断章二 とある少女の行動
少女は旅をしている。
興味がない世界で、興味がある人物を思いながら。
少女はずっと旅をしている。
2020年3月5日更新。(ハーメルン)
2022年12月25日更新。
少女が歩いていた。
あてもなく、ではない。しっかりとした目的があって歩いていた。
「……ここね。」
そう呟いた少女は崖の上に立っている。眼下に見える建物は木造で、一見ただのボロい家である。
だが、その周りには物々しい雰囲気を持つ兵士が何人も居る。これだけで、ここが只のボロい家ではないと察する事が出来る。
「というか、これってわざとやってない? こんなあからさまに兵士を置くなんて、“どうぞ見つけてください”って言ってる様なもんじゃない。」
それとも、見つけられても良いと思っているのか、と考えた少女はそのまま前に進み、崖から飛び降りた。
飛び降りた、とはいうが自殺をした訳ではなかった。少女は生きて崖下に降りていた。それもまったくの無傷で。
兵士の何人かはその様子を見ていた。あまりの出来事に呆気にとられていたが、やがて我に返ると武器を少女に向けながら怒声を発した。
「誰だ貴様! 怪しい奴め!」
その声に反応した他の兵士達もわらわらと集まり、瞬く間に少女は兵士達に囲まれていった。
だが、当の少女はというとその様な状況にも拘わらず平然としており、何と髪をいじる余裕さえ見せていた。
その様子に兵士達も困惑し、互いに顔を見合わせた。やがてさっき怒声を発した兵士が再び口を開こうとした。が、その声は完全に発せられる事は無かった。
「怪しい奴に怪しいと言われる筋合いは無いわね。まあ、私が怪しいのは確かなんだけど。」
少女がそう言った時、いつの間にか手にしていた杖が金色に光った。
「これで良し、と。」
目的を達成した少女はそう言うと両手を組んで背筋を伸ばした。
白いノースリーブに薄紅色のプリーツスカート、黒いオーバーニーソックスや水色のシューズ。灰色のつばなし帽子と、その帽子から伸びる顔を覆い隠す様な白と黒が混じったヴェール。
そんな格好の少女は特別目立ったスタイルではないが、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる。巨乳や巨尻ではないが充分に整った体の持ち主である。
もっとも、そうした外見に余り執着が無いのか、化粧らしい化粧はしていない。かといってヴェールで顔を覆っているのは、化粧をしていない事を誤魔化す為ではない。ただ単に、余り顔を見られたくないだけである。
「あとはどうしようかしらねえ。」
そう言うと無意識の内に空を見上げ、ゆっくりと歩き出した。
とそこに男性の、どこか寒気をもよおす声が後ろから聞こえてきた。
「あーら“北斗”ちゃん、こんな所に居たのねえ~。」
謎の男性から「北斗」と呼ばれた少女は、一瞬体を震わせるとゆっくりと振り返り、そこに居た人物を見るとハアと溜息を吐き、心底嫌そうな表情と声音になった。
「仮でつけた真名でわざわざ呼ぶなんて、よっぽど暇なのかしらね、貂蝉?」
少女ーー北斗はそこに居る人物を「貂蝉」と呼んだ。
貂蝉と言えば、三国志演義に出てくる女性で、董卓と呂布を仲違いさせる為に送り込まれた絶世の美女の名前がそうである。ちなみに、貂蝉という女性は正史には登場しておらず架空の女性とされる。一応、モデルとなった女性は正史に記述があるので、そこから貂蝉という人物が作られたのだろう。
では、今ここで貂蝉と呼ばれた人物は絶世の美女かというとそうではない。そもそも声が男だ。毎週日曜日の夕方六時半から七時までに何回か聞くタイプの。
北斗の視線の先に居るのは、筋骨粒々なマッチョな肉ダルマな褌一丁の変態男性だった。
「だーれが筋骨粒々なマッチョな肉ダルマな褌一丁の歩く有害変態ですってー!?」
「言ってないわよ!?」
突然大声をあげてそう言った貂蝉に驚きながらもツッコミを入れる北斗。
「と言うか、変態なのは事実でしょうが。」
「ひどいわっ! ちょっと半裸が好きなマッチョってだけじゃないの!」
「家の中だけならまだしも、公の場でもそんな格好してる人間はすべからく変態よ。」
もし、道の向こうから半裸のマッチョが褌一丁で歩いてきたら確かに変態だと思うし、恐い。しかもこの自称貂蝉はそんな格好な上に口調がオカマである。
今の世の中、オカマやオナベと呼ばれる人は珍しくないが、実際に目にするとやっぱり嫌悪感を感じてしまう人も多いだろう。こればかりは、生理的なものとしか言いようがない。
「まあ、それはそれとして。」
そんな貂蝉はそれまでより幾分かまともな口調に戻すと、
「北斗ちゃんはこの後どこへ行くのかしらあ?」
と訊ねた。まともな口調はすぐに元に戻った様だ。
それに対して北斗はしばらく考え込んだ後、
「特にあてはないわ。」
と答えた。
だが貂蝉はその答えをすぐに否定した。
「嘘ばっかり。それなら何で“ここ”に来たの?」
「それは……。」
北斗は言い澱んだ。次いで、一人の少女と一人の少年の姿を思い浮かべた。
天真爛漫で、いつも他者を思いやる心を持った優しい少女。
楽天的ながらも、やる時はやる……筈の少年。
少女とはほんの一ヶ月、少年とはほんの数分しか会っていないが、北斗が会った人物の中では特に印象的なのがこの二人だった。
北斗はこの国に思い入れはない。そもそもこの国の人間ですらない。だが、彼女は確固たる信念を持ってこの国に居る。必ず目的がある。だからこそ貂蝉は彼女の言葉を否定した。
北斗は再び考え込んだ後、改めて答えた。
「洛陽に行く為にまずはここに来た、のでしょうね。」
貂蝉はその答えには納得したのか、不気味な笑みを浮かべながら頷いた。
「だーれが不気味な笑みを浮かべる化け物ですってー!?」
「だから言ってないわよ!?」
再び大声を上げた貂蝉に驚きつつツッコミを入れた北斗。貂蝉には何が聞こえているのだろうか。
北斗はコホンと咳払いをすると、改めて貂蝉に視線を向けて言葉を紡いだ。
「そういえば、アンタは何しにここに来たのよ?」
ここには「彼等」しか居なかったのに、と思う北斗。
「それは北斗ちゃんと同じよー。」
ウインクしながらそう答える貂蝉。北斗はおえーっと吐くような仕草をした。
「やーね、失礼しちゃうわー。」
「アンタのその姿を見て吐き気をもよおさない人間なんて、そうそう居ないわよ。」
そんな人間が居るなら会ってみたいもんだわ、と思いながら北斗は話を続ける。
「で、私と同じって言った? アンタもあの二人を探しているの?」
「ええ、あたしはあの二人とはそれなりの因縁もあるからねぇん。」
そう言うと貂蝉は再びウインクをした。北斗はまた吐き気をもよおした。
「……そう言えば、アンタ達は北郷一刀に惚れ込んでたわね。今度は彼に乗り替えるのかしら?」
「あたしはそんな浮気性な漢女じゃないわ。今でもご主人様の事は好きよー♪」
体をくねらせながらそう言った貂蝉を見た北斗は三度吐き気をもよおした。
「それじゃあ、彼には興味が無いのね。だとしたら彼の精神衛生上とっても良い事だわ。」
「北斗ちゃんったらひどいわー、こんな可憐な漢女をまるで化け物みたいに言うなんて。」
「アンタは今すぐ可憐という言葉に対して土下座しなさい。」
北斗は辺りを見渡し、忘れた事が無いか確認しながら貂蝉に向かって痛烈な言葉を投げた。
だが貂蝉はそんな事で傷ついてはいない様だ。流石は変態ながら筋肉マッチョなだけはある。
「だーれがっ……まあ良いわ。そんな訳であたしも同行して良いかしら。」
「……どうせ、拒否しても勝手に着いてくるんでしょ。」
「まぁねん。」
最早吐き気も枯れたのか、慣れたのかは知らないが普通の表情の北斗は貂蝉を一瞥すると体を先程向かおうとした方向に向け、ゆっくりと歩き出した。貂蝉はそれにスキップで着いていく。地面が変な音を立てた。
「一つ条件があるわ。」
「なにかしらぁん?」
「着いてくるのは良いけど、私の半径二十五メートル以内に入らないでね。」
「ひどいわぁん!」
これでも譲歩した方なのだけど、と内心で舌を出しながら北斗は杖を前に向け言葉を紡いだ。
「あとは間に合うか、ね。私が着くまで死なないでよ、桃香。それと、清宮涼。」
そう言った北斗の表情は、ヴェール越しでもハッキリ判るほど真剣で、だがどこか楽しんでいる様だった。
断章二「とある少女の行動」を御覧いただき、有難うございます。
「断章」の意味はいまだによく解っていません(笑)
今回、恋姫で一番インパクトがあるキャラを登場させました。
いつかは登場させないとなあと思いながらも、その立ち位置やキャラの濃さからなかなか登場させる事が出来ず、取り敢えず今回出す事にしました。
もう一人の登場人物にして今回の主役はオリジナルキャラで、かつ再登場になります。こんなキャラ居たっけ? と思った方、実は出てるんですよ。結構始めの方に一回だけ。
彼女はオリジナルキャラですが、立場は今回の話で何となく解った方も居るかも知れません。ちなみに声は水樹奈々さんをイメージして台詞を書きました。
次はまた本編になります。
実はまだ書き上げていないので更新がいつになるか未定ですが、令和一周年までには更新したいです。
それまでどうか、ごゆっくりお待ち下さい。
2020年3月5日更新。
2022年12月25日更新。