第十三章 青州からの使者
青州は混乱していた。
本来居る筈の州牧は居らず、全国的には滅んだ筈の黄巾党はこの地では未だに健在していたからである。
だが、人々は希望を捨てていなかった。それには理由が二つあった。
一つは、州牧代わりに活躍している孔子の子孫である孔融の存在。
そしてあと一つは……。
2011年2月10日更新開始。
2011年7月13日最終更新。
「今ですっ! 関羽隊は右翼から、糜竺隊と糜芳隊は左翼から攻めあがって下さいっ‼」
「「「応っ‼」」」
軍師の指示を受けた関羽――愛紗、糜竺――山茶花、糜芳――椿はそれぞれの部隊を率いて、目の前で自分達に背を向けている「敵」に向かって突撃を開始する。
その敵は、後方に在る丘の向こうから現れた「新手」に対して動揺するばかりであり、今迄追いかけていた「獲物」を追う事すら出来なかった。
その獲物――田豫隊は、敵が混乱したのを確認すると偽りの逃走を止め、反転して敵に向かっていく。
田豫――時雨の部隊が自分達に向かって来ているのに気付いた敵は、後方から来る三部隊に応戦しながら、更に一部隊とも戦わなくてはならなくなった。
つい先程迄は倍の戦力をもって相手を圧していた敵は、今では逆に三倍から四倍の戦力を相手にしている。
正規兵ならまだしも、農民上がりで何の訓練も受けていない彼等に、この状況を覆せる力は無かった。
結局、それから半刻もしない内に敵は壊滅した。
後方で戦況を見守っていた少女がそれを確認すると、隣に居る軍師に話し掛ける。
「これで、この辺りの黄巾党は倒せたかな?」
その問いに、軍師の少女は微笑みながら答えた。
「はい、これで青州の半分は解放出来たと言って良いでしょう。先ずはおめでとうございます、桃香様。」
「有難う。けどこれは、実際に黄巾党と戦った愛紗ちゃん達や、策を考えてくれた朱里ちゃんのお陰だよ。有難うね。」
「勿体無い御言葉です。」
軍師の少女――朱里は、隣に立つ少女――桃香の謝辞に顔を赤らめながら頷くと、羽毛扇で火照る顔を覆った。
実際、今回朱里が執った策はそれ程大した事ではない。
先ず、囮となる部隊が黄巾党と戦い、わざと負ける。
その部隊はそのまま敵を引き付けながら敗走し、兵を潜ませている丘を横目に突き進む。
そうして敵が丘を通り過ぎてから伏兵を動かして、敵の背後を衝く。
後方からの攻撃に敵全体が混乱した所で、囮部隊を反転させて反撃に移る。
前後からの挟撃に黄巾党が対応出来る訳は無く、簡単に壊滅する。
正規兵相手なら、多少は抵抗されたり、そもそも策にかからないかも知れない、基本的な策。
勿論、それを実行出来る将兵が居なければ策に意味は無く、愛紗達はそれを見事にやってくれている。
それにより、最小限の被害で最大限の成果を出せたのである。
「それで、これからどうするんだっけ?」
「北海国の平寿に向かいましょう。現在、暫定的に青州を治めている孔融さんと合流するんです。既に私達を受け入れるという返事は貰っていますし、一度兵を休ませる必要もありますから。」
桃香は朱里の提案を採用し、兵を纏めて小休止をとってから平寿へと向かった。
今居る場所から平寿迄は、兵を率いて移動しても半日もかからない。
今から移動すれば、夕刻には到着するだろう。
「……涼義兄さんは、上手くやってるかな。」
平寿への移動中、桃香は何気なくそう呟いた。
「大丈夫ですよ、桃香様。護衛には鈴々が居ますし、雫や霧雨が補佐についていますから弁舌で負ける事も無いでしょう。」
「そ、そうだね。」
桃香を護る為に隣を進む愛紗の言葉に、多少どもりながら返事をする桃香。
(まあ、身の安全や交渉についてはそんなに心配してないんだよね……。じゃあ、私は何について不安なんだろう……。)
漠然とした不安を胸に抱いたまま、桃香は平寿に着いた。
未だ続く戦いに備えて休息をとる為に。
その前に、徐州牧である桃香が青州に居る事の説明が必要だろう。
話は、三ヶ月前に遡る。
「着いたーっ。」
「のだーっ。」
隆中を出てから約一週間後、本拠地である下丕に着くと、桃香と鈴々は安堵の声を上げた。
「二人共、何を呑気に言っているのです。早く義兄上達に報告に行きますよ。」
「……やっぱり、行かないとダメ?」
「当たり前です。」
先程と違って、何故か気乗りしない桃香を軽く睨む愛紗。
桃香はその眼力にビクッと肩を震わせると、苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「わ、解ってるよう。ちゃんと報告して……怒られてきます。」
「そうして下さい。私達も一緒に叱られますから。」
「鈴々もなのかー?」
「当然だ。」
愛紗に断言されて、鈴々も桃香と同じくうなだれる。
州牧と将軍が揃って落ち込んでいる姿というのも、中々シュールな光景だ。
因みに、朱里と鳳統はそんな三人を見ながら戸惑っていた。
「あわわ……大丈夫なのかな。」
「はわわ……た、多分……。」
この時、二人は徐州に来たのをちょっとだけ後悔していたのかも知れない。まあ、そんな自覚はない様だが。
その後、桃香達は愛紗に促されながら城の中へと入っていった。
これからの事を考えると逃げたくなったが、勿論逃げられる訳は無いのだった。
「「「…………えっ?」」」
「はわわっ!?」
「あわわっ!?」
執務室にやってきた桃香達は、そこに広がっている光景を見て絶句した。
「ぐー……。」
「すやすや……。」
普段は桃香が座っている執務用の机の側に在る長椅子に、二人の人物が穏やかな寝息をたてて眠っている。
一人は元黄巾党ナンバー2で、今は桃香の従姉妹という設定の張宝。またの名を劉燕。真名は地和、若しくは地香。今は劉燕の姿なので地香と言うべきか。
そしてもう一人は桃香の義兄にして、天の御遣いである清宮涼。
まあ、ただ眠っているだけなら、それ程驚く事ではない。何故なら、この長椅子は疲れた時の仮眠用として使う事も多々あるからだ。
だが、二人はただ眠っているだけではない。
涼は仰向けに寝ており、その上に地香が俯せに寝ている。
しかも涼の左手は地香の腰に回っており、心做しか二人の服装や髪が乱れている様に見える。
勿論、二人共ちゃんと服は着ているのだが、状況が状況だけに、少しの乱れも目につき、何かあったのではないかとの疑念が出て来る。
そこに、
「ふむ、昨夜は地香と一緒だった様ですな。」
という声が桃香達の後ろから聞こえてきた。
「せ、星さんっ!?」
「これはこれは桃香様。どうやら、仕事を放り出して迄行った人材獲得は上手くいった様ですな。」
「うぅ……星さんが意地悪する〜。」
桃香達の後ろに居たのは趙雲、真名を星という少女だった。
その星の皮肉にうなだれる桃香だが、愛紗はそんな彼女の肩に手を当てながら非情な言葉を紡ぐ。
「仕方ありません。仕事を丸投げしたのは事実なのですから。」
「愛紗ちゃ〜んっ。」
厳しい義妹の言葉に、桃香はやはりうなだれるしか出来なかった。
「ん……何の騒ぎ〜?」
と、そこに、涼に抱きかかえられる様にして寝ていた地香が、そう言いながらゆっくりと起き上がった。
「あっ、桃香お帰りー。」
「た、ただいま地香ちゃん……。」
寝ぼけ眼の地香は、目を擦りながら桃香達を確認すると「地香」の姿になっているのを忘れているらしく、口調は「地和」のままだった。
それに気付いた桃香は地和に近付き、朱里と鳳統に聞こえない程度の小声で指摘する。
途端に地香の表情が引き締まり、雰囲気が「地和」から「地香」へと変わっていく。
「そ、それで、勧誘は上手くいったの?」
「う、うん。ほら、この二人がそうだよ。」
未だ若干「地香」を演じきれていない様だが、それをフォローするかの様に桃香が話を合わせる。
その後、桃香から地香について説明された二人は、執務室に入った時と変わらず慌てたまま自己紹介をしていく。
「はわわっ。は、初めましてっ、私は諸葛孔明と言いましゅっ。」
「あわわっ……。は、初めましてっ、私は鳳士元と言いましゅ……っ。」
「……何この可愛い生き物達。」
噛み噛みに自己紹介する、見た目は幼い少女達。
地香はそんな二人に見とれながら、「そのままの姿勢」で改めて自己紹介を返した。
余りにも自然にしているので朱里達もそのまま話し続けたが、やはり不自然さは否めない。仕方無いので、桃香が地香に訊ねる事にした。
「あ、あのね地香ちゃん。」
「なあに?」
「……なんで、そこで寝ていたのかな?」
「そこ?」
桃香が何を言っているのか疑問に思った地香だったが、その視線が自分の足下にあると気付くと、そのまま目線を下げていく。
するとそこには、有る筈の寝台の敷布は無く、何故か涼が寝ていた。
「…………えっ、ええぇぇっ!?」
予想外の事態に驚いた地香は、悲鳴と共に涼から飛び降りていった。
「いて……っ。何だよ一体……。」
地香が飛び降りる際に腹部を踏んだらしく、その痛みで目が覚めた涼はお腹を手で押さえながら、ゆっくりと起き上がった。
「ん……? ああ、お帰り桃香。」
「た、ただいま。」
先程の地香と同様に、未だ寝ぼけ眼のまま桃香を確認する涼。
次いで、愛紗、鈴々、地香と確認していき、二人の少女の所で目が止まる。
「桃香、もしかしてこの子達が?」
「うん、諸葛孔明ちゃんと鳳士元ちゃんだよ。」
桃香に名前を言われた朱里と鳳統は、やはり噛み噛みのまま自己紹介をしていく。
涼もまた地香と同じ感想を抱いたが、違う感想も抱いていた。
(雪里から聞いていたとはいえ、本当に小さい女の子なんだな。けど、三国志でも有数の名軍師であり、“臥龍”と“鳳雛”の異名を持つあの諸葛亮と鳳統なんだから、きっと凄いんだろうな……。)
涼はそう思いながら居住まいを正す。寝起きなのでイマイチ締まらないのだが。
「お二人共初めまして。こんな格好で悪いけど自己紹介させてもらうよ。俺がこの徐州の州牧補佐を務めている、清宮涼です。暫くは慣れないかも知れないけど、解らない時は遠慮なく俺達に聞いてね。」
そう言って、涼は朱里と鳳統の前に右手を差し出す。
二人は暫くの間その手をジッと見つめていたが、やがてゆっくりと手を伸ばし、それぞれ握手を交わした。
「よ、宜しくお願いしましゅっ。」
「お願いしましゅっ。……あわわ、また噛んじゃった……。」
握手しながら言った朱里と鳳統の言葉は、やはり噛み噛みだった。
最早噛むのは彼女達のデフォルトだなと思いつつ、涼は二人と会話をしていく。
その中で、雪里の事が出て来ると二人共嬉しそうな表情になった。同じ私塾に通っていた仲間であり親友なのだから、その反応は当然だろう。
「積もる話も有るだろうけど、取り敢えず、二人共荷物を置いてくると良いよ。鈴々、帰ってきたばかりで悪いけど、二人をこの部屋に案内してやって。」
「解ったのだっ。」
涼から部屋の場所が記された竹簡を受け取った鈴々は、朱里と鳳統を連れて執務室を出て行った。
執務室に残ったのは、涼、桃香、愛紗、星、地香の五人。
涼は桃香と愛紗に対して、旅から無事に帰ってきた事を喜び、諸葛亮と鳳統を連れてきた事を誉め、黙って旅に出た事を叱った。
とは言え、その声には義妹達を見守る義兄らしい温かさがあった。
それを感じ取った桃香と愛紗は、義兄の優しさに感謝しつつ謝った。後で鈴々も謝らせようと思いながら。
そうして涼の話が一通り終わると、桃香と愛紗は一度顔を見合わせてから涼と地香に向き直り、先程から思っていた疑問を投げかけた。
「……義兄上。」
「ん?」
「義兄上は何故、地香と一緒に寝ていたのですか?」
「えっ?」
「……っ。」
愛紗が訊ねた瞬間、地香の顔が焦りの表情に変わる。
だが、涼は間の抜けた声を出して愛紗と桃香、そして地香を見るだけだった。
「えっと……何の事?」
「っ! ……惚けるつもりですか?」
「いや、惚けるも何も俺は徹夜で政務をやっていただけだし。それが終わったのが明け方で、部屋に戻るのもキツかったからここで寝たんだ。」
「……一人で、ですか?」
「一人で、だよ。」
そう答えた涼を暫く見つめていた愛紗と桃香だったが、その視線はやがて涼の後ろに立つ地香へと向けられた。
それに気付いた涼も同じ様に地香に目を向ける。何故か地香は目を合わせようとしていなかった。
「……地和?」
涼が彼女の本当の真名を呼ぶ。
地香の正体を知っている者だけの時も余り言わなくなった、その真名を。
久し振りに聞く自分の本当の真名にピクリとする地香。だがそれでも彼女は目を逸らし続ける。
「地和、愛紗が言ってる事は本当なのか?」
「そ、それは……。」
「正直に言わないなら、今日の政務を全部やってもらうよ。」
「そ、それは……っ。」
涼がそう言って圧力をかけると、地香は更に焦っていく。
それから暫くの間、地香は涼達の視線に曝されながらも沈黙し続けたが、やがて観念したかの様に溜息を吐くと、ゆっくりと涼達に向き直った。
「……愛紗が言った通りよ。ちぃは涼に抱きついて寝てたわ。」
「何でそんな事を……。」
「言わなきゃ解らない?」
先程迄と違い、落ち着いた表情と声で涼を見詰めながら言った地香に戸惑っているのか、涼は勿論ながら桃香達も言葉を返せなかった。
地香はそんな涼達を見回してから息を吐き、言葉を続ける。
「……まあ、今は言わないでおくわ。何せ、ここにはお喋りな人が居るからね。」
地香はそう言って一人の少女に目を向けた。
「おや、心外ですな。私のどこがお喋りだと?」
振り袖の様な白い服を着こなしているその少女は、不敵な笑みを浮かべながらそう答える。
だが、この時実は涼達も地香と同感だった。
白い服の少女――星は基本的には真面目なのだが、時々不真面目になる。いや、ひょっとしたら不真面目な時が多いかも知れない。
その不真面目な面が出るのが調練の時ではなく、味方の私事の時ばかりというのは幸いではあるが。
ただ、私事とは言え、ちょっかい出される方からしてみれば、迷惑な事に変わりはなく、それ故に皆注意をしていたりする。
「まったく……どの口がそれを言うのか知らないけど、ちぃはこの前の事を忘れてないわよ。」
「この前……? はて、どれの事を仰っているのかな?」
「そんなの、“あの歌”の事に決まっているじゃない!」
地香は星に向かってそう叫ぶ。
だが、話の内容が解らない涼達はキョトンとしていた。
「「「……あの歌?」」」
「あ。」
奇しくも三人の声が揃った事で、地香の熱くなっていた思考が瞬時に冷えていく。
あたふたとしながら言い訳をする地香。そんな彼女を星がニヤニヤしながらと見つめている事に地香も気付いたが、それに抗議する事すら出来ない程、慌てふためいている。
結局、「あの歌」について知られたくないらしい地香は、それ以上追及出来なかった。
一体どんな歌なのか気になった涼だったが、地香に睨まれると直ぐに諦めた。触らぬ神に祟り無し、である。
その地香がこの場から早く離れたがっているのに気付いた涼は、諸葛亮や鳳統を皆に紹介しようと提案し、その場は解散となった。
(うぅ……ちょっとだけと思って抱きついていたら、そのまま眠っちゃうなんて……ちぃとした事がしくじったわ。)
執務室から一旦自室へと戻る道すがら、地香はそんな事を思っていた。
地香が心中で呟いている通り、始めはちょっとした出来心だった。
桃香が荊州に行って以来、州牧代理となった涼とその補佐を任された地香は、毎日政務に勤しんでいた。
この世界の人間ではない涼は勿論、黄巾党時代は優秀な妹が居た地香もまた、こうした頭脳労働は余り得意ではない。
一応、立場上ずっと桃香を補佐してきた涼は少なからず出来るが、それでも州牧の桃香や文官筆頭の雪里と比べたら大きく落ちる。
桃香はいつも大変そうにしながら政務をしていたが、盧植の許で学んでいただけあって、実は結構飲み込みが良かったりする。
州牧代理やその補佐という立場になって初めて、涼達は桃香の凄さを思い知ったのだった。
そう思いながら二人は政務をこなしていったが、慣れない仕事や自身の許容量を超える書簡の数に、若くて体力に自信のある二人も数日で疲労困憊になっていく。
その為、休み休みに仕事をしていったが、やむを得ず徹夜になる事も勿論あった。
昨夜も二人は徹夜する筈だったが、地香の疲れが目に見えていた為に涼はその仕事を一手に引き受けた。
勿論、地香は大丈夫だと反論したが、最後は州牧代理命令だと言われてしまい、仕方無く自室にて睡眠をとる事にした。翌朝、早くに起きて手伝おうと思いながら。
普段は早起きが苦手な地香だが、今朝はちゃんと起きる事が出来た。
起きると直ぐに身支度を整え、執務室へ向かう。
徹夜したであろう涼がそこに居るか、自室に戻ったかは判らなかったが、どっちでも良かった。どっちにしろ、政務に取り掛かる予定だったのだから。
執務室の扉をノックする。寝ている場合の事を考えて控えめに。
返事は無かった。居ないのかと思いながらゆっくりと扉を開くと、長椅子に寝ている涼の姿が目に入ってきた。
机の上の書簡を見ると、その殆どが処理されていた。今日の分はこれから届けられるだろうが、どうやら今は何もしなくて良い様だ。
折角張り切って来たのに意味無かったかな、と、思いながら、地香は何気なく涼を見た。
よっぽど疲れているのか、地香が来た事に気付いて起きる気配は無い。
だからだろうか、地香はちょっと大胆になってみた。
その行動に若干の後ろめたさを感じながら、地香は涼の顔にそっと手を当てる。
起きる気配はやはり無い。続けて、上半身だけ体を預ける。
涼の温もりと鼓動を感じると、自分の体温が上がり、鼓動が速くなっていくのを感じた。
年齢的及び精神的に大人と少女の狭間の地香でも、何故そうなっているかの理由は解っている。
それがどういった感情によるものか、この次はどうしたいかも解っている。
だが、だからこそ地香は躊躇う。
こんな事をして良いのか? “あの子”は今居ないのに。
恐らく、自分と同じ想いを抱いているであろう少女の顔を思い浮かべながら、地香は涼の顔を覗く。
結局、ちょっとだけ誘惑が勝った。
彼女が本来望んでいる事は勿論しないものの、涼が起きていたら多分してくれない事はやってみたい。
だから、上半身だけでなく体全体を涼に預けてみた。
ほんの少しだけ、と思いながらしたその行動が、先程の騒動の原因になったのだった。
(まさか、あのまま寝ちゃうなんて……。しかも、そんな時に限って桃香達が帰ってくるし……。)
感じた温もりや鼓動が心地良くて、つい二度寝をしてしまった。
それ自体はそれ程後悔していないが、その場面を桃香達に見られた事は後悔している様だ。
(後で何か言われるわよね……。まあ、遅かれ早かれこんな日が来るのは解っていたけどね……。)
地香は髪を梳きながらそう覚悟を決めると、衣服を整えてから自室を出た。
だが、結果的にはその覚悟は要らなかった。何故なら、
「彼女達が、新しく私達の仲間になった軍師の諸葛亮ちゃんと鳳統ちゃんだよ。」
「しょ、諸葛孔明でしゅっ。」
「ほ、鳳統でしゅっ。あう、また噛んじゃった……。」
というやりとり、所謂、自己紹介が玉座の間であった為に、桃香による詰問は無かった。
因みに、朱里と鳳統を見た諸将の感想は、往々にして先程の地香や涼と同じだったらしい。
勿論、二人の容姿からその実力を疑問視する者も居たが、隆中で朱里が桃香に対して行った献策――青州獲得とそれに伴う同盟の構築――を改めて涼に語り、鳳統が徐州軍の改善策を述べるのを見ると、皆一様にその認識を改めていった。
彼女達の自己紹介が終わった後に詰問されるかと思っていた地香は、結局その後も何も言われなかった事に拍子抜けしたが、いつ詰問されても良い様に身構えてはいた。
尤も、桃香はそんな事をしている暇が無かったのだが。
桃香が不在の間、涼や地香が代理を務めていたとは言え、桃香が州牧の仕事を放棄してきた事に変わりはない。
よって、桃香はその間の仕事の内容を頭に叩き込む必要があった。
「はい、じゃあ次はこの書簡に目を通してくれ。」
「あの……。」
「桃香様、その次はこちらをお願いします。」
「えっと……。」
「「……何か?」」
「何でもありません……。」
桃香は何も言い返せずに執務室でうなだれた。
結局、彼女はこの日から三日三晩、涼と雪里によって選別された必要最低限の量の書簡を読まされる事となった。
因みに地香は、桃香が帰ってきた事によって州牧代理補佐の任から解放されている為、本来の仕事に戻っていた。
その為、桃香が半ば軟禁状態で政務をしていたとは知らなかったのだ。
地香がそれを知ったのは、全ての書簡に目を通して解放された桃香が、フラフラになっている所に出くわして話を聞いた時になる。
この時、仕事に忙殺されていた桃香は涼と地香の一件を忘れていた。それどころでは無かったのだから、仕方ないのだが。
そんな訳で、地香は追及される事無く、無事に日々を過ごしていった。
青州から一人の傷だらけの将がやってきたのは、そんな時だった。
「雪里、彼女の具合は?」
「はい。怪我してはいましたが、幸い命に別状は無い様です。」
「只、青州から休み無しに馬を走らせて来たのか、かなりの疲労が溜まっていた様で、今はグッスリ眠ってますね。」
「じゃあ、話を訊くのは未だ暫く無理なんだね。」
「そうなりますね。」
「けど、早く訊かないといけない気がするのだ。」
執務室には涼や桃香を始めとした、徐州軍の諸将達が集まっていた。厳密には、その中で旧徐州軍や霧雨達を除き、星と飛陽、朱里と鳳統を加えた面々だ。
彼等の今の議題は、その青州から来た少女への対応と、その後にどう行動するかだった。
「何せ、“青州を助けて下さい”、ですからね……。」
「恐らく、黄巾党を倒してほしいという事でしょう。青州は黄巾党の残党に苦しめられていますから。」
「青州黄巾党か……。」
涼はそう呟くと一人静かに思案に耽る。
涼が知る歴史では、青州黄巾党はその名の通り青州で暴れまわっていたが、最後は曹操によって討伐されている。
更に曹操はその大半を麾下に加える事によって、戦力を増強した。
それを自分達がやる事になるかも知れないと思うと、涼は若干の戸惑いを覚える。
(けど、やらないと苦しむ人が増え続けるよなあ……。)
曹操――華琳が将来手にするであろう手柄を奪う事になるのは気が引けるが、だからといって今現在困ってる人を放ってはおけない。
それは彼女も同じだったらしく、皆を見ながら口を開いた。
「……私は、青州の人達を助けに行きたいと思ってる。助けてって声を無視する事なんて、出来ないよ。」
「桃香……。」
涼はそう言った少女――桃香を見詰める。
「それに、どうせ青州には行く予定だったんだし、良いよね?」
「それは……まあ。」
「ですが、その予定はきちんと計画を立ててから動く予定でした。計画も無く急に動くのは危険です。」
「そ、それは……。」
桃香が確認すると涼は同意したが、すかさず雪里が口を挟む。
慌てて涼を見る桃香だが、その涼が困ってるのに気付くと、途端に自身の言葉に自信を持てなくなっていった。
彼女は人材を得る為に荊州迄勧誘に行くくらいなので、決して意志薄弱では無いのだが、同時に周りの人々に対して優し過ぎる。
その為、今みたいに反対されると困惑してしまうのだ。
「……勘違いしていらっしゃる様ですが、青州出兵自体は賛成です。それに、一応この様な時の為の対策は練ってあります。」
「へっ? な、なら何で……。」
雪里の言葉にキョトンとする桃香。そんな彼女に、雪里は事も無げに言葉を紡いでいく。
「桃香様が荊州に旅立たれた際に清宮殿達に申し上げたのですが、常に全員が賛成していては、いざという時の為になりませんので。」
「そうなんだあ〜。有難う、雪里ちゃん。」
「勿体無い御言葉です。……朱里、雛里、昨日纏めた青州出兵に関する案を述べて頂戴。」
「「うん。」」
雪里は桃香に対して恭しく平伏すると、朱里と鳳統に説明をする様に促す。
二人はそう言われるのが解っていたらしく、直ぐ様説明を始めた。
「本来の計画では、周辺の諸侯に対して青州出兵の正当性を伝え、同時に不可侵条約若しくは同盟を結び、それから青州へ出兵する筈でした。」
「……ですが、時間的余裕が無くなった今、そうはいきません。」
そう言って策を述べ始めた二人は、目の前に在る大きな机の上に、徐州と青州を中心とした地図を広げながら説明を続ける。
「あの子が青州からの救援要請の使者と仮定して話しますが、だとすると、今の青州は存亡の危機に瀕している事になります。」
「……だとしたら事は一刻を争います。……ですから、私達は青州に兵を進めながら、同時に周辺の諸侯との同盟等を結んでいくしかありません。」
「まあ、それしかないか。」
二人の説明に涼はそう言って同意を示した。
最終的な決定は州牧である桃香が下すが、その桃香も涼と同意見なのか、涼を見ながら頷いている。
他の者も涼達と同意見らしく、反論は無い。その様子を見てから鳳統が説明を再開する。
「……問題は、この策を遂行する為に、桃香様と清宮様のお二人に動いてもらわなければならないという事です。」
「片方は青州への部隊の指揮だよね……もう片方は?」
「曹操さん、孫策さんとの同盟締結です。」
「……こちらには、お二人と仲が良いという清宮様に動いてもらった方が良いと思いましゅ……あぅ。」
桃香の疑問に朱里と鳳統が答えるが、鳳統はまたも噛んでしまい小さく俯いてしまった。
そんな鳳統を微笑ましく見詰めつつ、声は常の冷静さを保ったままの星が訊ねる。
「主が曹操や孫策の所に行くのはまだ解るが、桃香様自ら青州へ赴かれる必要があるのか? 黄巾党の討伐だけなら、州牧である桃香様が行く必要はなかろう。」
「……確かに、討伐だけなら必要ないかも知れません。」
真面目な質問を受けて落ち着いたらしい鳳統は、帽子の唾を両手で動かして帽子の位置を整えると、少し口調を早めて言葉を紡ぎ出した。
「ですが、先程述べた様に、今回は黄巾党の討伐と諸侯との同盟を同時にやらなければなりません。その為には、桃香様自ら指揮を執ってもらう必要があります。それに……。」
「それに?」
「青州の北、幽州には桃香様の親友である公孫賛さんが居ます。黄巾党討伐の為に桃香様自ら青州に来ていると知れば、あちらから接触を図ろうとすると思います。」
「もし接触が無かったとしても、青州から使者を出せば、徐州から使者を出すよりは返事を貰う迄の時間を短縮出来ます。」
鳳統、そして朱里の説明と補足を聞くと、星は勿論ながら、桃香や愛紗達も納得していった。
と、その時、バンッという音と共に勢いよく扉が開いた。
「青州を助けて下さいっ! ……いてて。」
そう叫びながら執務室に飛び込んできたのは、一人の少女だった。
頭や左腕に包帯を巻き、頬には軟膏を塗った布を貼っている。
一見すると重傷者の様だが、肌の血色は良いし、何よりここ迄走ってきたみたいだから、それ程大きな怪我ではないのかも知れない。
「し、子義さん、未だ無理しちゃダメなのですよーっ。」
そう言いながら、わふわふと息を切らせ、白い衣服を身に纏った小柄な少女が執務室に入ってくる。
少女の名は陳登、真名を羅深という。
「あー……羅深、お疲れ様。」
「あっ、清宮様っ。突然の入室、失礼しましたっ。」
「気にしないで。それより……彼女は目が覚めたんだね。」
涼は羅深を労いつつ、目の前に居る少女に目をやった。
肩迄ある瑠璃色の髪に金色に光る瞳、涼と同じくらいの背丈に透き通る様に白い肌、若干幼さを残しつつも大人へと成長している凛々しい表情と、桃香と同じくらいに大きい胸。
そんな少女は涼の視線に気付くと声をかけてきた。
「あの……貴方は?」
「ああ、そう言えば自己紹介が未だだったね。俺は徐州牧補佐の清宮涼。で、隣に居る彼女が徐州牧の劉玄徳だ。」
「こんにちは、私が州牧の劉玄徳です。」
「あ、貴方達が……し、失礼しましたっ。」
二人が目の前の少女に対して丁寧に自己紹介をすると、少女は恐縮したのか慌てて頭を下げた。
先程涼が言った様に、少女とはきちんと自己紹介をしていない。
何せ、桃香達の前に案内された時の少女はフラフラの状態であり、「青州を助けて下さいっ!」と叫ぶと同時に体力が限界を超え、そのまま眠ってしまったのだから。
その為、少女が涼と桃香の事を知って驚くのは当然だった。
その後、執務室に居る面々から自己紹介をされた少女は、居住まいを正して自らも自己紹介をする。
「私の名は太史慈、字は子義と申します。青州牧、孔融の命を受けて皆様方に救援要請に参りました。」
少女――太史慈は表情を引き締め、真っ直ぐに涼達を見詰めながら、凛とした声でそう言った。
涼達は、太史慈の目的が自分達の予想通りだと知ると、彼女を安心させる意味も込めて青州出兵の旨を伝える。
その瞬間、感謝された太史慈から抱き締められる事になり、涼や桃香達が驚いたり慌てたりするちょっとしたハプニングもあったが、それ以外はさほど問題無く話が進み、それから二日が経った。
「青州遠征及び、南方外交遠征の部隊構成が決まりました。」
「そっか、じゃあ早速発表してくれるかな。」
二日前と同じメンバーが集まっている執務室で、軍議が行われている。
その中で雪里の発言の番になり、先程の様に言ってから報告を始めた。
「では、先ずは青州遠征の陣容から。第一陣を愛紗さんの関羽隊、第二陣を山茶花さんの糜竺隊、第三陣を椿さんの糜芳隊、第四陣を朱里の諸葛亮隊、本隊である第五陣を桃香様の劉備隊、そして後詰めの第六陣を時雨さんの田豫隊に、それぞれ担当してもらいます。」
「結構多いな。兵数はどれくらい連れて行くんだ?」
「関羽隊が二万五千、糜竺隊と糜芳隊が一万ずつ、諸葛亮隊が五千、本隊が三万三千、田豫隊が一万七千。合計十万ですね。」
涼の問いに雪里は即座に答える。
すると今度は、兵数を聞いて驚いた桃香が訊ねた。
「徐州軍の約半数になる程の兵士さん達を連れて行くの?」
「本当はもっと多い方が良いんですけどね。何せ、太史慈さんの報告によれば青州黄巾党の数は十万を軽く超えている様ですから。」
雪里は軽く溜息を吐きながらそう答える。相変わらず黄巾党の数が多いので、辟易している様だ。
「そっかあ……けど、これ以上増やすと徐州の守りが手薄になっちゃうし……。」
「その通りです。まあ、黄巾党といえど所詮は賊ですから、余程の事が無ければ少しくらいの数的不利があっても、負けはしないでしょうが。」
雪里は自信あり気げな表情でそう言い切った。
地香と飛陽が複雑な表情をしているのは、勿論気付いている。
この場に居る者は皆、二人が元・黄巾党だと知っているので多少なりとも気を遣っているのだが、雪里は敢えて気を遣わない様だ。
それは、二人が黄巾党と決別していると知っているから。
今の二人は黄巾党の張宝や廖淳ではなく、徐州軍の劉燕と廖淳なのだから、気を遣い過ぎると却って変だと思っていた。
だからこそ、雪里は普段と変わらずに接している。
地香と飛陽の二人もそれに気付いているのか、そんな雪里に対して特に反応していなかった。
そんな訳なので話が滞る事無く、軍議は続いていく。
「それに、清宮殿の部隊にも兵を割かなければなりません。」
「けど、俺への兵はそんなに要らないんじゃないか?」
「何を仰います。清宮殿は徐州軍の州牧補佐、そして何より“天の御遣い”なのですから、兵は絶対に多く必要です。」
「そうだよ涼義兄さん。涼義兄さんに何かあったら大変なんだから、護衛の兵士さんは沢山居ないとダメだよ。」
「まったく、相変わらず義兄上は御自身の立場を理解しておられませんね。」
「お兄ちゃんはバカなのだ。」
「それ、鈴々にだけは言われたくないんだが。」
義妹達から散々に言われた涼がツッコミを入れると、鈴々がふてくされてしまい、次いで桃香達から笑いが起きる。
それから暫しの間、執務室に笑い声が響いた。
やがて軍議が再開されると、議題は先程少し話した外交遠征に関する事に移っていった。
「南方外交遠征の部隊の内訳ですが、第一陣は鈴々の張飛隊、第二陣は雫の簡雍隊、第三陣は本隊の清宮隊、そして後詰めの第四陣は霧雨さんの孫乾隊です。」
「四部隊か……兵数は?」
「こちらは戦をしに行く訳では無いので少なめです。張飛隊が千、簡雍隊、孫乾隊はそれぞれ五百、本隊の清宮隊が二千ですね。」
「合計四千か……。確かに青州への部隊と比べると少ないけど、話し合いに行くにしては少し多くないか?」
「確かに。ですが、道中で賊に襲われる危険性はありますし、曹操や孫策が敵対しないとも限りませんから。」
「賊は兎も角、今は華琳や雪蓮と敵対しないと思うけどなあ……。」
そう言いながら涼は、二人ともいつかは敵対する事になるだろうなと思っていた。
今は友好的とは言え、彼女達が「曹操」と「孫策」である事に変わりはない。
「三国志」に登場する英雄達の中でも類い希な才能を持ち、三国で一番の領土を獲得し、結果的には魏王朝の礎を作った曹操。
一方、孫堅の跡を継いで江東を統治し、やはり後々の呉王朝の礎を作った孫策。
それぞれ、存命中には建国していないものの、その功績は息子の曹丕、または弟の孫権が受け継ぎ、「魏」と「呉」が建国された。
そこに劉備が建国した「蜀」を加えて、漸く三国が揃う事になる。
二人はその英雄と同じ名前を持ち、その名に恥じない実力を持っている、と、涼はそう思っていた。
因みに、建国の順番としては「魏」の建国に対抗する様にして「蜀」が建国され、「呉」の建国はその二ヶ国より少し遅れて行われた。
「三国志」と言っても、実際に三国が出来たのは物語のかなり後であり、また、三国が揃っていた期間も意外と短かった。
涼がそんな事を考えていると、やれやれといった表情の雪里が言葉を紡ぎ出した。
「確かに、あの二人が今の私達と明確に対立してくる事は無いでしょう。ですが、清宮殿を拉致して私達を脅したり、自分達の御輿として担いだりする可能性が無いとは言い切れません。」
「まさか。」
雪里が言った仮定に対し、涼はそんな事は有り得ないと笑い飛ばす。
「……若しくは、色仕掛けで籠絡しにくるかも知れませんね。」
「「「っ!?」」」
「ま、まさかぁ。」
雪里が続けて言った思い掛けない言葉に一同が絶句し、涼もまた先程とは違って弱々しく否定する。
だが、涼は否定しつつもどこか納得していた。
(華琳は兎も角、雪蓮はそうする可能性が有るのは確かだよなあ……。何せ、結婚したいとか言ってたし……。)
黄巾党討伐の際、真名を許されたあの一件以来、雪蓮は何かと涼にアプローチしてきた。
それが単純に恋愛感情によるものか、政治的目的によるものか、はたまたその両方かは判らないが、少なくとも雪蓮が涼に対して必要以上の好意を見せていたのは確かだった。
(キス……しちゃったしな……。)
正確には、したというよりされたと言うのが正しいのだが、キス自体は本当なので、その事を思い出した涼の顔は自然と紅くなった。
「……何で顔が紅くなってるんですか、涼義兄さん?」
「えっ……?」
左隣から聞こえてきた声に驚きながら振り返ると、そこには頬を膨らませた桃香が居た。
「恐らく、曹操殿や孫策殿の事でも考えていたのでしょう。」
「えーっと……。」
更に、右隣には仏頂面のまま涼を睨み付けている愛紗。
「まったく……涼、素直に言いなさいっ。」
「えっと、その……。」
そして、桃香の左隣には地香が明らかに不満な表情のまま、ビシッと右手の人差し指を涼に向けて突き出していた。
その仕草や口調は、地香というより地和に戻っているのだが、今の涼にそれを指摘する余裕は無かった。
二人の義妹と義従妹に追及され、言葉に詰まる涼。天の御遣いと呼ばれ、民から慕われ、敵からは畏怖されている彼も、彼女達に対しては弱いらしい。
因みに雪里達はというと、いつもの事だからと特に止める事も無く、只静かに見守っていた。
というか、何人かは面白がっていた様な気がする。
「取り敢えず、部隊に関しては以上です。呼ばれなかった人は徐州の守りや内政をしてもらいたいのですが。」
「賊を倒したい気が無い訳では無いが、私はそれで構わぬぞ。」
「ちぃ……私も構わないわ。また、桃香姉さんの代わりをやってれば良いんだしね。」
星と地香がそれぞれ了承し、それが居残り組全員の総意となった。
これで軍議は終わりかと思われたが、朱里が静かに手を挙げると、地香と飛陽を交互に見ながら静かに言葉を紡いだ。
「誰も……雪里ちゃんも訊かないので私が訊ねます。……地香さん、飛陽さん。」
「何かしら?」
「何です?」
真名で呼ばれた二人が真剣な表情になって朱里に向き直る。
因みに、朱里は徐州軍の主要メンバーとは真名を預け合っている。
「青州黄巾党の首領、管亥について知っている事があるなら、教えて頂けませんか。」
紡がれた言葉は、まるで機械が発したかの様に冷たく、平淡だった。
だがそれは、本来なら真っ先に二人に訊ねられるべき事柄である。
それなのに、何故か今迄誰もそうしなかった。
二人を気遣っての事か? いや、流石にこれは気遣って良い事ではない。
なら何故?
そう疑問に思ったからこそ、朱里は訊ねたのだった。
「管亥……ね。」
「……? どうかした? もし知らないのなら、そう言ってくれて構わないよ。」
「いえ、知らない訳じゃないわ。ただ……。」
何故か歯切れが悪い地香に対して、疑問の表情を浮かべる涼達。
そんな地香に代わって、飛陽が言葉を継いだ。
「出来れば、管亥の事は余り思い出したくないんです。」
飛陽がそう言うと、地香は静かに頷いた。
「えっと……それって、どういう事?」
「皆さんは、黄巾党の実態を御存知なんですよね?」
「実態って……黄巾党の中心が、実は張三姉妹の追っ掛けばかりだったって事?」
「はい。」
皆を代表した形になった涼の答えに、肯定の意を返す飛陽。
涼達は地香が未だ地香という名前を使う前、つまり地和の時に黄巾党の実態について彼女から直接聞いている。
正確には、聞いたというよりは愚痴として聞かされた、というべきだが。
その地和曰く、
『ちぃ達は只、三人で大陸を旅をしながら歌を唄っていただけ。』
曰く、
『偶然手に入れた“太平要術”を使ったら沢山人が集まった。』
曰く、
『やがて大きな集団となったが、その中には血の気が多い人も沢山も居たので、彼等を纏める為にちぃ達が首領になった。』
曰く、
『やがて、その集団は“黄巾党”という名前の賊になっていき、段々とちぃ達でも制御出来なくなっていった。』
曰く、
『集団が肥大化したのは、多分“太平要術の書”が原因だと思うけど、それは妹の張梁に渡していたので、その後の行方も効果についても解らない。』
との事だった。
尤も、これはあくまで地和の考えなので、実際は少し違うかも知れない。
「あの黄巾党の乱で暴れていたのは、殆どが元々賊として暴れていた奴等。張三姉妹の本来の取り巻きは、そいつ等に影響されて暴れていたんだよな。」
「そうよ。まあ、だからと言って黄巾党が被害者とは言わないわ。どんな理由があれ、黄巾党が人々を苦しめた事に変わりないし……。」
そう言うと、地香は神妙な顔をして俯いた。
彼女は黄巾党の中心人物だった訳だから、申し訳無い気持ちがあるのだろう。
自然と空気が重くなる。が、それを察した涼が飛陽に話しかけ、空気を変えていく。
「それで、管亥についてなんだけど……。」
「あっ、そうでしたね。……管亥は元々、その取り巻きを纏める張三姉妹親衛隊の一人だったんです。」
「親衛隊の一人“だった”……?」
星が「だった」を強調すると、飛陽は星を見ながら頷いた。
「管亥は……あいつは、親衛隊を辞めたんです。……人殺しを楽しむ為に。」
「……闇に堕ちた、と言う訳か。」
星が目を閉じながらそう言うと、地香と飛陽は神妙な顔のまま同時に頷いた。
「……以前の管亥は、張三姉妹の親衛隊として皆を纏める優等生だったわ。けど、悪い奴等の影響を受け
て残忍な男になってしまった……。」
「私の村を助けてくれた一員でもあったんですが……そんな優しかった面影は無くなりました。そして、管亥の一番の悪事は……親衛隊員であった管亥が率先して暴れる様になった為に、他の黄巾党員も皆それに倣っていった事です。」
地香と飛陽が喋り終わると、数秒間の静寂が辺りを包んだ。
さっきより重苦しい空気に包まれたまま、愛紗が口を開く。
「……上が悪事を働いているのだから、下も悪事を働く、か。」
「管亥は悪い見本になったって訳だな。」
「ええ。後は、皆が知っている通りの黄巾党が出来上がったわ。……張三姉妹が居ても、その暴走を制御しきれないくらいの賊がね。」
愛紗の言葉に涼が続くと、地香が更に続いて自嘲気味に言った。
実際、今の地香はその当時の事を思い出していた。
暴走する黄巾党員に対して虚勢を張りつつも、内心では怖いと思っていた、張宝だった頃の自分自身を。
少なくなったとはいえ、未だまともな黄巾党員が居なかったら、自分達の命も危なかっただろう。
ひょっとしたら、命を落とす前に生き地獄を味あわされたかも知れない。
そう思った地香の体は自然と震え、次いで自らの体を抱き締める。
その様子に気付いた涼が、またも飛陽に話し掛けて先を進めた。
管亥について話す飛陽もまた辛そうだった。かつての恩人を倒そうとしているのだから、それも仕方無いのだが。
「管亥の部隊は、今迄皆さんが相手にしてきた黄巾党とは違います。恐らく、黄巾党の中で一番残虐で、一番強く、一番倒さなくてはいけない相手です。」
だが、そんな飛陽が表情を引き締めて話の最後にそう言うと、皆もまた気を引き締めた。
一番倒さないといけないという事は、絶対に倒さないといけないという事。
張三姉妹が居なくなって瓦解した黄巾党だが、残党である青州黄巾党は張三姉妹が居なくても勢力を維持し、暴れている。
言わば、青州黄巾党は鎖が外れた狂犬。血に飢えた獣と同義。だからこそ、一刻も早く倒さないといけない。
涼達はそう決意をし、互いに確認するとその日の軍議を終え、青州北伐と外交遠征の準備に戻っていった。
翌日。
徐州軍の約半数にあたる十万四千もの兵士達が、下丕城外に整然と並んでいた。
その内の十万は、青州黄巾党を討つべく集められた精鋭達。
桃香達が義勇軍だった頃からの面々も多数組み込まれており、その実力は疑いようがない。
しかも、彼等を率いる武将の筆頭は愛紗こと関雲長。徐州牧である桃香やその義兄の涼の義妹にして、黄巾党討伐や十常侍誅殺に於いて活躍した、徐州軍随一の武将である。
更に、遠征には州牧自らも赴くとあって、兵士達の士気は大いに高くなっていた。
一方、残りの四千は南方外交に於ける護衛部隊。
護衛と称するには些か多い気もするが、賊との遭遇や交渉先での不測の事態に備える為には、多過ぎるという事は無い。
そんな護衛部隊を率いる武将の筆頭は鈴々こと張飛。関羽と共に徐州軍を代表する武将の一人であり、見た目に反する実力を敵味方問わず見せつけてきた。
そんな人物が護衛に附くのだから、例え寡兵であってもその強さは推して知るべしというもの。
まあ、彼等の任務は万が一の為の護衛であり、戦いに行く訳では無いのだが。
そんな兵士達が整列したままでいるのは、この場に彼等の指揮官が未だ来ていないからだった。
では、どこに居るのかと言うと、二人共下丕城内の執務室に居た。
「どうしても、ダメ?」
「「ダメ。」」
因みに執務室には地香も居り、先程の疑問系の「ダメ」は彼女の言葉である。
そして、否定系の「ダメ」を同時に言ったのは涼と桃香。今回の二つの遠征、それぞれの総大将によるものだった。
「だって、今度の相手は青州黄巾党なんでしょ。だったら、ちぃが行って黄巾党のケリをつけないと……。」
「気持ちは解るけど……。」
「地香はこのまま下丕に残って、俺達の代わりに内政をやってほしいんだ。」
「ちぃ、内政得意じゃないわよ。」
「私が荊州に行ってた時は、ちゃんとやってくれたじゃない。」
「あの時はちぃだけじゃなく、涼も居たし……。」
何やら地香がぐずっている。涼と桃香はそれを宥めている様だ。
「今回は雪里だけじゃなく雛里も居るから、心配は要らないよ。」
「だったら、ちぃが居なくても……。」
「私も義兄さんも徐州を離れるんだから、地香ちゃんには残ってほしいの。」
「……今の私は“劉徳然”だから?」
「う、うん……。」
尚も引き下がらない地香だったが、桃香が発した言葉に反応し、顔を曇らせていく。
仕方がないとはいえ、本当の自分を表せない事は少なからず苦痛なのだろう。
例えそれが、彼女自身を守る為だとしても。
「それに、青州黄巾党の首領、管亥は張三姉妹の親衛隊だったんだろ? だったら、そいつに地香の正体を見破られてしまうかも知れない。」
「それは……。」
涼にもっともな指摘をされた地香は言葉に詰まり、僅かに俯いた。
今の地香は、黄巾党時代とは違う髪型や服装をしており、髪に至っては染めてもいる。
とは言え、瞳の色や輪郭、声や体型を変える事は当然ながら出来ない。一応、声は多少低くしているが。
その為、見る者が見たら地香の正体を悟られる危険性がある。かつて、張宝率いる黄巾党第二部隊に所属していた飛陽が未だに気付いていないのは、単に運が良いだけに過ぎないのだ。
「雪里も、それを危惧して遠征から地香を外したみたいだな。」
「私達も、もしもの事態は避けたいし……。」
「解ったわよ……。」
尚も言葉を続ける二人に対し、地香は仕方無いという表情をしてそう口にした。
依然として納得はしていないが、かといって更に駄々をこねる程子供でもない。
正体がバレた時の事を考えれば、その判断は当然だった。
黄巾党の、しかも「地公将軍」という黄巾党ナンバー2の肩書きを持っていた張宝――地和を匿い、更に「劉燕徳然」という名前と、「地香」という新しい真名を与えてくれた涼と桃香。
そして、そんな自分を受け入れてくれた愛紗や鈴々達。
地香は彼等に、どれだけ感謝してもし足りない程の恩義がある。だからこそ、余計な心配や迷惑をかける訳にはいかなかった。
「けどその代わり、桃香は青州黄巾党を討って、涼は外交を成功させて、無事に戻ってくる事。良い?」
「ああ。」
「解ってるよ、地香ちゃん♪」
先程迄と違い、地香は努めて明るい表情を浮かべながらそう尋ねる。
その問いに涼は頷きながら、そして桃香は抱きつきながら応えた。
お陰で、地香の顔は桃香の豊かな胸に包まれる事になる。
その様子を見ていた涼が若干羨ましくしていたのは、未だ十代の少年の反応としては至極当然の事だった。
それに対する義妹と義従妹の反応は別として。
暫くの間、涼は二人から非難されたり、からかわれたりしたが、それは何かを思い出した桃香の一言で終息した。
「そう言えば涼義兄さん、地香ちゃんに“それ”を渡すんじゃなかったっけ?」
涼の背中に有る一振りの「剣」を指差しながら、桃香は尋ねた。
すると、涼はそうだったと言いながら、背中に有る剣を鞘に付けたたすき掛けのベルトごと外し、それを両手で胸元の高さに持ち上げ、地香を見詰めながら厳かに言葉を紡いだ。
「劉徳然将軍。」
「は、はいっ。」
真名ではなく、姓名を呼ばれた地香は反射的に敬語になって返事をした。
「自分達が暫くの間徐州を離れる事、及び、将軍の今迄の功績を称え、この“靖王伝家”を与える。」
「……え、ええっ!?」
厳かに告げられた言葉に、地香は驚くばかりだった。
「まあ、これは靖王伝家の予備だけどな。」
「それは解ってるけど……それでも、それが劉家に伝わる宝剣には変わりないでしょ? 一体何を考えて私に……。」
「なんだ、地香ちゃんも解ってるんじゃない。」
「え?」
突然の事に困惑している地香に、桃香が更なる困惑の言葉を投げ掛ける。
「地香ちゃん、今言ったよね。“靖王伝家は劉家に伝わる宝剣”って。」
「言ったけど……?」
「だったら、劉家の一員である地香ちゃんが持っていてもおかしくはないよ。そうでしょ、劉徳然?」
「それはそうだけど……。」
地香は応えながら、それってどうなんだろう? と思った。
確かに、今の彼女は桃香が言った様に劉徳然という名前であり、劉徳然は桃香――劉備の従姉妹だ。
つまり地香は劉家の人間であり、そうした事を考えるならば、彼女が靖王伝家を持っていてもおかしくはない。
だが、本当の地香は地和――張宝であり、劉家の人間ではない。
その事を地香が指摘すると、
「それを言ったら、俺だって劉家の人間じゃないぞ。桃香の義兄だから、その点では劉家の人間だけど。」
と返された。しかも笑顔で。
どうやら、地香が「靖王伝家(予備)」を受け取るのは決定事項の様だ。
「……仕方無いわね。」
地香はそう苦笑しながら、涼達の申し出を受ける事にした。そうしないと話が先に進まない気もしたからだ。
地香は涼の前で片膝を着いて平伏の姿勢をとると、僅かに頭を下げ、劉徳然としての口調を更に恭しくして言葉を紡いでいく。
「徐州軍第四部隊隊長、劉徳然。お二人の申し出を、謹んでお受けします。」
「うむ。徐州牧補佐、清宮涼。只今より、靖王伝家を劉徳然に託す。」
涼もまた、先程以上に厳かに言葉を紡ぎ、「靖王伝家(予備)」を地香に手渡す。
地香はその宝剣を両手で恭しく受け取ると、そのまま胸元に抱き寄せ、まるで愛しい我が子を見つめる母親の様に宝剣を見つめた。
それが何を意味するかは、地香にしか解らない。
その後、地香がその宝剣「靖王伝家(予備)」を腰に付けると、それ迄静かに見守っていた桃香が笑みを浮かべながら、だがどこか厳かに告げた。
「徐州牧、劉玄徳。宝剣授与の儀を確かに見届けました。」
涼と地香を平等に見守る様に立っていた桃香は、この一連の儀式とも言うべきやり取りを、言葉通り見届けたのだった。
こうして地香とのやり取りを終えた涼と桃香は、両手を天へと伸ばし、ふうと息を吐いた。
「さて……あんまり待たせると愛紗が怒りそうだし、そろそろ行くか。」
「だね。地香ちゃん、徐州の事ヨロシクね。」
「まっかせといて♪ まあ、困った時は雪里達に丸投げするから安心して。」
「「こら。」」
その直後、執務室に三人の笑い声が響いた。
これから先、桃香は青州黄巾党の討伐に、涼は華琳や雪蓮との外交に臨む。
戦に赴く桃香は勿論、場合によっては涼も命の危険に晒されるだろう。
だからこそ、三人は笑っていた。
今生の別れになっても悔やまない為に。
そうして一頻り笑うと、三人共表情を引き締め、下丕城外で待つ将兵達の許へ向かった。
が、城外へと通じる正門の前で、涼達は足を止める事になる。
「随分とお早いお越しですね、御主人様? 桃香様?」
「「うっ……。」」
そこに居たのは、まるでここから先には通さないという様に腕を組んで門前に立ち、その利き手には自身の得物である青龍偃月刀を持つ黒髪の少女。
即ち、愛紗こと関雲長が満面の笑顔を浮かべながら、目の前の二人に向かってそう言った。
目の前の二人、即ち涼と桃香は、笑顔の愛紗を見て何故か背筋を冷やしていた。
それは、二人を見送りに来ていた地香も同じ、いや、ひょっとしたらそれ以上だったかも知れない。
「え、えっとね。愛紗ちゃん、これには訳が……。」
「あるのでしょうねえ……まあ、それは後で訊く事にしましょう。幸いにも、桃香様の行く先は私と同じ青州ですからね……。」
弁解しようとする桃香の言葉を遮った愛紗は、常の凛とした声を意図的に低くし、喜悦と怒気を孕んだ口調でそう言った。
堪らず、桃香は後ろに居る涼と地香に顔を向けて助けを求める。
だが、徐州軍の筆頭武将に二人が敵う筈はない。
なので二人の答えは、必然的に桃香の期待を裏切る事になる。
「ゴメン、無理。」
「桃香姉様、頑張って♪」
「涼義兄さんと地香ちゃんの薄情者ーっ。」
あっさりと自分を見捨てた義兄と義従妹に対し、涙目になりながら恨み節をぶつける桃香だったが、不意にその首根っこを掴まれた。
再び背筋に冷たい物が伝う様に感じながら、桃香はゆっくりと振り向く。
そこには、先程と変わらぬ笑顔の愛紗が居た。
「さあ、桃香様。皆が待っていますから早く行きましょう。」
「あ、愛紗ちゃん、解ったから離してくれないかなー?」
「駄目です。」
ちょっと愛紗ちゃーんっ、と叫ぶ桃香の首根っこを掴んだまま、愛紗は正門へと向かう。
その結果、桃香はわたわたと後ろ向きに歩く事になったのだが、愛紗はそんな事はお構い無しに歩を進める。
仮にも州牧である桃香を、筆頭武将とは言え桃香の部下である愛紗が文字通り引っ張っていく。それだけで愛紗が怒っているのは充分に解る。
まあ、予定時刻から半刻近くも遅れればそりゃ怒るだろう。
因みに、桃香は正門が開かれる前に解放された。
愛紗も流石に、桃香の惨めな姿を将兵達に晒す訳にはいかないと思った様だ。
そんなハプニングもありながら、涼達は何とか将兵達の前に出た。
涼達が遅れた為、その間もずっと立って待っていたのだろうが、将兵達の表情には疲労や不満の色は見えない。
それは愛紗達による調練の賜物であり、徐州軍の将兵の統制の良さや練度の高さを表していた。
徐州軍は元々大した実力は無かった。勿論、賊を討伐するくらいは出来たが、近年力を付けてきている諸侯の軍隊、例えば曹操や袁紹等の軍隊が押し寄せていたら恐らく一溜まりもなかったであろう。
前徐州牧である陶謙は、そうした危機が遠からず訪れる事を予期していた。
だが、陶謙は既に高齢であり、自ら動くのは困難。また、部下達が調練を強化しようとしても、彼等の才では高が知れていた。
洛陽の帝から、「次期徐州牧は劉玄徳とする。」という勅命が届いたのは、そんな折だった。
突然の勅命に、徐州は少なからず混乱した。何せ、陶謙は年老いたといえ未だ政治は行えていたし、任を解かれる様な落ち度も無かったからだ。
だが、陶謙は勅命に従う事にした。それが徐州の為だと思った故の判断だった。
尤も、漢王朝の忠臣である陶謙に、勅命に逆らうという選択肢は最初から無いというのもあるが。
若い頃は色々無茶をした陶謙も、徐州牧になってからは名君と呼ばれる治世を行ってきた。
それでも限界はあり、自分ではこれ以上の発展は見込めないと判断した。
そして今、勅命に従って跡を譲った事が正しかったという事が、強化された徐州軍により証明されている。
軍が強化されるという事は人口が増え、物資が豊富になっているという事でもある。例外として、軍だけが豊かになる事もあるが、勿論桃香達はそんな事はしていない。
そうして強化された徐州軍が今、涼達の目の前に存在している。
陶謙の苦悩を知り、尚且つこの場に居る者達――孫乾、糜竺、糜芳、陳珪、陳登といった忠臣達の想いは、恐らく陶謙と同じだろう。
だからこそ、彼女達はこう思っている。
『この遠征は、絶対に成功させなければならない。』
徐州軍の新たな一歩。その一歩を踏み外す訳にはいかない。
踏み外したが最後、待っているのは底が見えない奈落のみ。
そうなってしまっては、全てが無駄になってしまう。
それを防ぐ為に、彼女達は全力で事にあたるだろう。青州組も南進組も、そして勿論居残り組も。
そんな彼女達の決意を知る桃香が今、将兵達に向かって言葉を述べていた。
「恐らく、今回の出兵に関して疑問に思っている方も居るでしょう。何故、徐州軍が青州の為に動かなければならないのか、と。」
用意されていた台の上に立つ桃香が、目の前に並び立つ十万四千もの徐州兵達に訊ねる様に、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「確かに、今現在苦しんでいるのは青州の人々です。彼等を助け、守るのは本来青州軍の役目でしょう。」
ゆっくりと、だが力強く紡ぎ続ける。
「ですが、青州黄巾党の数は思ったより多く、青州軍だけでは倒すのに時間がかかっているのが実状です。」
そう言うと少しだけ顔を俯かせる桃香だが、直ぐにその顔を上げる。
「それに、青州を助ける事は私達の為でもあるのです。皆さんも知っての通り、青州黄巾党はこの徐州にもその魔の手を伸ばしています。」
桃香がそう言うと、徐州兵達が息を飲む音がそこかしこから聞こえてきた。
「幸いにも、州境の警備隊によってその被害は最小限に抑えられていますが、それでも犠牲者が出ているのもまた、残念ながら事実です。」
桃香は真っ直ぐに徐州兵達を見据え、宣言する。
「ですから、この遠征はその悲劇を終わらせる為のもの。必要な事なんです‼」
桃香は力強くそう言うと、更に語気を強めて言葉を続けた。
「私達の遠征の目的は、黄巾党に苦しめられている人達は勿論、黄巾党の呪縛に囚われたままの人達を助ける事です。……ですから決して……決して、相手を殺す事に囚われないで下さい。そうなってしまっては、兵士ではなく、只の血に飢えた獣と変わりませんから。」
前半は熱く、勢いがあったが、後半は一転して冷静に、宥める様に言葉を紡ぐ桃香。
それにより、只熱いだけだった兵士達の士気が、冷静さを含んだ熱気となって拡散していく。
「私は皆さんの強さを知っています。徐州の兵士として、一人の人間としての誇りを忘れずに戦ってくれると思っています。」
桃香はそう言うと胸元で両手を握りしめ、瞑目してから右手を前に伸ばす。
そのまま真っ直ぐに兵士達を見詰めながら、誓いを立てる様に言葉を紡ぐ。
「その誇りを保ったまま青州の人達を助け、皆でここに戻ってきましょう。大切な家族や仲間が居る、この徐州に!」
桃香が言い終わると、数秒の静寂が辺りを包み、そして十万を超す兵士達の歓声が一気に轟いた。
その咆哮にも似た歓声は、下丕城全体に響き渡ったのだった。
桃香の檄が終わって暫く経った。今は各部隊が行軍の為に整列し直している所だ。
そんな兵達の様子を見ながら、桃香が深く溜息を吐く。
「はあ……。」
「相変わらず慣れないか?」
「うん……だって、どんなに最善を尽くしても必ず誰かは犠牲になる。私は、皆にそれを強いているんだもん……。」
涼の問いに桃香は、俯きがちになって小さな声でそう答えた。
涼と桃香は、兵達から離れた場所で、最後の打ち合わせと称する雑談をしている。
勿論、打ち合わせも嘘では無いが、大半は互いを気遣う言葉で占められている。
今、気遣われているのは桃香だった。
「犠牲者の居ない戦いは無いからな。昔も、今も。」
「うん……。でも、覚悟はしないといけないって事も解ってるつもりだよ。……でないと、死んでいった兵士さん達や、殺した人達に悪いから。」
「……そうだな。」
桃香は再び兵達を見ながらそう言った。桃香の表情には先程とは打って変わって、強い意思が感じられる。
涼はそんな桃香の頭にポンと手を乗せると、そのまま優しく撫で始めた。
突然の事に驚き、涼に視線を向けた桃香だったが、結局そのまま撫でられ続ける。その姿はまるで猫の様だ。
涼は桃香の、可愛い義妹の精神的な強さを愛おしく思った。だからこうして頭を撫でている。
勿論、それが強がりなのも解っていた。
桃香の意志は強く、固い。かといって、その為に何でも出来るという程非情にはなれない。
だからこそ今の様に弱気になったりするのだが、それをフォローするのは義兄である涼の役目だった。
その結果が今の状態であり、桃香もまたそれを解った上で受け入れている。
その姿は、仲の良い兄妹というよりは恋人同士に見えた。
勿論、二人はそんな関係では無いのだが。
暫くすると、ゴホン、という愛紗の咳払いが聞こえた。
どうやら、二人の行為がエスカレートしない様に釘を刺そうとした様だ。
慌てて二人は離れる。兄妹とは言え、二人に、正確には愛紗や鈴々を含めた四人に血縁関係は無い。
「桃園の誓い」によって義兄妹・義姉妹という関係になっているだけなのだ。
だから将来、涼が桃香達と恋人の関係になってもおかしくはない。勿論、儒教の考えや倫理観といった、様々な理由や問題が無い訳では無いが。
「お二人共、仲が宜しいのは結構ですが、そろそろ出立しませんと。」
「あ、ああ。」
「わ、解ってるよ、愛紗ちゃんっ。」
愛紗に睨まれたからか、二人は多少言葉に詰まってしまった。
それから暫くして、二人は自分の馬に跨っていた。
二人はそのまま互いを見詰める。それぞれの後ろには青州へ向かう十万の兵士達と、南方に向かう四千の兵士達が整列している。愛紗や鈴々といった武将達も既に列んでいた。
そんな中、桃香がゆっくりと口を開く。
「気をつけてね、涼義兄さん。……鈴々ちゃん、雫ちゃん、霧雨ちゃん。涼義兄さんと兵士さん達をヨロシクね。あと、鈴々ちゃん達も気をつけて。」
「わかったのだーっ。」
「が、頑張るねっ。」
「任されました。」
桃香は涼だけでなく、鈴々達や兵士達も気遣った。
それを見た涼は、いかにも桃香らしいなと思いながら、自身も口を開いた。
「桃香も気をつけてな。……愛紗、時雨、山茶花、椿、朱里。桃香と兵士達を頼む。勿論、愛紗達も気をつけてくれよ。」
「はっ。」
「まあ、俺に任せておけ。」
「清宮様もどうかお気をつけて。」
「りょーかーいっ♪」
「はわわっ、あ、有難うございますっ。」
涼は桃香と愛紗達に、先程の桃香と同じ様な言葉をかけた。
次いで城門前に居る一団に目を向ける。
桃香も殆ど同時に目を向け、涼の言葉を待った。
二人の視線の先には、居残り組である雪里、星、雛里、羽稀、羅深、飛陽、そして地香の姿があった。
「雪里、雛里を頼んだよ。」
「解りました。お二方が戻られる迄、精一杯雛里を鍛えておきましょう。」
「あわわ……。」
涼の頼みを雪里は満面の笑みで承諾し、雛里は困った様な表情になっていた。
雛里は極度の人見知りである。
朱里の様に昔からの親友や、知り合ったばかりでも桃香の様に同性の者なら余り問題はない。
だが、当然ながらこの世は雛里と同じ性、つまり女性ばかりではない。
徐州軍での雛里の役職は「副軍師補佐」。同じ時に副軍師に任命された朱里のサポート役である。
サポート役とは言え、軍師である事に変わりはなく、場合によっては副軍師や筆頭軍師の役目を担う事もあるかも知れない。
そんな立場の人物が、人見知りなので指示を出せません、ではいざという時に困る。非常に困る。
なので、朱里が居なくなる遠征の間、雪里が雛里の人見知りを直す特訓をする事になっている。雪里は乗り気だが、雛里は不安そうだ。
雛里が今回の遠征のどちらにも参加しないのは、そうした事情からである。
その後、星や羽稀達と言葉を交わし、徐州の事を託す涼と桃香。
そして最後に、二人は地香に向き直る。
「俺達の代わりに徐州を頼んだよ、地香。」
「任せて下さい、お二人の留守は皆と共に守ります。」
地香は劉燕としての口調、所作で応対する。
素の地香を知っている涼達はつい吹き出しそうになるが、何とか堪える。
「それじゃあ、太子慈さん。道案内を頼みますね。」
「了解しました。」
桃香が太子慈を見ながらそう言うと、太子慈は桃香に一礼し、隊の先頭集団を務める関羽隊へと馬を進めた。
下丕に来た時は怪我や空腹でボロボロだった太子慈だが、今はそんな面影は無い。驚異的な回復力と言えるだろう。
「じゃあ……。」
「ああ、またな。」
桃香と涼が笑みを浮かべながら言葉を交わす。
ひょっとしたら、こうして言葉を交わすのは最後になるかも知れない。
だからだろうか、旅立ちの時は笑顔でいた方が良いと、鈴々が言っていた。
二人はその通りにした。次いで、愛紗や鈴々も、雪里や地香も皆。
そして、「劉」「関」「糜」「田」「諸葛」の旗は北に。
「清宮」「張」「孫」「簡」の旗は南に。
それぞれの目的と共に、動き始めた。
そうして涼達と別れた桃香達は、下丕から一路青州を目指した。
十万という大軍の為、進軍速度は遅かったが、それでも可能な限り急いだ。
彭城、蘭陵、開陽を通り、青州の城陽郡東武へと向かう桃香達。この進路にしたのは、開陽・東武間が徐州と青州を結ぶ主要交易路だからだ。
この交易路に賊が居ては、人や物の出入りが滞ってしまう。それを防ぐ為にも、交易路の安全を確保しながら賊――青州黄巾党を倒すという方針になっている。
勿論、青州黄巾党も黙っておらず、開陽・東武間に在る徐州と青州の州境で、青州黄巾党との最初の戦闘が起きた。
敵の数は約三万。青州遠征軍の第一陣である関羽隊は約二万五千。兵数では僅かに負けている。
とは言え、農民上がりの青州黄巾党と正規兵である関羽隊では、実力差があり過ぎた。
半刻の戦闘の末、青州黄巾党は五千の数的優位を活かす事無く敗走。それを見た関羽隊は、後続から合流した第二陣の糜竺隊、第三陣の糜芳隊と共に追撃し、瞬く間にその全てを討ち取り、または捕縛した。
この時、実質的に初陣だった糜竺――山茶花が緊張の余り弓矢を落としたりしたが、優秀な部下達のフォローもあって無事に戦闘を終えている。
因みに、「実質的に初陣」とはどういう事かと言うと、山茶花は今迄賊の討伐等で戦場に出た事はあるが、それ等は全て一兵士としての参戦であり、部隊を率いる指揮官としては初めてだという意味である。
そうして初戦を制した桃香達は、その勢いを殺さずに東進した。
東武から不其、挺へ進み、そこで一度大休止をとる。
青州に入って以来、各地から志願兵が集まっていた。
その中には不覚にも青州黄巾党に敗れ、敗走中だった青州軍の部隊もあった。朱里はその部隊から様々な情報を聞き、対策を講じていった。
元々朱里は、徐州に居た時から雪里達と色々な策を練ってきていた。
それだけでも充分だったのに、今は実際に戦った人達の意見を聞く事が出来ている。
「孫子」という世界的にも歴史的にも有名な兵法書に、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」とある様に、敵と味方、両方の情報を知る事は、戦いに於いて重要な事である。
様々な兵法書を読んできた朱里はその事をよく理解しており、情報を得るとそれを踏まえて策を練り直し、味方への被害を最小限にしながら敵への損害を最大限にしていった。
その甲斐あって、青州遠征軍の東進は難無く進んだ。
挺での大休止を終えた青州遠征軍は、昌陽、東牟、牟平と、海岸線に沿う様に反時計回りに進軍した。
青州黄巾党の主力が包囲しているという州都・臨淄から離れている所為か、各地に散らばっている青州黄巾党を倒すのは、思った程手こずらなかった。
牟平で二度目の大休止を終え、そこから北西に在る東莱郡の黄を解放すると、桃香達は部隊を二つに分けた。
一つは桃香や愛紗といった主力部隊が中心となり、もう一つは残った時雨や山茶花の部隊を中心にして、それぞれ掖・膠東と即墨に向かう事にした。
これは、同時に攻める事で一日でも早く青州から黄巾党を排除する為である。
本当は昌陽・東牟・牟平の三ヶ所を解放する際もそうしたかったのだが、その時は十万の兵を三つに分ける事のメリットより、デメリットの方を重視していた。
太子慈の話によれば、青州黄巾党の数は十万を超えており、その総数は恐らく数十万に上る。
幾ら兵の精度で勝っているとはいえ、無闇に戦力を分散させる事は出来なかった。
だが、今は青州各地から何万人もの志願兵が集まっており、そのお陰で戦力の分散が可能になっていた。
その為、今回は部隊を分けて同時に攻める事に関しては不安は全く無い。
不安があるとすれば、それは混成部隊の弱点と言える連携不足だろうか。
当然ながら、所属する州や郡、県が違えば調練は違ってくるし、それによって兵士達の練度も違ってくる。
練度が違えば連携に響くし、そうした小さな綻びが大きな綻びに繋がる事は決して珍しくはない。
勿論、「臥竜」と呼ばれる諸葛亮はその事に気付いており、既に対策を練っていた。
その対策はと言うと、連携がとれないのなら下手にとらなくて良い、というもの。
果たしてそれが対策と言えるかどうかは微妙だが、時間がかけられない現状ではそれが最良なのもまた確かだった。
詳しく説明すると、徐州軍は徐州軍の兵だけで構成し、青州軍は青州軍の兵だけで構成する。
戦闘になった際は基本的な策に従いつつ、各自の判断で行動するという事にした。
徐州軍の中に青州軍の兵を組み込んで戦うよりかは、別々にした方が綻びは小さくて済む。時間が無い中ではそうするしか無かった。
そうして二手に分かれた青州遠征軍は、それぞれの目的地へと軍を進める。
二手に分かれたとは言え、その兵力はそれぞれ八万を超えていた。
州都に近付くにつれ、青州黄巾党も少しずつ強くなってきていたが、未だ噂程の数や実力は無く、八万以上の大軍である青州遠征軍の敵では無かった。
掖と膠東、更に即墨といった三ヶ所を難無く解放した桃香達は、膠東で部隊を再編成し、西に在る北海国を次の目的地と決めて進軍した。
その途中で幾度か戦闘になるも、既に兵数が二十万を超えていた青州遠征軍には大きな被害は無かった。
そんな中、桃香達は部隊を幾つかに分け、周辺地域の平定に向けた。
その為、味方が少ない時に戦闘になる事もあったが、予め朱里が対応策を考えていた事もあって、さほど問題無く進んだ。
そして今、桃香達は北海国の平寿に到着していた。
此処には、黄巾党の乱等の影響で州牧不在の中、実質的にその仕事をしている孔融が居る。
州都である臨瑙で青州を治めていた孔融は、州都が青州黄巾党に狙われている事を知ると、太子慈に徐州への救援要請を託した後、民を密かに臨瑙から脱出させてから応戦していた。
だが、多勢に無勢だと覚っていた孔融の部下は隙を見て孔融を逃がした。
勿論、実質的な州牧である孔融は部下の進言を素直に聞かなかった為、半ば無理矢理に逃がされたのだが。
その孔融は、桃香達が青州に来たのを知ると、直ぐ様桃香達と連絡をとる為に使者を送り、対黄巾党について連携をとろうとした。
だが、桃香達の進軍速度が孔融の予想より速かったり、黄巾党の残党に邪魔されたりで中々連絡がとれなかった。
漸く連絡がとれたのは、ほんの一週間前の事だ。
そうして合流し、桃香達と会談した孔融は、州都から共に逃げてきた兵士達と、避難先で集めた兵士達の大半を預けると申し出、桃香はそれを受け入れた。
その後、桃香達は今後の目標を決める為に軍議を開いた。
勿論、その目標は州都である臨瑙なのだが、ただ闇雲に進軍するだけでは、幾ら黄巾党とは言え数十万を超える相手には簡単に勝てないだろう。
だが、軍師の朱里は慌てる事無く瞑目していた。
「朱里ちゃん、何か良い策でもあるの?」
「はい。策という程の物ではありませんが、大軍に対して効果的な方法があります。」
自信に満ちた表情の朱里は、桃香の問いにそう答えると、机の上に広げてある地図のとある場所を静かに指差した。
「私達のとるべき策は――。」
静かに語り出す朱里。
それを聞き終えた時の桃香達の表情は皆、朱里と同じ様に自信に満ちていた。
第十三章 青州からの使者(劉備の北伐、清宮の南進・前編を2014年2月24日に改題)をお読みいただき有難うございます。
この章は前回のエピローグと新展開のプロローグを兼ねています。この時は出来るだけ簡潔に書いていく予定だったのですが、現実は未だに青州編が終わってません(笑)
こうなったら、とことん書いていこうと思います。原作では比較的簡単に流されている青州編を、ここまで長く書いてる方は居ないだろうなあ。
この章では太子慈を登場させました。個人的に魯粛と共に原作で何故外されたか、というキャラです。出来るだけ活躍させたいけど、上手くいくかなあ。
次は涼の出番です。外交を書くのは難しい。
ではまた。
2012年12月3日更新。