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千夏ルート 十一

いつも閲覧ありがとうございます。

コミティアの準備で投稿ペースが落ちていますが、少しずつ書き進めていきます。


空は晴れ渡っているが、天気予報によれば夕方には雨が降り始めるらしい。

鞄に折り畳み傘を入れて家を出る。


今日はAWGの地区大会だ。

もちろん、店舗予選で敗れた俺は選手ではないのだが。幼馴染二人が参加するのだ、応援に行かないわけにもいくまい。


白栞は知らないが、千夏は随分と調子が良いようだ。

一時は部室で頭を抱えている時間が長く、少し心配だったのだが。

あの調子なら、もしかしたら地区大会も突破してしまうかもしれない。


地区大会でベスト4に入賞した選手は、全国大会に参加できる。

言うだけなら簡単だが、店舗代表決定戦を勝ち抜いた強者たちがたった四つの席を奪い合うというのだから、気の遠くなる話だ。


普段待ち合わせに使っている駅前広場に着く。まだ朝も早い時間だからか、休日にも関わらずあまり人はいなかった。

ついいつもの場所で足を止めそうになったが、今日は俺一人で会場に向かうのだ。広場を素通りし、改札へ向かった。

選手たちは受付などの手続きがあるため、集合時間が早い。そのため、今日は白栞も千夏も先に会場へ向かっている。

早起きして会場へ向かい、十数回も真剣勝負をしなければならないのだから選手というのは過酷なものだ。前日に早く寝ないと当日のコンディションに影響も出るだろうが、大きな大会の前日にしっかり睡眠を取れるとも思えなかった。


いや、白栞はしっかり寝てそうだな。いくら強いと言っても不安になることもあるだろうに、あいつは大事な試合前であっても緊張したことはないらしい。何とも肝の据わったやつだ。


気になるのはもう一人の幼馴染の方だ。

マッチング次第だが、白栞と戦う可能性のある大会だ。今、あいつは何を思っているだろうか。



――千夏side――


朝五時に鳴ったアラームは無意識に止めていたらしい。

念のためにとかけておいたもう一つのアラームで何とか意識を覚醒させ、適当に髪を縛って家を出た。

何でこんなに朝早いんだ。万全で臨みたい選手たちは皆このスケジュールに苦しめられているのではないだろうか。

幸い我が家は会場までそう遠くはなく、電車を乗り継げば一時間ほどで着く。

もう少し遠い選手は、会場付近の宿を使って睡眠時間を確保するのだというが、学生には厳しい。

全国大会ともなると、運営が宿を用意してくれるのだが。


眠気を堪えて電車に乗り込む。席は空いているが、今座ってしまうと寝落ちてしまう可能性がある。つり革に掴まって立っておくことにした。

脳内では、今日のデッキリストを元に様々なデッキとの対戦をシミュレーションしていく。何度もその手で行った対戦の経験から、自然と脳内で対戦ができる。


結翔とゲーセンで息抜きしてから、少し視野が広がった。本人に言うのは癪なので黙っておくが、その日のうちに組み替えたデッキは調子がよく、練習試合でもしっかりと勝ち越していた。

まあ、全国大会に参加が決まったらお礼の一つも言ってやろう。

ともかく、今日勝たなければ始まらない。余計なことを考えなくて済むよう、目的地に着くまでの間、ひたすらシミュレーションを繰り返した。



会場周辺はキッチンカーなどが並び、いずれ来る観客たちを待ち構えていた。

選手も利用可能らしい。勝利にちなんでカツサンドなどが売られていた。

こういった催しは好きなので時間があれば色々回りたかったが、今日はそんな余裕はない。

選手としてここに来ている以上、少しでも長く会場で戦い続けること。それが最低限の目標なのだ。


控え室には、既に多くの選手が集まっていた。

アタシも時間に余裕をもって来たつもりだったのだが……。

見渡すと、何人か知っている顔を見つける。知り合いではなく、こちらが一方的に知っているだけだが。

大会の配信や中継で見たことがある選手だ。その中には全国レベルの選手もいる。

試合を見たこともあるが、やはり相当な腕だった。この中で四人しか全国大会に参加できないというのだから、過酷なルールだ。


そんな中においても、負ける気はしなかった。デッキも仕上がっているし、可能な限りの時間を練習に費やして練度も極限まで高めている。

環境を中心として、マークの薄そうなデッキに対しても初見殺しされないようにテキストやギミックだって頭に叩き込んだ。

今のアタシは、全国でだって戦える自信がある。まして、AWGにプロはいないのだ。アタシの実力は十分に通用するだろう。


それなのに。ただ一人。たった一人に勝てるビジョンは、終ぞ浮かばなかった。


控室の扉が開く音がした。

アタシと同い年の、黒髪の少女が入ってくる。

十年以上の付き合いになる幼馴染であり、現在も同じ学校に通う学友であり。

暴力的なまでに、その巨大な才能を振るう、いつかは戦わなければならない相手。


「千夏、早かったね!今日は頑張ろうね!」


そう言ってアタシの前に立つ、久遠白栞に勝てるビジョンだけは。

この場に至っても持ち合わせていなかった。



♢♢♢



選手入場の時間になり、会場に全選手が並ぶ。開会式として改めてみると結構な人数だと感じるが、全国大会へ参加できる四人以外は涙を飲むことになる。

あと数分もすれば初戦のマッチングが発表される。多くの選手は緊張を隠しきれておらず、闘志と不安が入り混じった独特な緊張感が会場に充満していた。

その不安を増長させる要因の一つに、大会形式が関係しているだろう。形式はいたってシンプルで、一敗したら即アウト。世間では、シングルエリミネーションと呼ばれている。

つまり、ここにずらりと並ぶ選手たちは、一回戦終了時点で半分が姿を消す。たった一度の勝負に敗北し、一度も勝てぬままに。

ベスト4に入るまで、一度の敗北も許されない。店舗代表戦を勝ち抜いた選手たちであっても、その重圧は相当なものだ。


かく言うアタシも、数日前までは不安に苛まれていたのでとやかく言える立場ではない。

結翔とゲーセンで息抜きが出来たのは、思わぬ収穫だった。それが無ければどうなっていたことやら。


《一回戦の組み合わせが公開されました。アプリから対戦テーブルを確認し、移動してください。》


会場にアナウンスが響くと、選手たちが少しずつ移動を開始した。

アタシもアプリを開き、対戦相手とテーブルを確認する。見知らぬ名前が表示されていることに安堵しつつ移動すると、大学生ほどの男性が立っていた。

金髪を長く伸ばし、後頭部で結んでいる。耳と鼻にはピアスを付けており、腰にはウォレットチェーンが付いていた。

見るからに軽薄そうな男性だが、見た目で判断しては失礼だろう。


アビカは礼に始まり例に終わるものだ。テーブルに着くと、アタシは頭を下げる。

「よろしくお願いします」

男性は軽く笑みを浮かべた。

「よろしく。いやあ、人数が多いねぇ。女子高生?それで代表なんて強いんだね。彼氏と一緒に練習してるとか?」

見た目通りの軽薄野郎だった。

「彼氏とかはいないんで。練習は部活っすね」

「えー、そうなの?でもモテるでしょ。後でそこらへんの話聞かせてよ」

結翔からはふざけてヤンキーと呼ばれるアタシだが、周囲からも案外そう見られているようで、何もしてないのにビビられたり、こういういかにも軽薄なチャラ男に絡まれることはそこそこある。

この男もそのクチだろう。


デッキをシャッフルし、テーブルにセットする。

カードを引けば、それなりな手札だ。最良ではないが、全く悪くない。

一方で相手はかなり手札が良いようで、目に見えてテンションが上がっていた。

「キミとたくさんお喋りできる時間作りたいし、十五分くらいで試合終わらせちゃおっかな」

ふざけたことを言うものだ。

通常、アビカの一戦あたりの平均的な試合時間は二十分と少しかかるくらいだろう。

だから、十五分ならまあ早く終わったと言える範囲だ。

だが。

「そんなにかからないっすよ」

このアタシを相手に、十五分も立っていられると思っているなら。全く見積もりが甘いとしか言えない。



結翔との息抜きの前。複雑化してきた環境への対応手段を模索して様々なテックカードを採用していった結果、デッキが本来の動きを見失っていた。

しかし、こういった細かな環境になった時、アタシのデッキにはもっとやれることがあったのだ。

あらゆる対面を想定して多種多様なカードを採用することじゃない。

初心に戻り、自分とデッキを見つめる余裕が生まれた時、初めてそれに気付けた。

相手が小細工を弄するよりも速く。誰よりも何よりも速く、ただ前に前にと進むこと。


どんな作戦も罠も置き去りに、最短最速を突っ走ればいい。


「お、オイオイ……俺はまだ、ガーディアンを二体しかプレイできてないんだぞ……?」

「そうっすね。カードを二枚プレイした、それがアンタの地区大会での実績だ」


軽薄な男のライフがゼロを表示したのは、試合開始から七分後のことだった。

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