。

 その隙を逃さず、全ての旗手が旗を思いっきり振りながら大声を張り上げる。

 左右に在る高台から沢山の兵と旗が現れ、兵の声は木霊となって山中に響いていく。

 木霊が策をより効果的にしたのか、黄巾党の士気はかなり低下している。

 そして追い打ちをかける様に、中央の高台から二人の男女が味方を鼓舞する。


「黄巾党を討伐せんと集まった勇者達よ! 今こそ反撃の好機だ‼ 怖いだろうが、恐れるな! 君達には天の加護があるのだから‼」

「さあ皆! このまま一気に敵をやっつけるよ‼ 全軍、突撃ーっ‼」


 二人の檄を受け、待機していた義勇兵全員が雄叫びをあげながら坂を下り、黄巾党目掛けて突撃する。

 対する黄巾党は既に浮き足立っており、慌てながら後退していく。

 また、黄巾党を引きずり出した関羽と鈴々も、本隊と合流して再び攻勢に転じている。

 こうなれば、この戦いの決着は着いたも同然だ。


「お二人共、お見事です。これでこの戦いは私達の勝ちですね。」


 高台で戦況を見ながら、徐福は鼓舞した二人--涼と桃香を労う。


「そうは言ってもねえ……。」

「俺達は味方を鼓舞しただけで、戦ってはいないしなあ……。」


 だが、戦っていない二人は複雑な表情を浮かべながらそう呟いた。


「清宮殿、先程言った事をまた言わせるつもりですか?」


 徐福が先程と同じ様に険しい表情をしながらそう言うと、涼は苦笑いをしながら答えた。


「大丈夫、解ってるよ。只……。」

「只?」


 徐福は疑問符を浮かべながら涼の言葉を待つ。

 暫しの沈黙の後、涼は声を絞り出した。


「……無力な自分に腹がたってるだけだ。」


 そう言うと、涼は視線を空に向けた。

 それから暫くして、関羽達が勝ち鬨をあげているのが聞こえてきた。

 その夜、街は黄巾党討伐を祝って祭りの様に盛り上がった。

 勿論、死傷者が全く出なかった訳では無いが、遺族は死者を誇りに思い、彼等をあの世に送り出す意味も込めて勝利を祝った。

 既に酒樽は幾つも空になり、皿に盛られる食べ物は食卓に並べられると直ぐに無くなっていった。

 そうした祝福ムードの一団から少し離れた所に、涼は一人で居た。


「皆よく食べるなあ……。」


 キャンプファイヤーの様に燃え盛る炎を中心にして座り、飲めや歌えの大合唱をしている義勇兵達。

 そんな彼等を遠目に見ながら、涼は一人で小さな丘に座って食事をしていた。

 初めの内は涼が「天の御遣い」と言う事もあって皆と一緒に勝利を祝っていたが、酒を勧められそうになるとこう言ってその場から逃げた。


『この勝利は君達あっての勝利だ。ならば、このお酒を飲むのは君達が最も相応しい。俺に遠慮せずに沢山飲んでくれ。』


 そう言うと義勇兵達は感動したらしく、涼を讃えながら食べ物や酒を口へと運んでいった。

 涼はその光景を暫く見た後、その場から離れた。

 本来どんちゃん騒ぎは嫌いでは無いのだが、何故か今日は思いっきり騒ぐという気分にはならなかった。

 実は、涼はその理由を解っていた。

 自身は戦っていないが、戦場に立ち、沢山の人間が殺し殺されていく光景を目にした。

 殺す人間の雄叫びや表情、殺される人間の悲鳴や形相。

 それ等が目に焼き付き、耳にこびり付いて離れない。

 あれが、戦い。

 あれが、この世界の現実。

 それ等の事実が、涼の心に深く突き刺さる。


(……解ってはいたけど、結構キツいな……。)


 敵であれ味方であれ、人が殺され、死んでいく様を見て平気でいられる筈がない。

 少なくとも、平和な世界で生きてきた涼は平気ではなかった。

 だから、折角の戦勝祝いの宴にも積極的に参加する気にはなれず、適当な理由をそれらしく言ってその場から離れた。

 その方が、場の雰囲気を壊さずに済むと思ったから。

 暫く一人で考えてみたいと思ったから。

 そうしてこの場所を見つけ、今に至っている。


「結局、覚悟が足りないって事か……。」


 涼はそう呟くとお茶をグイッと飲み干す。

 普段、余り考え事をしないからか、中々考えが纏まらない。

 それでも何とか考えようとしていると、こちらに近付く足音が耳に入ってきた。


「清宮殿、ここに居ましたか。」


 そう言ったのは徐福だった。


「徐福、何故ここに?」


 突然の訪問者である徐福に対して、少し驚きながら尋ねる。


「“天の御遣い”である清宮殿の姿が何処にも見当たらなかったので、心配になって探しておりました。」

「心配?」

「ええ。……人の死を間近で見て怖くなったのではないかと。」


 徐福は涼の正面に腰を下ろしながらそう答えた。

 涼は自分の心を見透かされた様で驚いたが、今更取り繕うのもなんなので正直に話した。


「……徐福の言う通りだよ。今日の戦いを見て怖くなった。」

「……そうですか。」


 予想通りの答えが返ってきたので、表情を暗くし俯く徐福。

 だが、涼はそんな徐福の表情を一変させる言葉を繋げた。


「……けど、逃げるつもりは無いよ。」

「え?」


 思わず顔を上げる徐福。

 その眼に映った涼は、どこか寂しそうな表情だったが、同時に何かを決意しようとしている瞳をしていた。


「確かに怖いけど、だからって逃げても何にもならないからね。」

「それはそうですが……ならば、これからどうするのです?」

「そうだな……まあ、“天の御遣い”として大陸が平和になる様に頑張るだけだよ。」

「……それが、辛く困難な道だとしてもですか?」


 徐福は涼の眼を見ながら尋ねる。

 涼は徐福の真剣な表情に少し戸惑いながらも、ゆっくりと自分の思いを語り続けた。


「ああ。勿論、不安ではあるんだけど、俺は一人じゃないから。劉備や関羽、張飛が居てくれる。皆が“天の御遣い”である俺を頼ってくれる。なら、俺は俺に出来る事をするだけだよ。」


 そう言い終わると、どこか清々しい気持ちになったのか、涼の表情は先程迄と違って明るさを取り戻していた。


「……解りました。」


 涼の言葉を聞いた徐福は、一度眼を閉じ、暫く考える様に静かにしてから口を開く。


「ならば、私は貴方の生き方を支持します。私に出来る事が有れば、力になりましょう。」

「有難う、徐福。」


 徐福の言葉に涼は有りの儘の気持ちを口にして返す。

 すると、何故か徐福は顔を耳迄真っ赤にし、慌てて帽子を深く被って顔を隠してしまった。

 だが、耳は隠していない為に真っ赤な姿を露わにしている。

 因みに、涼は徐福が何故そうなったのか気付いていない様で、徐福の突然の変化に戸惑っていた。

 そうして涼がどうすれば良いか解らず慌てていると、先程徐福が来た方向から三人の少女の声が聞こえてきた。


「涼さーん、どこー?」

「涼殿、何処にいらっしゃるのですか?」

「どこなのだー?」


 二人が声のする方向を見ると、そこには桃香、関羽、鈴々の姿があった。

 涼は手を振って桃香達に自分達の居場所を知らせる。


「あっ、居たっ。」


 それに気付いた桃香達が、駆け足で近付いてくる。


「涼さんも徐福ちゃんも、こんな所に居たんですね。」

「ああ、俺はお酒飲めないから、ここでゆっくりしてたんだ。」

「私は清宮殿を探して先程ここに来たところです。」


 桃香が尋ねると、涼と徐福はそう答えた。

 涼は何気なく三人の顔を見る。

 三人共、少なからず顔を赤らめており、ほんの少しだけ酒の匂いがした。


「お兄ちゃんお酒飲めないのかー。情けないのだー。」

「そう言われてもなあ。俺の国では、二十歳にならないとお酒を飲んじゃいけないんだよ。」

「なんと、天の国ではその様な決まり事が有るのですか。」

「うん。だから十七歳の俺はお酒を飲んだ事が無いんだ。」

「そうだったのかー。」


 涼が関羽や鈴々に現代でのお酒に関する話をしていると、徐福がゆっくりと立ち上がりながら涼達に告げた。


「では、私はこれで失礼します。」

「えっ? 今さっき来たばかりじゃないか。」


 驚いた涼がそう言うが、当の徐福は帰る気でいる。


「私は、清宮殿がお元気かどうかを確かめに来ただけですから。それに、清宮殿だけでなく劉備殿達迄が宴に参加していないのなら、私くらいは参加しないといけませんからね。」


 そう言って徐福は元来た道を戻っていく。


「それでは皆さん、また明日。」


 手を振りながら去っていく徐福は、やがて夜の闇に消えていった。

 徐福が帰った後、桃香達は暫くその場で食べたり飲んだりしていった。

 やがて、粗方食べ終わった涼達は宴を楽しんでいる街の人達を丘から眺めていく。

 この光景は、戦いに勝ったから見られたのだと思うと、誇らしい気持ちになる。

 だけど、敵も味方も傷付き死んでいった人も居るという事を忘れてはいけない。

 涼は今日何度目か解らない思いを胸に刻んだ。


「……これからも、頑張らなくてはいけませんね。」


 関羽がそう呟くと、涼や桃香、鈴々がゆっくりと頷く。

 それは四人共同じ気持ちだという事だった。

 暫くの間、宴の光景を見ている四人。

 その状態は、涼が口を開く迄続いた。


「……少し冷えて来たな。場所を変えようか。」

「それなら、鈴々が良い場所を知ってるのだっ。」


 鈴々はそう言うと同時に駆け出し、涼達は慌てて後を追った。

 途中で追い付いた涼達は、鈴々を先頭にして丘から街に降り、道を歩く。

 途中、陽気に酔っ払った人達から声を掛けられ、少し話をした。

 お酒を勧められたりもしたが、何とか理由をつけて断っている。

 やがて、大きな屋敷の門前で鈴々は立ち止まり、後ろを振り返って元気よく涼達に告げた。


「ここなのだっ!」

「ここって……鈴々ちゃんの家だね。」


 鈴々に連れられた大きめの屋敷は、桃香が言うには鈴々の家らしい。

 立派な門と壁に囲まれた屋敷は緑も溢れており、恐らく庭もかなりの大きさなのだと想像出来る。


「張飛の家って大きいんだな。」


 涼がそんな呟きを口にしていると、鈴々が門を開け、桃香達を家に入れていた。


「どうしたのだ? お兄ちゃんも早く入るのだー。」

「ん、ああ、今行くよ。」


 鈴々に促され、涼も家へと入っていく。

 そのまま家の中に入るのかと思ったが、鈴々は桃香達を庭へと案内している。

 なので涼もそれについて庭へと向かう。

 その庭は予想通り広く、そして素晴らしい光景が広がっていた。


「綺麗だ……。」


 涼の目に飛び込んできたのは、淡い紅色や白色、濃い紅色の花を咲かせている沢山の木々。

 風が吹く度に、花が吹雪の様に舞っていく。


「相変わらず綺麗な桃園だね。」

「ほう……張飛殿はこの様な庭を持っていたのですか。見事なものですね。」

「えへへー♪」


 桃香達は目の前に広がる絶景を見ながら、顔をほころばせている。

 涼も同様の表情になっていたが、ふとある事に気付いた。


(張飛の庭……それに桃園……これってもしかして……?)


 涼の頭の中に、「三国志演義」でも一、二を争う人気エピソードが思い浮かぶ。

 劉備、関羽、張飛の三人が、桃園でする事と言えばあれしかない。


「それじゃあ、お酒と食べ物を持ってくるから、ちょっと待っててねー。」


 そんな涼の思考を遮るかの様に、鈴々の元気な声が耳に入ってくる。

 声がした方に振り向くと、その鈴々が家に入っていくのが見えた。


「張飛は元気だねえ。」

「本当ですね。」


 涼の言葉に関羽も同意する。二人や桃香は、鈴々が居る方向を見ながら微笑んでいた。


「けど、こんな時間に騒いだらお家の人に迷惑じゃないのかな。」


 何気なく涼はそう呟いた。

 すると、何故か桃香の表情が急に曇った。

 場の空気が変わった事に涼も関羽も気付き、ゆっくりと桃香を見る。


「劉備、どうかしたのか?」

「…………。」


 涼が尋ねても、桃香は直ぐに答えなかった。

 その表情は何か困っている様で、また、迷っている様にも見える。

 そうして逡巡した結果、桃香は口を開いた。


「……実は、鈴々ちゃんには御両親が居ないの。」

「「えっ……?」」


 桃香が語った事実に、涼と関羽は同時に絶句した。


「鈴々ちゃんが幼い頃、御両親が戦に巻き込まれて……。それ以来、鈴々ちゃんはこの家に一人で暮らしているの。勿論、私達も力になっているんだけどね……。」

「そうだったのか……。」


 こんな大きな屋敷に、小さな頃から一人で居るなんて、どれだけ大変だっただろうか。

 自分がそんな立場だったらどうだろう。

 多分、ちゃんと生きて行くのは無理だろうな。

 自分の境遇を呪って、周りに当たり散らしたりしていたかも知れない。

 そう考えると、明るく生きている様に見える張飛は凄いと、涼は心から敬意を表した。


「あの、二人共この事は……。」

「解ってる、聞いた事は秘密にするよ。」

「勿論、私もです。」


 涼と関羽がそう約束すると、桃香は頭を下げて感謝を示した。

 それから暫くして、鈴々が食べ物とお酒を沢山持って駆けてきた。

 よくそんなに持てるなと思うくらいに沢山だったので、涼は今更ながらに戸惑っていたが。


「それじゃあ、早速始めるのだっ。」


 鈴々が庭に在る木製のテーブルに食べ物とお酒を置くと、宴の二次会開始の音頭をとる。

 だが、


「その前にちょっと良いかな?」

「はにゃ?」


 桃香が鈴々に待ったをかけた。

 鈴々は何かなと不思議そうに桃香を見つめ、涼と関羽も同様にしている。

 そんな涼達の視線を受けながら、桃香は口を開く。


「私は、涼さんと関羽さんに私達の“真名(まな)”を預けようと思うんだ。鈴々ちゃんはどう?」

「“真名”を? 鈴々もさんせーなのだっ。」


 桃香の提案に、鈴々は即座に同意する。

 それを聞いていた涼は、少し驚きながら桃香に尋ねた。


「良いのか? 確か“真名”って大切なものなんだろ?」

「うん。だけど、涼さんと関羽さんは大切な人だから、是非預けたいんだ。」

「そっか。なら、受け取らせて貰うよ。」

「良かったー。関羽さんはどう?」

「私も涼殿と同じです。」

「じゃあ、決まりだね。」


 涼と関羽が了承したのを確認した桃香は、喜びながら二人を見て言葉を紡いだ。


「それじゃあ、改めて自己紹介するね。私は、姓は“劉”、名は“備”、字は“玄徳”、真名は“桃香”です。ヨロシクね。」


 桃香はそう言うと、両手を前で組んで笑顔のまま二人を見ている。

 続いて、その左隣に居る鈴々が元気よく自己紹介を始めた。


「鈴々は、姓は“張”、名は“飛”、字は“翼徳”、真名は“鈴々”なのだっ。よろしくなのだー♪」


 言い終わると、両手を頭の後ろに組んでニカッと笑う。その顔は元気な子供そのものだ。

 桃香と鈴々の自己紹介が終わると、今度は桃香の正面に居る関羽が姿勢を正して話し始めた。


「では、私も改めて自己紹介を。私の姓は“関”、名は“羽”、字は“雲長”、真名は“愛紗”です。皆さん、宜しくお願いします。」


 そう言って関羽――愛紗は涼達に向かって一礼する。

 桃香、鈴々、そして愛紗が改めて自己紹介をしたので、愛紗の左隣に居る涼も同様に姿勢を正し、桃香達を見ながら自己紹介を始めた。


「じゃあ、俺も皆に倣って、と。俺の姓は“清宮”、名は“涼”。字と真名は無いから、好きな様に呼んでくれ。」

「解りましたっ。これからもヨロシクお願いしますね、御主人様♪」

「ああ宜しく……って、御主人様?」


 普通に応えようとした涼だが、現代で聞くにはメイド喫茶にでも行かないと聞けない単語が聞こえた為、思わず聞き返す。


「はい♪ 涼さんは“天の御遣い”ですから、私達はそう呼んだ方が良いかなあと。」

「俺、そういった堅っ苦しいのは苦手だって、言わなかったっけ?」


 昨夜初めて会った時も、桃香の家に着いてからもそう伝えた筈だが。


「確かにそう仰っていましたね。ですが、“天の御遣い”という立場を最大限に利用するには、劉……いえ、桃香殿の判断は間違っていないかと。」

「関……じゃなかった、愛紗迄そう言うの?」


 真名を呼び慣れていない所為か、共に一度言い直しながら話を続ける愛紗と涼。


「ええ。桃香殿や涼殿がこれから成そうとしている事を考えれば、私達が涼殿を“御主人様”と呼び慕うのは理に適っています。」

「えーと……つまり?」


 イマイチ、ピンとこない涼は愛紗に聞き返す。


「つまり、この大陸を平和に導く“天の御遣い”に私達が仕えているという事を周りに示し、涼殿の存在をより大きくする、という事です。」

「成程。“天の御遣い”の存在を皆に示す為にも、俺に敬称を付けて呼ぶって訳か。」

「その通りです。」


 虚勢を張ると言うか、見栄を張ると言うか、兎に角大事になってきたなと、今更ながらに思う涼だった。


「まあ、それは解るけど、普段はもう少し砕けた感じで話しかけてくれよ。」

「うーん、じゃあ、出来るだけそうしますね。」

「頼むよ。」


 涼の申し出に桃香が了承すると、その後に愛紗と鈴々も同様に了承した。

 すると、今度は愛紗が杯を取りながら一つの提案をする。


「それでは、我等の結束を固める為にも、一つ誓いをたてませんか?」

「誓い?」


 頭に疑問符を浮かべた鈴々が聞き返す。


「これから先は、困難な事も多々有るでしょう。ですが、そんな時も我等が力を合わせれば必ず解決出来る筈。その為の誓いです。」

「成程ー。うん、良いと思うよ。」


 愛紗の説明を聞いた桃香が笑顔で同意して杯を手にし、愛紗の杯に酒を注いだ。

 鈴々も同様に杯を手にし、桃香の杯に酒を注ぐ。

 その間、涼は内心で複雑な表情を浮かべていた。


(これってやっぱりあの“誓い”だよなあ……。この場面に俺が居て良いんだろうか……。)


 涼が思い浮かべるあの「誓い」は本来、劉備、関羽、張飛の三人が誓うもので、他には誰も居なかった。

 だからこそ涼は、この場面に参加して良いのか迷っている。


「お兄ちゃん?」

「えっ?」


 そんな涼の思考を、鈴々が遮った。

 その顔は不思議そうに涼を見ている。


「どうしたのだ? お兄ちゃんも早く杯を取るのだ。」

「あ、ああ。」


 鈴々に促されて杯を手にする涼。それと同時に鈴々の杯に酒を注ぐ。


(まあ、いっか。)


 それを見ながら、涼はそう思った。

 考えても始まらないし、何より場の雰囲気を壊したくない。

 こんな風に、深く考え過ぎないのが、涼の長所であり短所でもある。


「涼殿、お酒を飲んだ事無いと仰ってましたが、これは大丈夫ですか?」


 徳利を手にした愛紗が、心配そうに尋ねる。


「これくらいなら、多分大丈夫だよ。日本にも、御神酒とかは子供でも一口は飲めるし。」

「そうなんですね。それは良かった。」


 そう言って愛紗が涼の杯に酒を注ぐ。

 話し方が余り変わらないのは、涼の意見を聞き入れたからだろう。


「これでお酒は皆に行き渡ったかな?」

「はい。」

「それじゃあ、早速誓いを始めるのだっ。」


 桃香が確認し、愛紗がそれに答える。

 鈴々は早くしたいらしくニコニコ顔で、涼はそんな彼女達を見て内心で微笑んでいた。


「そうだね。それじゃあ……。」


 桃香がそう言って杯を掲げ、それに愛紗、鈴々、涼が続く。


「我等四人。」

「姓は違えども、兄妹姉妹の契りを結びしからは。」

「心を同じくして助け合い、困窮する者達を救わん。」

「上は国家に報い、下は民を安んずる事を誓う。」

「同年、同月、同日に生まれる事を得ずとも。」

「願わくば、同年、同月、同日に死せん事を。」


 四人がそれぞれ言葉を口にし、最後に四人の杯を合わせる。

 そしてその杯に注がれている酒を、同時に一気に飲み干す。


「これで私達は、義兄妹(きょうだい)義姉妹(しまい)だね♪」

「ですね。」

「て事は、一番上がお兄ちゃんで、それから桃香お姉ちゃん、愛紗お姉ちゃん、そして鈴々の順番かあ。」

「俺が長兄って訳か。なら、しっかりしないとな。」

「うん、期待してるよ、涼兄さん♪」


 桃香が笑顔でそう言うと、愛紗と鈴々も同様の笑顔を向ける。

 桃香達から笑顔を向けられ、涼は顔を赤くした。

 すると桃香達が笑いだし、つられて涼も笑う。

 四人の宴は、これからだった。

「桃園の誓い」編をお読み下さって有難うございます。


今回は前章で登場した黄巾党の本隊を倒し、涼達が誓いを立てる所を書きました。

原作には出ていない三国志のキャラ、徐福を登場させました。一応、原作では名前だけ出ているのですが、お菓子作りが好きといった情報くらいしか無いので、結構好きにデザインしました。

真名や服装、武器については朱里や雛里を参考にしています。帽子が野球帽なのは、真桜の服の元ネタが某球団からきているそうなので、ならもう一チーム必要だなと思い、デザインした次第です。

この頃は未だ三国志に詳しくなかったので、色々設定がヘンだったりします。「三国志序盤に仲間」「徐福」とか、ちょっと変ですよね。「三国志中盤」「単福」といった方が良かったと思います。

今回、修正にあたってその部分を書き直す事も考えましたが、良い勉強になったと思ってそのままにしました。


戦闘については「無印恋姫」を参考にしています。戦闘描写が簡素なのは実力不足だからです。結構難しいです。


「桃園の誓い」は原作と「横山光輝三国志」を参考にしています。

原作より「義兄弟・義姉妹」っぽくするのはこの時考えていましたが、桃香からの呼称が「御主人様」なのは未だハッキリと呼称を決めていなかったからでしょうね。


取り敢えず、今回はこんな所でしょうか。ではまた次の修正時にお会いしましょう。



2012年11月22日更新。

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