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千夏ルート 十四

毎回お読みいただいてる方に最大限の感謝を…。

本当にありがとうございます。

お読み下さってるあなたのおかげでこうして執筆が続けられてます。


「んー、やっぱ二ターン前のミスが響いたっすね。あそこで突っ込んでればなー」


準決勝は終了した。

白栞は相性不利などなんのその。ジワジワと相手の牙城を崩し、華麗に勝利した。

そして、千夏は。


「にしても、ちょっとらしくないミスでしたね。連戦だったから疲れもあるでしょうけど、何かあったんすかね」


状況的には理解できるミスだ。大舞台の緊張。全国大会の参加が決定したことによる安堵。

通常の選手ならこの局面で大きなミスをしても不思議ではない。

だが、千夏がそんなミスをするとは、俺には思えなかった。


「ま、しょうがないっすね。こりゃ優勝は久遠さんが……って先輩、どこ行くんすか!」

「いったん抜けるわ!」


それだけ言い残し、俺は出口へと駆け出した。


♢♢♢


「よう、お疲れ」

会場の外のベンチ、その中でも特に目立たない場所に行けばいるだろうと踏んでいたが、案の定だった。

長年見慣れている後ろ姿に声をかける。

大舞台に立つ可能性もあった日だというのに、相変わらず適当に結んだサイドテールからは乱雑に毛束が飛び出している。


「最後まで見てたぜ。全国出場決定なんてすげえな」

「言葉とテンションが合ってねえぞ。なんだよ」


話が早くて助かるな、ほんと。

そりゃ全国へ行けるのは凄いことだが、こいつならもっといい結果を残せたはずだった。


「らしくねえじゃん。どうしたんだよ」

「別になんでもねーよ。もういいだろ、負けて傷心中のアタシをそっとしておいて、ハニーの優勝を見届けてやれよ」


俺はそこまで聞き終えてから、千夏の隣に腰を下ろした。


「聞こえてなかったのかよ」

「聞いてたよ」


高校生になっても変わらない。

ガサツで努力家で、強がりな幼馴染。


「お前の強がりは分かりやすいんだよ」

「……うっせーよ、ばか」

「勝てる試合だったな」

「その言い方は相手に失礼だし、そうは言い切らねえよ。負けたのはアタシだ」


選手としての誇りか、あるいは気質か。おそらく両方なのだろう。

千夏は対戦相手へのリスペクトを常に持っている。


「勝ち筋が見えてたのは事実だ。ライフもボードも投げ捨てて突っ込んでれば、結果は違ってたかもしれねえ」


仮定の話として語る千夏。

俺は相手の手札も分かってたし、そのプランなら勝てていたことを知っている。

そして、千夏目線でも、そのプランが一番裏目が少ないと分かるのだろう。


「あの時、なんでリソースを残しにいったんだ」


もちろん、気持ちは分からなくもない。重要な局面だ、勝ちに行くより負けたくないという気持ちが上回ってしまい、結果的に日和った一手になることもあるのは理解できる。

だが、こいつに限って、そんなヘマはしない。

何かがあったのだ。千夏の歩みを止めてしまう何かが。


「十分な戦績だろ」

「千夏らしくなかった」

「アタシらしいって何だ。無鉄砲にガムシャラに攻めれば良かったか?」

「違う。普段の千夏は前のめりに殴るわけじゃない。きちんとリソースとボーダーラインを見極めて、キルターンから逆算して最大限の速攻を仕掛けてる。でも、さっきはそうじゃなかった。もう少し攻められる所で受けに回ってた…」

「……配信もあったし、初めての大舞台で緊張してたんだよ。悪かったな、下手なとこ見せて」

「そんなわけない。確かに正着を指そうとしてた。でも、急に……そう、白栞の決勝進出がアナウンスされた時に」


カードから手を離してエンドを宣言しただろ。その言葉は続けられなかった。

目の前で、千夏が泣いていた。

ガサツで男勝りで、抜けてる所もあって、笑顔が可愛くて、前のめりで前向きな千夏が。

俺の目の前で、泣いてたんだ。


「……わりい」


そう言ってさっと目元を拭うと、ベンチから立ち上がり歩き出す千夏。俺は咄嗟に引き留めようとした。

ここで一人にしてはいけないと思った。一人にさせたくないと思った。

手を掴もうとしたが、足早に立ち去ろうとする人間の手をとっさに掴むのは難易度が高すぎた。俺の手が空をつかむ。


「千夏、待てよ!」


声をかけるが、千夏は待ってくれない。

止まれ。止まってくれ。

そんな顔したまま、一人にならないでくれ。


俺に、お前の力になる、チャンスをくれよ。千夏。


「――千夏!」


足を止めない幼馴染に対し、どうしたらいいのか分からなかった。泣いてる千夏を見て動揺した。後から言い訳は色々並ぶが、この時は自分でもなんでこんなことをしたのか分からなかったのだが。


俺は、気付いたら、後ろから千夏を抱きしめていた。


「……なんだよ。ハニーに怒られるぞ。離せよ。」

「嫌なら……振り解けば良いだろ。お前、俺より力強いじゃんか」

「ハッ……女の子に、言っちゃいけない、セリフだよなぁ……」


千夏は、俺を振り解かなかった。



「アタシはさ……昔、白栞に負けたんだ」

ぽつりと、千夏が語り始めた。俺の腕は、まだ千夏を捕らえたままだ。


「そんなの、俺だって同じだ。クラスのやつはみんな負けてるだろ」

「そんなんじゃねえよ……大事なモン賭けて、勝負の約束までしたのに、土壇場で怖くなって逃げた。それ以来、アタシはずっと白栞と戦わないようにしてきた」


白栞との対戦を避けてるのは、随分昔から気付いてた。もう十年以上の付き合いなんだから当たり前だが。

俺たちはそれを、負けず嫌いな千夏のプライドだと思ってた。同時に、いつか白栞に勝つために毎日努力してるんだと。


「アタシはさ。アビカのプロリーグに出たいんだ。そこでアタシの強さを証明したい。だから毎日、使える時間は大体強くなることに費やしてきた」

「でもさ、その努力の中には……白栞に勝って、自分が失った自信を取り戻したいってのもあったんだ」

「ここ十年、毎日ずっと努力してきた。きっとアタシはそこらのやつには負けないし、プロに片足突っ込んでるくらいの奴とだって戦えると思う。本当に死ぬ気で努力してきたんだよ」


そんなの知ってる。

知ってるよ、千夏。

お前が普段ボーっとしてる時は、頭の中で戦略を考えたり対戦の振り返りをしてるんだろ。

お前が授業中に寝てしまうのは、遅くまでオンラインで対戦を繰り返してるからだろ。

勉強嫌いでノートも碌に取ってないお前のシャーペンがボロボロなのは、全部の対戦のデータをノートに纏めてるからだろ。


お前が強いのは、努力してきたからだ。

俺は、知ってるよ。俺が知らないところで、俺の想像もつかないような努力をしてるんだってこと。


「ここまでやって、本気でやって、それでも白栞に負けたら?アタシの十年の努力はどうなる?何が残るんだよ!」


だから。

それが通用しなかった時が、何よりも怖いんだってこと。


「今日の準決勝だって……アタシ、分かってたよ?攻め続けることに、裏目なんかほとんど無かった。勝ちにいくなら……攻めるタイミングだったんだ……っ!」


千夏も同じなんだ。白栞に負けて、折れちまったんだ。

俺と、こいつはーー


「勝ったら、白栞と当たるって分かって……っ!頭、真っ白になって。怖くっ、なって……っ」


ーー泣きながら慟哭する千夏と俺は、同じ傷を持ってるんだ。


でも、それでも。

俺と千夏は、たった一つが決定的に違う。

俺はあそこで全部から逃げた。立ち向かうことをやめた。諦めた。

でも、こいつは。千夏は。


「……お前は凄いよ、千夏」


千夏を抱きしめる腕に、力が入った。


「俺は、白栞に負けてから全部諦めた。強くなることも、本気で勝ちにいくってことも。俺はずっと逃げてきたんだ」

俺と千夏の違うところ。それは、俺が一番見習うべき所だ。

「お前は凄いよ」


俺は千夏を離して、ゆっくり目を合わせる。


「お前はずっと足掻いて努力してきたんだろ?いつか戦えるように、いつか勝てるようにって」


勝ちも負けも何の価値も生まれないように、俺は足掻くことをやめてしまった。


「凄いよ。俺はずっと逃げてきた。だから、今お前の苦しさを簡単に分かるなんて言ってやれない。お前に言葉をかける資格がない」


思いつく慰めの言葉の全てに、何も説得力は無かった。

俺と同じ傷を持ち、それでも立ち上がって前へ進んでいる少女に、今の俺がかけられる言葉などあるはずがない。

だから。


「だから、俺ももう逃げないよ。お前みたいに、足掻いてみる」

「……結翔?」

「一週間後。あの頃の秘密基地に集合だ」


だから、千夏。

見ててくれるか。今更でもお前に倣って立ち上がろうとする俺を。

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