千夏ルート 七
ショップに戻ると、人数はだいぶ少なくなっていた。
既に上がれる可能性が潰えたプレイヤーは、ほぼ退店したのだろう。中には観戦のために残っている人もいるようだが、ほんの数人しか見受けられなかった。
残っているプレイヤーには、午前中よりもさらに強いプレッシャーがかかっている。空気は張り詰めており、まるで全員が腰の刀に手をかけて見合っているような雰囲気だ。
《選手の皆さんにおしらせしまーす!もうちょっとで次のマッチングが発表になるんで、準備してお待ちくださーい!》
もはや土間のゆるいアナウンスも、この店の名物になってきたかもしれない。
ふざけたやつだが、人好きのする雰囲気を持っている。このアナウンスに癒されている選手もいるだろう。
マッチングの発表を待つ選手の集団の中に、千夏の姿を見つけた。
「よう、食い逃げ犯。さっきのお代、キッチリ払ってもらおうか?」
「あ?なんだよ結翔。何のことだ?」
先ほど、なにやら不機嫌な様子だった千夏。とは言え、わざとそんな事をするやつじゃないのは分かっている。どうせ次の試合の事を考えててそのままうっかり店を出たんだろう。
「お前、さっきチャーハンの代金払わずに出ただろ!」
「……あ」
あ、じゃねえよ。まだ店内に俺が居たから良かったものの、一人で飯食ってたら本当に食い逃げ犯になってるぞ。
「わ、悪い。わざとじゃないんだ。後で払うよ」
「ったく……もうちょっとアビカ以外の事にも意識を向けて生きてくれよ」
バツの悪そうな顔をしている千夏。まあ、これくらいにしておいてやるか。
そうこうしている内に、選手たちは少しずつ動き始めていた。どうやらマッチングが発表されたようだ。
スマホを取り出し、アプリで対戦表を確認すると。
「……げ!」
「ん?マッチング発表されたのか。アタシの相手はっと……げ!」
お互いにスマホを確認し、しばし硬直した後。ゆっくりとお互いを見る。
俺の次の対戦相手は、千夏だった。
「あーあ……ここで当たっちまうとはなぁ」
ここで負けた場合、店舗代表にはなれない。つまり、少なくともこの時点でどちらかは代表にはなれない事が確定した。
まあ、決勝まで当たらない確率の方が低いのだ。どこかでこうなる予感はしていた。
「ま、こうなっちまったもんは仕方ないだろ。やろうぜ、結翔。たまにはアタシと真剣勝負ってのも悪くないんじゃねーの?」
好戦的な笑みを浮かべる千夏。
「うるせー、そういうのは俺のガラじゃないんだよ」
千夏はアビカサイボーグであり、アビカバーサーカーだ。だが、俺はカジュアルプレイヤー。戦いに飢えてはいない。
「……ま、今はそうか。んじゃ、サクっと勝たせてもらうぜ」
何となく、千夏から放たれていた覇気が消えたような気がした。
気になる物言いだったが、それ以上に試合前から勝利宣言をかまされたのは俺としてはいただけなかった。
確かに、今はこいつの方が強いだろう。だが、俺もそうそう簡単に負けてやるわけにもいかない。
「もう勝った気でいるって、デッキと同じで随分気が早いんだな。そんなんじゃ、息切れしてバテちまうぞ」
千夏のデッキは、おそらくアグロだろう。こいつは昔から、速攻をメインとした小型のガーディアンで殴り切るアグロタイプのデッキを好んで使っていた。
まあ、ただのアグロじゃ無いこともあるのだが。
お互いに対戦準備は完了している。
対戦相手は、人生で最も対戦したことのある相手の一人だ。今更緊張などしていない。
だが、不思議といつもよりも気分が昂っていた。初めての感覚に戸惑うが、悪くないとも感じる。
目の前の相手と、死闘のかぎりを尽くすことへの楽しみ。それは、俺の中にはなかったものだった。
毎試合こういう感覚が味わえるなら、なるほど大会参加も悪くは無いのかもしれない。今だけは、そう思えた。
「いい面になってんじゃん。いつもよりはずっと楽しめそうだ」
「ほえ面かくなよ、アグロヤンキー」
《それでは、試合を開始してくださーい》
土間の緩いアナウンスとは対照的に、開始された試合はピリピリとした空気に包まれていた。
幸い先攻を取ることができて、まず第一関門クリアといったところだ。千夏に先攻を取られるわけにはいかないからな。
俺はコストを溜めて番を返すが、千夏は第一ターンからカードをプレイしてくる。
「〈鳥人族の先兵〉を召喚して、ターン終了する」
最低コストのガーディアンであり、ステータスも低い。だが、放置していると立派な打点要員になってくる。中盤までには処理しておく必要があるな。
「俺のターンだな。〈人狼族の長老〉をプレイ。デッキから〈人狼族の戦士〉を手札に加える」
お互いスタートは上々といったところだ。
「なるほど、仮想敵として組んでた【ウルフビートバーン】を間違えて持ってきちまったわけだ」
「さあ、どうだろうな」
「ま、チョイスはいいと思うぜ。今期はビートダウンが強いからな……アタシは〈鳥人族の守護兵〉を召喚。そして〈先兵〉で結翔にアタックだ」
攻撃が通り、俺のライフが1点削れる。
返しに長老で先兵と相打ちを狙っていたのだが、守護兵が出たことでそのプランは使えなくなった。攻撃を妨害されてしまうからだ。
長老は登場時点でカードをサーチできているので、先兵との一対一交換ができれば美味しかったんだが。
「まあ、そう上手くはいかねえよな」
「当たり前だろ。殲滅プレイなんざ、真っ先に対策してるよ」
まだ序盤も序盤だが、既に数ターン先を考えなければならない状況だ。
〈人狼族の戦士〉で先兵を取ることもできるが、こちらの戦士にダメージが乗る上にライフを詰められない。ターンが伸びるのはこちらに分があるはずだが……。
悩んだ末、戦士でライフを削りに行く。先にライフレースで優位に立っておこうという考えだ。
返しの千夏は〈空の狩人〉というトークン生成カードをプレイし、さらに盤面に鳥人を展開。先兵でライフを削りに来た。
「殴り合いだな」
「真っ向勝負だ。アタシのライフが尽きる前に、お前のライフを削り切る!先にライフを0にすれば勝ち、シンプルなゲームだろ。なら、やられる前にやり切るだけだ!」
傍から見れば、ただの脳筋に見えるだろう。だが、こいつはしっかり計算した上でそのロジックを貫いてくる。
決着までにかかるターン数や条件、展開、攻防のタイミング。それらを計算した上で、最も効率の良い展開と攻撃を行い、最速最短で勝利する。それがこいつのプレイスタイルだ。
「言ってろ。もう一度〈人狼族の長老〉をプレイだ、効果を発動する」
一見すると、お互い盤面にガーディアンを展開していく総力戦。だが、あくまで序盤中盤のやり取りに過ぎない。
お互い、終盤に向けての準備を整えながら戦闘を繰り返している。ここから一手間違えれば即死コースだ。
千夏は小型のガーディアンを展開し、パワーに補正をかけていくデッキタイプ。
使用している鳥人族は、軍隊的な統率を執って集団での狩りを行う種族という設定だ。そしてそれがテキストやデッキの動きに現れている。
序盤から攻撃を刻む先兵、それを守る守護兵。狩場に群がるトークン。
そして、それらを統率するのが――
「いくぜ。〈鳥人族の頭アイシャ〉を召喚!効果で鳥人すべてのパワーにプラスの補正がかかる!」
〈鳥人族の頭アイシャ〉は全体バフをかける、鳥人アグロデッキの切り札。
なんと自身にもバフがかかり、重複までするイカれたカードだ。もう少しコストが重くても良いだろうと思うのだが、なぜ許されてるんだ?
ここで一斉に攻撃されると、俺のライフは残り二点になる。次のターンに相手のガーディアンをすべて処理できないとほぼ詰みの状況。
だが、俺のデッキは逆にそれを狙っている。マキアの召喚条件を満たせるためだ。
適度にドロソを用いて、マキアは既に引き込んでいる。あとは攻撃を受けて、返しにマキアを召喚して逆転する!
「先兵でアタックだ」
まずは先兵の攻撃を喰らい、ライフが二点削れる。そして――
「エンドだ」
……え?
ここまで果敢に攻撃してきた千夏だが、このタイミングで急にエンド。なぜだ?
結果的に、そのプレイングは大正解だ。俺はマキアの召喚条件を満たせず、次のターンに相手のガーディアンを殲滅する手段は無い。
だが、俺がマキアを構えていると分からなければ、ここは一斉攻撃が正解だ。バーンカードを温存してあったとして、それを千夏のガーディアンに向けて掃射すれば、次のターンに千夏は俺を仕留める手段が無くなる。
「おいおい、呆けてるなよ。結翔のターンだぜ」
「な、なんでここでエンドを……」
「お前の狙いは分かってるよ。マキアだろ?いかにもお前が好きそうなカードだ。そして、本来の【ウルフビートバーン】を警戒していた相手には刺さるだろうよ」
確かに、俺は【ウルフビートバーン】だと相手に誤認させる構築になっている。一回戦は例外だが、その後はこちらの想定通りにゲームが進んで勝利した。
だが、こいつはその偽装を見抜いたのだ。
「アタシが幼馴染だったのが運の尽きだな」
まったくこいつは、こうも俺のことを見透かしやがって。
「ったく……珍しく大会に出ても、結局お前に負けるのかよ」
「そんなもんだよ。心配すんな、結翔の仇はアタシがとってやる」
「お前がその仇なんだが?」
仕方ない。こいつは俺の何倍も努力しているのだ。そんなやつに負けるなら、まあ悔いはないさ。
「返し手は無い。投了だ」
「ん。楽しかったぜ、グッドゲーム」
こうして、俺のAWGへの初めての挑戦は幕を閉じた。




