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真・恋姫†無双 ~天命之外史~  作者: 夢月葵
第三部・十常侍誅殺編
12/30

第七章 戦乱の火種

黄巾党が居なくなり、世の中は平和になった。


だが、黄巾党が居なくなっても悪人が居なくなった訳では無い。


新たな戦乱は、直ぐそこに迄近付いていた。




2010年4月2日更新開始。

2010年5月2日最終更新。

 (りょう)達義勇軍が幽州(ゆうしゅう)に到着して、約二ヶ月。

 その間に義勇軍の規模は三倍以上に膨れ上がり、若くて優秀な人材が集まっていた。

 余りにも急激な増加に公孫賛(こうそん・さん)は一時頭を抱えたが、元来のお人好しさも相まって強く言えなかった様だ。

 因みに、盧植(ろしょく)から預かった兵士はちゃんと返したが、その中から義勇軍に参加した者も少なからず居た。

 そうして今の義勇軍は一万を超す大軍へと成長し、それに伴って部隊の再編が行われた。


『総大将・劉玄徳(りゅう・げんとく)

『副将・清宮涼(きよみや・りょう)

『筆頭軍師・徐元直(じょ・げんちょく)

『副軍師・簡憲和(かん・けんわ)

『第一部隊隊長・関雲長(かん・うんちょう)

『第二部隊隊長・張翼徳(ちょう・よくとく)

『第三部隊隊長・田国譲(でん・こくじょう)

『第四部隊隊長・劉徳然(りゅう・とくぜん)


 基本的には連合軍の役職をそのまま受け継いでいるが、連合軍では部隊統括の任に就いていた桃香(とうか)が総大将になって涼が副将になっていたり、軍師も役職変更があったりしている。

 桃香は当然ながら総大将になるのを拒んでいたが、将来何が起きるか判らない現状では、桃香にも総大将を経験してもらう事が重要だと説明し、渋々ながら了承してもらっている。


『というか、桃香も義勇軍の中心人物だろ。』


 というツッコミも涼は忘れなかった。

 公孫賛及び劉備(りゅうび)清宮(きよみや)の三名に対して洛陽(らくよう)からの使者がやってきたのは、軍の再編と調練を一通り終えた時だった。


白蓮(ぱいれん)ちゃん、洛陽からの使者さんは一体何を伝えに来たのかな?」

「解らん。だが、私だけでなく桃香や清宮迄も呼ばれたとなると、只事じゃ無いかも知れない。」

「……だろうな。」


 謁見の間へと向かう道すがら、桃香と白蓮は使者の目的について話し合っていた。

 だが、涼はこの使者が何を伝えに来たのかという大体の予想はついていた。


黄巾党(こうきんとう)の乱が終わったら、次に起きるのはあの事件……そしてあの戦いか……。)


 何故かは判らないが、この世界は三国志演義を基にした世界である。

 そして、涼はこの世界の人間ではなく、また、普通の人間より三国志演義に関する知識が豊富だった。


「……? 涼兄さん、どうかしました?」

「いや……悪い知らせじゃなければ良いなと思ってな。」

「そうだよね、折角黄巾党の乱を鎮圧して世の中が平和になったのに、また戦いが起きたら大変だもん。」

「まったくだ。」


 涼は心配する桃香を気遣い、それとなく誤魔化す。

 だが、桃香の危惧が現実になる事を知っている涼は、心苦しくなっていた。

 謁見の間に着くと、そこには見知らぬ二人の少女が居た。

 一人は黒髪おかっぱ頭の大人しそうな少女、もう一人は緑のショートヘアが外向きにはねていて、紺色のバンダナを巻いている活発そうな少女だ。


「お前達が使者だったのか。」

「はい、御久し振りです白蓮様。」


 白蓮が使者に向かって喋ると、おかっぱ頭の少女が挨拶をし、続けて隣に居るバンダナの少女も挨拶をした。

 白蓮の口調や、使者の少女が公孫賛を真名(まな)で呼んでいる事から、白蓮と彼女達は顔見知りの様だ。


「お前達が来たという事は、麗羽(れいは)が何か言ってきたという訳か。」

「そーなんですよ白蓮様。しかも今回は、何進(かしん)大将軍も一緒なんです。」

「何進が? 一体何が有ったんだ?」


 バンダナの少女が何進の名前を出すと、白蓮は怪訝な表情になった。

 また、涼達にとっては黄巾党の乱でしゃしゃり出られた経緯が有る為、それなりに思う所は有る。


「重要な事ですから口にする訳にはいきませんので、詳しくはこの封書を御覧下さい。また、読んだ内容は信頼出来る人にだけ伝えて下さい。」


 おかっぱ頭の少女が懐から封書を取り出すと、白蓮の部下がその封書を預かり、白蓮の(もと)へと持ってきた。


「封書は確かに受け取った。」


 白蓮は封書を手にすると、それを懐に入れた。


「二人共長旅で疲れているだろう、今日はこの城で休んでいくといい。」

「有難うございます、白蓮様。」

「流石、白蓮様は麗羽様と違って常識が有るなあ。」

「文ちゃんってば、麗羽様に怒られても知らないわよ。」

「どうせ聞こえないんだから大丈夫さ♪」


 おかっぱ頭の少女が注意をするも、バンダナの少女はそう言ってケラケラと笑っていた。

 その光景を見た白蓮は苦笑していたが、そこに涼が尋ねてきた。


「なあ、白蓮。」

「ん? 何だ、清宮?」

「今更だが、この二人は何進と誰からの使者なんだ? さっきから白蓮やこの娘達が言っている名前は真名だろうから、俺は判らないし。」

「それは済まなかった。麗羽ってのは袁紹(えんしょう)の真名で、この二人はその袁紹の部下だ。」

「成程、袁紹のね……。」


 白蓮から、おかっぱ頭の少女とバンダナの少女について教えられてる間、当の二人は涼をジッと見ていた。


「という事は、緑の髪の娘が文醜(ぶんしゅう)で、黒髪の娘が顔良(がんりょう)なのかな?」

「えっ!?」

「何であたい達の名前を知ってるんだ!?」


 涼が発した言葉に使者の少女達は驚いた。

 実は先程の挨拶では、二人は名前を言っていない。白蓮とは顔見知りの様なので、名前を言うのを省いたのだろう。

 それなのに、涼は二人の名前をピタリと言い当てた。驚くのも無理は無い。

 桃香や白蓮もやはり驚いており、涼を凝視している。

 その空気を読んだ涼は理由を話し出した。


「理由は簡単だ。さっきその娘が君の事を“文ちゃん”って言っただろ? だから君の名前が文醜だって解ったのさ。」

「ああ〜、成程〜。」


 バンダナの少女――文醜は涼の説明に納得しそうになる。

 だが、おかっぱ頭の少女――顔良は納得していないらしく、文醜に今の説明の疑問点を述べていく。


「文ちゃんっ、今の説明で納得しちゃ駄目だよぅっ。」

「え、何で?」

「何で? じゃ無いよぅ……。あのね、文ちゃん、今の説明だと、文ちゃんの“文”って姓は解るけど、“醜”って名は判らないでしょ?」

「……ああー、本当だーっ!」


 (しばら)く考えてから(ようや)く意味を理解したらしく、文醜は大きな声を上げた。


「それに、私は姓も名も喋ってないよ。」

「だよな。おい、何であたいだけでなく斗詩の名前を知ってるんだよ!」


 文醜はまるで敵を威嚇する様に、涼を睨みながら言った。

 一瞬にして場の空気が変わる。

 使者である文醜達は今謁見中の為に武器を持っていないが、何か有れば殴りかかってきそうな雰囲気だ。

 仕方無く、涼は改めて理由を述べた。


「何でって……まあ、名前を知っていたから、かな。」

「……はあ?」


 涼がそう答えると、文醜は間の抜けた声を出した。

 顔良も言葉の意味を測りかねており、桃香と白蓮もキョトンとしている。


「袁紹軍の二枚看板と言えば顔良と文醜だろ。だから名前を知っていただけさ。」

「あー、確かにあたい等は袁紹軍の二枚看板ってよく言われるし、それなら納得。斗詩もそう思うよな?」

「う、うん。」


 顔良は未だ少し疑問に思っている様だが、追及はしなかった。

 桃香や白蓮も納得したらしく、ホッとした表情を浮かべている。


(実は別世界から来たから知っているとか言ったって、理解されないだろうしな……。)


 涼は心の中で苦笑した。事情を話してる桃香達でさえ、ちゃんと把握はしていないかも知れない。

 何せ涼は天の御遣いにされているくらいだから。

 涼はそんな大層な存在では無いと自覚しているが、その名称の効果が有る間は、別に構わないと思っている様だ。


「そう言えば、あんた誰だ?」


 文醜は今気付いたかの様なトーンで尋ねる。顔良もまた同じ様なリアクションをとって涼を見つめた。


「そう言えば自己紹介が未だだったね。俺は清宮涼、義勇軍の副将を務めている者です。」

「あー、あんたがあの“天の御遣い”とか言われてる人か。」

「という事は、貴女が劉玄徳さんなんですね?」


 涼が「天の御遣い」と判った文醜はマジマジと涼を見つめ、顔良はその天の御遣いと共に戦っている桃香を見つめながら尋ねた。


「はい、義勇軍の総大将を務めている劉玄徳です。」

「と言うか、俺達三人を呼んだんだから、そっちは俺達の名前を知っているべきなんじゃないか?」

「それはそうなんですが、私達の名前を当てられて動揺してしまい、つい失念してしまいました。」

「ゴメンよ、御遣いのアニキ。」


 涼のツッコミに対して顔良は真面目に謝り、文醜は軽く謝った。勿論直ぐに顔良に叱られている。


「ま、まあ、良いじゃんか斗詩。それより、あたい達も御遣いのアニキ達に自己紹介した方が良いんじゃないか?」

「あっ、それもそうね。」


 文醜がそう提案すると、顔良はそれに同意して居住まいを正した。


「じゃあ、あたいから。あたいの姓は“文”、名は“醜”、字は“伸緑(しんりょく)”、真名は“猪々子(いいしぇ)”。宜しくなっ。」


 文醜はそう言って笑顔で手を振る。

 だが、文醜以外の全員は驚いて反応出来ないでいた。

 暫くして最初に反応したのは顔良だった。


「ちょっと文ちゃんっ、いきなり真名を預けるなんてどうしたのっ!?」

「いーじゃんか、斗詩。気にしなーい気にしない♪」

「気にするってばあっ。」


 文醜はケラケラと笑っているが、顔良の言う事はもっともだ。

 真名は神聖なものであり、呼ぶのを許可していない者が勝手に呼んだら首をはねられても文句は言えない程、大切なもの。

 それだけに、真名を呼ぶのを認める時は、相手を心から信頼しているという証になっている。

 だから、会ったばかりの涼に真名を預けた文醜の行動は、普通は有り得ない事なのだ。


「斗詩〜そんなに心配しなくたって大丈夫だって。あたいだってちゃんと考えてるからさあ。」

「……例えば?」


 心配する顔良に、文醜は耳打ちする様に顔を近付けて言った。


「天の御遣いと仲良くなってれば、姫も喜んでくれるんじゃないかと思ったんだよ♪」

「麗羽様が喜ぶ?」

「そっ♪ あたい等が天の御遣いと仲良くなっていれば、姫が天の御遣いに認められたって噂が立つかも知れないじゃんか。」

「成程……って、珍しく文ちゃん冴えてるね。」

「珍しくってなんだよーっ。」


 顔良の指摘に文醜は頬を膨らませるが、本気で怒ってはいない様だ。


「だからさ、斗詩も真名を預けなよ。」

「う……うん、そうするね。」


 文醜と顔良は一連の会話を声を潜めて話している。


「……随分と大きなヒソヒソ話だな。」

「ですね……あはは……。」


 だが、顔良は兎も角文醜の声は結構大きく、涼達は苦笑しながらその会話を見守っていた。

 やがて、会話を終えた二人は涼達に向き直って話しだした。


「えっと……兎に角そういう訳だから、あたいの事は真名で呼んでくれ。」

「ああ、解った。」

(って、どういう訳か説明してないじゃんか。)


 涼は心の中でそう突っ込んだ。

 それは桃香や白蓮だけでなく顔良も同じだった様で、文醜を見ながら苦笑している。

 その顔良は暫くして表情と居住まいを正し、涼達に自己紹介をした。


「私の姓は“顔”、名は“良”、字は“青恵(せいけい)”、真名は“斗詩(とし)”。お二人共、これから宜しくお願いします。」


 顔良はそう言うと、左手の掌に右手の拳を当てて平伏の姿勢をとる。


「ああ。君の真名、確かに預かったよ。」

「猪々子さん、斗詩さん、これから宜しくお願いしますね。」


 涼と桃香は共に笑顔で二人にそう言い、斗詩と猪々子も笑顔で応えた。

 こうして、涼達は顔良の真名「斗詩」と、文醜の真名「猪々子」をそれぞれ預かった。

 真名を預かった涼は、改めて斗詩と猪々子の姿を見る。

 斗詩の髪型は黒いおかっぱ頭で、瞳は薄い紅。

 紺に白のラインが入った服に白いミニスカート、紫のニーソックスを履き、服やニーソックスの上には金に黒いラインが入った鎧や籠手、足当てを身に付けていた。

 また、長い緑の布を首元と腰に巻いており、腰の布は蝶結びになっている。

 一方の猪々子は、髪型は外向きにはねた緑のショートヘアでバンダナを巻き、瞳は碧。

 服装は、基本的に斗詩と似た様な服や鎧を身に付けている。

 違いと言えば、指先や足も防具を身に付けている斗詩と違い、猪々子は胸と肩、そして籠手だけしか防具を身に付けていない事。

 ニーソックスは白で、更にガーターベルトらしき物が付いている事。

 服の色が緑で、腰の布は赤紫、首元の布は青だという事だ。


(大人しそうな感じの斗詩に、ボーイッシュな猪々子か……。)


 観察を終えた涼は、外見や口調がとても対照的な二人だなあという感想を、頭の中で述べていった。


「それでは白蓮様、私達はお言葉に甘えて休ませて貰います。」

「ああ、ゆっくり休んでくれ。」


 そう言うと白蓮は侍女を呼び、斗詩と猪々子を客室へと案内させてから、涼達を連れて執務室へと向かった。

 数分後、執務室には涼達三人の他に愛紗(あいしゃ)雪里(しぇり)、そしてもう一人の軍師である小さな少女が集まっていた。


「それで白蓮殿、袁紹と何進の手紙には一体何と書かれていたのです?」


 愛紗が白蓮に尋ねる。

 因みに、この二ヶ月の間に愛紗達は白蓮と真名を預け合っていた。


「それなんだが、簡単に言えば十常侍(じゅうじょうじ)を倒す手伝いをしてほしいそうだ。」

「十常侍を?」

「ああ。皆、十常侍の悪評は知っているよな?」

「ええ。帝が病弱で政治に疎いのを良い事に、好き勝手にやっているそうですね。」


 白蓮が涼達に確認すると、雪里は帽子の鍔を摘みながら言った。


「そうだ。お陰で今の漢王朝は腐敗しきっている。例えば、何もしなくても十常侍に賄賂を贈れば、簡単に昇進出来るくらいにな。」

「逆に十常侍に睨まれれば、例え戦功を上げていても左遷させられ、下手をすれば処刑されるそうです。」

「そんな……!」


 補足した雪里の言葉に、桃香は絶句する。

 涼も、判っていた事とは言え、実際に事実を耳にして少なからず動揺した。


「残念だけど、事実だよ桃香ちゃん。先の黄巾党の乱において、戦功をあげていた皇甫嵩(こうほ・すう)将軍は益州(えきしゅう)太守に、朱儁(しゅしゅん)将軍は車騎将軍(しゃきしょうぐん)として河南(かなん)の長官になったものの、その後賄賂を拒んだ為に左遷されたという話らしいし。」

「皇甫嵩将軍と朱儁将軍が!?」


 もう一人の軍師である小さな少女がそう言うと、桃香は驚きを隠さずに、怒りを含みながら声を震わせた。

 愛紗もまた驚きながら言葉を紡ぐ。


「あの二人も、我々連合軍に劣るとはいえ、かなりの戦功をあげていた筈。それなのに左遷とは、何と酷い……。」

「それが現実、か……。白蓮、君はどうするんだ?」


 重苦しい空気の中、涼は白蓮に尋ねた。


「麗羽の頼みをきくのはちょっと癪だけど、かと言って十常侍を放っておく訳にはいかないな。」

「じゃあ、決まりだね。」


 桃香はそう言って纏めようとした。

 だがその時、誰かが執務室の扉を開けて入ってきた。


伯珪(はくけい)殿、私抜きで軍議を始めるとはひどいではないですか。」


 入ってきた人物は、そう言って白蓮の前に立った。


「仕方ないだろ。呼ぼうと思った時に居なかったお前が悪い。」

「少しは探してくれても良いのではないですかな?」

「どうせまた、メンマを食べに拉麺(らーめん)屋に行ったのだろう?」

「失礼な、ちゃんと拉麺も食べていますぞ。」

「当たり前だ。拉麺屋で拉麺を残したら失礼だろ。」


 何だか、喧嘩してるのか漫才をしてるのか判らない感じになってきた。

 とは言え、このままでは話がややこしくなりそうなので、涼はその人物を宥め始めた。


「まあまあ、白蓮も悪気が有った訳では無いんだし、そう目くじらたてるなよ、(せい)。」

「……清宮殿がそう仰るなら、今日の所はここ迄にしておきましょう。」

「やれやれ……。」


 その人物――星は涼の説得に応じて身を引いてくれた。

 だが、その表情からは元々そんなに怒ってもいなかった様に見えていたので、放っておいても大丈夫だったかも知れない。


「それで、軍議の内容は一体何だったのですかな?」


 星は周りを見ながら尋ね、雪里がそれに応えた。


「成程、十常侍誅殺の要請でしたか。」

「ああ、私達はその要請を受ける事にした。星も来てくれるよな。」


 白蓮は星に確認する様に言った。言わなくてもついてくると思っていたが、一応礼儀として尋ねていた。

 だが、星は神妙な顔になって考え込んだ。


「……妙ですな。」

「何がだ?」

「悪政を強いる十常侍を倒すのは当然でしょう。ですが、袁紹は三公を輩出した名門袁家の出身で従姉妹には袁術(えんじゅつ)も居る。それに何より、何進は名目上とは言え洛陽を統べる大将軍。彼等の軍勢だけでも充分に十常侍を倒す事が出来る筈なのに、我々に迄出陣を要請するとは少々下せぬと思いましてな。」


 星はそこ迄言うと、まるで涼達の反応を見る様に周りを見た。

 それに応える様に、愛紗が言葉を紡ぐ。


「万全を期して、という事ではないのか? 十常侍の影響力は我々の想像以上なのかも知れないではないか。」

「だと良いのだがな……。」

「それじゃあ、星はここで留守番でもしておくかい?」

「御冗談を。天下の一大事になるかも知れない時に留守番等、この趙子龍(ちょう・しりゅう)に出来る筈が無いではありませんか。」


 尚も神妙な顔の星に涼がからかい気味に尋ねると、星――趙雲(ちょううん)は不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「それなら、最初から参加すると言えば良いだろ。」

「だよな。」


 白蓮と涼は苦笑しながらそう話し、軍議はこれで終わった。

 翌日、白蓮から返事の手紙を受け取った斗詩と猪々子は、一足早く洛陽へと帰っていった。

 一方の涼達は、幽州でそれぞれ部隊の編成をし、二日後に洛陽に向けて出撃した。

 洛陽は幽州から見て南南西に位置する漢王朝の首都である。

 首都だけあって人口が多く、また貴族達が多数住んでいる街である。

 一方で、貧民層も少なからず存在しており、貧富の差の解消は漢王朝の至上命題であった。

 だが、政治を取り仕切る宦官……特に十常侍にとって貧民層の人間等は問題にする事も無く、ひたすら自分達の栄華の為の政策を執り続けた。

 その結果、貧富の差は拡大し、人々の不満は増大していく。そして起こったのが黄巾党の乱なのだ。


「……しかし、未だに奴等は危機感が無い様だな。」

「だからこそ、何進や袁紹は十常侍を討とうとしてるんだろう。」


 食事をしながら、愛紗と白蓮はそう言った。

 今、涼達は洛陽迄あと半日という距離を残して夜営をしている。

 無理をすれば夕刻には到着したのだが、不測の事態に備えて休息をとる事にした。


「御主人様。」

「どうしたの、(しずく)?」


 もう一人の軍師である小さな少女――雫が、涼に向かって恭しく告げる。


「はい。念の為に放っておいた斥候(せっこう)が、先程戻ってきました。」

「そうか。何か変わった様子は有った?」

「いえ、特に何も無い様です。只……。」

「只……何だい?」

「強いて言うならば、いつもよりは静かだったとの事。その者は洛陽出身ですから、そこが気になった様です。」

「解った。斥候の人達には労いの言葉とゆっくり休む様伝えてくれ。」

「御意。」


 涼への報告が終わると、雫は一礼してから来た道を戻っていった。


「……どう思う?」


 涼が周りに居る面々に尋ねる。

 因みに、今この場に居るのは涼の他に桃香、愛紗、白蓮、星、そして短髪の少女の五人だ。


「やはり、洛陽が静かだというのは気になりますね。」

「つい先日迄大乱があったとは言え、洛陽はこの国の首都。それが静かとは、少し変ですな。」

「なら、明日の進軍は必要以上に気をつけていくべきだな。」

「だが、変に気を張ると敵に気取られるかも知れないぞ。」

「けど、だからと言って無防備なままで進むのは危険だと思うよ、時雨(しぐれ)ちゃん。」


 皆の意見は纏まりそうで纏まらない。

 自分一人だけなら多少の無茶も出来るだろうが、今の彼等は義勇軍と幽州軍合わせて約五万の大軍を統べる将と指揮官。彼等の判断一つで五万人の命、そしてその家族の運命が決まってしまうのだから、慎重になるのは仕方なかった。

 食事をしながらの軍議は長引きそうな雰囲気だったが、軍議は唐突に終わった。


「軍議並びにお食事中失礼します、清宮殿。」


 そう言って近付いてきたのは、義勇軍筆頭軍師の雪里だった。


「どうした?」

「……清宮殿に客人です。」

「客人?」


 どこか歯切れが悪い雪里の物言いと、「客人」というこの場に相応しくない単語に、涼は違和感を覚えた。

 そこに、一際明るい声が聞こえてきた。


「涼〜、久し振り〜♪」


 聞き覚えのあるその声は、真っ直ぐ涼に近付いてくる。

 まさかと思いながら声がする方に顔を向けると、やはりそこには見知った顔があった。


雪蓮(しぇれん)!?」

「ふふ♪ 三ヶ月振りね、涼♪」


 そう言いながら雪蓮は涼に抱きついた。お陰で涼の顔には雪蓮の豊かな胸が押し付けられている。


「ちょっ、苦しいよ雪蓮。」

「あら、気持ち良いの間違いじゃないの?」


 涼も男だ。美少女に抱きつかれて、しかも胸を押し付けられたら気持ち良いに決まっている。

 だが、この場でそんな事を言ったらどうなるか簡単に想像出来る。


(愛紗のあの一撃は痛いからなあ……。)


 過去の痛みを思い出して、心の中で肩をすくめる涼だった。


「と、取り敢えず離れてくれよ。これじゃ雪蓮の顔を見ながら話が出来ないからさ。」

「あら、上手い言い訳ね。」


 雪蓮は、艶っぽい笑みを浮かべながらゆっくりと涼から離れた。

 ホッとする涼だが、周りの視線が痛いのを感じたので、振り向かない様にする。

 空気が悪くなる前に涼は尋ねた。


「えっと、雪蓮はどうして此処に?」

「多分、涼達と同じ理由よ。」

「て事は、雪蓮も何進と袁紹の要請を受けたのか。」

「ええ、既に母様は洛陽に入っているわ。」

「あれ? 何で一緒じゃないの?」

「私もずっと母様と一緒って訳じゃないわよ。……それに、万が一って事も有るから、私達は遅れて来るように言われていたし。」

「万が一?」


 涼が疑問に思いながら呟くと、雪蓮は洛陽が在る方角を見ながら言った。


「……十常侍の奴等に察知されていたら、返り討ちに遭う危険性が有るからよ。」


 その表情には、先程迄の明るさや艶やかさは無い。

 そこに居たのは、孫家の武人・孫伯符(そん・はくふ)だった。


「……もし何かあっても、雪蓮が居れば立て直せるって訳か。」

「ええ。私達が生き残っていれば、孫家の血は絶えない。母様はそれを見越して、私達に遅れて来るように言ったのよ。」


 これから戦いが起こるのだから、そうした備えは必要だろう。

 平和な今の日本では余り考えられないが、この世界ではそれも普通の事なのかも知れない。


「……だから、ね。」

「ん?」


 雪蓮の口調と雰囲気が元に戻ったな、と、涼が思った時には再び抱きつかれていた。


「しぇ、雪蓮っ!?」

「だから……いっその事、涼と子供作ろっかなあって考えたんだけど、どうかしら?」

「どうかしら? じゃないよっ! そういうのは結婚相手としなさいっ!」

「だから、涼と結婚したいなあって、遠回しに言ってるんじゃない。」

「遠回しな上にいきなり過ぎるよっ!」

「いきなりじゃないなら良いの?」

「そういう意味でも無いからっ!」


 雪蓮は涼に抱きついたまま、本気なのか、からかっているのか、よく判らない口調で話し続ける。

 因みにこの間、桃香達は呆気にとられていた。

 やがて、桃香が最初に正気に戻った。


孫策(そんさく)さんっ! 涼兄さんを誘惑しないで下さいっ!!」

「あら、恋愛に妹の許可は要らない筈よ。」

「涼兄さんの場合は要るんですっ!」

「初耳だっ!」


 自分の恋愛が許可制だった事に驚き、思わず声を上げる涼だった。

 やがて、順次正気に戻っていき、それぞれ雪蓮に詰め寄っていく。


「孫策殿、少しは場をわきまえて頂きたい!」

「あら……ひょっとして貴女、妬いてるの?」

「なっ!? ち、違うぞっ! 私は兵達に示しがつかなくなってしまうから言っているのだっ!!」


 愛紗もまた、桃香と同じく雪蓮に詰め寄るが、逆にからかわれて赤面する始末。

 短髪の少女――時雨は喧嘩口調で雪蓮に殴りかかろうとするも、雪蓮には掠りもしなかった。因みに雪蓮は涼に抱きついたままだったので、涼も一緒に動いていた。

 白蓮は何とか場を落ち着けようとするが結局駄目で、雪里は諦めた様に溜息をついている。また、星に至っては一連の騒動を面白そうに見物していた。

 そんなこんなで収拾がつかなくなってきた時、聞き覚えの無い二つの声が涼達の耳に届いた。


「何をしているんですか、姉様!」

「悪戯が過ぎるわよ、雪蓮。」


 声のした方向に顔を向けると、そこには雪蓮と似た外見の少女と、長い黒髪の女性が並んで立っていた。

 雪蓮はその二人を見ながら、キョトンとしたまま声をかける。


蓮華(れんふぁ)冥琳(めいりん)。二人共どうしたの?」

「どうしたの? ではありません! ちょっと挨拶しに行くと言ったっきり帰ってこないから、一体何をしているのかと思えば……!」

「楽しいわよ♪ 蓮華も一緒にする?」

「しませんっ!!」


 雪蓮がからかう様に言うと、雪蓮と似た外見の少女――蓮華は顔を真っ赤にしながら拒否した。

 ひょっとしたら、蓮華はこういった話は苦手なのかも知れない。


「雪蓮、貴女の行動一つで我々の評価が決まるのよ。少しはそれを自覚して欲しいものね。」

「解ってるって冥琳。それくらいちゃんと自覚してるわよー。」

「……自覚してこれなら尚更困るのだがな。」


 黒髪の女性――冥琳は、やれやれといった感じで溜息をつきながらそう言った。

 どうやらかなり苦労しているらしい。


「あの……雪蓮、この二人は?」


 雪蓮に抱きつかれたまま涼は尋ねる。


「そう言えば涼は初対面よね。この二人は私の妹の孫権(そんけん)と、親友で軍師の周瑜(しゅうゆ)よ。」


 雪蓮の紹介により、蓮華と呼んでいた少女が孫権、冥琳と呼んでいた女性が周瑜と判った。


「成程、この二人が孫仲謀(そん・ちゅうぼう)周公瑾(しゅう・こうきん)なのか。」


 涼は二人を見ながら何気なく言った。

 だが、言われた方は何故か驚いている。


「なっ!?」

「……何故、私達の(あざな)を知っている!?」


 そう、雪蓮は勿論二人も喋っていないそれぞれの字を、涼はピタリと言い当ててしまったのだ。


「それは知っていて当然ですよ。なんたって涼兄さんは天の御遣いなんですから。」


 と、桃香が笑顔で言うが、


「いや、その理屈はおかしい。」

「ちゃんとした理由が無ければ納得は出来んな。」


と言われ、桃香は困ってしまった。

 とは言え、実際の所桃香が言った事は(あなが)ち間違っていないので、涼も説明し難かったりする。


「まあまあ、そんな細かい事、別に良いじゃない。」

「細かくありませんっ!」

「初対面の相手に字を当てられては、少なからず警戒するものだ。」


 雪蓮が取りなそうとしても、二人は納得しなかった。

 かと言って、元の世界……この世界で言う天界の事や自分の事を説明するのは難しい。それに、その事は余り言ってはいけない気がしていた。

 何故いけないかは、涼自身にもよく解らないのだが。


「ちゃんと説明してあげたいけど、上手く説明出来ないんだ。それと、桃香……劉備が言った事も間違ってはいないからね。」

「それで納得しろと?」


 涼が雪蓮から離れながらそう言っても、孫権は不満らしく、軽く涼を睨みながら語気を強めて言った。

 その態度が気に障ったのか、愛紗達もまた孫権を睨み始める。

 段々と場の空気が悪くなっていくのを、涼や雪蓮、そして周瑜は感じ取っていた。


「えっと……そう言えば雪蓮、孫権と周瑜の二人はこの間は一緒じゃなかったよね?」

「え? ええ、二人には私達の本拠地である豫州(よしゅう)を守って貰っていたのよ。そうよね、蓮華、冥琳?」

「え? ……ええ、その通りです。」

「我等の主たる海蓮(かいれん)様と雪蓮の二人が豫州を離れている間、黄巾党が攻め込んでこないとも限らんのでな。念の為私達は、小蓮(しゃおれん)様と共に豫州の守りに徹していたのだ。」


 場の空気を変えようと涼が雪蓮に話を振ると、雪蓮もそれを察してくれたらしく話に乗ってくれた。

 その為、孫権も話に乗らなければならず、周瑜に至っては積極的に話を展開していった。

 結果、場の空気は何とか保たれたのだった。


「……で、雪蓮は只挨拶しに来ただけじゃないんだろ?」


 場の空気が安定した所で、涼は話を戻す為に雪蓮に話し掛けた。


「まあね。こうして涼と仲良くしたりとか……。」

「それは解ったから、真面目に話してよ。」


 再び抱きつこうとしてきた雪蓮をかわしながら、涼は話を促す。


「これも真面目な話なんだけどなー。」

「……それはそれで色々と困るから勘弁してくれ。」


 涼がそう言うと、雪蓮はまるで拗ねた子供の様に頬を膨らませていたが、孫権や周瑜が諭したら苦笑しながら大人しくなった。

 どうやら、この二人には頭が上がらないらしい。


「まあ、簡潔に言うなら、この前みたいにまた一緒に戦いましょうって事よ。」


 真面目な表情になった雪蓮が、涼達を見ながらそう言った。

 涼は、雪蓮がそう提案すると解っていたのか、余り驚かずに応える。


「それはこっちとしても異存は無いよ。雪蓮達の軍の強さは連合軍で目の当たりにしてるからね。」

「涼ならそう言ってくれると思ったわ♪」


 涼が快諾すると、(あらかじ)めそう応えると解っていたのか、雪蓮は笑顔で抱きついてきた。

 その結果、桃香達と雪蓮達との間で再び揉めたのは、言う迄もない。

 それから、互いの親睦を深める意味を込めて、雪蓮達も涼達と一緒に食事をとる事になり、義勇軍陣内は暫くの間賑やかだった。

 そして食事を終えた雪蓮達は今、自陣に戻ってきている。


「まったく……姉様はもう少し総大将としての自覚を持ってもらわないと困ります。」


 その自陣の奥に在る一番大きな天幕の中で、孫権は溜息混じりにそう言った。

 因みに今、その天幕の中には孫権、雪蓮、周瑜の三人しか居らず、護衛の兵士達は出入り口に立っている。


「そう言われてもねー。母様と合流したら、私は副将に戻る訳だし。」

「それでも、今のこの軍は姉様の軍なのです。ですから、姉様は総大将としてしっかりしてもらわないと……。」


 相変わらず軽い口調の雪蓮に、孫権は説教をする様に言葉を紡いでいく。

 時々、雪蓮は助けを求めるかの様にチラッと周瑜を見るが、その周瑜は気付かない振りをして二人のやり取りを見続けていた。


「姉様は孫家の後継者なのですよ。その自覚を持ってこれからは……。」

「けど、私に何かあったら、蓮華が後継者よね?」

「っ!?」


 孫権の言葉を遮って雪蓮がそう言うと、不意をつかれた孫権は絶句してしまった。

 孫権は無意識の内に生唾を飲み込み、目の前に座っている姉を見る。

 姉の表情は、先程迄見せていたいつもの明るくて人懐っこい表情ではない。

 武人として、孫家の後継者としての、凛々しく、どんな相手でも萎縮させる覇気を持った、「孫伯符」がそこに居た。

 その「孫伯符」が、表情を変えずに孫権に問い掛ける。


「母様に何かあったら私が、私に何かあったら貴女が、そして、もし貴女に何かあったらあの子が後継者になるのよ。それは解っているのかしら?」

「……解っています。ですから、今回の出陣に“シャオ”を連れてこなかったのですよね?」

「そうよ。勿論、豫州を空にする訳にいかないって理由も有るけどね。」


 「シャオ」という、恐らく二人と親しい者の名前もしくは愛称を口にしながら、二人の会話は続く。


「ええ。黄巾党が居なくなったとはいえ、豫州を狙う者がいつ現れるか判りませんから。」

「だから豫州にシャオを残す事で両方を守るのよ。勿論、シャオを守る事が最優先なのは間違いないけどね。」

「はい。……つまり、私達にも後継者としての自覚を持てと仰りたいのですね?」

「そうよ。……母様だって、そうしてきたのだから。」


 雪蓮がそう言うと、孫権は勿論ながら、周瑜も神妙な面もちになって僅かに俯いた。


「父様が急死されて以来、母様は孫家の当主として頑張ってきたわ。……まあ、ちょーっと頑張り過ぎな時もあったけど。」


 幼い頃、自身が体験した「或る事」を思い出したのか、雪蓮は苦笑しながらそう言った。


「だから……私達にも自覚を、という訳ですね……。」

「そうよ。……だから、私が涼と仲良くなるのも当然なのよ。」

「はい……って、ええっ!?」


 思わず肯定するも、内容がおかしい事に気付き、驚く孫権。

 目の前に座っている姉の表情は、いつの間にか明るく人懐っこい表情になっていた。

 また、周瑜はというと、やれやれといった表情を浮かべながら軽く溜息をついている。最早何か言うのは諦めたのだろうか。


「姉様、何故あの男と仲良くなる事が当然なのですか!?」

「だって、涼は“天の御遣い”なのよ?」

「その様な肩書き、戯れ言に違い有りません!」

「そうかしら? 涼の衣服はこの国で見た事が無いし、それに、初対面の貴女達の字を言い当てたわ。」

「そ、それは確かにそうですが……。」


 先程の事を思い出しながら、孫権は言葉に詰まった。


「……それに、もし涼が天の御遣いじゃなくても構わないのよ。」


 困惑している孫権に、更に困惑する様な言葉を紡ぐ雪蓮。

 そして、やはり孫権は更に困惑しながら尋ねる。


「ど、どういう事ですか!?」

「黄巾党の乱での活躍もあって、民衆の大多数は涼を“天の御遣い”と認識しているわ。勿論、蓮華の様に疑っている者も多数居る。」

「それはそうでしょう。皆が皆同じ意見になる事等、有り得ません。」

「ええ。だけど、人は流され易い生き物よ。肯定派が多数を占めていれば、少数の否定派から肯定派に移る者が出る。」

「そして、物事は基本的に多数派の意見が通ります。つまりこの場合、“清宮涼は天の御遣いである”という意見が多数を占めている現状では、余程の反対意見や証拠が無い限り、否定しても意味は有りません。」


 雪蓮、そして周瑜がゆっくりと孫権に説明をしていく。

 その説明を聞いていく内に、いつの間にか孫権は冷静になっており、先程迄の困惑した表情は消え失せていた。


「ならば、“天の御遣いである清宮涼”と親睦を深める方が良いでしょう。ひょっとしたら、“孫軍が天の御遣いに認められた”という噂が流れるかも知れません。」


 そこ迄言うと、周瑜はまるで答えを促す様に孫権を見た。


「……つまり、“天の御遣い”の威光を得る、という事ですか?」

「まあね。」


 孫権の答えに、雪蓮は満足した様に頷きながら肯定する。それは周瑜も同じ様だ。


「十常侍によって政治は腐敗し、黄巾党の乱で漢王朝の国力は更に低下した。今更十常侍を討っても、直ぐに漢王朝が立ち直れる訳は無いわ。」

「そうなると、先ず間違い無く天下を取ろうとする者が現れるでしょう。つまり、戦乱の世が続くのです。」

「その時に少しでも優位な立場に立つ為に、清宮を利用する訳ですか?」


 孫権が確認する様に尋ねると、雪蓮と周瑜は殆ど同時に頷いた。


「清宮と劉備には人を惹き付ける人徳が有ります。余程の失態や醜態が無い限り、民衆は彼等を支持するでしょう。」

「なら、涼達と仲良くしていれば孫家にとって有益になるでしょ?」

「確かに……。」


 二人の説明を受けた孫権は納得し、また、自分の浅慮と姉や軍師の深慮を比べ、自己嫌悪に陥っている。

 そんな孫権を見ながら、雪蓮が明るく告げた。


「……まあ、そんなのは関係無く、涼の事を気に入っているんだけどね♪」

「姉様!?」

「だって、涼って結構良い男よ。」

「顔が良ければ良い訳ではありませんっ!」


 戸惑っていた孫権が、顔を真っ赤にしながら断言する。


「勿論よ。涼は顔だけでなくちゃんと実力も有るわ。」

「そんなの信じられません!」

「……けど、私は涼に負けたのよねー。」

「なっ!?」


 雪蓮の言葉に絶句する孫権。

 暫くして「そんなの嘘です」と言おうと口を動かし始めた時、周瑜が告げた。


「驚くのも無理はありませんが本当です、蓮華様。先の戦いで孫軍が連合軍に参加していた時、雪蓮は清宮に一騎打ちを申し込み、返り討ちにあったと泉莱(せんらい)様が仰られてました。」

「そんな……。」


 姉が負けていた事がショックだったらしく、今迄で一番動揺している。


「まあ、信じられないなら、その目で見極めれば良いわ。これから暫くは一緒に居るんだからね。」

「……はい。」


 落ち込んでいる孫権を励まそうとしたのか、雪蓮はそう言って微笑んだ。

 それから、幾つかの話をして三人は各々の天幕へと戻っていった。

 だが、孫権だけは心の中に(もや)がかかったままでいた。

 結局、その靄は孫権が眠りに就く迄消える事は無く、翌朝目が覚めると再び現れたのだった。


「孫権、その顔どうしたの? ひょっとして寝不足?」

「……少しね。」


 翌日の朝、軍議と朝食を兼ねて集合した涼達と雪蓮達。

 そこで見た孫権の顔には隈があり、涼は心配になって声を掛けたのだった。


「大丈夫? 無理はしない方が良いよ。」

「……解ってるわ。」


 素っ気なく返事をし、所定の椅子に座る孫権。

 その態度に愛紗達は不快感を露わにするが、涼は何とか落ち着く様に宥める。


「雪蓮。」


 そこに、一人遅れていた周瑜が到着する。その手には竹簡(ちくかん)が握られていた。

 因みに竹簡とは、竹の板を紐で纏めた物で、紙が貴重なこの世界では一般的な書写の材料である。


「なに?」

「今、洛陽の海蓮様から連絡があった。」


 周瑜はそう言って竹簡を雪蓮に手渡す。

 受け取った雪蓮は竹簡を開いて内容を確認する。


「…………これは……。」


 そう呟くと、真面目な表情のまま読み続ける。


「姉様、一体何があったのですか?」


 座っていた孫権も、その雰囲気から心配しながら立ち上がり声をかける。

 また、涼も軍師二人と共に雪蓮の側に立ち、彼女の言葉を待っていた。


「何進と袁紹が、十常侍の蹇碩(けんせき)誅殺(ちゅうさつ)したそうよ。」


 雪蓮が発した言葉に、孫権達は驚きを隠せなかった。


「なら、十常侍を全て討ったのですか?」

「いや、竹簡に蹇碩の名前が書かれているのなら違うと思う。もし十常侍全てを討ったのなら、“十常侍を討った”とだけ書かれているだろうからね。」


 孫権が雪蓮に尋ねると、雪蓮が答える前に涼が推測を述べた。

 すると雪蓮は、小さく笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。


「涼の言う通りよ。……これによると、蹇碩は何進を暗殺しようとしていたらしいけど、それが何進にバレたのね。で、何進は先手を打って蹇碩を討ったんだけど、その直後に妹の何大后(かたいごう)に説得され、兵を退いたみたいね。」

「馬鹿な! そこ迄きて兵を退く等有り得ません!!」

「私も蓮華と同意見よ。そして、それは母様達も同じみたい。今、袁紹や盧植達と共に、再び十常侍を討つ様に何進を説得しているそうよ。」


 雪蓮はそう言って竹簡を涼に手渡した。

 涼は竹簡を開いて内容を確認する。因みに、涼はこの世界に来てほぼ毎日勉強をしていた(させられていた)為、今や文字を読む事に支障は無い。


「孫堅さんは何進への説得の意味を込めて、雪蓮にも洛陽に入る様言ってきてるね。」

「そうなのよ。まあ、要は数に任せて脅かしちゃえって事よね。」

「身も蓋もない言い方だな。」


 涼が苦笑しながら言うと、雪蓮はケラケラと笑いながら言った。


「だって事実だしねー。……で、私としては涼にも来て欲しいんだけど、どうかしら?」

「元々そのつもりで洛陽迄来た訳だし、構わないよ。雪里と雫もそれで良いよね?」


 涼は雪蓮に答えてから二人の軍師に向き直る。


「はい。今、十常侍を倒さないと、この国が立ち直る機会は遠退いてしまうでしょう。ここは同行するべきです。」

「また、万が一の時の為に、愛紗さんと時雨ちゃんを護衛につけておく事をお勧めします。」

徐庶(じょしょ)簡雍(かんよう)の二人がそう言うと、安心するわね。」


 二人が太鼓判を押したので、雪蓮は笑みを浮かべて周瑜に向き直り、これからについて話を始めた。

 因みに、簡雍とは義勇軍の副軍師を務めている小さな少女――雫の事だ。

 鉄門峡(てつもんきょう)の戦いの後に、地和(ちいほう)達と共に義勇軍に参加した彼女は、主に雪里の補佐をしている。

 その為、連合軍で一緒だった雪蓮は彼女の実力をよく知っており、どうやら認めている様だ。

 雪蓮が周瑜と話してる間に、涼は軍師達の提案を吟味し、結論を出す。


「……よし、なら愛紗と時雨と雪里、それと五百の兵に同行してもらう。桃香と雫、鈴々と地香(ちか)はここに残って義勇軍の指揮と防衛を頼む。」

「五百しか連れて行かなくて良いの? もう少し多い方が、脅しになるんじゃないかしら?」

「いや、ここは敢えて少なく見せるべきだよ。」

「清宮、どうしてそう思う?」


 雪蓮の疑問に涼が答えると、孫権がその理由を聞いてきた。

 涼は孫権達を見ながら説明を始める。


「何進が十常侍の誅殺を止めたのは、妹に説得されただけじゃないと思うんだ。」

「と言うと?」

「さっき孫権が言った様に、幾ら説得されたとは言え、普通に考えるとこの状況で兵を退くのは考えられない。それでも退いたのは、何進が戦いを恐れたからじゃないかと思うんだ。」

「馬鹿な。仮にも何進は大将軍だぞ? 戦いを恐れる等……。」

「けど確か、何進は元々軍人じゃなく、妹が皇后になった事で軍人になった人間。なら、戦いの経験は少ない筈だ。」

「それに、広宗(こうそう)の一件を見る限り、余り実力も無い様です。ならば、清宮殿の考えも強ち間違っていないと思います。」


 始めは否定的な孫権だったが、涼と雪里の説明を聞く内に少しずつ納得していった。


「何進についての清宮の見解は解った。だが、それと少数の兵を連れて行く事の関連性は何だ?」


 孫権は腕を組みながら尋ねる。

 涼はそんな孫権を見ながら説明を続けた。


「臆病な人間は、普通なら脅かせば簡単に屈服するだろう。だけど、人によっては意固地になって屈服させるのに時間がかかる事もある。」

「確かに。」

「既に孫堅さん達が沢山の兵を引き連れて洛陽に居るみたいだし、何進にかかっている重圧はかなりのものだろう。」

「……成程、何進を疑心暗鬼にさせる訳か?」


 何かに気付いたらしく、周瑜が笑みを浮かべながら涼を見据えた。


「流石は周瑜さん、その通りです。今の状況で俺が少数の兵を連れて行ったら、何進は一旦安心するでしょう。ですが、直ぐに何故俺の兵が少数なのか疑問に思う筈です。」

「仮にも大将軍である何進が天の御遣いである涼の現状を知らない筈は無いし、今迄の流れと違う展開になったら疑問に思うわね。」


 雪蓮がそう言うと、涼は頷きながら説明を続けた。


「ああ。そして俺はそこで普通に接するだけで良い。臆病な人間は同時に深読みし易いから、少数の兵が実は精鋭中の精鋭なんて勘違いをするかも知れない。」

「直接脅すより、間接的に脅した方が効果的って訳ね。まったく、涼ってば考えが結構エグいわね。」

「脅すとかエグいとか言うなよ……まあ、実際そうなんだけどさ。」


 涼は雪蓮にからかわれながらもその言葉を肯定し、皆に意見を求める。

 すると、皆涼の考えに同意したらしく、反論は全く無かった。

 そうして皆に囲まれている涼を、孫権は静かに見つめ、やがて呟いた。


「……冥琳。」

「何でしょうか?」

「清宮の実力は未だ判らないわ。……けど、少なくとも今迄の評価を改める必要はありそうね。」

「……そうかも知れませんね。」


 周瑜は孫権と雪蓮、そして涼を見ながら優しい声で応える。

 だが、再び涼を見る周瑜の眼は、一瞬だけ鋭く光っていた。

 当然ながら涼はそれに気付かず、話しかけてきた白蓮達の応対をしていた。


「白蓮と星は幽州軍だけど、本当に俺が決めて良いのか?」

「清宮は連合軍の総大将を務めていたんだし、私は構わないぞ。」

「伯珪殿の客将である私も異存ありません。」


 二人にそう言われた涼は、暫く考えてから告げる。


「なら、ここで桃香達と共に待機してて。もし何かあったら、皆と共に対応してくれ。」

「解った。」

「承知しました。では。」


 白蓮と星はそう言うと幽州軍の指揮に戻っていき、涼もまた雪蓮達と一旦別れ、義勇軍に指示を出しに向かった。


「……姉様。」

「なに?」


 その直後、孫権が雪蓮に話し掛ける。その表情にはどこか迷いが見えた。


「……私も洛陽に行っては駄目でしょうか?」

「ダメ。」

「やっぱりですか……。」

「勿論よ。けど、理由が解っているのに何故訊いたの?」

「それは……。」


 言い澱んだ孫権は、義勇軍の方をチラッと見る。

 雪蓮はその仕草を見逃さず、暫く考えてから笑みを浮かべながら尋ねる。


「……なあに? ひょっとして、涼に惚れた?」

「ち、違いますっ!」

「じゃあ何で涼が居る方角を見たの?」

「そ、それは……。」


 雪蓮の追及に孫権は思わず言い澱み、俯いてしまうが、孫権はその理由を解っていた。

 清宮涼を見極めたいが、認めるのが恐い。もし認めたら、何かが変わってしまう気がした。

 何が変わるのか迄は、ハッキリと解らなかったが。


「……まあ良いわ。今は興味無くても、何れ好きになれば良いんだし。」

「…………はい?」


 雪蓮の思わぬ言葉に、孫権は間の抜けた声を出した。


「姉様……それってどういう意味ですか……?」


 雪蓮の言葉の意味を測りかねた孫権が、恐る恐る尋ねる。

 そんな妹の態度に気付いてるのか気付いていないのか解らないが、雪蓮は明るく言い切った。


「どういう意味って、そのままよ。貴女が涼を好きになって、子供を作ってくれないかなあって事♪」

「…………えーーーーーっ!!」


 雪蓮はサラッととんでもない事を言い、孫権は言葉の意味を理解した瞬間、人目もはばからずに大声をあげて驚いた。


清宮涼と自分が、子供を作る。


 それはつまり、二人がとても「親密な関係」になるという訳で。

 「親密な関係」が何を意味するのか、十代半ばの孫権には当然ながら解っている訳で。

 その状況を安易に想像する事もまた、簡単だった訳で。


「な、な、何を仰っているのか解っているのですか、姉様っ!!」


 だからこそ、孫権はその褐色の肌を、普段では有り得ない程に紅潮させている訳だった。


「当然解っているわよ〜♪ 孫家に“天の御遣い”の血を入れる、って事でしょ♪」

「で、ですからっ! それがどういう事か解っているのかと訊いているんですっ!!」

「ああ、涼と“まぐわう”って事?」

「そ、そうですっ! 姉様は、私にあの男とまぐわえと!?」

「勿論、無理強いはしないわよ。けど、そうなったら良いなとは思っているわ。」


 話が話だけに、孫権は声を潜める様にして尋ねていく。

 それにつられたのか、雪蓮も若干声量を落として話を続けた。


「何故そんな事を……。」

「昨夜言ったでしょ、天の御遣いの威光を借りるって。これもその一つよ。」

「それにしても、子供なんて未だ私には……。」


 孫権は真っ赤になった端正な顔を俯かせながら、小さな声で反論する。


「何言ってんの。私は今十九歳で貴女は十六歳。シャオは十三歳だから未だちょっと早いけど、私達は充分子供を作れる年齢よ。」

「それはそうですが……。」


 だからと言って、好きでもない相手を好きになれとか、子供を作れとか言われて、納得出来る訳が無い。

 雪蓮の言い分が理解出来るだけに、孫権は納得しきれなかった。


「まあ、私達三人の内、誰かが涼と子供を作れば良いんだし、深く考えない方が良いわよ♪」

「無理です!」


 孫権は真っ赤な顔のままそう言った。

 その後、話は一部始終を見ていた周瑜に「いい加減にしなさい!」と注意される迄続いた。


「お待たせー……って、何かあったの?」


 涼は、目の前の光景に戸惑いながら尋ねた。

 雪蓮と孫権が並んで地面に正座させられ、周瑜に説教されているのだから、戸惑うのも無理はない。


「気にするな、ちょっと常識について説教していただけだ。」

「常識って……雪蓮は兎も角、孫権も常識について怒られるなんて意外だな。」

「涼〜、それはちょっと酷いんじゃない?」


 流石に雪蓮が文句を言ってくるが、直ぐ様周瑜が窘めてきたのでそれ以上は言わなかった。

 一方、孫権は静かに正座したまま反論しようとはしない。

 姉妹なのにこうも違うものかと、涼は驚きながら二人を交互に見ていった。


「よく解らないけど、こっちは準備出来たし、二人を解放してやってくれないか?」

「仕方ないな。」


 周瑜は涼の頼みを聞き入れ、最後に一言念を押す様に言ってから二人を解放した。

 雪蓮はお礼がてら涼に抱きつこうとしたが、最早慣れてる涼は簡単にかわしていく。

 その度に雪蓮は文句を言ってくるが、やはり周瑜に宥められてそれ以上は言わなかった。

 この様に色々あったものの、涼達は漸く進み始めた。

 倒さなければならない相手である十常侍が居る、洛陽へ。

第七章「戦乱の火種」をお読みいただき、有難うございます。


今回は十常侍を倒す為の前段階となっています。

幽州での暮らしから一気に舞台が洛陽に移りますので、この章は比較的短く纏められました。

斗詩と猪々子の字も、顔良と文醜の字が伝わっていないので、便宜上勝手に付けました。御了承下さい。


今回、漸く「雫」が「簡雍」だと明かせました。特に秘密にする理由は無く、三国志に詳しい方なら予想出来たでしょうが、果たして当たった方は居るのでしょうか?

そういや、もう一人もこの時点では未だ明かしていませんでしたね。


今回で漸く、恋姫シリーズの人気キャラの蓮華と、無印ではボスキャラの一人だった冥琳が登場しました。

彼女達は当然ながら物語の中心人物の一人なので、扱いには細心の注意を払わなければなりません。蓮華はいつデレるんでしょうね←


今回のパロディネタ。

「いや、その理屈はおかしい。」→「いや、そのりくつはおかしい。」

国民的マンガ、「ドラえもん」でのドラえもんの台詞の一つです。因みにてんとう虫コミックス第6巻に収録されています。

「ドラえもん」は全巻読破している自分ですが、執筆当時は全くパロディとして書いておらず、後日、この台詞がAA(アスキーアート)される程のネタになっている事を知ったくらいです。以前読んでいた記憶が自然と台詞に現れたのかも知れませんね。


次はいよいよ洛陽に入ります。第八章編集終了後にお会いしましょう。



2012年11月28日更新。

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