千夏ルート 五
《一回戦の組み合わせが発表されました!選手の皆様はご移動お願いします!》
店内アナウンスが響く。この声は土間だな。
《結翔先輩は負けたら自分とフリーしましょ……痛!……大変失礼いたしました。選手の皆様はご移動をお願いいたします》
土間の断末魔が聞こえた直後、アナウンスは落ち着いた男性に変わった。おそらく店長に怒られたのだろう。
「あいつ、店内アナウンスを私用に使うなと何回言えば……!」
俺を呼び出したり、買い物に行かせようとしたりなど、自由にアナウンスを使う様子が度々見られる。その都度店長に怒られているのだが、一体いつになれば学習するのだろうか。
「お前、ほんと厄介なのに好かれるよな」
千夏がジト目でこちらを見ている。
「からかってて楽しいんだろ。あとで目にもの見せてやるからなあいつ…!」
「……ま、いいけど。あんま他の女が寄ってくるようじゃ、ハニーが怒るぞ」
「だから、そのハニーってのやめろっての」
そういう間柄じゃないのはこいつが一番分かっていると思うのだが……。こいつも女子だし、そういう話で盛り上がるのだろうか。
「んじゃ、アタシは席あっちだから」
「おう。お互い頑張ろうぜ」
千夏と分かれ、自分の対戦テーブルへと向かう。
今回の店舗予選だが、どうやら全勝二名が代表になるようだ。
俺と千夏がどちらも代表になるためには、マッチングしないことと、お互い全勝することが条件となる。改めて考えると、随分シビアなルールだ。
そして俺の手元にあるのは、あまり使い慣れない環境デッキ。それを好みに改造したものだ。
原型となっているのは【ウルフビートバーン】というデッキで、人狼族というテーマ特有の攻撃特化のガーディアンと、直接ダメージを与えるスペルで相手のライフを削るデッキだ。
この環境で五回戦くらい戦えば一度は対戦することになるであろう使用率を誇るため、俺が使う予定だったコンボデッキがこれに勝てるかを試そうと思って作ったのだ。
まさか、これで大会に出ることになるとは……。
「あれ、鳴海君じゃないか。珍しいね」
一回戦目の相手は、ショップバトルでよく会う常連の男性プレイヤーだった。
茶髪に赤いメガネ、ペイズリー柄の赤いパンツと、いかにもチャラい大学生といった風貌。
だが、実際は見た目に反して物腰の柔らかいお兄さんだ。
「ども。なんか、成り行きってやつでして」
「へえ。白栞ちゃん絡み?」
俺がこういった競技レベルの大会には出ないことが分かっていることもあり、さては白栞の影響かと気になったようだ。
やはり周囲から見ると、白栞と俺の関係性は誤認されるのだろうか。俺としては本当にただの幼馴染で、それ以上の感情は無いのだが。
「違いますよ。部活入って、大会出るって雰囲気に飲まれて。それでなんとなくです」
「なるほどねぇ。ま、せっかく顔見知りと真剣にやれる機会だ。楽しもう」
お互いにデッキを取り出し、対戦準備を進めていく。
この人、普通に上手いんだよなぁ……。本人はオリジナルデッキを作る方が好きらしいのだが、その経験故か、対応力が高い。知識も広く、数多くのカードの能力を把握しているため、基本的に初見殺しも通用しない。
だから、いつものデッキだと相性が悪いのだが……。
《すべてのテーブルで対戦準備が完了しました!今から三十分一本先取、始めちゃってくださーい!》
土間の気の抜けるアナウンスと共に――
「「よろしくお願いします」」
――世界一を懸けた最初の試合が、始まる。
「さて、今日はどんなコンボを見せてくれるのやら」
相手はドローソースを用いて、手札を揃えていく。まだデッキは不明だが、先ほどのドローソースを見るにコントロールデッキの可能性がある。
「さあね。今日はコンボデッキじゃ無いかもしれないですよ」
当たり前のようにコンボデッキだと考えているようだ。
こちらが詐称しているわけでもないが、ちょっとした罪悪感から一応他のデッキの可能性を示唆したのだが……。
「ははっ。そんな手には乗らないよ」
と、まるで信じてもらえなかった。
こちらがコストをチャージして番を返すと、相手は再びドローソースを用いてきた。
コンボ対面を想定し、妨害を手札に引き込んでいるのだろうか。
申し訳ないが、このデッキに妨害を揃えに行くのは悪手だ。
ターンが返り、こちらの番。
「二コスト使って〈人狼族の長老〉をプレイ。デッキから〈人狼族の戦士〉を手札に加えます」
「おいおい、まるで【ウルフビートバーン】みたいなことするじゃないか」
みたい、ではなく正にそれなのだが、どうやら俺が使うことは想定していないらしい。
しばし思考していたが、
「ま、ここで妨害は切らないよ。どうぞ」
と、サーチをスルーしてきた。
通常なら、ここで妨害して戦士の召喚を遅らせたり後続を確保させないのが無難な選択だ。だが、ここで妨害するとコンボを妨害しにくくなると踏んだのだろう。
なんか、本当にスマン。
俺は心の中で合掌しつつ、手札に戦士を加えて番を終えた。
その後、お兄さんは攻撃用のガーディアンを展開してきた。
悠長な構えだが、コンボ相手には悪くない選択だ。だが、俺は今日コンボデッキじゃない。
「俺は〈人狼族の戦士〉をプレイ。こいつは登場時に攻撃できるので、そのまま攻撃します」
戦士の攻撃は通り、相手のライフを削る。
「余ったコストでドローソースを使って終了です」
「……ふむ」
再び思案するお兄さん。
環境のリストには採用されていないドローソース。先入観も相まって、人狼族のギミックを採用したコンボデッキに見えているのだろう。
問題は、どんなコンボを採用していると考えるか。
「なるほど、読めたよ鳴海君。いいコンボデッキだね」
得心いったようなお兄さん。
だがコンボデッキではない。一体彼には何が読めたのだろうか。
「では、僕は再びドローソースを使う。ガーディアンの攻撃は、ライフを狙おうか」
俺の場のガーディアンを無視してライフを詰めてきた。俺としてはありがたいのだが……。
「そのデッキは、一見すると【ウルフビートバーン】に見える」
だろうな。基盤はほぼ【ウルフビートバーン】だもん。
「しかし、ドロソの採用は通常行われない。サーチで十分だし、そこにコストを割くより火力に回したほうがいいからね」
「……つまり?」
「鳴海君のデッキは、ウルフビートでライフと妨害を削り、さらに場のガーディアンに相手の攻撃を集中させることでライフを守りながら、〈痛み分け〉のコンボを使ってライフを削る……いわば【ウルフビート・タッチコンボ】だ」
〈痛み分け〉と〈魂の衝突〉といったカードを使って、お互いのライフを同数減らすコンボが存在する。
自分のライフをコストに相手にダメージを与えるコンボなので、それを阻止するためにこちらのライフを詰めてきたということだろう。
だが、俺のデッキに〈痛み分け〉は入っていない。
「君と初対面の選手の大半は誤認するだろう」
むしろ交流のあるお兄さんが現在進行形で誤認している。
申し訳ない状況のままゲームが進んでいく。気づけばお互いライフは僅かだ。
「ここまで擬態するとは見事だ。だが、すでに君のライフは僅か。〈痛み分け〉コンボを成立させるにはライフが足りない。そして、君のガーディアンは全て破壊させてもらおう」
と、お兄さんはコストを全て支払い、こちらのガーディアンを除去するスペルを発動してきた。
「これで、次のターンに速攻可能なガーディアンが来てもこちらの防御が足りる。詰みだね」
盤面を見て、勝利を確信するお兄さん。
だが俺も勝利を確信している。
なんだこの状況は。
「えっと……じゃあ、ターンをもらって、〈人狼族の戦闘狂・マキア〉を召喚します」
「……マキア?」
マキアは、【ウルフビートバーン】のエースカードだ。登場後すぐに攻撃が可能な速攻持ちであり、ガーディアンからの防御を貫通する能力。
召喚条件として、こちらのライフが一定以下でなければならない。逆境を覆すことを求める、戦闘狂らしいテキストだ。
ちなみにその性質上、〈痛み分け〉コンボとは相性が悪い。あれは自分のライフを削るので一見マキアの召喚条件を満たしやすく感じるが、コストの都合上同時にはプレイできないため、〈痛み分け〉をプレイして勝ちきれないと返しのターンにあっさり負ける可能性が高い。
なので、お兄さんはマキアの採用は無いと踏んでいたわけだ。
「もしかして……これ、【ウルフビートバーン】?」
「……はい」
なんか本当に申し訳ない。
「いやあ、そういうことだったんだね」
試合は俺が勝ち、感想戦でネタバラシした。
デッキを間違えたなんて恥ずかしいが、このまま騙したような形になるのも嫌だったしな。
「そんなに気にしないでよ。僕が勝手に勘違いしただけだからね。それに楽しかったし、満足だよ。まあ、今度は負けないぞ!」
「そう言ってもらえるならよかったです。またよろしくお願いします!」
そういえば、千夏はどうだっただろうか。
あたりを見回すと、半数近くのテーブルが試合を終えているようだった。あいつのデッキの性質上、おそらく俺より早く試合が終わっていると思うが……。
「先輩、お疲れ様!」
後ろから声をかけられた。これは土間だろう。
「おう、サンキュ」
土間は顔を近づけ、小声で言った。
「見てたっすよ~、バッチリと!いやあ、ちょっと独特な構築してるけど、なんとな~く意図は分かったっす」
まだ大会中だし、構築について他の参加者に聞かれてしまわないよう配慮したのだろう。こう見えて、プレイヤーのマナーはしっかり守れるやつだ。
「先輩、普段からこういうデッキ使えばいいじゃないっすか」
「うるせえ、コンボデッキは男のロマンだ」
「ま、いいけど。燎さんも勝ってたし、順調っすね」
そうか、やはり千夏は勝っているのか。心配ないだろうと分かってはいたがホッとした。
「次からは出発前に荷物をちゃーんとチェックしなきゃダメっすよ、先輩?」
「な、なんでそのことを!?」
デッキ登録の時、理由は誤魔化していたはずだ。こいつに知られたらしばらく揶揄われるのは目に見えているため、決して言うまいとしていたのだが。
「感想戦、聞いちゃったんすよね。いやあ、大事な大会当日に本命のデッキを忘れてくるなんて……ドジっすねー!」
まるでいいおもちゃを見つけたと言わんばかりの笑みで煽ってくる土間。
「うるせえ!弘法は筆を選ばずってヤツだ!」
「いや、カードゲームでそれはどうなんすか先輩……」
諺にあやかって反論を試みたが、ぐうの音も出ないほどの正論に、俺はただただ口を閉ざすしかなかった。




