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真・恋姫†無双 ~天命之外史~  作者: 夢月葵
第六部・反董卓連合軍編
30/30

第二十三章 英雄達の集結

連合の名の許に集った多くの人々。


既に名のある者、これから名を上げようとする者。どちらも目的は同じ、筈。


その中には、桃香たちにとって重要な人達も多く居るのかも知れない。


2020年11月19日更新開始。

2020年12月10日最終更新。(ハーメルン)


2023年1月1日更新。

 袁紹(えんしょう)の檄文を受けとった桃香(とうか)たち徐州(じょしゅう)軍は軍議の末、連合への参加を決めた。勿論、その胸中は複雑であった。

 袁紹の檄文を要約すれば、“董卓(とうたく)洛陽(らくよう)で暴政の限りを尽くし、民は怨嗟(えんさ)の声をあげている”となるが、それが真っ赤な嘘だと徐州軍の中核の者達は皆思っていた。それは、董卓こと(ゆえ)の性格を知っているからだ。

 (りょう)や桃香たちはかつての黄巾党(こうきんとう)の乱の際に月と共闘しており、彼女が争いを好まない心優しい性格だと知っている。

 その彼女が他者を(ないがし)ろにし、私利私欲に走る等とは、誰一人思っていない。彼女を知らない者は檄文の内容から董卓について若干の疑念を持ったが、涼たちが熱心に否定した為、どちらが正しいかを理解した。

 それでも徐州軍は「反董卓連合」に参加する事を選んだ。檄文の内容が“董卓を倒して帝をお救いする”となっていたからだ。言う迄も無いが、帝とは漢王朝の統治者であり、即ちこの漢大陸の覇者を指している。

 幾ら弱体化しているとはいえ、依然として民衆が漢王朝を支持している以上、表立って漢王朝に楯突く真似は出来ない。ならば、帝をお救いし漢王朝を支える事がひいては自分達の利になると考えたのが袁紹であり、この連合に参加している諸侯の大半もまたそう思っていた。

 一方、涼や桃香が参加を決めたのは少し事情が違う。

 彼等は前述の理由もあって、個人的には董卓軍の味方をしたかった。いつも正しい事をしたいと思っている二人にとっては当然の事であった。

 だが、彼女達は今、徐州を治めている州牧やその補佐という立場にある。その地位は当時の帝である劉弁(りゅうべん)少帝(しょうてい))によって任命されており、つまりは漢王朝のお陰で地位を得たという事になる。

 それなのに連合に参加せず、逆賊である(とされている)董卓についたらそれは即ち自分達も逆賊になるという事であり、不忠以外の何物でもない。

 そうなれば、袁紹は徐州にも連合軍を派兵し、桃香たち徐州軍を攻めると思われる。場合によっては徐州に住む民衆をも攻撃するだろう。何せ彼女達には逆賊を討つという「錦の御旗」があるのだから。

 徐州牧として、また、一人の人間として、民衆を危険に晒す訳にはいかない桃香にとって、板挟みとなる問題であった。

 結果、桃香は徐州を見捨てる事は出来なかった。勿論、納得はしていない。

 涼もそれは同じだったが、彼もまた、月を助ける事を諦めた訳では無かった。何か方法は無いかと考えながら遠征の準備を整え、出立した。

 この遠征には八万もの大軍を動員した。先の青州(せいしゅう)遠征の際には十万もの動員をしたが、それから未だ日が空いていない事もあり、今回の遠征は徐州に残していた兵を中心に編成した。

 一方、将は遠征組・残留組双方から選んでおり、万全の態勢で遠征に臨んでいた。

 ここで、今回の陣容を列挙する。


『総大将・劉玄徳(りゅう・げんとく)

『副将・清宮涼(きよみや・りょう)

『筆頭軍師・諸葛孔明(しょかつ・こうめい)

『副軍師・徐元直(じょ・げんちょく)

『副軍師補佐・鳳士元(ほう・しげん)

『副軍師補佐・程仲徳(てい・ちゅうとく)

『兵糧管理官・簡憲和(かん・けんわ)

『兵糧管理官兼第一遊撃部隊長・陳漢瑜(ちん・かんゆ)

『副軍師補佐兼第二遊撃部隊長・孫公祐(そん・こうゆう)

『第一部隊隊長兼部隊統括・関雲長(かん・うんちょう)

『第二部隊隊長・張翼徳(ちょう・よくとく)

『第三部隊隊長・趙子龍(ちょう・しりゅう)

『第四部隊隊長・劉徳然(りゅう・とくぜん)

『第五部隊隊長・田国譲(でん・こくじょう)

『第六部隊隊長・糜子仲(び・しちゅう)

『第七部隊隊長・糜子方(び・しほう)

『第八部隊隊長・廖元倹(りょう・げんけん)

『第九部隊隊長・陳元龍(ちん・げんりゅう)


 この様に、現在の徐州軍に於ける重臣達が軒並み選ばれており、先の青州遠征及び南方外交では留守を任されていた者も、先の理由で今回は選ばれている。

 その為、今回の留守は前州牧の陶謙(とうけん)騎都尉(きとい)臧覇(ぞうは)が中心となり、下邳(かひ)を始めとした街の防衛を陳到(ちんとう)曹豹(そうひょう)闕宣(けっせん)張闓(ちょうがい)窄融(さくゆう)趙昱(ちょういく)王朗(おうろう)といった武官・文官が務めている。

 今回の陣容では筆頭軍師の変更が注目される。

 今迄は義勇軍、連合軍、徐州軍で桃香たちと共に歩んできた徐庶(じょしょ)こと雪里(しぇり)が筆頭軍師を務めてきた。彼女の実績は疑いようが無く、また、武官文官問わず慕われている事からも解る様に、その人柄も良い。

 それなのに今回、彼女は筆頭軍師ではない。何か失敗をしての降格でもなく、実際は彼女自身の希望だったりする。

 彼女は今回の筆頭軍師である諸葛亮(しょかつりょう)こと朱里(しゅり)とは旧知の仲である。(つい)でに言えば副軍師補佐の鳳統(ほうとう)こと雛里(ひなり)程昱(ていいく)こと(ふう)とも同様だったりする。

 それだけに雪里は彼女達の実力をよく知っており、朱里だけでなく風と雛里を今回の遠征に推薦したのも、他でもない彼女である。(もっと)も、涼たちは初めから彼女達を帯同させるつもりだったが。

 既に述べた様に雛里や風も副軍師補佐に抜擢されているが、雪里の推薦があったとはいえこの人事は異例と言えなくはない。

 未だ雛里は理解出来るかも知れない。彼女は先の青州遠征で援軍を率い、遠征の成功の一因を作っている。だが、風は涼に勧誘されて徐州軍に入ってからの日が浅く、また実績らしい実績もない。一応、帝への奏上文を届けるなどはしているが、それだけとも言える。幾ら雪里の推薦があったとはいえ、その様な人物の帯同を許し、しかも役職に就けるというのは普通なら反発を買うだろう。

 だが、実際には反発は起きなかった。その理由は、彼女が徐州軍の一員となってからの仕事振りを皆が見ているからである。

 元々、風が親友の戯志才(ぎしさい)こと(りん)と共に旅をしていたのは仕えるべき主を見定める為であり、その為にすべき事はやれるだけやってきた。彼女の身体は余り大きくなく、その為か武力も無いので、文官として、可能なら軍師として仕えたいと思い勉学に励んできた。

 とは言え、軍師になりたいと思うだけで軍師になれる訳では当然無いので、風は実績を積む事にした。軍師は戦時に於いては主の為に献策をするのが仕事だが、平時に於いては普通に文官の仕事をしている。

 風が徐州に来た時はちょうど青州遠征の最中であり、援軍にも選ばれなかったので献策して実績を積む事は出来なかった。だが、戦後直ぐという事でそれに関する仕事は大量に有った。

 戦後処理の仕事は膨大な数の事務処理と言ってよく、人手は幾らあっても足りないくらいだ。風はそんな難仕事を、徐州に来たばかりであるにも係らず楽々とこなし、その結果、皆に自身の実力を認めさせ、信頼を得る事に成功した。

 こうした「実績」が有った為に雪里は風を推薦し易く、皆も「実績」を知っている為に誰も反対しなかった。

 武官に関しては、武将の数が増えた為に必然的に部隊数が増えている。部隊の数字が小さい順に武将としての地位が高いが、それはあくまで対外的なものであり、実際にはそれ程厳格では無い。この辺りは他の軍と大きく違う所であろう。

 また、例によって桃香は自身が総大将になる事に難色を示したが、流石に今回は自身が州牧になっているという事もあって、一応言ってみただけの様だ。




 徐州軍が出立して約二週間後。一行は(ようや)く会盟の地である河内(かだい)に到着した。

 河内は黄河(こうが)を挟んで洛陽の北北東に在り、下邳からはほぼ真西にあたる。陸路なら黄河を渡らなければならなかったので大変だったが、今回は孫堅(そんけん)軍の船で進軍していた事もあって全員無事に着く事が出来た。孫堅軍の巧みな操船技術によるものである。

 尚、その際の孫策(そんさく)こと雪蓮(しぇれん)の言葉は、『将来の良夫(おっと)の為なら、これくらい当然よ』だった。何故か桃香たちの機嫌が悪くなって涼が困ったのは別の話。

 さて、ここ河内には既に沢山の諸侯が到着していた。

 そこかしこに数え切れない程の旗がたなびく様に林立しており、一体何万人がこの地に集まっているのかと興味をそそられる程であった。ちなみに涼たち徐州軍が掲げている旗は、各武将の姓を記した旗以外では所属を表す「徐州」などである。

 その様に数え切れない程の人数がこの地に集まっている訳だが、当然ながら彼等はバラバラに集まった訳では無い。涼たちが「徐州軍」として大軍を率いてきた様に、この地の兵士達は皆どこかの軍に所属している。

 涼たち以外の軍を規模の大きさの順に列挙すると、袁紹軍、袁術(えんじゅつ)軍、曹操(そうそう)軍、孫堅軍、馬騰(ばとう)軍、公孫賛(こうそんさん)軍、青州軍、劉表(りゅうひょう)軍、益州(えきしゅう)軍、その他、という具合だ。

 特に袁紹軍は檄文を送った袁紹自らが率いるだけあって三十万という大軍だという。兵数は多めに言うのが普通ではあるが、幾ら何でもこの三十万は多過ぎるというのが涼たちの見解だった。だが、後に本当に三十万だった事が判明し、涼たちを驚かせた。兵糧は足りるのか、という意味も含めて。

 次いで多いのが袁術軍の二十万。以下、曹操軍七万、孫堅軍六万、馬騰軍五万、公孫賛軍四万、青州軍三万、劉表軍二万、益州軍一万。以下は数千単位となっている。

 これを見ても解る様に、袁家の兵数は他を圧倒している。袁家以外の軍を全て集めて、漸く袁家総数の半分を超えるという戦力差だ。

 尤も、袁家の兵はそれ程強くないとの評判もある。先の徐州侵攻で大軍を擁しながら返り討ちにあった事がその理由だ。

 勿論、四方八方からの攻撃で部隊が大混乱に陥ったという事情はあるが、袁紹の指揮能力、特に大軍でのそれは大いに疑問符が付く結果となった。だからこそ、前回以上の数となる三十万という大軍で敵を圧倒しようとしているのかも知れない。

 約八十六万という、この大陸でも史上稀な大軍勢を擁する事となった「反董卓連合軍」。こうなると、総大将は誰になるかという話題が自然と出て来る。

 檄文を送ったのが袁紹である為、袁紹が総大将になるのでは? という意見が多かった。次いで袁術や涼に劉備(りゅうび)、孫堅や曹操と続く。

 涼たちは未だに総大将が決まっていない事に驚いた。というか、そもそも軍議すら開いていないらしい。

 何せ、これだけの大軍で、しかも色々な土地から来た部隊を纏めた連合軍である。不測の事態が起きるのを防ぐ為にも早急に総大将やら何やらを決め、各部隊の統率に努めなければならない筈だ。

 だが、袁紹たちはそうした事を全くしていないらしい。それで今のところ何も起きていないのは、只々ラッキーだったと言うしか無い。

 涼たちは袁紹軍の兵士によって、徐州軍の陣地へと案内された。約八万という大軍なのでそれなりの広さが必要の為、最後方に配置されると思っていたが、実際には後ろから三番目、袁紹軍と袁術軍の前があてがわれた。

 (あらかじ)め、先触れを連合軍に向かわせていたので、徐州軍の陣地を前もって決めていたのだろう。だが、先日の戦いの件があるので、袁術軍を挟んでいるとはいえ袁紹軍が後ろに居る事を徐州軍の面々は不安に感じている。

 陣地に着いて天幕を張り、兵馬を休ませる事にした涼たちだが、当然ながらゆっくりはしていられない。各陣営に徐州軍の到着を知らせると同時に、涼、桃香、朱里の三人が軍議に向かう事になっている。念の為、護衛に関羽(かんう)こと愛紗(あいしゃ)田豫(でんよ)こと時雨(しぐれ)が附いていく。それにしても、今まで開かれてなかった軍議が開かれるとは、まるで涼たちの到着を待っていたかの様だ。

 軍議は袁紹軍の陣内に在る天幕で行われると、伝令から知らされた。恐らく、袁紹が動きたくないから自分の陣地で軍議を行うのだろうと誰もが思った。

 軍議が行われる天幕は袁紹軍の陣地の奥に在った。流石に装飾は施されていないが、こんなに大きくする必要があるのかという程に大きかった。

 涼たちが天幕の中に入ると、既に各陣営の代表者が席に座っていた。

 中でも袁紹は涼たちとの遺恨があるからか、彼等をジッと見据えていた。何か文句を言われるかと思った涼たちは急いで空いている席に座った。

 涼たちに用意されていた席は三つで、桃香を真ん中にして左右に朱里、涼が座り、愛紗と時雨はその後ろに立った。因みに、その左側には白蓮(ぱいれん)たち公孫賛軍、右側には雪蓮たち孫堅軍が座っており、涼たちに好意的な面子が周りに居る。ひょっとしたら、涼たちが来る事を知った二人が席を空けたのかも知れないが、勝手に席を決められるのかは解らない。

 天幕の中は長方形のテーブルが入り口から見て縦に配置されており、最奥、日本的に言えば上座の位置に袁紹が座っている。

 以下、上座から順に陣営名で言うと、右側に袁術軍、孫堅軍、徐州軍、公孫賛軍、益州軍。左側に曹操軍、馬騰軍、青州軍、劉表軍の代表が座っている。他にもいくつかの小さな勢力がある筈だが、この場には居ない。遅れているのか、あとで伝令でも出して知らせるのだろうか。

 各陣営の代表は最低でも二人一組でこの軍議に参加している。五人で来た涼たちは多い方になるが、護衛を含めれば袁紹や袁術も同じくらいの人数を擁していた。

 始めに口を開いたのは袁紹だった。


「それでは軍議を始めたいと思いますが……漸く到着された方もいらっしゃる様なので、折角ですから自己紹介でもしてあげましょう。」


 誰、とは言わなかったが、口調や視線から察するに、明らかに涼たちに対する配慮という方便での口撃だった。

 かと言ってそれに対して怒ったりは出来ない。遅れて来た事は事実であり、初めて見る人も居る以上、自己紹介されるのは非常に助かるからだ。

 なので、先ずは涼たちから自己紹介をする事にして、着席していた三人はゆっくりと席を立った。


「徐州牧の劉玄徳です、宜しくお願いします。」

「同じく州牧補佐の清宮涼です。宜しく。」

「軍師筆頭の諸葛孔明です。宜しくお願いします。」


 三人はそう名乗って着席した。後ろの二人は護衛なので自己紹介するべきか迷ったが、桃香が折角だからと言って自己紹介を促した。

 すると二人は多少硬い表情のまま言葉を紡いだ。


「徐州軍第一部隊隊長、関雲長。どうかお見知り置きを。」

「同じく第五部隊隊長、田国譲。宜しく……です。」


 二人はそう言うと、背筋を伸ばして涼達の後ろに立ち直した。

 涼たちの自己紹介が終わると、次は曹操軍の番なのか金髪の少女が立ち上がった。それに倣う様に、彼女の右側に座っていた少女も立ち上がる。


「曹操軍代表、曹孟徳(そう・もうとく)よ。宜しく。」

「軍師の荀文若(じゅん・ぶんじゃく)です。宜しくお願いします。」


 簡潔に述べる曹操こと華琳(かりん)と、荀彧(じゅんいく)こと桂花(けいふぁ)。その表情から察するに、自己紹介をする必要性は感じつつも、袁紹の思い通りにするのが嫌だから簡潔に述べたのだろうか。それとも単に面倒だからかも知れない。なお、曹操軍は護衛を連れて来ていない様だ。

 続いて自己紹介をしたのは孫堅軍の面々だった。といってもこの場に孫堅こと海蓮(かいれん)は居ない。代わりに居るのは、


「孫堅軍副将、孫伯符(そん・はくふ)よ。宜しくね。」

「同じく部隊長の黄公覆(こう・こうふく)じゃ、宜しくの。」

「軍師の周公瑾(しゅう・こうきん)です。宜しくお願いします。」


と、起立して応えたこの三人だ。

 自己紹介が終わると三人とも椅子に座った。雪蓮を中心にして右に黄蓋(こうがい)こと(さい)が、左に周瑜(しゅうゆ)こと冥琳(めいりん)が居る具合だ。

 尚、涼たちが来てからの雪蓮は、冥琳に席を替わってほしいと何度か視線で合図していたが、冥琳はそれに気付かないのか無視しているのか判らないが、結局彼女の要請に応える事は無かった。

 まあ、気になる相手の側に居たいから席を替わって欲しいという理由が、軍議の席で通らないのは当然だろう。そもそも彼女は、仮に席を替えたらイチャイチャする気なのだろうか。こんな衆人環視の中で。少なくとも涼は嫌がると思うのだが。




 雪蓮達の自己紹介が終わると、次は馬騰軍の自己紹介となった。

 今迄は全員が涼の見知った人だったが、これからは知らない人が多くなる。


「馬騰軍の名代(みょうだい)としてこの軍議に参加している、馬孟起(ば・もうき)だ。宜しく頼むぜ。」

「同じく副将の韓遂(かんすい)だ。孟起の後見人も務めている。」


 この場に居る馬騰軍の将はこの二人の女性だけだった。

 その一人である馬孟起は涼たちと同じくらいの年代の少女だ。

 姓名を馬超(ばちょう)といい、演義では蜀漢(しょくかん)五虎大将軍(ごこ・だいしょうぐん)の一人に数えられる名将である。勿論この世界では蜀漢は未だ建国されておらず、馬超は五虎将の一人に選ばれていない。この世界では、先程馬超自身が述べた様に馬騰軍の一員であり、光武帝(こうぶてい)(もと)で活躍した名将・馬援(ばえん)の子孫である馬騰の子というくらいにしか知られていないのだろう。

 そんな馬超の外見は快活そうの一言に尽きる。

 栗色の長い髪はポニーテールにしているし、少し太めの眉も何故かは判らないが快活な印象を強める。また、応援団長がしている長いハチマキの様に、紅い布を額に巻いているのもその一因といえよう。

 大きな紅玉色の瞳とその眼力が更にその要素を強化しており、涼と違って正史や演義の馬超を知らない者でも、彼女がどの様な人物かは推察出来ると思われる。

 服のラインや腕、足を見る限り、痩せ過ぎず太り過ぎずの健康的な体だと思われ、先の印象を更に補完していく。

 服は緑色を基調とし、黒い長袖に黒い大きなリボンを首下に付けている。裾の部分は花弁の様な形をしていて、その形に沿って金のラインが有り、胸を縦に通る金のラインと合流している。

 首周りから肩にかけて白いケープの様なものが体型に合わせたデザインとなってくっついている。着脱可能かは判らない。

 スカートはプリーツスカートで、下に細く黒いラインが有る。

 靴は膝上迄ある白いロングブーツで、サイドに馬の尻尾の様な紅い飾りが付いていたり、正面に向かって紅い曲線の模様が有ったりする。


(彼女が“錦馬超”か……。当たり前だけど強そうだな。)


 涼は軽く彼女を観察しながら心中でそう呟いた。

 繰り返しになるが、馬超は演義では蜀漢の五虎大将軍の一人であり、それ以前にも曹操軍を相手に獅子奮迅の活躍を見せる等の武功を残す武将である。この世界の馬超の実力は未知数だが、関羽や張飛の名を持つ愛紗や鈴々(りんりん)の強さを見る限り、馬超もそれなりの強さを持つと見て間違いないだろう。

 この場に居る馬騰軍のもう一人、韓遂は少なくとも馬超の倍は生きているであろうと思われる妙齢の女性だ。

 漆黒の髪を無造作に伸ばし、寝癖かと思われるほど奇抜な髪型をしているが、かと言って品が無い訳では無く、また、その仕草は一定以上の教養を身に付けた者の仕草だ。

 服装は、黄色を基調としたドレスの様な服を身に付けており、両肘には朱い肘当てをしている。靴はヒールタイプで、色は黒。

 この世界の女性に共通しているのか、韓遂も涼が始めに予想した年齢より若く見える。また、両耳に朱いイヤリング、左手中指に黒い宝石が付いた指輪をしている。

 何故この場に馬謄軍の総大将である筈の馬騰が居ないのかは気になったが、雪蓮たち孫堅軍も総大将である孫堅が居ないので、ひょっとしたら大した問題では無いのかも知れない。

 なお、史実では馬騰は反董卓連合に参加していない。




 馬謄軍の自己紹介が終わると、次は青州軍の番となった。涼たちもよく見知っている者達だった。


「青州牧の孔文挙(こう・ぶんきょ)です。宜しく。」

「青州軍部隊長の一人、太史子義(たいし・しぎ)です。宜しくお願いします。」


 先の韓遂よりは若く見える孔文挙こと孔融(こうゆう)と、以前徐州に来た事がある太史子義こと太史慈(たいしじ)が自己紹介をした。青州軍の代表もどうやらこの二人だけの様だ。

 孔融は、涼の世界では孔子(こうし)の二十世孫として知られている。どうやらそれはこの世界でも同じらしく、この国の知識人からは勿論、教養に長けているとは言い難い層からも支持されている。

 とは言え、その格好は中々に奇抜であった。

 どう奇抜かと言えば、先ずは髪型が挙げられる。赤やら緑やらといった色んな色の髪を持つ人が居る世界ではあるが、金と銀と赤の三色構成になった髪型の人はそうそう居ないだろう。当然染めているのだろうが、地毛は何色なのだろうか。

 続いて服装だが、こちらもインパクトは髪型と負けてはいない。

 何せ、右側が半袖で左側が長袖という服だ。服は基本的に寒暖に対する備えであり、暑ければ生地は少なく、寒ければ生地を多くして気温に対応するのが普通である。

 それなのに、半袖と長袖が同居しているという、服の機能の一部を無視したこのデザインは、ある種の芸術性はあるものの実用的とはいえず、それを着ている孔融の美的センスと合理性について大きく疑問符が付くのは仕方が無い事だろう。

 スカートではなくパンツルックなのは年齢を考慮しているのか、単に彼女のセンスの問題なのか。そのパンツルックも、現代で言うダメージジーンズの様に所々が破れており、破れている服をわざと着るという文化が無いこの世界に於いてはこうした格好は理解されないのではないか。尤も、現代でもダメージジーンズには否定的な意見を持つ人が多いので、この世界に限った事では無いが。

 靴は形はそうでもないが、色は虹色だ。

 桃香たちはつい先日、青州救援に行った時に孔融と会っているが、その時も今回の様に奇抜なファッションだった。

 只、その格好と違って言動は至極まともである。そうでなければ沢山の人々から支持される事は無いだろう。更に言えば、奇抜な格好をしながら支持されるというのはある種の才能と言えなくもない。

 太史慈は以前と同じ衣服と甲冑を身に着けており、ピンと背筋を伸ばして座っている。

 衣服と甲冑のどちらも特に飾りつけておらず、孔融とは違って実用的な格好と言って間違いないだろう。ここ迄対照的な二人が同陣営に居るというのも、中々面白い。

 因みに、孔融も史実では反董卓連合に参加していない。




 続いて、公孫賛軍の自己紹介に移った。


「公孫賛軍総大将、公孫伯珪(こうそん・はくけい)。一応、奮武(ふんぶ)将軍だ。」

「同じく副将の田楷(でんかい)です……宜しくです。」


 紅いポニーテールの少女、公孫伯珪こと公孫賛と、蒼いボブカットの少女、田楷はそう自己紹介をすると着席し、次いで隣に居る桃香たちに向いて静かに笑った。

 公孫賛こと白蓮は桃香の親友であり、義勇軍時代に白蓮の所に世話になっていた事もあって涼とも面識がある。

 なので田楷とも一応の面識はあるのだが、白蓮と違って公務以外で話した事は余り無い。因みにその時に涼が感じた印象は、「物静かな読書家」だった。

 実際、今の自己紹介でも声量は小さく、静かな場でなかったら聞こえなかったかも知れない。

 そんな彼女の服装は一言で言えば地味、だろう。

 黒を基調とした服は髪と同じ寒色であり、派手な装飾品も付けていない為にこの場の諸将と比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 靴もこの時代に合った普通の靴で、特徴らしい特徴はない。孔融の奇抜なファッションの後だから余計にそう思ってしまうのかも知れない。

 史実の記述はそれほど多くなく、演義では陶謙への援軍の場面でしか登場しない田楷ではあるが、絶頂期の公孫賛の補佐を務めた実績は素晴らしいといえるだろう。

 余談ではあるが、公孫賛も史実では反董卓連合に参加していない。それはつまり、公孫賛の客将だった劉備も参加していないという事であり、演義に於ける三英戦呂布などは当然ながら史実では無かったのである。そこ、演義ではよくある事とか言わない。




 公孫賛軍の後、誰が自己紹介をするのか少し間が空いたが、結局は益州軍の番となった。


「益州軍を代表して挨拶を。益州牧、陽城侯(ようじょうこう)劉焉(りゅうえん)の名代を努める厳顔(げんがん)じゃ、よろしく頼む。こやつは部下の張任(ちょうじん)。口は悪いが実力は確かじゃぞ。」

「桔梗さま、ここはそういう事を言う場ではありません。……コホン、俺は張任、益州従事です。」


 厳顔と名乗ったのは妙齢の女性、張任は涼たちと同年代と思われる少女だった。

 厳顔はサイドがウェーブがかった短い銀髪、いや、後ろ手に纏めているのかも知れない。いずれにしても綺麗な銀髪の持ち主である。

 尤も、目を引くのはそれだけではない。規格外に大きい双丘、つまりは大き過ぎる胸に、男性である涼は勿論、女性達も思わず見入ってしまっていた。

 紫色を基調としたドレスの様な服を着ているが、その胸元とすらりと伸びた足は覆い隠せていない。それでいて特に気にしていない様だから、彼女の感覚、もしくはこの世界の感覚が現代とは若干違うのかも知れない。

 張任は前述の通り少女である。髪は厳顔と対照的な金髪。肌が若干色黒なのは自黒か日焼けか分からない。

 一人称が「俺」だったのでそれなりに性格は想像できるが、服装もレザージャケットの様なものにパンツルックといった風で、性格を補完するかの様なものだった。一方でピアスやタトゥーの様なものはなく、その辺も性格に関するのかも知れない。

 史実における厳顔と張任の記述は少ない。両者とも劉備の入蜀時に登場するが、そこだけである。演義では若干の脚色があるが、それでも張任は記述が少ない。厳顔は老将として登場し、同じ老将の黄忠(こうちゅう)とコンビの様に描かれている。

 なお、史実でも演義でも厳顔と張任、ひいては益州軍は反董卓連合に参加していない。というか、厳顔と張任の二人は生年不明なので、この時期に生まれていたかも判っていないのである。




 益州軍の後は劉表軍の番となった。


荊州(けいしゅう)牧・劉表の名代としてこの場に参りました、黄忠と申します。隣におりますのは部下の魏延(ぎえん)です。」

「魏延だ……です。」


 立ち上がってそう名乗った二人は、どこか先の厳顔と張任に似ていた。

 黄忠は厳顔と同年齢、もしくは少し若いと思われる外見の女性だ。厳顔と同じ様にあり得ない大きさの双丘を持ち、厳顔よりより妖艶さがある。そんな印象だ。

 髪は薄紫のストレート。左耳の後ろに羽根を数枚重ねた飾りを付けている。

 服装も似ており、一見オフショルダーのドレスにも見える薄紫色のチャイナ服を着ている。当然の様に胸元は開いていた。両腕は緑色のアームガードの様に独立している様に見えるが、そこから緑に裏地が紺のマントに繋がっている様にも見える。別々のを繋げているのかも知れない。

 黄忠の反対側に座っている涼からはよく見えないが、下半身はストッキングにハイヒールという出で立ちである。しかもストッキングは太股までなうえ、ドレスのスカート部分は深いスリットが入っているので、結構な目の毒である。

 まあ、そんな格好の女性が結構多いこの世界に長く居る涼は慣れているだろうが。

 一方の魏延はというと、露出は少ないもののスタイルはよく、胸に関しては結構大きい方だろう。隣に黄忠が居るので目立たないだけである。

 髪は黒、もしくは濃紺で所々はねており、右側が白くメッシュの様になっている。漫画の神様の代表作の一つに出てくる無免許医の様な髪と言えば解り易いだろうか。

 服の基調は上下共に黒で、縁は黄色、上着の下に着ているシャツの陽な服は白。上着は襟立ての袖無しジャケットだが、前述の通り胸が大きいからかキッチリとは締まっておらず、胸の部分は白いシャツが見えている。

 下に履いているのは上と同色同系統のホットパンツ。その廻りにジャケットと同系色同素材の物をスカートの様に巻いている。全てを覆っている訳ではないのでホットパンツ部分は丸見えだが。

 靴下の類いは履いておらず、ブーツの様な靴を履いている。

 口調はよく判らないが、外見の印象からするとやはり先程の張任と似ているかも知れない。

 涼は劉表軍についていささか疑問に思う事があったが、この場では言うべきでないと判断し口をつぐんだ。

 なお、史実では劉表は一応反董卓連合に参加しているが、目立った活躍はないといえる。尤も、史実だと曹操や孫堅くらいしかまともに戦っていなかったりするのだが。

 だからだろうか、演義ではあまり良い役ではない気がする。また、黄忠と魏延は反董卓連合には参加していない。こちらも、厳顔と張任と同じく生年不明なのでやはりこの時期に生きていたかも判っていない。




 劉表軍の挨拶が終わり、残るは袁術軍と袁紹軍だけになった。

 誰もがどっちからか? と思ったが、ここで思わぬ声が出てきて挨拶は終わりとなった。


「袁家を知らない人間なんてこの場に居ないでしょうから、美羽(みう)麗羽(れいは)の挨拶は無くて良いでしょう。」

「なんとっ!?」

「っ! ……それもそうですわね。四世三公の袁家を知らない人なんて、この漢の国に居る筈がありませんものね。」


 袁術こと美羽と袁紹は、それぞれ発言の主である華琳を見ながら驚き、次いでこの様に反応した。

 袁紹は何か言いたそうにしている様にも見えたが、全国から諸侯が集まっているからか言葉を飲み込んだ。もう一人の袁家である美羽はというと、不満そうではあるが隣に居る張勲(ちょうくん)こと七乃(ななの)に宥められている。というか、七乃は何だか嬉しそうである。何故だろうか。

 何はともあれ、こうして諸侯の挨拶は終わり、漸く軍議が始まった。

 始まった、のだが。


「本気で董卓が居る洛陽を目指すのなら、まずはここ河内だけでなく、東の酸棗県(さんそうけん)、南の潁川郡(えいせんぐん)魯陽県(ろようけん)にも布陣して、接近してくるであろう董卓軍を包囲するべきではないかしら。」

「何を言ってますの華琳さん。これだけの大軍が集まっているのですから、このまま前進して攻めいるだけで董卓さんの軍勢など圧し倒せますわ。」

「麗羽こそ何を言っているの? このまま西進すれば程なくして汜水関(しすいかん)虎牢関(ころうかん)が立ちはだかるわ。いくら貴女でもこの二つの関の堅牢さは知っているでしょう?」

「それは勿論知っていますが……。ですが、この二つの関以外にも洛陽の周囲には函谷関(かんこくかん)を始めとする洛陽八関(らくようはっかん)が在りますわ。董卓軍は当然ながらどの関にも軍勢を置いているでしょうから、どこから進んでもあまり変わらないのではなくて?」

「麗羽のくせに言うわね……。」


 と、この様に華琳と袁紹の独壇場になってしまっていた。二人の迫力に他の者達は誰も口出しできず、ただ黙って見守るしかなかった。この世界の袁紹はおバカと言われるが、一応名門袁家の人間なので知識だけはある。それでおバカと言われるのは、恐らく知識の使い方が間違っている場合が多いのであろう。

 なお、洛陽八関とは函谷関、伊闕関(いけつかん)広成関(こうせいかん)大谷関(たいこくかん)轘轅関(かんえんかん)旋門関(せんもんかん)孟津関(もうしんかん)小平津関(しょうへいしんかん)の八つの関所の総称であり、洛陽の四方八方に存在している。

 この他にも洛陽周辺には前述の虎牢関など複数の関所が点在しており、“敵”が帝都洛陽を攻めるにはこれらの関所のいずれか、もしくは複数を突破しなければならない。連合軍は数十万もの大軍とはいえ、これらの関所を攻略するのは大変であろう。

 暫しの間、華琳と袁紹は黙って向き合い続けた。そのまま両者の意見がぶつかり続けるのかと思われたが、ここは聡明な華琳が折れた。ふう、と一つ息を吐く。


「……いいわ、麗羽の作戦でいきましょう。けど、このまま進むとしても周囲の注意を怠る訳にはいかないわ。その為にも私の軍は左翼か右翼に配置してほしいのだけど。」

「構いませんわ。何ならもう一翼も華琳さんが決めてよろしくてよ?」

「そう? なら……もう片翼は涼と雪蓮に頼みたいのだけど。」


 華琳は両者を見ながらそう言った。瞬間、袁紹の眉間がピクリと動いた。


「私達が?」

「ええ、これだけの大軍の両翼にはある程度兵力がある部隊を配置しておきたい。万が一の時に対応できるだけの兵力、戦力、統率力がなくては両翼がもがれて全滅するわ。」


 華琳の説明に納得したのか、雪蓮は静かに頷いた。

 確かに、連合に参加している軍の中で兵数が多いのは袁家を除けばこの三人の軍である。華琳は敢えて言っていないが、実力や連携面を考えてもベストな配置と言えるだろう。


「私は良いけど……涼はどうするの?」

「考えはあるにはあるけど、これ自体は俺が決める事じゃないよ。桃香に訊いてくれ。」

「えっ、私っ!?」


 急に話を振られた桃香が困惑の声をあげる。しっかりしなさい州牧様。

 桃香は慌てつつも小声で涼に話し掛ける。


「……涼義兄(にい)さんはどう思っているの?」

「俺も雪蓮と同じで良いと思ってるよ。」

「そうなんだ……。朱里ちゃんはどう思う?」

「はい。連合軍がこのままの進路で洛陽に進むのなら、曹操さんが仰る様に道中の安全を考えて両翼を固めるのは最上の策です。徐州軍がそちらに配置されるのはいろいろ考えてみても(・・・・・・・・・・)良い策かと思います。」


 義兄と筆頭軍師のお墨付きを貰った桃香は納得し、華琳の提案を受ける事にした。

 その間、袁紹はずーっと機嫌が悪かったが、それに気づいた者が何人居たかは判らない。尤も、例え気づいていても、


(華琳さんは相変わらずあの男達とつるんでいますの!? せっかく私が花を持たせてあげたというのに……!)


と、こんな風に怒っているとは誰も思わないだろう。先の戦いがあったのに、袁紹自身は華琳を憎みきれていなかったらしい。

 そんな袁紹としては涼たちを一翼に配置したくはなかった。華琳と違ってこっちは憎しみの度合いが強い。が、先ほど華琳に人選を任せると言った手前、反対も出来なかった。機嫌を悪くするのが精々だった。




 それからも軍議は続き、進軍時の配置が決まった。

 会戦時には先陣となる可能性が高い最前列には左に公孫賛軍、右に馬謄軍が列び、そこから青州軍、袁術軍、袁紹軍と続き、殿(しんがり)には左を益州軍が、右を劉表軍がそれぞれ務める。そして右翼後方に曹操軍、左翼前方に徐州軍、左翼後方に孫堅軍が列び、その他の勢力はそれぞれ空いた所に配置された。

 そうしてほぼ全ての議題が終わったので、軍議は終了になるかと思われた。

 だがここで、袁紹がまだ決めていない事があると言った。何かあったっけ? と涼は思いつつ袁紹を注視する。桃香たちも自然と同じ様に袁紹を見た。

 その袁紹はいかにも重大な事を告げるという風に姿勢を正し、ハッキリとした声で言葉を紡いだ。


「肝心の総大将がまだ決まっていませんわ!」


 直後、天幕の中にしばしの沈黙が流れた。

 そういえばまだ決まってなかったな、と涼は思った。それは他の者も同じだったらしく、皆一様に涼と同じ表情になっている。

 とは言え、総大将を決めるというのは充分に大切な事なので無視する訳にもいかない。その為に華琳が立ち上がる。


「じゃあさっさと決めましょう。」


 華琳がそう言うと、袁紹は待ってましたと言わんばかりに表情を輝かせ、再び言葉を紡いだ。


「この連合を取りまとめる総大将には名門袁家の私、袁本初(えん・ほんしょ)が相応しいと思いますわ!」

「そうね、それで良いんじゃないかしら。貴方達はどう思う?」


 袁紹が立候補し、華琳が採決をとった。ほとんどの者が頷いた。

 もう一つの袁家の主である美羽は袁紹に対抗しようとしたが、隣に居る七乃に耳打ちされると慌てて挙げかけた手を引っ込めた。何を言われたのだろう。


「満場一致のようね。麗羽、この連合軍の総大将としてしっかりしなさいよ。」

「か、華琳さんに言われるまでもありませんわ!」


 袁紹はそう言うと常の「おーほっほっほ」という高笑いをした。が、実は内心拍子抜けしていた。


(な、何で美羽さんだけでなく華琳さんも立候補しませんの!?)


 いや、拍子抜けというより、困惑していたと言うのが正しいかも知れない。

 既に触れたが、袁紹はまだ華琳を憎みきっていない。それは華琳をいまだに信頼していると言える。そして袁紹は華琳も自分と同じ様に思っていると「無意識かつ勝手」に思っている。

 実に自分本意な袁紹らしいが、華琳からすれば迷惑な事この上ない。先の戦いに於いて華琳は、袁紹との関係や袁家の勢力を敵に回す覚悟をもって臨んだ。一生憎まれても恨まれても仕方ないとすら思ったかも知れない。

 それなのにいまだに好敵手として見られている等、それこそ華琳は困惑してしまうだろう。

 尤も、華琳が今回の総大将に立候補しなかったのは袁紹との関係だけが理由ではない。


(こんな茶番の総大将になってもなんの得も無いわ。こういうのは言い出しっぺの麗羽に任せるに限るわね。案の定ご機嫌だったし。)


 華琳はこの反董卓連合という茶番劇の盟主になどなるつもりはない。華琳は華琳なりに、月が帝を蔑ろにする訳がないと思っている。彼女も月と少なからず交流があり、それなりに現状を調べていたからだ。

 だが、人の性格は変わるという事も理解している華琳は最終的に連合に参加を決めた。

 その上でどうするのが最善かを考えた。いや、今も考えている。

 そうした彼女なりの美学というか生き方に、「反董卓連合の総大将になる」という選択肢が無かったに過ぎない。ただそれだけなのである。

 華琳を信頼し、ともすれば親友と思っている袁紹もそこまでは理解していなかった様だ。

 こうして、涼たちを交えて行われた反董卓連合の初めての軍議は幕を閉じたのだった。

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