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第七章 侍たちのララバイ

九度山の静寂を破り、信繁は十四年の雌伏を終えて立ち上がる。

家族を守るため、そして未来を切り開くため――その歩みは、静かな旋律のように始まった。

大坂では、侍たちがそれぞれの胸に誓いを抱き、嵐の足音を待っている。

これは、戦乱の予兆に響く、侍たちのララバイ。

 慶長十九年(1614年)十月九日、夕刻。

 紀州・九度山。真田信繁の蟄居屋敷を包んでいたのは、場違いなほどの宴の熱気であった。


「――さあ、竹本殿、もう一献召されよ。この九度山の冷き土に埋もれる前に、今宵ばかりは浮世を忘れとう存ずる」

 囲炉裏の火が赤々と燃え、信繁の顔を照らす。

 その口元には歯の抜けた隙間、手はわざとらしく震え、酒をこぼすたびに「老いとは情けなきものよ」と肩を落とす。


 浅野家の監視役・竹本義成は、満足げに杯を煽りながら笑った。

「真田殿、そのように卑下なさるな。かつては勇名を馳せし御方にて候」

 信繁は、力なく笑みを浮かべる。

「大坂より誘いも参りしが……ふふ、この震える手にて刀が持てようか。余はただ、大助や阿梅が健やかに育つを見届けられれば、それでよいのじゃ」

 縁側に腰を下ろし、暮れなずむ山々を見つめる信繁の姿は、哀れな老武士そのもの。

 竹本は確信した――「真田信繁、もはや牙折れし獣なり」と。


 亥の刻。

 酒宴は果て、座敷には泥酔した監視役たちの鼾が重く響く。

 その刹那、信繁の瞳から「老い」の濁りが消え、鋭き光が宿った。

 獣が目覚める瞬間である。

 信繁は音もなく立ち上がり、庭の闇に向かって短く合図を送る。

 闇の中から現れたのは、武装を整えた幸昌と高梨内記、堀田作兵衛ら家臣たち。

 幸昌は父の視線を受け、わずかに頷く。その眼差しには、十四年の雌伏を耐えた若武者の決意が燃えていた。

 阿梅は母の袖にしがみつき、怯えを隠しながらも、父の背を見つめている。

 母は幼子を抱き、唇を噛みしめて声を殺す。

 家臣たちは互いに目配せし、具足の音を最小限に抑えながら、闇に溶けるように動いた。

 信繁もまた、老いた背を真っ直ぐに伸ばし、赤備えの具足を一気に締め上げる。

 その手際は、かつての猛将の矜持を取り戻したかのようであった。


 屋敷を去る際、信繁は門に一枚の紙を貼り付ける。

『借財重なり、家財を捨てて逃げ出します。不義理、平に御容赦を』

 武士の誇りを泥に投げ捨て、憐れみを誘うことで追っ手の初動を遅らせる――真田流の毒を孕んだ偽装である。

 門を抜けると、冷たい風が頬を打った。

 一行は馬の足に布を巻き、足音を殺し、言葉を封じて紀見峠の険路へと踏み出す。

 幸昌は幼い妹を守るように母の傍を離れず、家臣たちは荷を最小限にして、ただ前だけを見つめる。


 夜空には雲が流れ、月光が刃のように山道を切り裂いていた。

 遠く街道から、陣触れを告げる伝令の馬の蹄音が地響きのごとく迫る。

 その「徳川の巨獣」の足音のすぐ傍らを、信繁たちは影のごとく、かつ神速で駆け抜けていった。



 夜の峠を越え、信繁一行は紀見路の闇を抜けていた。

 冷たい風が頬を打ち、月光が刃のように岩肌を切り裂く。

 馬の足には布を巻き、蹄音は消されている。

 ただ、具足の軋みと荒い息遣いだけが、沈黙の中に響いていた。


 幸昌は幼い妹・阿梅を守るように母の傍を離れず、

 その眼差しには、十四年の雌伏を耐えた若武者の決意が燃えていた。

 信繁は、背後に残した屋敷と、長き蟄居の日々を振り返り、

「この命、家族と仲間のために使い切る」と胸に誓う。


 その頃、大坂城下では、毛利勝永が灯火の下で静かに座していた。

 薄暗い座敷に、妻子の寝息が穏やかに響く。

 幼い子の小さな手が、母の袖を握りしめている。

 勝永はその寝顔を見つめながら、胸の奥に重い影を感じていた。

 関ヶ原――あの日、戦場に散った仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。

 血に染まった草原、絶望の空、敗北の重み。

「もう二度と、無益な死を繰り返してはならぬ」

 その誓いを胸に、浪人として生き抜いた歳月。


 だが今、再び戦の足音が迫っている。

 勝永は、そっと拳を握りしめた。

「戦は避けたい……だが、家族を守るためならば、剣を取るしかあるまい。」

 灯火が揺れ、影が壁に伸びる。

 その影は、かつての猛将の姿を映していた。

 彼は静かに目を閉じ、心の奥で決意を重ねる。

「この命は、家族を守るためにある。

 たとえ血の海に沈もうとも、我が子らに恥じぬ父でありたい。」

 外では、秋の夜風が城の石垣を撫でていた。

 勝永は再び妻子の寝顔に目をやり、

 その温もりを胸に刻みながら、静かに立ち上がった。


 紀ノ川の急流が眼前に広がる。

 水面は嵐の余韻で荒れ狂い、黒い波が岩を叩いていた。

 家臣たちは命綱を結び、幼子を抱え、必死に渡る。

 冷水が具足を打ち、息が詰まる。

 背後では、追っ手の松明が揺れ、火矢が闇を裂いて飛ぶ。


 その時、幸昌が動いた。

「父上、こちらへ!」

 彼は川岸の岩場を駆け上がり、追っ手の松明を見つけると、

 弓を引き絞り、一本の矢を放った。

 炎が泥に沈み、闇が深まる。

「今だ、渡れ!」

 幸昌の声は鋭く、若武者の気迫に満ちていた。


 その頃、大坂城の一隅で、長宗我部盛親は灯火の下に座していた。

 薄闇に包まれた座敷には、幼子の寝息が静かに響く。

 小さな手が、母の指を握りしめている。

 盛親はその光景を見つめながら、胸の奥に重い影を感じていた。

 脳裏に蘇るのは、遠い日の四国――父・元親の威光が輝いていた頃の記憶だ。

「長宗我部の名を絶やすな」

 その言葉が、今も耳に残る。


 だが、関ヶ原の敗北はすべてを奪った。

 家名を守るために戦ったはずが、残ったのは浪人としての屈辱と、流浪の日々。

「父上……余は、まだその名を背負うに足る者なのか。」

 盛親は、幼子の寝顔に視線を落とした。

 その頬は柔らかく、無垢な寝息が灯火に揺れている。

「家名も大切だ……だが、今はこの手の中の温もりこそ、余のすべて。」

 彼は静かに拳を握りしめた。

「この子らを生かすためならば、剣を取る。

 たとえ血に染まろうとも、父の名に恥じぬ生き様を示す。」

 灯火が揺れ、影が壁に伸びる。

 その影は、かつての覇者の末裔が背負う重みを映していた。

 盛親は深く息を吐き、遠くで響く太鼓の音に耳を澄ませる。

 戦乱の足音が近づいている――だが、その胸には、家族を守るための決意が静かに燃えていた。


 峠を越え、夜明け前の山道をひたすら進む一行。

 信繁は低く命じた。

「幸昌、前へ出よ。道を探れ。」

 幸昌は闇に溶けるように駆け出し、耳を澄ませる。


 遠くで、陣触れを告げる太鼓の音と兵のざわめきが聞こえた。

「父上、街道は塞がれております。だが、谷を抜ければ、裏道がございます。」

 信繁は短く息を吐き、幸昌の肩を叩いた。

「よく見抜いたな。案内せよ。」


 大坂城の一室で、木村重成は静かに座していた。

 灯火が揺れ、障子に映る影が長く伸びる。

 傍らには、若き妻が眠っている。

 その手をそっと握りながら、重成は深く息を吐いた。

 脳裏に蘇るのは、豊臣家に仕え始めた日の記憶――

「忠義を尽くせ」

 父の言葉が耳に残る。

 その誇りを胸に、若き武将として名を馳せた。


 だが今、戦の足音が迫り、胸の奥で二つの声が交錯する。

「殿を守れ」

「家族を守れ」

 どちらも捨てることはできぬ。

 重成は、妻の寝顔に視線を落とした。

 その頬は柔らかく、灯火に照らされて淡く輝いている。

「忠義か、家族か……いや、両方を守る道を探す。」

 彼は静かに拳を握りしめた。

「正しい道を選びたい。殿を裏切らず、家族も失わぬ道を。」

 その言葉は、夜の静けさに溶けていった。

 戦乱の予兆が闇に忍び寄る中、重成は再び妻の手を握り、

 その温もりを胸に刻みながら、静かに目を閉じた。

「この命、必ず意味あるものにする。」


 大坂城の奥深くで、大野治長は帳面を閉じ、静かに息を吐いた。

 灯火が揺れ、障子に映る影が長く伸びる。

 その影は、豊臣家の重責を背負う男の疲れを映していた。

 脳裏に蘇るのは、幼き日の記憶――母・大蔵卿局の厳しい眼差し。

「豊臣を守れ。それがそなたの務め。」

 その言葉は、今も胸に刻まれている。

 関ヶ原の敗北、家康の圧力、幾度も迫る危機。

 そのたびに、治長は己に問い続けてきた。

「戦以外の道はないのか……だが、余は立ち続ける。」

 彼は、隣に眠る母の姿に目をやった。

 老いた面差しに刻まれた皺は、豊臣家を守り抜こうとした歳月の証。

「母上も、豊臣も、すべてを守らねばならぬ。」

 治長は拳を握りしめ、灯火の揺らめきに決意を重ねた。

「この命、豊臣のために使い切る。

 たとえ血に染まろうとも、誇りを失うことはない。」

 戦乱の足音が近づく中、治長は静かに目を閉じた。

 その胸には、母と家のために立ち続ける覚悟が、炎のように燃えていた。


 奥御殿で、大蔵卿局は静かに座していた。

 灯火が揺れ、障子に映る影が長く伸びる。

 その影は、豊臣家を守り続けた女の歳月を映していた。

 脳裏に蘇るのは、遠い日の記憶――

 幼き淀殿を抱き、戦乱の炎を越えたあの頃。

「この子を守り抜く。それが我が務め。」

 その誓いを胸に、幾度も死地を越えた。


 関ヶ原の敗北、家康の圧力、幾度も迫る危機。

 そのたびに、局は己に問い続けてきた。

「豊臣の誇りを守るため、余は何を捨てるべきか。」

 彼女は、隣に眠る治長の寝顔に目をやった。

 その面差しには、母の愛と重責の影が重なっている。

「母として、家族のために最後まで立ち続ける。

 豊臣の誇りを守る。それが我が務め。」

 局は静かに唇を結び、灯火の揺らめきに決意を重ねた。

 遠くで太鼓の音が低く響く。

 戦乱の足音が近づく中、局はそっと涙を拭った。

 その涙は、恐れではなく、覚悟の証だった。

「この命、豊臣と共に燃え尽きようとも、

 淀殿と治長を守り抜く。それが我が生きる道。」

 灯火が揺れ、影が壁に伸びる。

 その影は、母としての矜持と、豊臣家への忠義を映す炎のようだった。


 峠を越え、夜明け前の山道を進む信繁一行。

 遠くで響く太鼓や鐘の音――

 それぞれの心に、静かなバラードのような旋律が流れている。

 誰もが息を殺し、ただ前だけを見つめて歩み続ける。

 その歩みは、静かなバラードの旋律のように、

 一人ひとりの心に、決意と希望を刻んでいく。


 大坂城の片隅で、塙団右衛門は一人、剣を磨いていた。

 灯火が刃に映り、赤い光が揺れる。

 静寂の中、金属の擦れる音だけが響く。

 その音は、彼の胸に潜む焦燥と誇りを刻む旋律のようだった。

 脳裏に蘇るのは、戦場で散った仲間の影――

「名を残す。それが我が生きる証だ。」

 若き日、功名を求めて戦場を駆け抜けた。

 だが、関ヶ原の敗北はすべてを奪った。

 浪人として流浪し、誇りを削られる日々。

「このまま朽ち果てるのか……否、余はまだ剣を捨てぬ。」

 団右衛門は、刃に映る自分の顔を見つめた。

 その眼差しには、孤高の炎が燃えている。

「戦が来るならば、我が名を轟かせる。

 たとえ血に沈もうとも、武士として散ることこそ本望。」

 彼は静かに剣を鞘に収め、灯火を見つめた。

 その揺らめきは、彼の決意を映す炎のようだった。

 戦乱の足音が近づく中、団右衛門は立ち上がり、孤独な影を長く伸ばしながら、静かに歩みを進めた。

 その背には、名を残すための覚悟が重くのしかかっていた。


 城内の住み処で、明石全登は静かに膝をついていた。

 灯火の揺らめきが、壁に十字架の影を映し出す。

 その影は、彼の胸に宿る信仰と理想を映す炎のようだった。

 脳裏に蘇るのは、若き日の記憶――

 キリシタン大名として、異国の宣教師と語り合った日々。

「血を流さぬことこそ、神の御心」

 その言葉が、今も耳に残る。


 だが、現実は残酷だった。

 関ヶ原の敗北、浪人としての流浪、そして再び迫る戦乱。

「この世に、平和の道はないのか……」

 全登は、十字架を握りしめ、静かに祈った。

「神よ、我らに知恵を与え給え。

 剣ではなく、理と信仰で、この世を救う力を。」

 その声は、夜の静けさに溶けていく。

 遠くで太鼓の音が低く響き、戦の足音が近づいている。

 だが、全登の胸には、揺るぎなき決意が燃えていた。

「血を流さぬ道を探す。

 たとえこの身が朽ちようとも、神の御心に背くことはない。」

 灯火が揺れ、影が長く伸びる。

 その影は、戦乱の世に抗う孤高の信念を映していた。

 全登は静かに立ち上がり、十字架を胸に抱いたまま、

 闇に沈む城の回廊を歩み始めた。

 その足音は、祈りの旋律のように、静かに響いていた。


 秋の冷気が城下を包み、遠くで陣触れの太鼓が低く響いていた。

 玉造口の巨大な石垣が闇にそびえ、松明の炎が揺れている。

 夜霧が石畳を覆い、その中に、影がゆっくりと現れた。

 泥にまみれ、着物は裂け、疲労に沈む一行。


 その先頭に立つ男の背は、なお真っ直ぐであった。

 信繁――その名を告げる声はまだない。

 ただ、彼の影が炎に伸び、城門の前で静止する。

 幸昌は父の傍らに立ち、矢筒を握りしめている。

 その眼差しは、夜霧の奥に燃える炎のように鋭い。

 幼い阿梅が母の袖にしがみつき、震える指が灯火に照らされる。

 家臣たちの影が重なり、闇に沈む城門を見上げていた。

 松明の炎が揺れ、石垣に長い影を落とす。


 その影は、十四年の雌伏を耐えた者たちの決意を映していた。

 遠くで太鼓の音が低く響き、戦乱の足音が夜に溶けていく。



「何者ぞ!」

 槍の穂先が炎に光り、門番の声が夜気を裂いた。

 信繁は一歩進み出て、声を張り上げる。

「真田左衛門佐信繁、罷り越した!」

 その声は石垣に反響し、夜霧を震わせた。

 門番たちは顔を見合わせ、ざわめく。

「大野治長様がお待ちにございます。御前にて、お話を伺いたいとの仰せにございます。」

 松明の炎が揺れ、緊張が張り詰める中、門の奥で甲冑の影が動いた。

 幸昌は父の背を見つめながら、胸の奥で呟く。

「この門を越えれば、戦の渦に呑まれる。

 だが、父上と共に立つ――それが我が道。」

 指先は矢筒を握りしめ、冷えた汗が滲む。

 彼は父より半歩前に出て、炎に照らされた影を長く伸ばした。

 その影は、父子の覚悟を映す刃のように、城門の闇に沈んでいった。


 門がゆっくりと開き始める――

 その音は、次の物語の扉を開く、低い旋律のように響いていた。



 朝の光が障子を透かし、奥御殿に淡い影を落としている。

 信繁は身を清め、正装に着替え、幸昌を伴って静かに進み出る。

 几帳の向こう、城主としての威厳を湛えた秀頼が座していた。

 その表情には、かつての迷いや廃頽の影はなく、静かな炎が宿っている。


 ――先日の昼間、奥御殿。

 障子越しに柔らかな光が差し込み、静かな空気が張り詰めていた。

 お藤が毅然と進み出て、扇を畳に打ちつける。

「殿、男であられるなら、女子供を守る覚悟をお持ちくださいませ。

 この城の者すべて、殿の背を見ております。逃げてはなりませぬ。」

 その声は低く、しかし一切の迷いがなかった。

 傍らで千姫が、秀頼を見つめながら静かに言う。

「殿がどんな決断をなさっても、私は共にございます。」


 二人の言葉が胸に響いた瞬間、秀頼の心に、あの悪夢が鮮烈に蘇る――

 城が炎に包まれ、家族や家臣が叫び声を上げる。

 母・淀殿は無表情のまま最期を迎え、

 千姫は家臣たちに強引に引き離され、

 自分は静かに座し、短刀を腹に突き立てる。

 傍らには毛利勝永が控え、秀頼の苦痛を悟ると、

 無言で刀を振り上げ、主君の首を一閃で落とした。

 血の匂いと、勝永の沈痛な表情が、あまりにも鮮烈に焼き付いた。


 そして、国松は河原に立ち、静かな表情で前を見つめている。

 その傍らで、千姫が泣き叫ぶ。

「やめて!この子だけは――!」

 声は川の流れにかき消され、誰にも届かない。

 鋭い閃きが走り、国松の小さな体が崩れ落ちる。

 河原の石の間を、赤い血が静かに広がっていく。

 ――そのすべてが、秀頼の胸に深く突き刺さった。


「……そうさせてはならぬ。」

 お藤の言葉、千姫の誓い、そして悪夢の記憶が重なり、

 秀頼の心の奥底に、静かだが揺るぎない決意が灯った。


 現実に戻る。

 信繁と幸昌が畳に膝をつき、深く頭を垂れる。

「真田左衛門佐信繁、参上仕りました。」

 秀頼はゆっくりと顔を上げ、二人を見つめる。

 その瞳には、父としての覚悟が宿っていた。

 しばしの沈黙の後、秀頼が静かに口を開く。

「真田殿、そなたは何のために、この大坂へ参られたのか。

 この城に加わる覚悟、その本心を、余に聞かせてほしい。」

 信繁は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せる。

 やがて、静かに答える。

「……九度山での蟄居は、余にとって耐え難き恥辱にございました。

 このままでは、家名は朽ち、子らは世に出ることもなく、無念のまま生涯を閉じる。

 侍としての誇りを守り、子らに恥じぬ生き様を示すため、余はこの城に参ったのでございます。」


 秀頼はその言葉に、深く頷いた。

「左衛門佐、その思い、余もまた痛いほど分かる。

 余もまた、家族や家中の者、そしてこの城に生きるすべての者の安泰を願っている。

 そなたの本心、余の胸にも深く響いた。」


 信繁は幸昌を前に進め、静かに紹介した。

「殿、こちらは嫡男・幸昌にございます。」

 幸昌は膝を正し、深く頭を垂れる。

「上様、幸昌にございます。父と共に、この身を賭してお仕えいたします。」

 その声は若武者らしく澄み、迷いがなかった。

 秀頼はしばし幸昌を見つめ、その眼差しに宿る決意を確かめるように頷いた。

「……よき目をしておる。若きながら武士の気概が備わっているな。

 真田殿、そなたの家の誇りを見た。

 この子ならば、必ずや父の志を継ぎ、未来を切り開くであろう。

 よき子を育てたな。」

 その言葉には、城主としての威厳と、父としての温かさが滲んでいた。

 信繁は深く頭を垂れ、静かに応じる。

「ははっ。」


 朝の光が障子を透かし、三人の影を畳に重ねていた――

 父と子、そして城主の影が、静かに未来への誓いを結んでいた。

九度山を抜け、大坂へ――信繁の決意と父子の絆、そして豊臣方の侍たちの胸に燃える思い。

嵐の前の静けさに、家族を守りたいという切なる願いが重なっていく。

次章「破滅への足音」では、軍議の怒号と決断の影が城を覆い始めます。

嵐は、もう庭の外に迫っている――どうぞお楽しみに。

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