第十六章 青州解放戦・前編
青州で黄巾党の残党と戦い続ける桃香たち徐州軍。
その戦いも、間もなく終わろうとしている。
このまま何も起こらず終わるのか、それとも……。
2014年2月5日更新開始。
2016年3月9日最終更新。
青州での戦いは、既に最終段階に入っていた。
今、徐州・青州連合軍は敵に占拠された臨淄の東方約五里に布陣している。徐州・青州連合軍の総数は三十万を超えている。
一方、青州黄巾党は号数百万という。勿論、その数をそのまま信じる事は出来ない。とは言え、数十万の戦闘兵が居ると考えて間違いはないだろう。
「皆さん、いよいよ決戦です。」
そう言ったのはこの連合軍の軍師を務める諸葛亮こと朱里。小さな体躯ではあるが、その知識は演義において完璧超人とされた諸葛亮そのものである。
「青州黄巾党は既にその手足をもがれたも同然、私達の勝利は確実でしょう。ですが、追い詰められた鼠は猫を噛みますから、油断は出来ませんが。」
朱里はそう言って眼前に居並ぶ将兵達に注意を促す。そして、ここ青州の地図を台の上に広げ、改めて状況を整理し、作戦を語る。
「この十日間で、寿光、朱虚、臨胊、般陽、楽安を抑える事が出来ました。この為、青州黄巾党は北、東、南への道を断たれました。となれば、彼等は西にしか逃げ道はありません。」
既に地図には解放した街の名を丸で囲んでいる。また、朱里が今挙げた以外の幾つかの街にも丸が書かれていた。
それを見る限り、既に青州の三分の二は解放していると言って良いだろう。
だが、それでも未だ臨淄には青州黄巾党の主力が多数残っていると考えられる。このまま戦って勝てるのだろうか。
「勝てます。」
不安げな表情をしている将を見ながら、朱里は自信に満ちた表情でそう言った。
「それは、今回の作戦で西側を空けている事が大きく関係しています。」
地図の丸部分を指差しながら、朱里は説明をしていく。
「孫氏の兵法にこうあります。“先ず勝つべからざるをなして、以って敵の勝つべきを待つ”、“勝敗は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む”、と。その兵法に則って、私達は先の戦いで敵の補給路を断ち、今は決戦に臨むべく態勢を整えています。」
「けど朱里ちゃん、孫子の兵法に則っているなら、“十を以って一を攻むるなり”とは違う戦い方じゃない?」
「確かに、先の戦いは戦力を分散させての戦いだったな。」
疑問を投げかける劉備こと桃香と田豫こと時雨。その言葉に、他の将達も頷いて反応する。
ここで少し、「孫氏の兵法」について説明しよう。孫氏の兵法とは、その名の通り「孫」という名の者が記したとされる兵法書の事である。
一般的には紀元前五百年頃、時代区分で言えば春秋戦国時代の斉の兵法家、孫武が記したとされるが、その子孫と言われる孫臏も兵法書を記したという説もあり、現代では一時期混同されたり、どっちかが偽物だ等と論争になったりもした。
尚、1972年に山東省で孫臏が書いた竹簡孫子が発掘された事により、一般的な孫氏の兵法は孫武が書いた物であるという結論に至っている。
先に朱里と桃香が述べたのはその孫子の兵法の一節である。余談ではあるが、孫子の兵法は後漢の時代はもとより、現代においても世界中で有効な戦法として認識されている。
順に説明しよう。
始めに、「先ず勝つべからざるをなして、以って敵の勝つべきを待つ」とは、万全の守りを整えてから、機を見て攻勢にでるべし、という事。
続いて、「勝敗は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む」とは、万全の態勢で戦いに臨む者は勝ち、戦いの途中で勝機を伺う者は負ける、という事。負けない準備をしてから戦い、策を弄する。きちんと準備をして戦えば、たったそれだけで勝てるのだ。
朱里はこの二つを合わせて少し変化させ、敵の補給路を断つ事で守りを固め、準備を整えたとしている。
最後に、「十を以って一を攻むるなり」とは、敵が分散したらそれを全力で倒すという事。そうして一つずつ倒していけば敵の戦力は確実に減り、勝利はより確実になるという事である。
それらを纏めると、徐州・青州連合軍は敵である青州黄巾党を倒す為、きちんと準備をしてきたのだが、その過程で自軍の戦力を分散させるという兵法とは矛盾した行動に疑問がある、という感じだ。
朱里はそうした疑問に対し、ゆっくりと説明を始める。
「何故戦力を分散させたか、についてですが、これは私達の戦力が増加した事と、時間をかけられない事情が関係しています。」
それに反応したのは糜芳こと椿。
「それってどういう事なの、朱里?」
「先ず、時間をかけられないのは私達が遠征軍だと言う事です。孫氏の兵法で言えば、“兵は拙速を聞く”“知将は務めて敵に食む”が該当します。」
椿はそれを理解するのに若干時間がかかったが、彼女と比べて兵法に明るい姉の糜竺こと山茶花は瞬時に理解し、朱里が言わんとしている事を代わりに述べた。
「……自軍の損耗を最小限に抑え、兵糧の消費を抑える、という事ですか。長引けば長引く程に士気は落ち、私達は不利になりますから。」
「その通りです、山茶花さん。」
微笑みながら羽毛扇を山茶花に向ける朱里。自分の考えが理解されるのは嬉しいものの様だ。
「古来より長期戦で勝った例は少なく、例え勝ったとしても利益が少なくなります。戦とは兎に角お金がかかりますし、何より人的損害が増えるのは望ましくありません。」
「人が居なければ、何も出来んからな。」
関羽こと愛紗がそう言うと、傍に居る桃香がうんうんと頷く。その度に大きな双丘が揺れる。
「ですから、私達は素早く戦いを終える必要があります。ですが、それが容易では無い事は事前に解っていました。さて、椿さん。何故容易では無いか解りますか?」
「えっ? ……えーーっと、敵が多いから?」
「当てずっぽの様ですが、正解です。」
椿と朱里は苦笑した。だが直ぐに表情を戻し、説明へと戻る。
「先程も言いましたが、敵は号数百万。どんなに少なく見積もっても五十万近い数の戦闘兵が居ると考えられます。これでは、幾ら私達の兵士が強くても勝つのは難しく、また、勝っても被害が大きいでしょう。」
「兵が少ない状態で戦い、勝つのは難しいからな。」
「はい。ですから、私達はこの決戦の為に先ず、敵の数を減らす事を始めました。」
「それが、色んな街の解放だったんだよ、ね?」
「正解なんだから自身なさ気に言わないの。」
糜姉妹のやり取りに和む一同。勿論それも一時の事で、直ぐに説明に戻る。
「青州黄巾党は前述の街を防衛線と補給基地にしていました。これは孔融さんの部下の皆さんの情報ですが、この情報のお陰で戦略を考える事が出来ました。」
「それが、敵の手足をもぐ作戦……戦力を減らし、補給を断つ為の同時攻撃だったな。」
愛紗がそう言うと、皆がその時の戦闘を思い出したのか、一瞬だが場が静かになった。
朱里は、前述の情報を知った後、どの街にどのくらいの数の敵が居て、貯め込んでいる物資や食料がどれくらいかを、細作を放って調べた。賊でしかない黄巾党の情報を調べるのは容易だったらしく、直ぐに結果が出た。
その結果を元に部隊を再編し、複数の街を同時に攻撃。黄巾党を追い出して街を解放し、苦しんでいた民衆を救った。
この攻撃の際、朱里は各部隊数をそれぞれが担当した街に居る黄巾党の数を上回る様に配置した。その為、数的優位のまま戦闘は行われ、被害を最小限、成果を最大限にする事が出来た。そうして前述の街を解放し、臨淄に来る事が出来た。
この戦い方は、孫氏の兵法にある、「十なれば、則ちこれを囲み、五なれば、則ちこれを攻め、倍すれば、則ちこれを分かち、敵すれば、則ちよくこれと戦い、少なければ、則ちこれを逃れ若からざれば、則ちこれを避く」の応用である。尤もこれは、要約すれば自軍が多ければ戦い、少ないなら止めとけ、といった意味だが。
朱里は青州軍が加わった事で出来た数的有利を活かす為、敵の少ない街から順に攻撃し、敵の数を減らしていった。それでも未だ数十万の敵が居ると考えられるのだから、苦しい戦いなのは間違い無い。
勿論、朱里はそれに対しても手を打っていた。
黄巾党の敗残兵に偽装した細作を臨淄に潜り込ませ、敵の噂、つまりは徐州・青州連合軍の噂を誇張して流している。
別の細作が確認した所、この策も効果があった様で、臨淄から逃げ出した黄巾党の兵も多いらしい。「これ兵の要にして、三軍の恃もて動く所なり」とある様に、情報戦は戦争に不可欠なものであり、賊でしかない黄巾党には効果覿面だった。
こうして敵の手足をもいでいく作戦により、数的不利を幾分か解消した。それでも未だ数は多く、可能ならもう少し減らしたいところだ。
だが、それが出来ない。何故なら、敵が臨淄に居るからである。
「補給を断った今、兵糧攻めを行えば時間はかかりますが安全に勝てます。ですが、それでは臨淄の人々を助ける事が出来ません。」
朱里は羽毛扇を口許にやり、地図の一点、臨淄が書かれた部分をジッと見る。
敵の補給を断ったという事は、物資が臨淄に流れないという事である。そうなると、臨淄の人々も苦しんでしまう。細作によれば、犠牲になっている人も多いが、無事な者も数多く居り、今なら大勢の人が助かるという。
桃香達の目的は青州を黄巾党から救う事であり、臨淄の人々を助ける事も勿論含まれている。その為、多少危険性は残るが、朱里はここ臨淄への進軍を進言し、桃香はその言を採用しここ迄来た。
孫氏の兵法の「利にあらざれは動かず、得にあらざれば用いず、危にあらざれば戦わず」で言えば間違った判断だが、桃香や朱里は現状を「危にあらざれば戦わず」、つまり「余程の事でなければ戦わない」と判断した様だ。
青州軍との合流で増えた兵力、一人でも多く助けたいという現状が、先の桃香の疑問に対する答えとなっている。もっとスマートにやれたかも知れないが、今の彼女達にはこれが最上の手なのだ。
続いて、朱里は臨淄解放作戦の説明に移った。
「今の青州黄巾党が臨淄を出て戦うとは思えません。依然として数的有利はあちらにありますが、連戦連敗の報せを受けている黄巾党の士気は確実に落ちています。この機を逃す事はありません。」
「とは言え、臨淄城を落とすのは大変だと思うぞ。城攻めは三倍の兵力が居ると言うからな。」
そう言ったのは時雨。今回の遠征では愛紗と共に徐州軍の切り込み隊長を担っており、戦場については一日の長がある。
「時雨さんの仰る通りでしょう。このままでは苦戦は必至、下手をすれば全滅もあります。」
そう言いつつ、朱里の表情には悲壮感が無い。それに気付いた山茶花が何故そんなに落ち着いているのかと訊ねる。
それに対し、簡単な事です、と前置きしてから朱里は説明を始めた。
「相手は確かにこちらより多いです。ですが、所詮は賊の集まりでしかなく、張三姉妹による士気の高揚も無い。首魁と思われる管亥も、手強いとは言え賊には変わりありません。今、ここには黄巾党の乱から戦ってきた将兵が沢山居ます。そんな皆さんが負ける筈はありません。」
朱里はそう言って一同を見渡す。先程迄は不安そうな者も居たが、今は一人も居ない。
皆、朱里の言葉によって自信をつけ、取り戻していた。
賊なんかに負ける訳が無い、この間は油断しただけだ、あいつの敵は討ってやる、等の声がそこかしこから上がり、否応がなしに士気が高まっていく。
朱里はそれを見て、羽毛扇の下で小さく微笑む。
そして、表情を引き締めて改めて一同を見渡し、力強く宣言する。
「今の青州黄巾党は士気が落ち、追い詰められています。だからこそ、この機に乗じて敵を……殲滅します。」
殲滅、という彼女の外見からは似つかわしくない単語が出た事に桃香は少なからず驚くが、直ぐにそれだけの覚悟だと解った。
だが、同時に桃香はこう思う。
(話し合いで解決する事は出来ないのかな……。)
と。
それが只の偽善だという事は、彼女自身も解っている。既にこの作戦で数えきれない程沢山の黄巾党を殺してきた。今更そんな事を言っても意味が無い。
それでも、桃香は自分の近くに話し合いで味方になってくれた元黄巾党が居るだけに、諦めきれていなかった。
『黄巾党の中で一番残虐で、一番強く、一番倒さなくてはいけない相手です。』
それと同時に、以前、飛揚が言った言葉も桃香の胸中に重く、楔の様に留まっていた。
ここで時間は少し遡る。
桃香達が最初の大休止をとり、涼達が兗州に入った頃、遠く冀州の州都・業で一人の少女が持ち込まれたばかりの情報を聞いていた。
「徐州軍が青州に? 一体どういう事ですの、孔璋さん?」
長い金髪縦ロールの髪型をしていてスタイル抜群の彼女は、目の前で拝礼している短い赤毛の少女に訊ねる。
「恐らくですが、青州で跋扈している黄巾党を討伐しに入ったのかと思います。」
「あら、まだ黄巾党が居ましたの?」
「はい。ですが、残っているのはこの青州だけと考えられます。先の戦いでその殆どが討たれた黄巾党は散り散りになりましたが、幽州では公孫賛が、兗州では曹操が、徐州では陶謙、そしてその後を継いだ劉備と清宮が残党を討ち、この冀州では本初様が見事討ち果たしておられます。」
「まあ、私にかかれば賊なんてあっという間ですわ。」
そう言うと、手を口許に当てて「おーほっほっほっ!」と高笑いをする本初。つまりは袁紹である。
彼女はここ冀州の州牧であり、報告者の孔璋はその家臣だ。
「確かに、本初様は黄巾党を簡単に征伐なされました。ですが、青州の州牧代理である孔融は本初様の様にはいきません。事実、孔融は臨淄に居ない様です。」
「臨淄に居ない? 敗走しましたの?」
「はい。正確には、忠実な部下に無理矢理逃された、という事らしいですが。」
そこで孔璋は青州で今起きている事について説明をした。余所の州の事であり、袁紹には直接関係が無い事ではあるが、彼女は説明の最後にこう付け加えた。
「本初様、私達も直ぐに兵を集め、青州へ向かうべきです。」
それに対し、当の袁紹は目の前の少女が何を言っているのか理解出来ないらしく、暫しキョトンとしていた。
「何故私達が兵を出さねばならないの?」
「先程述べました様に、徐州軍は青州へ派兵しました。これは青州黄巾党を討伐する為ですが、それだけとは思えません。」
「他に理由があると?」
「はい。恐らく、徐州軍はこの遠征で青州に恩を売り、同時に捕らえた黄巾党を自軍に組み込むかと。」
「お待ちなさい。青州に恩を売るのは解りますが、黄巾党を自軍に組み込むのは理解出来ませんわ。」
「確かに、獣の様な黄巾等を自軍に組み込む等、一見すれば狂気の沙汰。ですが、徐州軍はそれが可能なのです。」
「どうしてですの?」
「徐州軍には帝の縁戚である劉玄徳、そして天の御遣いの清宮涼が居るからです。」
その瞬間、袁紹は露骨に嫌な顔をした。
先の十常侍誅殺時、袁紹の思惑とは違う結果になって以来、彼女は清宮涼に余り良い印象を持っていない。
それなのに、部下の顔良と文醜はその清宮に真名を預けている。二人が真名を預けた時期は十常侍誅殺の前なので問題は無いのだが、袁紹にとっては気持ちの良いものではない。だが、真名については流石の袁紹と言えども口出しは出来ないので、もどかしく、また苦々しく思っていた。
そんな袁紹の性格を知り抜いている孔璋は、それらを踏まえて更に言葉を紡いでいく。
「本初様のお気持ちは解りますが、いま暫くお聞きください。」
「わ、解りましたわ。ですが、手短に願いますわ。」
「善処します。……先程述べました様に、徐州軍には劉玄徳と清宮涼が居ます。この二人は民衆の支持も厚く、それを示す様に徐州の人口は陶謙時代より増えている様です。」
「陶謙殿よりも人望があると言う事? 忌々しいですわね……。」
袁紹は途端に「キーッ!」と悔しがり、端正な表情を歪める。どうやら彼女は陶謙を尊敬している様だ。
「恐らくはそうなのでしょう。そして、それが黄巾党を組み込む要因なのです。」
「人望で黄巾党を従わせようとする、というのかしら? 幾ら何でも無理でしょう。」
「確かに、黄巾党は獣の様な集団であり、先の反乱では漢王朝に弓を引きました。そんな奴等が漢王朝と深い結び付きがある劉玄徳が居る徐州軍に従うとは思えません。」
「でしょう? それなら、何故貴女は徐州軍が黄巾党を組み込めると言ったのかしら?」
「それは、先の反乱時とは大きく状況が変わったからです。」
そう言うと、孔璋はあの時と違って勢いが無い事、黄巾等に賛同する者が少なくなった事、そして何より、張三姉妹が居ない事を理由に挙げ、話を続けた。
「今の黄巾党は一部の人間が暴走しているに過ぎません。そしてその暴走もやがて終わりを迎えます。その時に、暴走していない黄巾党はどうするか。黄巾党が何故出来たかを考えれば、それは直ぐに解ります。」
「……まさか、身の安全、衣食住の保証を、徐州に求めると言うのですの?」
「十中八九。彼等は飢えたから漢王朝に反旗を翻したのです。飢えないで済むのなら、喜んで武器を捨てるでしょう。」
「仮にそうだとしても、それを徐州が受け入れるとは思えないですわね。奴等は既に大きな罪を重ね過ぎているのですから。」
袁紹の疑問は尤もである。黄巾等によって数えきれない程多くの人間が傷つき、殺されている。
もし、そんな彼等を許してしまえば、被害にあった人々は黙っていないだろう。
と、袁紹が考えていると、別の少女の声が聞こえてきた。
「その為の戦いなのですよ、麗羽様。」
「あら、元皓さん。今日は遅いですわね。今迄何をしていたのかしら?」
玉座の間の出入口からやってきた青髪の少女、元皓に袁紹がそう言うと、元皓はガクッと肩を落としながら口を開いた。
「何をしていたかって……昨日、麗羽様が私に申し付けた“曹操への対抗策”を考える為に今迄部屋に居たんです。今日は遅れると、昨日そう申し上げた筈ですよ。」
「ああ、そうでしたわね。それで、華琳さんへの対抗策は出来ましたの?まあ、別に華琳さん相手に対抗策なんて要らないんですけど、念の為ですのよ、ね・ん・の・た・め!」
袁紹はそう言って元皓に「対抗策」について促す。が、元皓は対抗策より大事なものがあると言い、それについて話す許可を袁紹に求めた。
袁紹は何があるのかと興味を持ち、許可した。
「徐州が黄巾党を受け入れるという、孔璋さんの説についてですが、私もそれに同意です。」
「貴女もですの? 博学多才の貴女迄そう言うなんて……一体どんな根拠があると言うのですの?」
「それはですね。これから先、徐州軍はどうしても戦力を増強する必要があるからです。」
「どういう事ですの?」
疑問に思う袁紹に、元皓は手にしていた地図を広げ、袁紹に見せながら説明を始めた。
「徐州はこの漢において東端に位置しています。北に青州、西に兗州と豫州、南に揚州が在り、東は渤海が在ります。これが、徐州軍が戦力増強する理由です。」
「どういう事ですの?」
先程と同じ言葉を返す袁紹。だが、元皓はそれに対して何の反応も見せず、淡々と説明を続けていく。
「見ての通り、徐州は周りを囲まれています。もし、これらの州と対立した場合、徐州軍は四面楚歌の状態になってしまいます。」
「確かに。ですが元皓さん、私の記憶では豫州・揚州の孫家、兗州の曹家とは仲が良い様に見えましたけど? 青州とはどうか判りませんが。」
「青州との関係は、孫家・曹家と比べれば繋がりは薄い様ですが、良好と言って良いと思われます。劉玄徳が勅書によって徐州の州牧に選ばれた際、時の州牧である陶謙殿は後継問題があったので喜んでその地位を渡されましたが、家臣は納得していなかったと言います。」
「まあ、当然ですわね。」
筵売りの小娘ですもの、と袁紹は続けた。
一応、劉玄徳こと桃香は漢王朝の血筋ではあるが、何せ先祖が直系ではない上に没落しているので、自称ととられても仕方がない。
尤も、この時代では自称○○の子孫というのが多い。孫堅こと海蓮は孫氏こと孫武の子孫だと言っているし、曹操こと華琳も前漢の名将、夏侯嬰や曹参の子孫と言われている。こちらは孫家より説得力があるが、それを言うなら桃香も似た様なものである。
「その際に陶謙殿から要請を受け、家臣の説得にあたったのが孔融殿だと言われています。」
「あの孔子の子孫に説得されては、納得せざるを得なかった、という事かしら?」
「その通りです。」
その説明を聞いた袁紹は難なく徐州牧になった清宮達の幸運を妬みつつ、孔融が出たのなら仕方無いと思った。
孔融は袁紹の言葉にあった様に孔子の子孫である。孔子とは孫氏の様に敬称であり、姓名、字は孔丘、仲尼という。
春秋戦国時代の魯に生まれ、儒教家となり、その語録は「論語」として現代に迄伝わっている。
孔融はその二十世孫にあたり、孔子の子孫という名に相応しい実力・実績を残している。袁紹程の名家でも、流石に孔子の子孫を無下には出来ない。そんな事をすれば支持や声望を失ってしまうだろう。
現代で、長い間曹操の再評価が行われなかった理由がここにある。
曹操は自身に対する誹謗中傷発言の罪で孔融とその家族を殺している。中国では孔子は「聖人」として知られており、その子孫に対しても尊敬の念で接している。孔子の子孫である孔融を殺した事が、曹操が非難される要因の一つであり、恐らく演義などでの「悪役曹操」が作られた原因であろう。
尤も、この世界の曹操である華琳、そして袁紹である麗羽も、彼女達なりに孔融に敬意を表しており、現時点では現代で起きた事は起きそうにない。
その孔融と前徐州牧の陶謙に親交がある事が、今回の徐州軍の遠征に繋がっているのだろう。そうすると、恐らく現徐州牧の劉玄徳と、その補佐である清宮涼も孔融と親交を持つだろう。それくらい、冀州牧の袁紹には、いや、袁紹でなくても考えつく筈だ。
劉備の徐州牧就任の件に納得した袁紹は、それで、と話の続きを促す。
「確かに、黄巾党をただ許すだけでは民衆の反発は必然でしょう。ですが、その為の大義名分があれば不可能ではありません。」
「大義名分? 例えばどんなですの?」
「彼等の罪を許す代わりに、何らかの罰、例えば兵役や労働の任に就かせる、とかですね。」
「なっ!? 咎人を兵士にするというのですの!?」
元皓が発した例え話に、袁紹は驚きを隠せなかった。
労働に駆り出すという考えは分からなくもない。現代の様にブルドーザーやクレーン車などの土木機械や工事用機械が無いこの世界では、工事は基本的に人力である。もちろん、少なからず道具は有るが、どれも現代のものと比べれば、いや、そもそも比べる事すら必要ないくらい劣っている。そんな中で必要なのは人力、つまりは人であり、その数が多ければ多い程工事は早く進む。
中国を代表する建築物である万里の長城は、三国志の時代よりも四百年程昔、秦の始皇帝の時代に造られたものだが、その建設には何十万人もの人々が動員されたという説もある。そしてそれは、この時代でも基本的には変わらない。
だが、こうした大掛かりな工事は危険がつきまとう。病院が無く、医療技術も発達していないこの時代、ひとたび事故が起きれば甚大な被害が出た。その為、人々はこうした工事を嫌がり、時の権力者は半ば強制的に動員した。先の始皇帝も、来なければ死罪という重罰を科している。
なら、既に罪を犯している者に工事をさせたらどうか、という考えは当然の事であった。工事に尽力すれば減刑、もしくは無罪放免という餌をちらつかせ、工事に駆り出すのである。工事が終わった後、約束を守るかどうかはその権力者次第である。
だが、兵士にするというのはいささか賭けとなる。
先に述べた例と比べれば、兵士はある意味権力者である。もちろん、実際に政治をしたりは出来ないが、武器を持つ事が出来て、時には力で問題を解決する事が出来るという点では権力者だろう。
元皓の例えがもし事実だとしたら、劉備たちはその危険を冒そうとしている事になる。ハッキリ言って無謀である。咎人が力を持った場合の危険性を、劉備は理解していないのだろうか。いや、それはない。袁紹自身ですら理解している事を、小賢しくも帝に取り立てられている劉備が分かっていない筈は無い。
では、そこまでして戦力を得る理由とは、一体何なのか。
「……もしや、この私と一戦交えるつもりなのかしら?」
「その可能性も、無きにしも非ずですが、この場合は、あくまで防衛の為と考えるべきでしょう。」
元皓は恭しく礼をしながら、自分の考えを述べた。
元皓の考えによれば、徐州を治める劉備はいくら漢室に名を連ねる者とはいえ、実力が無ければこれから先が無い。
本初様ほどとはいかなくても、ある程度は名声と実力が必要と考えているであろう劉備は、その為にあらゆる手を打ってくる筈です、と、途中でお世辞を挟みながら、最後まで言葉を紡ぐ。
「あの小娘が、何かが起きた場合の覚悟をしていると?」
「恐らくは。それに、劉備の周りには先の黄巾の乱や十常侍誅殺で活躍した名将が数多く居ます。そして、何といっても“天の御遣い”清宮涼。この者の存在は大きいかと。」
「……確かに、そうですわね。」
袁紹は部下の前という事も気にせず渋面を作った。それほど涼が嫌いらしい。ある種のトラウマになっているのかも知れない。
「それらを踏まえた上で言上奉ります。過去の遺恨は水に流し、急ぎ青州へ軍馬を遣わし、賊を討ち滅ぼし、お声を更に高める事が肝要かと存じます。」
「……貴女は、そうする事が一番袁家の為になると考えたのね。」
「御意にございます。」
元皓は先程より更に恭しく姿勢を正し、重ねて奏上した。今ここで徐州と戦うよりは、名声を高めた方が得策だと考えたからだ。
だが、その考えに真っ向から反対する者が現れた。赤を基調とした礼服を身にまとった小柄なその少女は、乱雑に伸ばした金髪を流しながら、袁紹の許に進み出ると、一転して恭しく礼をしてから、その体のどこからそんな声が出るのかと思うくらいの声量で話し始めた。
「麗羽様! そんな献策に耳を傾ける必要はありません!」
孔璋と元皓は途端に渋面を作ったが、話の腰を折る訳にもいかないので黙った。それを確認するかの様にチラリと二人を見てから、少女は話を続ける。
「袁本初ともあろうお方が、こんな俗物に言いくるめられるとは、何と情けない事か! これでは、袁家が当代で滅亡してしまうではありませんか!」
何とも過激な物言いに、袁紹の表情は渋面を通り越して怒気をはらんでいた。
二人はそれに気づいて慌てふためくが、少女は尚も話し続けた。
「今更言うまでもない事ではありますが、袁家は袁安、袁敞、袁湯、そして叔母である袁逢、袁隗と四代に渡って三公を輩出した名門中の名門であります。本初様には、その高貴な血が流れているのであります。」
本当に言うまでもない事だ。この国の人間なら、結構な頻度で知っている人が居る歴史的事実である。
それを今わざわざ言ったのは、袁紹がそれだけの名門の生まれであるという事を改めて強調する為である。何故そうするかと言えば、それは袁紹のプライドを刺激する為である。
「その袁家の家長である本初様は、何故に徐州を、劉備などという筵売りの小娘を恐れているのですか!? あんなの、ただ胸が大きいだけの小娘でしかないではありませんか!」
ちなみに、この少女は身長同様、胸もそれ程大きくない。よって、今の叫びには多分に私怨が混じっているのかも知れない。
とはいえ、今の言葉は袁紹を刺激するには充分だったらしく、すっくと立ち上がるとどこからか扇子を取り出し、少女に向けて笑みを向けた。
「よくぞ言ってくれましたわ、公則さん! それでこそ袁家の忠臣ですわ‼」
その言葉に、公則と呼ばれた小柄な少女は恭しく拝礼して応え、孔璋と元皓は同時に天を仰いだ。
こうなった以上、いくら言葉を紡いでもその決意が覆る事はないだろうと、袁紹に長く仕える二人は分かっていた。だからこそ邪魔が入らない内に最善の策を申し述べていたのだが、その努力も水泡に帰してしまった。
(郭図……何で貴女はそう先見の明が無いの?)
元皓は恨めしそうに公則こと郭図を見つめた。
一方、孔璋は無駄だと分かっていながらも、一応袁紹に進言した。
「麗羽様、徐州と戦うのならばそれも良いですが、大義名分はどう致しますか?」
大義なき戦争は支持されない。大義があれば支持されるとは限らないが、少なくともこの国の歴史に名が残る戦争には大義があった。曰く、堕落した殷王朝を倒す。曰く、暴虐な項羽を討つ等だ。
袁紹が徐州と戦うならば、それなりの大義名分が必要である。孔璋達が徐州と戦うのを良しとしなかった理由の一つが、大義名分が無いからである。
だからこそ、孔璋達はここで徐州と争う事をせず、むしろ彼等に恩を着せる形で黄巾党を倒すという選択肢を選んだ。これなら、徐州はその名目上こちらの協力を拒む事が出来ず、青州を、民衆を助けるという名声を独り占めに出来ない。
一方、袁家も名声の独り占めは出来ないが、元々高貴で名声高い袁家が、自ら黄巾党討伐をするというのは、余程の事が無い限りは名が上がる事はあっても下がる事はない。しかも、漢王室の一族や天の御遣いとの共闘なら、尚更である。
だが、黄巾党を倒そうとする徐州と戦うなら、それなりの大義名分が必要である。
一応、無い訳では無い。先程までの会話でも話題になった「黄巾党を兵士にする」等がそれである。
これを大義名分にして攻めれば、一応は宣戦布告の理由として成り立つ。が、「漢王室の一族」や「天の御遣い」といった存在がそれを打ち消してしまう可能性の方が、現段階では高い。
何せ徐州軍には、既に何度も黄巾党を倒し、十常侍から皇子を助け出したという実績がある。今までの彼等のやり方を知っている人達からすれば、少しくらいの不安要素は無いに等しい。それを理解しているからこそ、敵対して戦う事より共闘するのが吉と判断したのである。
一方の郭図の考えは、あくまで短期的で視野が狭く、かつ袁家の誇りに重点を置いての事だ。袁紹を中心に物事を考えるという事は間違っていないのだが、今回はやや偏り過ぎている節がある。
だからだろうか、孔璋達には郭図が大義名分を軽んじている様に感じられた。そしてそれは、当の袁紹の答えでハッキリしてしまった。
「そんなもの、名門袁家が天誅をくだすと言えば宜しいのではなくて?」
予想通りの答えが返ってきて、思わず閉口する二人であった。
繰り返すが、徐州には天の御遣いが居る。その天の御遣い、清宮涼は孫策や曹操と誼を通じている。これが何を意味するか、どうやら袁紹は理解していないらしい。
徐州牧就任からの流れを見るに、恐らく機を見るに敏と思われる徐州軍が、袁紹軍に対する備えをしていないとは思えない。また、孫策や曹操もただ単に好意だけで清宮と付き合っている訳ではないだろう。何らかの打算で動いていると見て良い。そう考えれば、ここで徐州軍と事を構えるのはまずいのだが、袁紹と郭図は分かっていない。
本来なら、ここでそうした理由を述べて君主を止めるべきなのだが、この袁紹という君主は一度決めた事を翻す事は余り無く、決定に反する事を言われたら途端に不機嫌になり、時には罷免されたり投獄されたりする。その為、諌める際は細心の注意を払いながら真っ先に諌めないといけない。今回もそれを見越して説得していたのだが、後から来た郭図の「甘い言葉」に負けてしまった。
それでも、このままでは軍に甚大な被害が出ると分かっているので、二人は敢えて諌め続けた。
結果、予想通り袁紹の逆鱗に触れ、二人は投獄されてしまった。
袁紹が十万の大軍を率いて出陣したのは、最初の軍議から一週間後。涼が兗州で曹操と会談をした日の朝であった。
時間は戻って今。
青州を解放しようとしている徐州軍にはまだ、袁紹が動いたという情報は入っていない。
その代わり、事前に決めていたやり取りは緊密に行っている。朱里はそうして集めた情報を元に軍を動かし、来たる「総攻撃」開始に備えている。
臨淄への攻撃は、一気に行わなければならない。その為に朱里は愛紗、時雨、山茶花、椿といった武将達に指示を出し、桃香と共に本陣で仕上げを進めているのである。
「朱里ちゃん、今伝令さんからこれが届いたよ。」
桃香様はその様な雑務はせずにどっしりと構えていてください、何かしていないと落ち着かなくて、等といった会話をした後、朱里は桃香から受け取った紙を読んだ。そこには『清宮様と孫家の会談、つつがなく終了』といった意味の内容が書かれていた。
「雫さんによると、どうやら孫家との同盟は上手くいった様ですね。」
雫とは簡擁の真名であり、徐州軍の文官であり、桃香の幼馴染みの少女の事である。揚州での会談の後、一足早く徐州に戻って報告し、その結果を簡潔にまとめて知らせてきたのだ。
そこに、またも伝令から何やら届いた。受け取った朱里はその手紙を開く。
「……どうやら、兗州での会談もつつがなく終了したみたいですよ、桃香様。」
そう言いながら桃香に手紙を手渡す。受け取った桃香は「あっ、程立ちゃんが来るのかあ。楽しみだなあ。」などと呑気な感想を述べていた。言うまでもないが、今は戦時中である。
朱里はしばらくしてコホンと咳払いをし、それから桃香に確認する様に作戦を説明した。桃香はそれを一通り聞いてから頷き、笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「朱里ちゃんの事、信頼してるから、任せるよ。」
桃香のその言葉に朱里は若干照れながら恭しく礼をした。
こう言われたのは、実は一度や二度では無い。朱里は以前、出会って然程時間が経っていない自分を、何故そこまで信頼してくれるのかと、疑問に思った事がある。
最初は自分に丸投げしているのではないか、と考えた。ある意味それは当たっていたのだが、丸投げという訳ではない。
桃香はこれでも廬植の門下生であり、それなりに優秀である。そうでなければ州牧など務められないだろう。そうした実力がある為、朱里の献策にも時間がかかる時はあるものの、ちゃんと理解し、疑問に思った所はその度に訊ねて、納得するまでそれを繰り返す。場合によっては面倒ではあるが、朱里にとってはこうして主君から訊ねられる方が、却って安心出来るという性格でもあった。
勿論、向き不向きはある。桃香に出来る事、理解出来る事は限られており、それは朱里にも言える。だから、桃香がどうしても出来ない所は朱里に任せ、朱里が判断出来ない部分は桃香に任せている。
そうしていく内に朱里は、桃香という人となりを理解していった。彼女が分け隔てなく誰にでも接するという事。
戦うのは嫌いだけど、守る為には戦う意思がある事。
敵であっても、出来れば助けてあげたい優しい心の持ち主である事。
など。
(今の時代にはとても似つかわしくない方です、桃香様は。)
朱里の桃香評はその一言に尽きる。
漢王朝の権威が落ちてきた今、表面上は漢王朝に服従しつつも、裏では何を考えているか分からない人間がこの国には多い。そんな世の中で、身分の違いを気にせず、争い事を好まないのは、一勢力の頭領としては幾分物足りない。
だが、劉玄徳としてはこれで良いと朱里は思っている。
こんな世の中だからこそ、こういった人物が居て良い。居るべきだと彼女は考えた。力ある者が天下を獲るのは通りだが、強いだけでは天下は獲れない。歴史に名を残した項羽は一騎当千の実力者だったが、天下を獲ったのはその好敵手であり、明らかに項羽より弱かった劉邦である。
勿論、圧倒的な強さで天下を獲った劉秀の様な例もあるが、その劉秀も強いだけの人間ではなかった。天下を統べる者は、ある程度の優しさもなければならないと、彼女は思うのだ。
(だからこそ、私は隆中を出る決意をしたのです。)
遠く荊州は隆中に居る妹や親友の顔を思い浮かべながら、朱里は言葉を紡ぐ。
「かしこまりました、桃香様。それでは、予定通りに事を進めます。」
桃香はそれに対しても、やはり常の笑顔で応えるのだった。
青州黄巾党への総攻撃は、翌日の早朝から始まった。
まだ陽も明けきらない早朝、現代で言えば午前五時前。徐州・青州連合軍は臨淄に総攻撃を仕掛けた。
夜襲ならばもっと夜更けに行うのがセオリーだが、今回の目的は夜襲ではなく、敵の混乱を誘う為で、その後の事が目的である。その目的の為には夜明け前でなければならなかった。
「弓兵隊、少しでも早く門の上の敵を片付けてください!」
朱里が羽毛扇を前方に向けながらそう号令すると、徐州兵、青州兵共に一斉に矢を放った。
まだ暗さが残る空から降る矢の雨が、次々と青州黄巾党に突き刺さる。
その度に新しい青州黄巾党が現れるが、すぐに矢の雨を浴びせて倒していく。
やがて、門の上に誰も現れなくなった。恐れをなして逃げたか、何らかの策か。
「破城鎚、用意!」
朱里が後方に指示を出すと、前方の弓兵隊が左右に割れ、その空いた場所に後方から破城鎚、要は大きな丸太を抱えた兵士達が進む。破城鎚は、城門を壊す為の道具である。
既に何度か触れた事だが、この時代の街は何処も城塞都市である。高い塀と深い堀、そして大きく頑丈な門が外敵から街を守っている。
その為、街で戦う場合はこの様に敵の守備隊を削り、次いで破城鎚で城門を破り、街へと進むのが基本である。
ブルドーザーやクレーン車などが無いこの時代、破城鎚を動かすのは当然人力だ。敵の守備隊は弓矢などで破城鎚部隊を狙うので、場合によっては、門を破るまでに何十人、何百人もの犠牲が出るのも珍しくはない。
その犠牲を少なくするには、こちらも弓矢などで敵の守備隊を一人でも多く倒すしかないのだ。
破城鎚部隊は「孔」と「徐州」の旗と共に前進して行く。それに連れて、弓兵隊も前進していく。弓兵隊は敵の射程内には入らず、だが敵の守備隊が破城鎚部隊を狙って来たら直ぐ様攻撃出来る様に、態勢だけは整えておく。
だが、城壁が目の前に来ても反撃は来ない。破城鎚部隊は後方に居る朱里を見て指示を仰いだが、朱里は静かに羽毛扇を前方に向けた。
破城鎚部隊は気合を入れて猛然と突進する。
どおおん、という轟音と共に門が揺れる。もちろん、街を守る門がたった一回で壊れる訳はなく、二度、三度と繰り返す。
やがて、少しずつだが門がきしむ音がし始める。こうなるとあと一息だ。
それを更に数度繰り返し、遂に門が崩れた。破城鎚部隊を始めとした徐州・青州連合軍全体から歓声が上がる。
だが、朱里や桃香は表情を引き締めたまま前を向いていた。
破城鎚部隊を下げ、青州兵で固められた突入部隊が街の中へと消えていく。その先頭を行く部隊が掲げる旗は「太史」。徐州に救援を求めに来た太史慈が、雪辱を期すべく率先して先に進んでいく。長剣「階」と強弓「遠閃」を使い分けながら賊を屠るその姿は、青州軍はもとより徐州軍の中でも特に目立つ存在となっている。
その勢いに押される形で、青州兵の進軍速度は更に上がる。一方の徐州軍は、比較的冷静に動いている。
「朱里ちゃん、太史慈さん達どんどん行っちゃうけど良いの?」
「良くはありませんが、止めても無駄でしょう。」
朱里は溜息を吐きながら羽毛扇を揺らす。
いくら城門を破ったとはいえ、まだ街の中には沢山の青州黄巾党が居るのである。街のどこに敵が待ち構えているか分からない以上、慎重に進むべきである。
とはいえ、もうすぐ故郷を解放出来ると逸っている青州兵に、慎重にいけといっても利かないだろう。むしろ、反発される危険性があるので、朱里は敢えて何も言わなかった。
なお、この件について孔融は自軍を制御出来なかった事を詫びているので、徐州と青州の間に亀裂が入る事は無かった。
桃香もまた苦笑しながら、目の前の臨淄、そして周りを見る。
臨淄は徐州の彭城や下丕と比べると少し小さく見える。また、青州の殆どがそうであるように、ここもまた平坦な地形である。左右の少し離れた所に小さな森が在り、小さいが川も在る。
ここはかつて太公望が治め、営丘と呼ばれていた。時代が下り、名前が臨淄となり、「斉」という国になった。
昔は土壌が痩せていて農耕には適さなかったので、製鉄や銅の精錬などの工業を中心とした都市として発展した。歴史に名を残す名宰相・管仲が都市整備をすると、当時屈指の工業都市になったという。
楚漢戦争時には大元帥・韓信が劉邦から正式に王として任じられ、前漢時代には劉邦が息子を斉王に封じていた。中国東部最大の都市の一つとしての歴史を刻んできたのがこの青州であり、臨淄なのである。
だがそれも、今では見る影も無い。
文化や工業の中心が移り変わった事や、黄巾党などの賊が跋扈して荒廃した街は、最早独自に立て直す事が出来ないレベルになっている。だからこそ孔融や太子慈は徐州に助けを求めたのだ。
この戦いに勝利したとしても、青州の前途は予想以上に多難である。
太史慈のこの勢いは、そうした未来に気づいているからかも知れない。
「取り敢えず、太史慈さんはあのままで大丈夫でしょう。彼女の実力なら、賊ごときに遅れはとりません。」
そう言った朱里の表情は、確かに心配している風ではない。徐州に来た時はボロボロだった太史慈も、怪我が癒え、青州に来てからはその実力を如何なく発揮しており、彼女の戦績は徐州軍の愛紗よりは劣るものの、上位に食い込んでいるのだからそれもまた当然である。
「私達は、“予定通り”に動くだけです。」
「そ、そうだね。」
朱里の言葉に頷いた桃香は、近侍の兵に指示を出し、部隊を前へと動かす。
朱里こと諸葛亮の旗、「諸葛」と、桃香こと劉備の牙門旗、「劉」。そして軍旗である「徐州」を中心にして、部隊は臨淄へと近づいていく。
悠々と進む徐州軍。その隊列は戦闘が起きていない事もあって乱れておらず、そのまま臨淄の街へと入城出来ると誰もが思った。
その時だった。
城門から数千人の黄巾党が突撃をしてきた。
これには流石の徐州の将兵達も驚き戸惑った。つい先程青州軍が突入し、何も起きなかったのに、何故ここで黄巾党が現れたのか。
「恐らく、街のどこかに潜んでいたのでしょう。この街は青州でも大きな街ですから。」
青州の首都と言えるのだから、大きいのは当然だが、だからといってこんなに隠れられるのだろうか、と桃香は思ったが、現実に目の前に黄巾党は現れている。その事実を受け止めない訳にはいかなかった。
桃香と朱里は直ぐ様対応した。守りに適した陣形、「方円陣」を構築する様に命じたのである。
方円陣は、字の通り円形に兵士を配置する陣形である。当然ながら大将はその中心におり、どの方位から敵が来ても対処出来るのが特徴だ。その為、移動には適していない。
また、全方位に配置するという事は人数が拡散する事を意味しており、局所的な攻撃に長時間対応するには向いていない。出来れば直ぐに別の陣形に変えて戦うのが望ましい。
今回は、前方から来る黄巾党に対応する為に前方の守りを厚くしている。場合によっては側面を厚くしたりするが、今回はこれで充分だと朱里は判断し、その通りになった。
奇襲に近い攻撃ではあったが、兵数はこちらが上という事もあり、被害は最小限に抑えられている。本来はここで陣形を変えて撃破するのが常道である。
だが、朱里が命じたのは陣形変更ではなく、何故か「後退」だった。
ドンドンドン、と太鼓の音が戦場に響く。
それに合わせて徐州軍は後退する。
当然ながら、黄巾党は追撃してくる。
盾が有るので矢や槍の被害は抑えられるが、それでもこういった場合は攻勢に出ている方が強い。徐州軍は少しずつ、ジリジリと押されている。
……ように、見える。少なくとも黄巾党は押していると考えた様だ。城門から新手の部隊が現れた。先程と同じくらいの数。先行した青州軍がどうなったのか心配になるが、徐州軍は目の前の事にだけ対応した。
敵の新手が近づいてくる。その新手は左右に分かれ、徐州軍の両翼を切り裂こうとしている。いくら徐州軍の方が兵数が多いとはいえ、このままでは大きな出血を伴うだろう。
勿論、諸葛亮こと朱里がそれを想定していない筈はなかった。
「今です!」
黄巾党が左右に動いて、その隊列を大きく広げた時、朱里は羽毛扇を振った。同時に、先程とは違ったリズムの太鼓、そして新たに銅鑼の音が響き渡った。
ジャーンジャーンジャーン。
その音と共に左右の小さな森から複数の部隊が現れた。
右の森からは「関」「糜」の旗が、左の森からはもう一つの「糜」と「田」の旗が黄巾党に向かって猛然と近づいてくる。
徐州軍を代表する将、関羽と、実戦経験は少なくともそつなく熟す麋竺。その妹の糜芳と、劉備の幼馴染みである田豫。この四人の将がそれぞれの部隊を率いて黄巾党に斬りかかった。
突然の事に驚き戸惑う黄巾党に、出来る事は少なかった。混乱する部隊は戦うか逃げるかの意思統一が出来ておらず、ただ徐州軍の刃の露と消えていった。
何とか態勢を整えた部隊も居たが、そういった部隊には関羽隊や田豫隊といった練度が高い部隊が瞬く間に蹴散らしていった。
そうして左右から黄巾党を削っていく間に、劉備隊と諸葛亮隊は陣形を鋒矢陣へと変え、浮足立っている黄巾党を分断していく。先程までは徐州軍を包囲しかけていた黄巾党は、その陣形を維持できなくなっていた。
やがて、関羽隊が劉備隊、諸葛亮隊と合流し、その勢いのまま城内へと突入する。残る麋竺隊、糜芳隊、田豫隊はこの場に残った(というより残された)黄巾党を殲滅するべく部隊を動かしている。関羽隊らの横撃により壊乱している黄巾党には、この三部隊で充分と判断したのだろう。
桃香の隣に馬をつけて併走する関羽こと愛紗に、桃香が声をかける。
「愛紗ちゃん、怪我は無い?」
「私は大丈夫です。桃香様も御無事で何よりです。」
「朱里ちゃんの策が上手くいったからね。ありがとう、朱里ちゃん。」
「勿体無いお言葉です。私は、軍師としてやるべき事をしただけです。」
愛紗とは反対側で併走する朱里は、真っ直ぐに前を見据えながら答える。
「ですが、この策が上手くいったのも、相手が黄巾党という賊だからです。名のある武将相手でしたら、こうはいかなかったでしょう。」
朱里のその言葉に、桃香は曹操や孫策を思い浮かべた。確かに、通用しないだろうと思った。
桃香がそう思っている間に、朱里は馬を進めながら言葉を紡いでいく。
「敵が臨淄城内に多数居る事は、細作などによる事前情報から分かっていました。ですが、こちらの総兵数は三十万以上。正面から戦っても負けはしないでしょう。ですが、そうなると一つ問題が出てきます。」
「賊が臨淄から打って出て来ない、という事だな。」
愛紗の言葉に朱里が頷いて答える。
「賊というのは、勝てる相手とだけ戦います。勿論、将もそうですが、賊の場合はそれが顕著です。私達が大軍だと知れば、相手は野戦には出ず、籠城戦を選んだでしょう。幸い、兵站も武器も余裕がありますので、相手が籠城しても負ける事はありません。」
「けどそれは、臨淄に居る人達の事を考えれば出来ない。」
桃香が常とは違う、大将としての表情で言葉を紡ぐ。
「はい。私達は黄巾党を倒すだけでなく、臨淄の人達を助け出すという使命があります。その為には時間をかけての決戦は出来ません。」
「夜戦ではなく夜明け前に仕掛けたのも、戦いを有利に進める為と、城内に入ってから速やかに住人を助ける為だからな。」
愛紗はそう言いながら部隊に住人の保護を命じていく。
夜戦の場合、もし城内に入っても暗くて住人を探すのが困難になる。現代とは違って街灯などは無いので、夜は月明かりくらいしか頼れない。松明を持っての捜索は万が一建物などに火が着いたりしたら大惨事になりかねないので、出来なかった。
また、布陣や近くの森の中に部隊を隠すには夜が最適だった。敵に気取られない様に接近し部隊を展開させるには時間がかかるので、その分も計算して動かなければならなかった。
黄巾党が野戦に出易い様に、本隊である劉備隊と諸葛亮隊だけで布陣したり、その数も不自然にならない程度に少なくしたり、城内から増援を出させる為にわざと後退したり、今回の戦いの為の策はいくつもうっている。その結果が今である。
勿論、城内に進入したからといって勝った訳では無い。
街の住人を助け出し、青州黄巾党の首領、管亥を倒さなければ、この戦いは終わらない。黄巾党の乱を終わらせる為にここまで来たのだから、絶対に勝たなくてはならないと、桃香たちは思った。
進軍する途中、住人と思われる人達から手を振られた事も桃香たちの戦意を上げる一因となった。何人が無事かは分からないが、少なくとも生きている人が居るという事実は桃香を大いに安堵させた。
やがて、前方で戦闘が行われているのが見えた。街の中心部らしく、結構な広さの場所で、青州軍と黄巾党が戦っていた。
その中で太史慈はというと、黄巾党の武将と一騎討ちをしていた。太史慈ほどの武将が何合も打ち合っているという事は、あの敵はかなりの実力者という事である。
「青州軍の皆さんを援護してください! 愛紗ちゃん、お願い!」
「承知!」
桃香の指示と同時に徐州軍が、特に関羽隊が戦場に雪崩れ込んだ。
青州軍よりやや多かった黄巾党だが、関羽隊が現れた事でその数的優位は崩れ、瞬く間に潰乱していった。それでも、太史慈の一騎討ちは続いていた。
「子義殿、大丈夫か!」
「雲長さん、大丈夫です! ここは私に任せて、皆さんは黄巾の首領を!」
「分かった‼」
愛紗はそう言うと部隊を率いて街の更に奥へと進んだ。
もし、太史慈が苦戦する様なら一騎討ちを変わろうかと思った愛紗だったが、今見た限りではその必要は無いと判断した。それだけ、太史慈の実力は高い。
関羽隊の大多数が奥へと進んでいく中、後方からやってきた麋竺隊、糜芳隊、田豫隊が残党を倒していく。劉備隊と諸葛亮隊は、桃香が各隊に指示を出すと関羽隊の後を追って行った。
一連の事を、太史慈は一騎討ちしながら見届けた。それが、黄巾党の将には気に食わなかった様だ。
「てめえ、俺様相手に余所見とは良い度胸じゃねえか!」
「貴様如きには、それで充分ですから。」
太史慈は、わざとか分からないがそう答えた。勿論、黄巾党の将がこれで怒らない訳がなかった。
「てめえ! この波才様を本気で怒らせたなああああ‼」
波才と名乗った黄巾党の将は、激昂しながら得物である大剣を振り回した。太史慈はそれを避けると、波才に向けて長剣を振り下ろす。
大振りだった波才はその攻撃を避けきれず、右肩を切り裂かれた。
激痛に耐えきれない叫びをあげた波才は、よろけながら得物を落とした。それを見逃す太史慈ではない。
そのまま一気に波才を両断し、剣についた血を振り払うとその剣を掲げ、辺り一帯に聞こえる様な大声をあげる。
「黄巾の将、波才は青州軍の太史慈が討ち取った‼」
その瞬間、青州軍や徐州軍の兵士達は皆雄叫びをあげ、一方の黄巾党は皆落胆し、降伏する者が多く出た。降伏をした者は皆等しく捕縛され、あくまで抵抗する者は皆等しく討ち取られた。
これで青州黄巾党の勢いはより落ちると思われる。太史慈が大声で叫んだのも、そうした効果を狙ったからだ。
そしてその効果は、太史慈たちの先を行く劉備隊や、黄巾党に早くも出ていた。
「心なしか、敵の数が少なくなった様です。」
「先程聞こえた、敵将撃破が黄巾党にも聞こえたのでしょう。恐れをなして、逃亡し始めているのかも知れません。」
「だったら、このまま管亥さんも降伏してくれたら楽なんだけどね。」
併走する愛紗、朱里、桃香は周りを見ながらそんな会話をしている。
確かに、視界の端には、徐州軍に背を向けてどこかへ走っている黄巾党の姿が見えている。桃香は敢えて追撃の指示出していない。理由は、時間をかけない為と、敵味方共に無駄に血を流したくないからだ。邪魔をするなら蹴散らすが、そうでないなら戦う必要は無いというのが桃香の考えだ。
一見甘い考えだが、実は兵法に照らし合わせれば実に理に適っていた。沢山戦うよりも、少ない戦闘で勝つ方が被害が少なく済み、時間もかからない。
実例を挙げれば、反秦戦争で項羽は敵の降伏を認めず、全ての城を落としていったが、劉邦は敵が降伏するならそれを認め、戦闘は最小限に抑えていった。その結果、秦の首都である咸陽に先に入ったのは劉邦であり、ここで善政を敷いた事が後の楚漢戦争の勝利に繋がったりしている。
劉勝の子孫である桃香は劉邦の子孫でもあるので、彼女のこうした行動は、もしかしたら劉邦の血が濃く残っているからかも知れない。
尤も、現実はそんなに楽ではないのも確かである。
「……! 前方より、“管”の旗を掲げた一団が接近しています!」
「頭領自ら出陣ですか……まあ、うちも余り余所の事は言えませんが。」
「……やっぱり、やるしかないよね…………弓兵隊、構え! 目標、敵首領管亥‼ ……撃てーーー‼」
桃香は暫し考えた後、攻撃を命じた。空を覆うかの様に、大雨の様に矢が黄巾党に降り注ぐ。盾などで攻撃を防いだ者も多いが、矢の数が違う分、与えた被害は大きかった。
それなのに、数は余り減っていない様に見える。実は、桃香たちの位置からはよく見えないが、管亥の後方には沢山の黄巾党の兵が接近しており、色々な道を通って徐州軍に迫ってきていた。
朱里はそうした事態を想定して部隊を動かしているが、大部隊を展開出来ない街の中でどれだけ有利に戦えるかは、実際の所未知数であった。
街の中心を通る大通りを進んでいるとはいえ、この大通りに繋がる道は無数にある。そこから伏兵が来たら、という想定は勿論しているが、それもどれだけ防げるかは分からない。この臨淄の街は今、青州黄巾党の本拠地なのだから。
青州黄巾党の反撃の矢を防ぎ、また犠牲を出しながら前に進む徐州軍。桃香は、愛紗は、朱里は矢の第二撃を命じる。
互いに命の灯を消し合いながら、出血を伴いながら、戦いは続いた。
その様に両軍、死力を尽くして戦う中、青州黄巾党の首領、管亥は戦闘を遠目に見ながら笑っていた。
「ククク……あれほどの威勢を誇った黄巾党も、どうやらここで終わりか。……だが、俺達はただでは死なん。」
管亥は大柄な男である。それでいてしっかりとした筋肉がついており、一見しただけで強靭な体の持ち主だと分かる。
獲物を狙う様な獰猛な目つきは、以前の管亥を知る人が見たら信じられないだろう。地和や太史慈が見たら驚く筈だ。
「一人でも多く官軍を道ずれにして、黄巾党の最期を華々しく飾ってやる。」
かつて、太史慈の故郷を救った時の、正義感に満ち満ちていた管亥は、もう居ない。
ここに居るのは、ただただ人を殺す事を生き甲斐としている、餓えた獣でしかない。
そんな獣に先導されている青州黄巾党も、また獣と同じであり、しつけが出来ない獣は処理するしかない。そうしなければ、人間に危害が及ぶからである。
「張三姉妹の為にも、な。」
かつての上官である張三姉妹の名前を出す管亥。それだけ聞けば、彼女達へ敬意を表している様に聞こえるが、管亥の表情はそんな風に見えない。
ただ、戦闘を見て嗤っているだけだった。
という訳で、第十六章「青州解放戦・前編」をお届けしました。
当初はこれで青州編を終わらせる予定でしたが、麗羽のくだりが予想以上に長くややこしくなった事と、その為にこの後の展開も必然的に長くなってしまうので、前後編形式にしました。
色んな三国志ものでも、青州はそんなに注目されない事が多いので、参考にする資料が少なく、また、却って自由に出来る分長くなってしまったと言えるかも知れません。
あと、何より更新が延びに延びてしまった事をお詫びします。次は多分早く更新出来るでしょう。……多分。
後編では、前編と同じく青州と麗羽の動向を書いていきます。どんな風に展開するかはもう出来ているのですが、これを文章にしようとすると……時間がかかります。
司馬遼太郎作品の影響で地の分が長くなったんだろうなあ。もう少し台詞を多くしてみます。
それでは、後編も引き続きお楽しみください。
2016年3月9日更新。