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真・恋姫†無双 ~天命之外史~  作者: 夢月葵
第一部・桃園結義編
5/30

第一章 三人の英傑と天の御遣い

三人が出会ったのは天命なのか。

ならば、三人が彼と出会ったのも天命なのだろうか。




2009年8月28日更新開始。

2009年9月14日最終更新。

 とある街の風景。

 それなりに活気に溢れた街ではあるが、皆どこかピリピリしており、落ち着きが無い。

 武器を売る店では品物が飛ぶ様に売れている。

 買っていくのは若い男性だけでなく、老人や女性もが皆、矛や槍を手に帰路についていく。

 本来、争いとは無縁の筈の民衆が武器を必要とするのには、ちゃんとした訳があった。

 国中を荒らす集団、「黄巾党(こうきんとう)」の存在だ。

 この黄巾党、元々は腐敗した漢王朝に対して反乱を起こしていた集団なのだが、その規模が大きくなるにつれ単なる暴徒の集まりと化してしまった。

 今では、当初の大義名分を掲げる者は少なくなり、私利私欲に走る者ばかりになっている。

 その黄巾党はこの街にも度々現れ、略奪や誘拐を幾度となく繰り返していた。

 通常なら、街の平和を守る立場である「県令」という役職の役人が居るのだが、その県令も所詮は今の漢王朝から派遣された人間であり、殆ど役にたっていない。

 酷い所だと、役目を放棄して洛陽に逃げていたりもするので、民衆は自衛しなければならなくなっている。

 そしてこの街でも、いつそうなっても大丈夫な様に義勇兵を募っていた。

 街の広場にはそれを知らせる立て札が立っている。


『我こそはと思う者、武器を取りて平和の守り手とならん。尚、性別、年齢は不問とす。』


 と、立て札に書かれている。

 性別も年齢も問わない事が、事の重大さを物語っていた。

 その立て札を暫くの間見続けていた少女は、やがて大きく一つ溜息をついた。


「……ふう。」


 腰迄ある桃色の長い髪が風に揺られ、つられて豊かな胸も揺れる。

 この街の一般的な、質素な衣服を身に纏う少女の瞳は、何かに対して逡巡している様だった。


桃香(とうか)お姉ちゃん、何してるのだ?」

「あ、鈴々(りんりん)ちゃん。うん……あれを見ていたの。」


 通りがかった小さな少女から「桃香」と呼ばれた少女は、小さな少女を「鈴々」と呼びながら正面に在る立て札を指差した。

 鈴々はその立て札を見る。


「あー、義勇兵を募集している立て札だね。」

「うん。……それでね鈴々ちゃん、私はこの義勇兵になろうと思うんだ。」

「ふーん…………ええええっっ!?」


 図らずも綺麗なノリツッコミとなった鈴々の驚く声に、今度は桃香が驚いた。


「り、鈴々ちゃん、そんなに驚かなくても良いんじゃない?」

「驚くに決まってるのだ! だって、桃香お姉ちゃんは武器を持った事無いでしょ!?」

「本物の剣くらい持った事は有るよー。……一度だけだけど。」


 ついこの前の出来事を思い出しながら、桃香は答える。


「持っただけじゃダメなのだ! ちゃんと扱える様にならなきゃ、戦場で死んじゃうのだ‼」

「……だよねぇ。」


 鈴々に言われて、苦笑いをする桃香。

 桃香は、幼い頃に父を亡くし、母と二人暮らしだった。

 十三歳の時に、儒学者の廬植(ろしょく)の元で学問を学んでおり優秀な成績を残していたが、対照的に武術の方は余り得意では無かった。


「けど、同窓生だった白蓮(ぱいれん)ちゃんは今立派に跡を継いで、黄巾党征伐をしてるし、私も何かしないと……。」

「それはその人が戦えるから出来る事なのだ。戦えない桃香お姉ちゃんじゃ、直ぐに殺されちゃうに決まってるのだ。」

「うう……そう何度もハッキリ言わないでよぅ。」


 だが、当たってるだけに何も言えない桃香だった。


「だから、お姉ちゃんは諦めて別の方法で人助けする方が良いと思うのだ。」

「でも……。」


 それでも桃香は諦めきれないらしく、困った顔のまま立て札を見続ける。

 鈴々は、そんな桃香を暫く眺めてから明るく言った。


「なら、鈴々も一緒に行くのだ!」

「えっ……?」

「鈴々が桃香お姉ちゃんを守って、ついでに黄巾党もぶっ飛ばしてやるのだ!」

「鈴々ちゃん……有難うっ!」


 鈴々の優しさや心意気に感激した桃香は、嬉しさの余り鈴々をぎゅっと抱きしめていた。


「く……苦しいのだっ、桃香お姉ちゃんっ。」


 桃香の豊か過ぎる胸に挟まれ、息が苦しくなる鈴々。

 ……有る意味羨ましい状況ではあるが。


「あっ、ゴメンゴメン。」


 そう言って鈴々を解放する桃香。

 鈴々は「苦しかったのだー。」と言いながら、今迄自分の顔があった部分を見つめていた。


「……? 鈴々ちゃん、どうかした?」

「桃香お姉ちゃんは胸がおっきくて羨ましいのだ。」

「えっ!? ちょっと鈴々ちゃん、急にどうしたの?」


 桃香にとっては何の脈絡も無く言われたので、目を丸くしながらも聞いてみた。


「鈴々はぺったんこだから、桃香お姉ちゃんが羨ましいのだ。どうしたらそんなにおっきくなるのだ?」

「え、えーっと……ご飯を沢山食べるとか?」

「ご飯なら毎日沢山食べてるのだ。」

「じゃ、じゃあ、運動をするとか?」

「武術の練習は毎日してるから、運動もちゃんとしてるのだ。」

「だ、だよねえ……。」


 そう反論されて、他に理由が思い付かない桃香は言葉に詰まった。

 そもそも、胸が大きくなる方法なんて桃香は勿論、誰も知らないだろう。


「だ……大丈夫だよっ、鈴々ちゃんはこれから大きくなるからっ。」

「そうだと良いんだけど……。」


 桃香の言葉を聞いて自らの胸を撫でる鈴々。

 年齢的に平均より僅かに大きい身長と、平均より遥かに大きい胸を持つ桃香と比べて、平均より遥かに小さい身長と胸を持つ鈴々。

 一見すればかなり歳が離れている様に見える二人だが、実際にはそんなに離れていなかったりする。

 それだけに鈴々が不安になるのも解らないでもない。


「そ、それより鈴々ちゃんっ。一緒に義勇兵になってくれるんだよね?」


 困った桃香は無理矢理話を戻した。


「うん、桃香お姉ちゃんと一緒に悪い奴等をぶっ飛ばしてやるのだっ。」


 そしてそれに見事にのる鈴々。桃香は鈴々の性格を把握していて話を戻したのだろうか。


「それは嬉しいんだけど、私もちゃんと戦うよ。そうじゃないと参加する意味が無いし。」

「んー、それはそうだけど、桃香お姉ちゃんは先ず武器を扱える様にならないと。武器は持ってるんだよね?」

「うん。実はこの間、お母さんから剣を貰ったんだ。」

「桃香お姉ちゃんのお母さんから?」

「そうだよ。少し長くなるから、詳しくは帰ってから話すね。」


 そう言って桃香は鈴々を連れて自宅へと帰っていった。

 桃香の自宅は街の中心部からさほど離れていない。自宅には母が居て、草鞋(わらじ)を作っていた。その手を休め、桃香と鈴々にお茶を出してくれた。

 縁側に座った桃香と鈴々は、それを美味しそうに飲んでいる。

 その最中、桃香は先程の話の続きを話し始めた。


「実はね、この間お母さんに言われたの。貴女は“中山靖王”“劉勝”の末裔だって。」

「“ちゅーざんせーおー”? “りゅーしょー”? それって一体何なのだ?」

「んー。解り易く言うと、“劉勝”ってのは昔の漢の皇族の人の名前。“中山靖王”ってのはその人が王様をしてた時の呼び名みたいなもんかな。」

「ふえー、そうなのかー。」


 お茶を飲み終え、ビックリした様に目を丸くしながら桃香を見る鈴々。

 と、そこで、疑問が湧き上がったらしく、桃香に尋ねる。


「そんなに凄い家柄なら、どうして桃香お姉ちゃん達はこんな所に住んでいるのだ? 王様は洛陽の宮殿に住んでる筈なのだ。」

「んー、何か御先祖様に色々あって没落したんだって。だから今はこんな暮らし。まあ、亡くなったお父さんの遺産や、草鞋を作って売ってるから、それなりに生活出来てるんだけどね。」


 そう言った桃香は、ゆっくりと立ち上がり、座敷へと向かった。

 そこには一差しの剣が飾られており、桃香はそれを両手で恭しく持ち上げ、縁側へと戻ってきた。


「これがこの間お母さんから貰った、我が家に伝わる宝剣、“靖王伝家”。この剣が、私が漢王朝の末裔って証になるんだって。」

「“せいおーでんか”……何だかカッコイイ名前の剣なのだ!」


 桃香が持つその剣は、黄緑色を基調とし、金色で縁取りされている鞘に納められている。形から察するに、両刃の剣の様だ。

 その鍔は金色の円形、柄は黒を基調に金の線が等間隔に有り、底には丸い宝玉が付いていた。


「実は、お母さんにはもう義勇兵の事は話したの。」

「当然、桃香お姉ちゃんのお母さんは反対したんでしょ?」

「それがね、『貴女は一度決意したら決してその信念を曲げない娘。だから心配だけど反対はしないわ。しっかりと頑張りなさい。』って言われたの。」

「ふえー、凄いお母さんなのだ。」

「ホントだね。で、その後に家系の事を教えてくれて、この剣もくれたって訳。」


 言いながらゆっくりと、鞘から剣を抜く。

 銀色の刀身は、長い年月を経たとは思えない程に光り輝いていた。


「いつでも使える様に、先祖代々手入れをしていたんだって。昔はお父さんが、お父さんが亡くなってからはお母さんがしていたみたい。」

「それでこんなに綺麗なんだね。」

「うん。」


 暫くの間剣を見てから、再び鞘に納めた。

 その直後に鈴々が尋ねる。


「桃香お姉ちゃんは、その剣を持って義勇兵になるの?」

「そうだよ。あと、服も用意してるの。」


 そう言って指差した先には、仕立てたばかりと見られる真新しい服が掛けられていた。

 中々用意が良い桃香である。


「そっか。じゃあ、明日から鈴々が稽古をつけてあげるのだ!」

「ホントに!? わー、嬉しいなあっ♪」


 鈴々の申し出に桃香は心から喜び、再び鈴々を抱き締めた。

 大きな胸に挟まれた鈴々が再び苦しがったのは言う迄もない。

 それから暫くの間談笑してから、鈴々は帰って行った。


「桃香お姉ちゃん、また明日なのだっ。」

「うん。またね、鈴々ちゃん。」


 空は夕焼けに染まっていた。






 数日後。


「うぅ〜、疲れたよぅ〜。」

「桃香お姉ちゃん、しっかりするのだっ。はい、お酒。」

「有難う〜、鈴々ちゃん〜。」


 そう言って鈴々からお酒が入った猪口を受け取った桃香は、グイッと豪快に飲み干した。

 ここは街の酒場。夕方になり、一仕事を終えた老若男女で賑わっている。

 因みに、二人は未成年に見えるが、この時代は十代でもお酒が飲めるので問題は無い。

 勿論、これを読んでる未成年の人は飲んじゃダメだよ。


「それにしても、桃香お姉ちゃんの武術は大分上手くなったのだ。」

「そうかなあ? だとしたら鈴々ちゃんの教え方が上手いからだよ。」


 あれから桃香は、時間が有れば毎日鈴々と武術の稽古をしている。

 毎日している所為か、始めは何とも危なっかしかった桃香も、何とかそれなりに武器を扱える様になっていた。

 それでも、実戦で戦うにはまだまだではあるが。


「ふう……。早く皆の為に戦いたいな。」

「焦っちゃダメなのだ。焦ったら、確実に死んじゃうのだ。」

「それはそうかも知れないけど……。」


 反論しようとした桃香だが、後ろから別の声が割って入ってきた。


「その子の言う通りです。焦りは禁物ですよ。」


 二人が振り返ると、そこには旅人らしき風貌の黒髪の少女が立っていた。


「貴女は……?」


 桃香が尋ねる。


「これは失礼。私は旅の武芸者で、関雲長(かん・うんちょう)と申す者。何やら溜息を吐いておられたので、少し気になって聞き耳を立てておりました。」

「聞き耳を立てるなんて、悪趣味なのだ。」

「鈴々ちゃんっ!」


 鈴々の発した言葉に桃香が慌てふためく。


「いえ、その子の言う通りでしょう。謝ります。」

「そんなっ、あの、別に気にしてませんから貴女も気にしないで下さい。」


 丁寧に頭を下げる関雲長という名の少女に対し、慌てて声をかける桃香。

 関雲長は、それを聞いてからゆっくりと顔を上げた。


「有難うございます。……どうでしょう、折角ですから私にも話を聞かせてくれませんか?」

「えっ、私達の話をですか?」


 関雲長の思い掛けない提案に、驚く桃香。


「はい。どうやら貴女達は何やらお困りの様子。私に話して下されば、何か解決の糸口が見つかるかも知れません。」

「うーん、でも……。」

「それに、私も気になってしまったので、是非とも訳を知りたいのですよ。」

「そういう事でしたら……良いよね、鈴々ちゃん?」

「桃香お姉ちゃんが良いなら、鈴々は構わないのだっ。」

「良かった。じゃあ、関雲長さん、そちらにお座り下さい。」

「はい。」


 桃香に促され、関雲長は桃香達と同じ卓を囲んだ。

 椅子に座った関雲長は、自らの得物を右に置き、纏っていた羽織を脱いだ。


「では、改めて自己紹介させて頂きます。私の姓は“関”、名は“()”、字は“雲長”。“関羽(かんう)”と呼んで下さい。」

「解りました。なら次は私達ね。私の姓は“劉”、名は“備”、字は“玄徳(げんとく)”。“劉備(りゅうび)”って呼んで下さいね。」

「鈴々の姓は“張”、名は“飛”、字は“翼徳(よくとく)”。“張飛(ちょうひ)”って呼んで欲しいのだっ。」


 三人が三人共自己紹介を終えると、改めて先程の話を始めた。


「……つまり、劉備殿は義勇兵になる為に張飛殿に稽古をつけて貰っているものの、未だ実戦に出られる実力が無い為に焦っておられる、と、そういう訳ですね?」

「は……はい、お恥ずかしい限りで……。」


 関羽の確認に、桃香は俯きながら肯定する。

 だが関羽は、


「いえ、恥ずかしくは無いでしょう。最近は漢王朝だけでなく、漢王朝を打倒するべく立ち上がった筈の黄巾党迄もが私利私欲に走っています。」


そう言って話し始めた。


「今、時代は乱世の兆しを見せています。このまま漢王朝や黄巾党が残るにしろ滅ぶにしろ、世の中が乱れるのは最早必至。」

「……うん。」


 関羽の語り口調は普通だが、所々のトーンは重く、また表情も真剣で、桃香は思わず緊張の面もちになってしまっていた。


「そうなれば、他者より自分の事を優先する者ばかりが現れるでしょう。いや、既にそうした者達が大多数を占め始めている。」

「……そうかも知れないのだ。」


 鈴々ですら言葉少なく、そして真剣に聞いていた。


「その様な時勢の中で、他者を助けたいと願い行動する。それは誰しもが一度は思いながらも、中々実現出来ない事です。そんな貴女の行動を立派と思う人は居れど、馬鹿にする人は決して居りません。もっと自分に自信を持って下さい、劉備殿。」

「そ、そうかな? あ、有難う関羽さん。」


 関羽に誉められ、桃香は頬を赤く染めた。


「けど、武術が強くならないと、結局何も出来ないのだ。」

「ハッキリ言わないでよ、鈴々ちゃん……。」

「ですが、事実です。」

「関羽さん迄……うぅ〜。」


 軽くヘコんだ桃香を見た鈴々と関羽は、思わず吹き出していた。






 それから約二時間後。

 桃香達はすっかり意気投合してお酒を飲み交わし、勘定を済ませて店を後にした。

 外は夜の帳が降りきっており、空には三日月と沢山の星が輝いている。


「関羽さんはこれからどちらへ?」


 かなり酔っぱらってはいるものの、何とか歩いている桃香が、比較的平然と歩いている関羽に尋ねる。

 因みに、鈴々は酔いつぶれて桃香の背中で寝息をたてていた。


「そうですね、適当な宿を見付けて泊まろうかと思ってますが。」


 関羽は羽織を纏いながらそう答える。


「なら、未だ宿をとってないんだね? だったら家に泊まったら良いよ。」

「えっ? それは嬉しい申し出ですが、お家の方に御迷惑がかかるのでは……?」


 桃香の申し出に対して、関羽は僅かに喜びの表情を浮かべながらそう尋ねる。

 桃香は答えた。


「大丈夫っ。私の家はお母さんと二人暮らしだし、そのお母さんもお客さんは大歓迎っ! って人だから。」

「そ、そうですか。……なら、お言葉に甘えるとしましょう。」

「良かったー♪」


 桃香は、関羽が自分の申し出を受けてくれたのが嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。

 折角だから、鈴々もこのまま泊まらせようと思いながら。

 桃香がそんな事を思っている時、関羽は前方が騒がしい事に気付いた。


「何の騒ぎでしょう?」

「酔っぱらいさんが喧嘩してるのかなあ?」


 確かにこの時間になると、酔っぱらった人達の間で喧嘩が起きる事がある。

 だが、今回はどうやらそれとは違う様だ。

 何故なら、前から血相変えて走ってきた男性が周りに向かってこう叫んでいたからだ。


「黄巾党の奴等が来たぞーっ‼」

「「!!!」」


 その瞬間、辺りは緊張に包まれた。

 周りの家々からは武器を手にした老若男女が飛び出し、騒ぎの元へと向かっていく。


「黄巾党が……! 関羽さん‼」

「ええ‼」


 街に黄巾党が現れたと知り、桃香と関羽は現場に向かって走り出した。

 因みに鈴々は未だ桃香の背中で眠っている。

 しかも自分の得物を握ったまま。

 鈍感なのか大物なのかよく判らない少女である。

 そんな鈴々を背負いながら桃香は走っている為、どうしても関羽より遅れてしまっていた。


「関羽さん速いなあ……。」


 いや、鈴々を背負って走っている桃香が遅いんだが。

 まあ、多分鈴々を背負っていなくても、関羽の方が速い様な気がするのだが。


「……私も早く行かなきゃね。」


 一方その頃、関羽は既に現場に到着していた。

 そこでは、黄色の布を頭に巻いた集団、つまり黄巾党と街の人間による戦闘が起きていた。

 数はざっと見た所、黄巾党は十人ちょっと。一方の街の人間は二十人以上がその場に居た。

 数では街の人間の方が勝っているが、何故か数的有利を全く生かせていない。

 逆に数的不利である筈の黄巾党は、そんな状況でも全く恐れる事無く矛や槍を奮っている。


(やはり、こうなるか……。)


 関羽は予測通りになっている現状を見て、思わず舌打ちをする。

 街の人間と黄巾党との違い。それがこの差を生んでいた。

 その違いとは、「人を斬った事が有るか無いか」、只それだけ。

 それだけだが、それを経験してるかどうかで大きく違う。

 人を斬った事が無い人間は、いざ人を斬ろうとする時、どうしても躊躇してしまう。

 人を斬るという事は、人を殺すという事。

 それ迄生きていた人間の「生」を奪い、「死」という終わりを与えるという事。

 人を斬った事が無い人間はその事に恐怖し、まともに武器を振れないのだ。

 だが、黄巾党は全く違う。

 何の躊躇いも無く武器を奮い、目の前に居る人間の「生」を奪おうとしていた。

 恐らく、今ここに居る黄巾党の人間は全員人を斬った事があるのだろう。

 一度斬ってしまえば、二度斬るのも三度斬るのも同じ。

 人を斬った事が無い頃には二度と戻れない。

 故に、そうした人間は躊躇わない。後悔もしない。

 そんな人間を相手に、人を斬った事が無い人間が勝つのは難しい。

 幸い、今は未だ死人は出ていないが、このままではそれも時間の問題だ。

 黄巾党が少人数で街に来たのも、この人数で充分と思ったからだろう。事実、今迄は彼等の予測通りだった。

 そう、今迄は。


「はああああーっ‼」


 凛とした声が辺りに轟く。

 その声を発した「少女」は、走りながら得物である偃月刀を構える。

 街の人間はその迫力に恐れをなして少女の進路を空ける。

 だが、黄巾党の人間は動じる事無く、近付いてくる少女に向かって矛を、槍を振り回した。


「そんな太刀筋で、私を殺れると思うな!」


 少女はそう叫んで偃月刀を豪快に振り回す。

 それだけで、目の前に居た黄巾党の人間達は地面に倒れた。

 断末魔をあげる事も無く、三人が絶命していた。

 その場には三人分の血溜まりが出来、少女の偃月刀の刃先には、相手の命を奪った証である血がベットリと付いていた。

 これには黄巾党の男達も流石に驚いたらしく、残った者達は皆真剣な表情で武器を構え直した。


「徒党を組み、他者から奪う事しか出来ぬ賊共よ! 天に代わってこの関雲長が成敗してくれる‼」


 関羽は黄巾党の男達に向かってそう叫んで名乗りをあげると、自分の偃月刀を片手で回してから再び黄巾党に向けた。

 それに対し黄巾党の男達は、関羽の迫力に圧されながらも直ぐに斬りかかった。

 だが、


「はぁっ!」


一閃、


「たあっ‼」


また一閃と関羽が偃月刀を振る度に、黄巾党の男達の数はみるみる減っていく。

 その分だけ周りには、頭に黄色の布を巻いた死体が増えていく。

 今や残っている黄巾党の男達は三人。

 最早勝負は決した。

 関羽も黄巾党の男達も、そして周りで見守っている街の人々も、誰もがそう思った。

 その時、


「関羽さーんっ。」


関羽の後方二十メートル先から、子供をおんぶした桃色の髪の少女が走ってきた。


「劉備殿!?」

「はあっ……はあっ……やっと追いついた…………って、きゃあっ‼」


 桃香は鈴々を背負いながらここ迄走ってきた。

 そして漸く関羽に追いついたものの、そこで見た物は桃香にとって衝撃的な物だった。


「人が……死んでる…………っ!」


 桃香は、目の前に在る幾つもの死体を見て、体を硬直させた。

 今迄死体を見た事が無い訳では無い。

 盗賊に襲われたり、狩りに行って逆にやられて死んだ人々の死体は、今迄何回も見た事がある。

 だが、つい数分前迄生きて動いていた筈の人間の死体、つまり「新しい死体」というのは、今迄見ていない。


「あ……ああ…………っ!」


 義勇兵になれば、そんな死体を沢山見る事になる。それは理解していた。

 だが、実際に「新しい死体」を間近で見た桃香は、頭では理解していても体が言う事を利かず、只震えて立ちすくむしか出来なかった。

 例え目の前のそれが、街を襲った黄巾党の男達の死体だと解っていても。

 桃香は動く事が出来なかった。

 そしてそれを、黄巾党の男達は見逃さなかった。


「……! しまった‼」


 標的を関羽から桃香へと変えた黄巾党の男達三人は、関羽を素通りし、一斉に桃香へと襲い掛かった。


「逃げるのです、劉備殿!」

「あ……ああ…………っ!」


 関羽は黄巾党の男達を追い掛けながら桃香に向かって叫んだ。

 だが、それでも桃香は動けなかった。

 その間にも、黄巾党の男達はみるみる迫ってきていた。

 桃香は宝剣「靖王伝家」を腰に携えていた。

 その為、自分の身を守る事が出来ない訳では無い。

 だが、鈴々を背負い、更に死体を見て精神状態が不安定になった今の桃香に、そんな事が出来る筈は無かった。


「死ねーっ‼」

「っ‼」


 目の前に来た黄巾党の一人が、桃香に向かって剣を振り上げた。


「劉備殿っ‼」


 関羽は一番後ろに居た黄巾党の男を斬り捨てながら、桃香に向かって叫ぶ。

 だが二人の距離は遠く離れており、間に合いそうにない。

 そして、焦る関羽を嘲笑うかの様に、無常にも剣は振り下ろされた。


「…………っ‼」


 桃香は反射的に目を瞑った。どうやら、体は動かせなくても目は動かせるらしい。

 だが、いつ迄経っても痛くはならなかった。

 ひょっとして、もう死んじゃったから痛くないのかな? なんて思いながら、桃香はゆっくりと目を開けた。

 そこには、


「ぎゃあぎゃあ五月蝿いのだ。眠れないじゃないかあ。」


自らの矛を振り上げ、黄巾党の男による剣の一撃を防ぐ鈴々の姿があった。


「鈴々ちゃん…いつの間に!?」


 確かめて後ろを見てみると、桃香の背中には誰も居ない。

 目の前に居るのは本物の鈴々だった。


「何だか五月蝿くなったから目が覚めたのだ。こいつ等が暴れてる所為で五月蝿いんだね、桃香お姉ちゃん?」

「う…うん……。」


 それを聞いた鈴々は、矛を振って黄巾党の男の剣を弾くと、矛を向けて牽制する。


「みんなを苦しめる黄巾党は鈴々が倒すのだ。桃香お姉ちゃんは下がっていて。」

「で、でも鈴々ちゃんも危険だよっ。」

「平気なのだっ。」


 桃香の制止も聞かず、鈴々は矛を振り黄巾党の男に向かっていく。


「でりゃりゃりゃりゃーっ‼」


 鈴々は何度も矛を振り、黄巾党の男は辛うじてそれを防いでいた。

 だが、いつ迄も防ぎきれる訳が無く、遂には斬り伏せられる。

 うつ伏せに倒れた黄巾党の男は、斬られた場所から血を流し、呻き、やがて絶命した。

 鈴々は顔に付いた返り血を左腕で拭い、矛を振って血を払う。

 鈴々の表情は常の明るい表情ではなく、かといって人を斬った事による高揚感も無い。

 僅かに悔恨の表情を浮かべていたが、それも直ぐに消えた。


「り…鈴々ちゃん、大丈夫!?」

「大丈夫なのだ。鈴々は怪我してないのだっ。」

「それは解るけど……その、あの…………。」


 桃香は何かを聞こうとして中々聞けないでいる。


「……鈴々なら大丈夫なのだ。もう、慣れてるから。だから、桃香お姉ちゃんは気にしないでほしいのだ。」

「……! 鈴々ちゃん……解った…………。」


 鈴々が人を斬った姿を、桃香は初めて見た。

 鈴々が人を斬った事があるのを、知らなかった訳では無い。鈴々から直接聞いていたから知っていた。

 それでも、自分より年下で、体もまるで子供の様に小さい鈴々が、敵とはいえ人を斬って心が無事でいられるのか、心配していた。

 だから、今の鈴々の言葉を聞いた桃香は、自分なりの納得をしつつ、これからも鈴々と共に居たいと思った。


「ひ……ひええーっ‼」


 最後に残った黄巾党の男が、関羽や鈴々の強さに恐れをなし、一目散に逃げていく。


「待てっ!」

「待つのだーっ!」


 逃がす訳にはいかないと判断した関羽と鈴々は、獲物を構えながら追走する。


「わわっ、二人共待ってよーっ!」


 漸く落ち着いてきて体が動くようになった桃香も、慌てて二人を追い掛ける。

 そうして三人が駆けていた、その時だった。


「なっ!?」

「一体何なのだっ!?」

「ま、眩しい〜っ!」


 今は夜だというのに、まるで太陽が昇ったかの様に急に明るくなったのは。

 それ迄暗かった空が急に明るくなったので、関羽達は勿論、街の人々や逃げていた黄巾党の男も、余りの眩しさで目が眩み、その場から動けなくなっていた。

 その光は硬質な音と共に暫く続き、やがて消えていった。

 とは言え、眩しさで目が眩んだ為に、皆暫くは目を開けられないでいる。

 その中で最初に目を開けたのは桃香だった。


「な、何だったのかな、今の光……って、ええっ!?」


 目を擦りながら辺りを見回していた桃香は、ある一点を見た途端に大声をあげて驚いた。


「と、桃香お姉ちゃん、どうしたのだっ!? ……はにゃ?」

「劉備殿、いかがなされた!? ……何と!?」


 続けて目を開けた鈴々と関羽も、桃香と同じ場所を見て驚く。


「いてて……一体何だったんだ、今のは?」


 桃香達が見ている場所には、彼女達と同年代と思われる少年が座っていた。

 「少年が座っている」だけなら未だ良いのだが、少年の服装や持ち物は、桃香達が見た事の無い物ばかりだった。

 何より一番おかしいのは、少年がその場所に居る事だ。

 街の出入り口へと続くその道には、先程迄は誰も居なかった。

 辺りには民家も隠れる場所も無いのに、何故か少年は今そこに居る。

 まるで、急に現れたかの様に突然現れていた。


「……ここはどこだ? 俺、さっき迄家に居て、これから外出しようとしてた筈なのに……。」


 周りを見ながらそう呟いていた少年は、目の前に居る人物を見て動きを止める。

 その人物は頭に黄色い布を巻いた中年の男。右手には剣を握っており、その刀身は銀色に光っている。


「何だてめえ? どけっ‼」


 その男はそう叫びながらその剣を振り上げる。

 少年は何が起こっているのか解らず、只立ち尽くしていた。

 そして、その男は剣を振り下ろした。

 少年は反射的に体を後ろに動かし、その剣をかわす。だが、少年の前髪が数本空に散った。


「な……なっ、何だよそれっ!? ……まさか、本物の剣なのかっ!?」


 少年は、髪や顔、体を触りながら自分の無事を確かめる。

 だが、無事と解っても直ぐに恐怖心が少年の心を捉えた。

 少年にとって「現実」とは受け入れ難い、目の前の「現実」は、少年の体を動けなくするには充分だった。

 そんな少年に対して、黄巾党の男は再び剣を振り上げる。


「危ないっ!」


 その時、少年の前方、つまり黄巾党の男の後方から、柔らかくも意志の強い声が聞こえてきた。


「えーいっ!」


 その声の主である桃色の髪の少女は、走りながら腰に有る鞘から剣を抜き、黄巾党の男に向かって斬りかかった。

 だが黄巾党の男がかわした為に剣は空を斬り、少女は体勢を崩す。

 黄巾党の男はその隙を見逃さず、逆に少女に向かって斬りかかった。


「桃香お姉ちゃん!」

「劉備殿!」


 鈴々と関羽が同時に叫ぶ。

 その少女――桃香は咄嗟に剣を盾にして防ぐが、力量の差は明らかだった。

 鈴々と関羽が救援に向かうが、距離的に間に合うか微妙だ。

 このままでは間違いなく桃香は殺される。

 鈴々や関羽は勿論、桃香自身もそう感じていた。

 その時、


「てえりゃああっ‼」


そんな雄叫びと共に、少年が黄巾党の男目掛けて跳び蹴りをした。

 突然の事だったので、黄巾党の男は防ぐ事が出来ず、そのままゴロゴロと転がる様に吹っ飛ばされた。


「何だかよく解んねえけど、お前が悪い奴だってのは解ったぜ!」


 そう言いながら少年は桃香を庇う様にして前に立つ。

 その桃香は、助ける筈が逆に助けられたのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いていた。


「この野郎、よくもやったな!」


 黄巾党の男が立ち上がろうとしながらそう叫ぶ。

 だが、その動作は途中でピタリと止まった。


「悪いが、そこ迄だ。」

「大人しくするのだ!」


 黄巾党の男の首筋に、二つの刃がピタリとついている。

 右側に関羽の偃月刀の刃先、左側に鈴々の矛の刃先。少しでも動けば、間違いなく絶命する。

 つまり、王手をかけられている。

 それを察した黄巾党の男は、抵抗を止めてガックリとうなだれる。

 その後、やってきた街の人々によって拘束された黄巾党の男は、そのままどこかへと連れて行かれた。

 恐らく、尋問をされるのだろう。


「やれやれ、これにて一件落着なのだ!」

「そうだな。劉備殿も少年も、怪我はありませんか?」


 事件の解決を確認した関羽が、桃香達の許に駆け寄る。


「私は大丈夫だよ、関羽さん。見たところ、この人も怪我してないみたいだし。」


 そう言って二人は互いの無事を喜んでいた。

 鈴々はというと、少年を珍しそうに見ている。


「あのー……。」

「「はい?」」


 そんな中、少年は桃香達に話し掛けた。

 それも、どこか驚いた表情で。


「さっきから“劉備”とか、“関羽”とか聞こえるんだけど……それって君達のニックネームなのかな?」

「にっくねえむ? 何それ?」

「……えっ?」


 桃香の言葉を聞いた少年が、更に驚いた表情になって呟いた。


「えっと……ニックネームを知らないの? ニックネームってのは、つまりは愛称みたいなものの事なんだけど……。」

「……私達の名前が愛称だと仰るのですか?」

「う、うん。」


 ニックネームの説明をすると、急に関羽の表情が険しくなった。

 少年もその異変に気付いたらしく、言葉が一瞬詰まる。


「貴方が何故そう思うのか解りませんが、我が名“関羽”は父母より頂いた大切な名前。愛称等の軽い物ではありません。」


 凛とした声で重々しく語る関羽。その表情はしっかりと少年を睨みつけていた。


「そ、そっか……。……じゃあ、君の(あざな)は“雲長”?」

「なっ!? 何故貴方が私の字を知っている!?」


 初対面の相手に自分の字を言われた関羽は、驚きと共に警戒感を表し、手に持つ槍に力を込めた。

 そんな関羽の警戒感に気付いているのかいないのか解らないが、少年は桃香の方を振り返って話し続ける。


「まあ、色々とね。で、君が劉備って事は、字は“玄徳”かな?」

「は、はいっ、当たってますっ!」

「やっぱり。なら……。」


 少年は関羽の右斜め後ろに居る小さな少女を見る。


「劉備と関羽ときたから……まさかと思うけど、君が“張翼徳”?」

「そうだよー。けど、何でまさかなのだ?」

「いや、あの張飛がこんな小さい女の子なんて思わなくて。」


 そもそも、三国志の英傑達が女の子なんて、とも思ったが、話が更にややこしくなりそうだったので言わなかった。


「小さいは余計なのだ! 小さくても鈴々は強いのだ!」

「だろうね。君が張飛ならそりゃ強いだろう。」


 少年はそう言いながら、自分が知る張飛の活躍を思い出していた。

 虎牢関(ころうかん)の戦いや長坂(ちょうはん)の戦いでの張飛の活躍は凄まじい。

 劉備と関羽が来る迄はあの呂布(りょふ)と一騎打ちしてたり、長坂橋を背にして、追撃して来る曹魏(そうぎ)の軍勢と対峙したりと、その戦い振りは正に一騎当千。


(それがこんな小さい女の子なんて言われて、戸惑わない方が変だろ……。)


 鈴々が持っている武器は、形状からして「蛇矛(だぼう)」だろう。それはまさしく張飛の武器だ。


(長さとかも合ってるみたいだし、それに……。)


 さっきの男が持っていた剣は真剣だった。

 なら、この娘達の武器も本物の武器なのだろう。

 少年はそう結論付けた。

 そうなると、ここが何処なのか、何故此処に自分が居るのか、解らない事だらけになった。


(どっかのコスプレ会場に、無意識の内に迷い込んだって方が未だマシだけど……。)


 だが、今自分が居るのは何処かの建造物の中では無く、見知らぬ風景が広がる街の中。

 それも、明らかに現代の街とは思えないくらい質素な建物が並んでいる。

 道は舗装されていないし、街灯や自動販売機、信号も電柱も何も無い。

 少年が住んでいる現代では、こんな場所はもう世界中探しても数が少ない筈だ。

 少なくとも、少年の故郷である「日本」には、どんな田舎でも一通りのインフラは整っている。


「何が何やらサッパリだな……。」

「それはこちらの台詞です。」


 混乱しつつある自分に対して呟いた一言に、凛とした声が応えた。


「何故貴様は私達の名前を知っている?」

「そうだよねー。初めて会った筈の私や関羽さん、それに鈴々ちゃんの名前を当てるなんて、ちょっと考えられないよ。」


 不思議に思った関羽と桃香は率直な疑問を投げかける。


「それは君達の名前が“三国志”の英傑達と同じ名前だからさ。」

「さんごくし? 何それ?」

「……またかよ。」


 桃香達の疑問に答えたものの、その桃香達は「三国志」を知らないらしい。

 何でその名前で知らないのかとツッコミを入れたかったが、知らないのなら仕方ないとも思った。

 それよりも、少し気になった事が有るからだ。


「あの……。」

「なあに?」


 少年は桃香達に尋ねる。


「さっきから何回か聞く“りんりん”って、一体何の事?」

「あ。」

「なっ!?」

「はにゃ?」


 少年がそう言葉を発した時、桃香達の表情が瞬時に変わった。

 桃香は「ありゃ。」という表情に、

 関羽は「何て事を。」という表情に、

 そして、当の鈴々は「あーあ。」という表情になっている。

 次の瞬間、関羽の偃月刀が少年の喉元に突きつけられていた。

 少年は、何故こんな事になったのか解らないといった表情を浮かべながら固まっている。


「貴様! 初対面の人間が張飛殿の“真名”を呼ぶなど、一体何のつもりですかっ!?」

「な、何の事だよっ!?」

「とぼけないで戴きたいっ! この国の人間が“真名”を知らない訳が無いでしょうっ‼」

「そう言われても、知らないもんは知らないよっ!」


 相変わらず偃月刀は突きつけられていたが、少年は必死にそう叫び続けた。


「ならば貴様は、この国の人間では無いとでも言うのか!?」

「た、多分、この国の人間じゃ無いと思うけど……。」

「…………え?」


 それは関羽にとって予想外の言葉だったのか、思わず偃月刀を引いた。

 それは桃香や鈴々達も同じだったらしく、ポカンとした表情を浮かべている。


「えっと……な、なら、貴方は外国の人って事?」

「まあ……そうなるかな。」


 少年は桃香にそう答えながら、何故言葉が通じるのか解らないけど、とも思ったが、やはりややこしくなりそうなので言わなかった。


「では、貴様は何処から来たというのだ? “南蛮(なんばん)”や“五胡(ごこ)”から来たとでも言うのか?」


 そう尋ねる関羽の声は、心なしか先程よりトーンが落ちている様に感じる。

 外国の人間なら「真名」を知らないのも仕方無いと思ったのだろうか。


(確か、“南蛮”は劉備没後に実質的指導者となった諸葛亮が平定した場所で、“五胡”は華北に居る民族の事だよな。)


 関羽の質問に答える前に、少年は南蛮と五胡についての知識を頭の中で再生した。

 どちらも三国志に登場する単語だが、勿論少年はその何れの生まれでは無い。


「違うよ。俺は日本から来たんだ。」

「にほん?」


 この感じ、早くも何回目だろう? と思いつつも、取り敢えず説明を始める少年。


「この大陸の東の果て、海を隔てた先に在る島国だよ。ひょっとしたら、今の国名は“倭国(わこく)”かも知れないけど。」


 少年は薄々感じていた。ここが、現代のどこでもない別の世界じゃないかと。

 だからそんな訳の分からない説明になってしまったが、下手に考えるより話すのが良いと思い、話し続けた。


「多分君達にとっては訳の分からない事を言っていると思う。まあ、正直言って、俺自身も現状はよく解ってないんだけどね。」

「よく解ってないとは?」

「気付いたらここに居たんだ。さっき迄家に居たのにね。」


 少年はさっき迄の事を説明していった。当然の事ながら桃香達は困惑していたが、暫くすると桃香がハッとしながら呟いた。


「もしかして……“天の御遣い”……?」

「てんのみつかい?」


 桃香が発した言葉を、少年は疑問符を浮かべながら繰り返した。

 すると、桃香が説明を始めた。


「えっとね、私の友達に“管輅(かんろ)”ちゃんっていう占い師が居てね。その娘が言っていたの、『もうすぐ、この大陸に“天の御遣い”が現れる。』って。」

「管輅!?」


 その名前を聞いた少年は驚いた。

 管輅と言えば、三国志に登場する占い師で、人の寿命や様々な戦の予言をピタリと当て、自らの寿命迄も知っていたという稀代の天才占い師だ。


(けど、管輅と劉備が友達だったとは書いてなかった筈……。単なる俺の見落としか、それともここではそれが普通なのか?)


 少年は暫しの間考えていたが、管輅の占いが気になったので考えるのを止め、桃香に話を続けてもらった。


「管輅ちゃんの占いはこんなだったよ。『黒天を切り裂いて、天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御使いを乗せ、乱世を沈静す。』、だって。」

「つまりは、どういう意味なのだー?」

「要するに、天から遣わされた人物がこの大陸に平和をもたらす、という事でしょう。」

「うん。管輅ちゃんに詳しく聞いたらそう言ってた。」


 桃香がそう言うと、桃香、関羽、鈴々の三人はほぼ同時に少年を見た。


「で、この者がその“天の御遣い”だと?」

「きっとそうだよ。だって、ピカーッて光ったら突然現れたし、私達の字をピタリと当てたんだもん。」

「それはそうですが……。」


 桃香が力説するも、関羽は納得しきれていない様だ。


「それにほら、この人の服装とか見た事無いじゃない。」

「確かにそうなのだー。」


 いや、君達の格好も、余り見た事無いよ? と、少年は思ったが、結局はお互い様だという事なので口には出さなかった。


「劉備殿の仰る事は理解出来ますが、私は未だ納得出来かねます。」

「うーん、関羽さんは慎重なんだね。」


 桃香はそう言って関羽の顔を覗き込んだ。

 まあ、普通なら関羽の反応が正しいのだろう。


「それで、お兄ちゃんはこれからどうするのだー?」

「んー……どうしよっか。」


 鈴々の質問に対して、少年は他人事の様にそう答えた。

 だがそれも仕方無いだろう。何せ見た事も無い場所に突然飛ばされたのだ。しかも、三国志の登場人物と同じ名前を持つ少女達が目の前に居るという不思議な状況。

 これでは、投げやりな気持ちになっても仕方がない。


「行く当ては無いんですか?」

「まあ、見知らぬ土地だから知り合いも居ないしね。」


 ここが日本でなく、更には元居た世界でもないのなら、少年は文字通り世界で一人ぼっちの存在だ。

 今の少年は、誰にも頼れない、まさに孤独な存在。


「だったら、今日はうちに泊まりませんか?」

「……えっ?」

「なっ!?」

「はにゃっ?」


 そんな少年に向けた劉備の提案は、少年だけでなく関羽と鈴々も驚かせた。


「りゅ、劉備殿っ!? い、一体何を考えているのですかっ!?」

「何って……行く当ての無い御遣い様をうちに泊めようかと。」


 慌てて尋ねる関羽に対し、桃香は平然と答えた。

 それが関羽の焦りを助長させたのか、関羽は更に早口になってまくしたてた。


「年頃の娘である劉備殿が、そんな簡単に自分の家に男性を泊まらせるものではありませんっ!」

「けどほら、困った時はお互い様って言うじゃない。」

「しかしっ‼」

「大丈夫だよ。御遣い様は優しそうだし、うちにはお母さんも居るし。それに今夜は、関羽さんも泊まってくれるんでしょ?」

「そ、それはそうですが……。」

「だったら、何かあっても助けてくれるって信じてるから。私は安心だよ。」


 だが、桃香の言う事もまた正しいし、それに笑顔でそう言われては余り強くは言えない。

 それにしても、どうやら桃香は、関羽も桃香と同年代の少女だという事を忘れている様な気がする。


「鈴々ちゃんも泊まっていくよね?」

「当然なのだっ。桃香お姉ちゃんと一緒の布団で寝たいのだー。」

「うん、私も鈴々ちゃんと久し振りに一緒に寝たいよ。」


 そう言って盛り上がる二人。関羽や少年が複雑な表情をしている事等気付いてないし。


「じゃあ御遣い様、行きましょう。」

「う、うん。けどその前にさ。」

「何ですか?」


 桃香に連れられる前に、少年はある頼み事をした。


「その“御遣い様”って呼び方、何か堅苦しいから止めてほしいな。」

「えっ? でも……。」


 その頼み事に戸惑う桃香。彼女にとって少年は天から来た凄い人なのだから、そう言われて戸惑うのも仕方がないのだが。


「良いから良いから。それより俺の事は名前で呼んで。俺の名前は“清宮涼”。“涼”って呼んでくれよ。」

「“きよみやりょう”? 珍しい名前なんですね。」


 少年――「清宮涼」が言った名前を繰り返しながら、桃香は思ったままの感想を告げた。

 と、そこに、関羽も名前の確認に話しかけてくる。


「となると、“清”が姓で“宮”が名、“涼”が字ですか?」

「いや、“清宮”が姓で“涼”が名前。字は無いんだ。」

「字が無い? それもまた珍しいですね。」

「まあ、国が違うしね。」


 そんな事を話しながら、四人は桃香の家へと向かっていった。

皆さんこんにちは、またはこんばんは。

第一章「三人の英傑と天の御遣い」の後書きです。


序章と打って変わって、いきなり恋姫世界の話です。ここでは、今作での桃園三姉妹の設定の説明をさせていただきます。


先ず、桃香は母親と共に村に住んでいます。アニメ版と似た設定ですが、執筆当時はアニメ版「真・恋姫†無双」は未だ放送前だったので、自分は「横山光輝三国志」を参考に書きました。

なので桃香の母親はアニメ版みたいな性格ではありません。多分←


愛紗はアニメ版「恋姫†無双」の設定を参考にしました。史実でも関羽は旅をしていたという説がありますから、ピッタリかと思います。


鈴々は親の設定はゲーム版「恋姫†無双」の鈴々拠点を参考にし、そこに桃香と幼馴染みという、独自設定を組み合わせました。


冒頭は「三国志演義」や「横山光輝三国志」を参考にして作りました。それからはゲームともアニメとも違う流れにしています。

主人公が急に現れた展開はゲーム版の一刀、それも今思えば呉ルートを参考にしてますね。


尚、今回修正するにあたって名前や固有名詞に読み仮名を付けました。「恋姫」も「三国志」も知らない人も少しは読み易くなったかと思います。

次は第二章修正後にお会いしましょう。



2012年11月15日更新。

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