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千夏ルート 二


AWGとは、平たく言ってしまえば公式の開催する世界大会の一つだ。

個人戦で、プロは出場禁止。中学生までが参加できるジュニアリーグと、全年齢対象のオープンリーグに分類される。

白栞がbest8になったのもこれだが……あいつは中学生でありながら、オープンリーグに参加して結果を出したことで、当時は注目を集めていた。

応募ミスかと思ったが、それも含めて計算だったと後に語っている。


さて、俺たちは高校一年生。つまりオープンリーグに参加することになる。

プレイヤーとして歴の長い選手も多い中で勝ち抜くのは並大抵の事ではない。経験の差を埋めるため、日々練習あるのみだ。

まずは近所のショップで行われる店舗予選に勝つ必要があるため、部内は早くも真剣な雰囲気になっていた。


「はい、結翔。あーん!」

「真剣な雰囲気になってるって言ってんだろ!」

そんな中、棒状のチョコレート菓子を差し出してくる白栞だけは例外だ。こいつはまるで緊張感がない。

「だって、暇なんだもん」

こいつは部活中、全く練習してなかった。

強者の余裕と言えば聞こえはいいが……。

「ま、白栞は予選免除対象だ。今くらいは余裕でも良いんじゃない」

「予選免除?」

千夏の言葉に、桂木さんが問う。


昨年のAWGで入賞した白栞は、店舗予選、及びその後に開催される地区大会が免除されており、全国大会に参加できるのだ。

そのため、本腰入れるのはもう少し後でも良いということだろう。

だが、本当の理由はそこではない。


部内で、白栞の練習相手が務まるプレイヤーがいないのだ。レベルの差がありすぎる。

RPGで言えば、クリア後に序盤の村の敵を倒すようなものだ。得られる経験値が少ない。

もちろん、白栞と戦う側は別だ。勉強になることが山ほどあるだろう。

だが、白栞にはメリットがない。完全に善意ありきになってしまう。


というわけで、白栞は部活中、俺か桂木さんとしか対戦していなかった。

これは損得関係なく、純粋に遊んでいるという括りなのだろう。


おとなしくショップバトルにでも行けばいいものを、俺を理由に部室に留まることが多い。

俺は俺で気まずいので、そろそろ部活よりショップでの練習に切り替えようかと考えている。


「白栞、もうすぐ結翔との対戦終わるから待ってな。このターンでアタシが勝つから」

「おいおい、勝利宣言とは余裕じゃねーか千夏。言っておくが俺のガーディアンでディフェンスしきれる物量だぜ」

千夏の場にも俺の場にも、ガーディアンは三体ずつ。全部ディフェンスすれば俺のライフは残るし、千夏のガーディアンは全滅する。

全ての攻撃を防ぐ手段がある。俺は勝利を確信していた。

「スペル〈白金斬撃〉を使うぜ。アタシのガーディアンはディフェンスを無視できるようになる。対応はあるか?」

……が、千夏のスペルを防ぐ手段は無い。俺は敗北を確信した。


「くっそぅ……今回こそいけると思ったのに……」

「今日もアタシの全勝、っと」

そう言って、千夏はピンク色のノートを取り出し、楽しそうに対戦の記録を付けていた。

表面や角はスレており、かなり使い込んだノートであることが見て取れる。

「あれ。千夏ちゃん、ノート間違えてない?さっき使ってたのと別のやつだよね、それ」

と、桂木さんが言って俺も気付いた。

確かに、さっき桂木さんと対戦した後は青いノートだったはずだ。多少ヨレてはいたが、ここまでボロボロじゃなかった気がする。

「あ、ああ。間違ってねーよ。これはまた別だ」

そう言って、ノートを素早く鞄にしまい込む。

対戦内容や相手のデッキによって、ノートを分けているのだろうか。分析魔なコイツのことだ、特におかしくはないか。

「その工夫が日々の勉強でも活きればなぁ……」

「結翔、まだボコられ足りないならそう言えよな」

千夏はデッキをシャッフルし始めた。

「ああ?バカ言うなよ、次やったら俺が勝つに決まってんだろーが!」

そろそろコイツに勝たないと面目丸つぶれだ。

俺もリベンジしようと、デッキをシャッフルしようとしたが。


「もー!千夏、早く結翔返してよー!」

と、白栞が割り込み、俺に抱きついてきた。

そういえば、そんな話になってたか。すっかり忘れていた。

「……って、くっつくな白栞!」

「えー、なんでー?」


昔からこの調子でくっついてくる事が多かったが、高校生でこの距離感は流石にやばい。

俺だって思春期の男子高校生なのだ。いかに幼馴染とはいえ、異性に抱きつかれては色々思うところがあるわけで。

こいつと恋人になどなりようが無いのだが、それはそれ。

いい加減、年相応の距離感や慎ましさを持ってほしいのだが、白栞は聞く耳持ってくれないのだ。


俺は視線で千夏に助けを求める。

「はぁ……。白栞、その辺にしといてやれよ。このままじゃ結翔が茹でダコだ」

呆れた様子を見せつつも、助け舟を出してくれる千夏。

こういったことはままあるのだが、千夏が助けてくれるかどうかは運次第だ。たまに見捨てられることがある。

大抵そういう時は機嫌が悪そうなので、今日は機嫌が良いのだろう。


白栞はしばし悩む様子を見せたが、仕方ないという顔をしながら腕を緩ませ、俺を解放した。

「ぶー……まあいっか。結翔、帰ろ?」

「いや、まだ部活中だって」


先ほどからずっと暇そうにしていたため、そう言い出す気持ちも分からなくは無いのだが。

しかし、俺はそういうわけにもいかないのだ。

普段積極的に大会などに出ることは無く、練習としてアビカをすることなど無かったのだが……。

とはいえ、今は大会も近いし、出るからにはさっさと負けるのも嫌なのだ。そうなると練習するに越したことはない。


「俺らは店舗予選も近いし、もうちょっとやっておかないと」

たまのショップバトルしか経験のない俺にとっては、こういった機会を無駄にするわけにはいかない。

自身の実績と経験からの発言なのだが、白栞は気にも留めていないようだった。

「結翔なら大丈夫だよ!それに、練習なら私とやったほうがお得だよ?」

前半は、本当に何の根拠で言っているのだろうか。かれこれ十年近く、こいつは俺のことを過大評価しているままだ。

問題なのは後半部分。

「白栞。確かにお前は強いけど、俺はここにいるみんなとの練習だって必要なんだよ」

何せ実戦経験が足りない。色々なプレイヤーやデッキと対戦し、慣れていく必要がある。

それに、千夏や桂木さん、部長などは実力も十分と言えるレベルだ。練習相手としてはうってつけなのだが……。

「でも、みんな私より弱いよ?」

「白栞!」

咄嗟に出た声が存外大きくなってしまったことに、俺自身が驚いた。

部室内は静まり返っている。

俺の大声によるものか、それとも白栞の発言によるものか。そもそも、あれがみんなに聞こえていただろうか。

直前に部室がどれだけ騒がしかったか、俺は思い出せなかった。

「す、すいません」

他の部員に頭を下げる。数秒の静寂が続いたが、部員たちは一人、また一人と目の前の試合に戻っていった。

「びっくりしたー……結翔、大声出すのは良くないよ」

「誰のせいだと思ってんだ」

いやまあ、確かに俺にも落ち度はあるのだが。


「白栞、あんまり慢心してると、いつか足元掬われるぜ」

テーブルを挟んだ向こう側、千夏が栞に声をかける。

白栞は千夏を一瞥すると、完全に俺から離れ、テーブルの前に着いた。

「じゃあ、千夏が足元を掬ってくれる?」

白栞はいつもと変わらぬ声音で千夏に問う。表情もにこやかな笑顔だ。

この二人は、仲が悪いわけではない。むしろ幼馴染として、二人で出かけることもあるし、一番仲のいい同性だろう。

「私はいつでも良いよ」

千夏がデッキケースを取り出し、テーブルに置いた。

「アタシは……」

千夏が言い淀む。その表情は、まるで普段と異なる。

迷い、躊躇い、俯いて。そして、机の上に置かれたデッキに、ゆっくりと手を伸ばそうとして――


――キーンコーン、と。スピーカーからは電子音のチャイムが鳴った。

緊張感がふっと解け、視線を時計に向ける。そしてようやく、下校時刻になっていたことに気付いた。

「……って、時間無くなっちゃったじゃんー!結翔、カフェデートして帰ろ?」

「あ、ああ……って違う!デートじゃねえ!」

白栞の誘導に危うく引っかかるところだった。


まあ、帰りのカフェくらいは付き合ってやってもいいか。

俺は千夏も誘うべく声をかけようとしたが、既に荷物をまとめて部室から出ようとしているところだった。

「ほら結翔、早くいこ?楓ちゃん、また明日ね!」


学校から出ると、辺りは暗くなっていた。

白栞は校門の前で足踏みして俺を待っている。この様子だと、カフェまでは走ることになりそうだった。

ふと、先ほどの部室での千夏の様子を思い出した。

千夏が白栞との対戦を避けているのは明確だ。だが、その理由は知らない。


「……お前らの間に、何があったんだよ」

呟いた独り言は、夜の帳に吸い込まれて消えていく。

時折考えるのだ。幼馴染三人組なのに、俺に明かされていない過去に何があったのか。

なぜ俺には教えてくれないのか。

その答えを聞く勇気は、今の俺には無かった。

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