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第二十六章 飛ばずんば則ち已む

夏の光が静けさを包む中、影は深く伸びていました。

試されるのは言葉ではなく、覚悟――守るべきもののために、心を削る決断が迫ります。

緊張と静寂の奥に潜むものを、ぜひお楽しみください。

 元和三年(1617年) 初夏、駿府城。

 庭には青葉が風にそよぎ、障子越しに柔らかな光が差していた。

 家康は静かに息を吐き、遠い記憶を胸に浮かべる。

 北国の騒ぎを理と打算で鎮めた――秀頼の働きは見事であった。

『あやつが動いていることこそ、余への何よりの供養だ』

 外交も、国内の火種も、すべてあの若者が捌ききった。

『これでよい。余が死んでも、日本は割れぬ』

 心の奥で、長き懸念がほどけていく。


 しかし、その安堵の影に潜んでいたものが、五月の風とともに姿を現した。

 腹に鈍い痛みが走り、やがて波のように押し寄せる。

 食が細り、力が抜けていく。

 己の余命を悟るのに、言葉は要らなかった。

『これは絶望ではない。やるべきことを終えた者に訪れる、静かな疲れに似ている』


 夜ごと痛みは増し、枕に伏す時間が長くなる。

 しかし、心は不思議なほど穏やかであった。

『秀頼は優れる。だが、あやつの母――淀には弱さがある

 千よ、そなたに託す。どうか支えてやれ。あやつが迷わぬよう、家を守り、泰平を揺るがせぬように』

 六月、蝉の声が遠くで響き始める頃、駿府城の庭は初夏の光に満ちていた。

 障子越しに見える青葉が、風にそよぎ、光を散らす。

 家康は枕に身を沈め、静かに目を閉じた。

 胸に残るのは、泰平の世が続くという確信。

『泰平を、貫けとな』

 その声なき願いを残し、家康は初夏の光の中で静かに息を引き取った。

 庭を渡る風が、まるでその魂を送り出すかのように、やさしく吹き抜けていった。



 静かな夜、障子越しに月明かりが差し、虫の声が遠くで響いていた。

 秀頼の傍らで眠っていた千姫が、突然、短い悲鳴を洩らして身を起こした。

「祖父上!」


 秀頼もその声に目を覚まし、すぐに千姫を見やった。

「どうしたの?」

 声は低く、しかし驚きが滲んでいた。

 千姫は荒い息を整えながら、震える声で答える。

「夢の中で……祖父上が……」

 言葉はそこで途切れ、千姫の瞳に涙が光った。

 秀頼は無言で千姫を抱き寄せ、その肩に手を添えた。

 障子の外では、夏の風が庭を渡り、葉擦れの音が静かに響いている。

 二人の胸には、一ヶ月前に届いた報せ――駿府の大御所が重病にあるという知らせ――が重くのしかかっていた。

 秀頼は千姫の髪に頬を寄せ、心の奥で言葉を紡ぐ。

『大御所様が、どうか早めに治れるように……』



 しかし、その願いは翌日に届いた訃報に、無情にも砕かれた。その訃報が広間に落ちた瞬間、空気が凍りついた。

 千姫は声にならぬ叫びを洩らし、その場に崩れ落ちた。

「祖父上……!」

 涙が頬を伝い、袖を濡らす。

 秀頼はすぐに千姫を抱き寄せ、その肩を支えた。

 障子の外では、夏の風が庭を渡り、葉擦れの音が静かに響いている。

 しかし、その音さえ、二人の胸に届かぬほどの深い悲しみが座敷を覆っていた。


 しばしの間、千姫は嗚咽を繰り返し、秀頼の胸に顔を埋めた。

 やがて、涙が少し落ち着いた頃、秀頼は低く、しかし確かな声で告げた。

「千……余は駿府へ参る。そなたも共に行こう。大御所様の御霊前に、二人で手を合わせねばならぬ」

 千姫は袖で目元を拭い、震える声で応じた。

「はい……殿と共に、祖父上にお別れを申し上げとうございます」

 秀頼は千姫の手を取り、しっかりと握りしめる。

「ならば、急ぎ支度を整えよう。余が共に参る」



 翌朝、郡山城を発った一行は、夏の光に包まれた街道を駿府へと急いだ。

 秀頼は馬上にあり、千姫の駕籠の側を離れぬよう並んで進む。

 駕籠の簾越しに見える千姫の姿は、まだ涙の跡を残していたが、その眼差しには祖父への深い想いが宿っていた。


 街道には青葉が茂り、風が稲の若葉を揺らしている。

 遠くで蝉が鳴き始め、夏の訪れを告げる声が響く。

 秀頼は手綱を握りながら、心の奥で言葉を紡いだ。

(大御所様……どうか安らかに。余は天下泰平を守る。そして、千の幸せを守り抜く――余は必ず果たす)


 供の者たちの馬蹄が土を打ち、駕籠の揺れが静かな音を立てる。

 その音は、二人の胸に重くのしかかる別れの予感を、さらに深めていた。



 駿府に近づくにつれ、城下は喪に服した色に染まり、人々の声は低く、鐘の音が遠くで響いていた。

 久能山の麓に着いたとき、秀頼は馬を降り、千姫の駕籠の簾をそっと上げた。

「千、ここからは余と共に歩もう」

 千姫は頷き、白木の階段を見上げる。

 その先に、大御所の眠る御霊前がある。

 二人は並んで歩き、夏の光に照らされた石段を一歩ずつ進んだ。


 御霊前、堂内は香の匂いに満ち、灯火が静かに揺れていた。

 秀頼は裃を正し、深く頭を垂れる。

 胸に浮かぶのは、あの日の言葉――

『泰平は人の理と情で築かれるものぞ』

 その声が、今も耳に残っている。

「大御所様……」

 声にならぬ祈りが唇に宿る。

『余は必ず守る。天下泰平を。そして、千の幸せを』

 隣で千姫も膝をつき、静かに手を合わせた。

 その肩が震えているのを、秀頼はそっと支えた。

 堂外では、夏の風が松を揺らし、遠くで蝉が鳴いていた。

 その音は、別れの調べのように、二人の胸に深く響いていた。



 駿府で大御所の御霊前に誓いを捧げた後、一行は江戸へ向かった。

 街道には夏の熱気が満ち、白い光が石畳を照らしている。

 駿府での静けさとは異なり、胸に重くのしかかるのは国家的な儀式への緊張感だった。

 千姫の駕籠はすぐ後ろに続き、簾の奥で彼女は静かに身を整えていた。

 涙の跡は消え、代わりに父・秀忠の前に出る覚悟がその眼差しに宿っている。

 秀頼は駕籠を一瞥し、胸の奥で言葉を紡いだ。

『千……余がそなたを守る。そして、この国を守る』

 街道の両脇には青葉が茂り、蝉の声が遠くで響いていた。

 しかし、その音は二人の胸に届かぬ。

 彼らの前に待つのは、静寂の極み――そして、天下の重みを背負う儀式であった。

『この道は、余にとって試練の道でもある。泰平を守るため、余は揺らがぬ』



 夏の陽が白壁を照らし、伽藍には重い静けさが満ちていた。

 増上寺の本堂には、香の匂いが漂い、読経の声が低く響いている。

 堂内には全国の大名が列をなし、外様の雄たちも息を潜めていた。

 伊達政宗、真田信之、藤堂高虎――名だたる諸侯の視線が、最前列に集まる。

 その席に、御三家と並んで座す秀頼の姿があった。

 裃を正し、背筋を伸ばしたその姿は、豊臣の名を捨てた松平秀頼でありながら、誰もが「副喪主」として認める威容を放っていた。

 白木の棺の前、灯火が揺れ、香煙が静かに立ち昇る。

 秀忠が焼香を終え、次に秀頼が進み出る。

 その一歩ごとに、広間の空気が張り詰める。


 秀頼は深く頭を垂れ、香を捧げた。

 胸に浮かぶのは、駿府での誓い。

『天下泰平を守る。そして、千の幸せを守り抜く――余は必ず果たす』

 その祈りは、香煙とともに天へ昇り、堂内の静けさに溶けていった。

 奥の間では、千姫が父・秀忠の側に控え、白き衣に身を包んでいた。

 その眼差しは祖父の霊前に向けられ、涙をこらえながらも凛としていた。

 彼女の存在は、ライバルだった家康と秀吉の血筋を結ぶ絆そのものだった。


 読経が終わり、堂外に出た秀頼は、夏の光に目を細めた。

 蝉の声が響き、熱気が石畳を包む。

 その音の奥に、静かな決意があった。

 しかし、その決意の影に、まだ誰も知らぬ嵐が潜んでいた。



 堂外に出た秀頼は、夏の光に目を細めた。蝉の声が石畳に響き、熱気が伽藍を包んでいる。

 葬儀の厳粛な空気がまだ肌に残る中、諸大名が退出していく。

 その中から、真田信之が静かに歩み寄った。背筋を伸ばした裃姿には、老練な将の威厳が漂っていた。

「大和守様、本日はまことにご苦労にございます」

 深く頭を下げる声には、礼節と重みがあった。

「御霊前での御焼香、諸侯皆が感服いたしておりました」

 秀頼は頷き、穏やかに言葉を返す。

「伊豆守殿も列席、心強く思う。大御所様も、そなたの忠義を喜ばれよう」


 信之の眼差しに、一瞬の翳りが走った。

「……弟のこと、何卒お心に留め置きくだされ」

 声は低く、しかし切実であった。

「あやつは不器用にございますが、心はまっすぐにございますゆえ」

 秀頼は静かに頷き、深く答えた。

「案ずるな。信繁殿の心ばえ、余はよく知っておる。

 あの城の騒ぎの折、余の命を受けて動き、危うき時に支えてくれた忠義、忘れはせぬ。

 この泰平を乱すことなく、皆で守り抜こう」

 信之の肩がわずかに震えた。

「ありがたきお言葉……真田の名を、恥じぬよう努めます」

 深く頭を垂れ、その背に老将の重みと、弟を案じる兄の心が滲んでいた。


 蝉の声がさらに強まり、夏の空に響いていた。

 その音は、静寂の奥に潜む嵐の前触れを告げるかのようであった。



 夏の陽が障子越しに差し、淀殿は扇を動かしながら、苛立ちを隠そうともしなかった。

「ふん……あの大御所様も、ついに病に伏して果てたか。

 あれほど人を追い詰めておいて、結局は因果なものよ」

 声には、長年押し込めてきた怨嗟が滲んでいた。

「苦しみながら逝ったと聞く。報いを受けたまで……」

 笑みを浮かべ、扇で口元を隠す淀殿。

 その笑みは、静かな座敷に不穏な影を落としていた。

 障子の外、庭の木陰に人影が過ぎる。

 風に揺れる葉の隙間から、視線が座敷を射抜いていた。

 その耳は、淀殿の一言一句を逃さなかった。

「家康が死んだ今、誰を恐れることがある?

 秀忠も、あの婿も、わらわの言葉に逆らえるものか」

 淀殿の声が低く響き、扇の陰で笑みが深まった。


 庭を渡る風が、静けさを裂くように吹き抜けた。

 その風の奥で、何かが動き始めていた。



 その風は、遠い江戸の庭にまで届いたかのように、黒書院の障子をわずかに揺らしていた。

 白砂に夏の光が反射し、蝉の声が遠くで響く中、本多正純は深く頭を垂れ、秀忠の前に進み出る。

「正純、何事か」

 秀忠の声は低く、しかし鋭さを帯びていた。

 正純は慎重に言葉を選び、口を開く。

「大和郡山にて、淀殿が放った言葉……耳にいたしました。

『大御所様の御最期は因果なもの』『報いを受けたまで』と。

 さらに、『家康公亡き今、誰を恐れることがある』と」


 広間の空気が一瞬で張り詰める。

 秀忠の眉がわずかに動き、その眼差しに怒気が宿った。

「父の御霊を辱める言葉……許し難い。

 例え、千の夫の母であっても、余はこのまま見過ごすことはせぬ」

 正純は一歩進み、声をさらに低くした。

「上様、このままでは幕府の威信が揺らぎます。

 御家門に連なるとはいえ、淀殿の放言は許し難し。

 秀頼公が抑えられぬならば――大和松平家を潰すほかございませぬ」

 秀忠の眼差しが鋭く正純を射抜く。

「……潰す、か」

「御意。転封、減封にとどめず、家そのものを取り潰し、血脈を断つべきかと。

 この国に二心を抱く者を残せば、父上の御霊を辱めることとなりましょう」

 秀忠は長く沈黙し、やがて低く言った。

「正純、事を鎮める策を講じよ。失敗すれば――その時は、余も迷わぬ」

 正純は深く頭を垂れ、その声に応じた。

「御意。必ずや、事を収めてみせます」

 障子の外では、夏の蝉が鳴き始めていた。

 その声は、静寂の奥に潜む嵐の前触れを告げるかのようであった。



 正純は秀忠の厳しい意思を携え、静かに秀頼と千姫の前に現れた。

 言葉を聞き終えた瞬間、二人の顔から血の気が引き、広間に重い沈黙が落ちる。

「――ということで、将軍は秀頼公のご覚悟を見てほしいと仰せでございます」

 正純の声は冷ややかで、障子越しの夏の光がその影を長く伸ばしていた。


 秀頼は深く息を呑み、膝を正すと、畳に手をつき、静かに頭を垂れた。

「この度の不始末、まことに申し訳なく存じます。どうか、時をお与えくだされ。必ずやご満足いただける処置をいたします」

 その姿に、千姫も袖で涙を拭いながら、夫の隣に並び、同じく平伏する。

 声は震えながらも、言葉には必死の思いが込められていた。

「上様……殿は、じい様に対しても、そして上様に対しても、一度として不満を漏らさず、誠心誠意尽くしてまいりました。

 あの明国との和睦も、このたびの最上の件も、すべては徳川の世を守らんがためのことにございます」


 主君の娘までもが畳に額をつける光景に、正純は一瞬言葉を失った。

 冷徹な策士の面影が揺らぎ、吐息がわずかに乱れる。

「……承知いたしました。将軍には、秀頼公の覚悟をそのままお伝えいたします。

 ただし、早々に事を収められますよう、励んで給え」

 秀頼は深く頭を下げたまま、声を絞り出す。

「御意……必ずや」

 正純が深々と頭を下げ、静かに広間を後にした。

 障子が閉じられると、座敷に重い沈黙が落ちる。

 秀頼は膝をついたまま、深く息を吐いた。


 胸の奥に、冷たい恐怖が広がっていた。

 もし、この件をうまく収められなければ――ここまで積み重ねてきた努力が、すべて水の泡になる。

 日明との和睦も、最上騒動の調停も、家康の信頼も、秀忠の評価も……すべてが崩れ去り、大和松平家は歴史から消える。

 その重みが、肩にのしかかるように感じられた。


 秀頼は静かに目を閉じ、心に言葉を刻む。

 泰平を守るためなら、何を失っても構わぬ。

 だが、失うのは家でも、千でもない――必ず守り抜く。

 その覚悟が、静かに血のように熱く胸に流れた。



 秀頼は江戸での重圧を背負ったまま、急ぎ大和へ戻った。

 馬蹄の音が街道に響き、夏の風が頬を打つ。

 胸にあるのは、幕府から突きつけられた最後通牒――時間はない。


 郡山城に着いたとき、座敷には別世界の静けさがあった。

 淀殿は庭を望む縁側に座し、涼やかな顔で茶を口にしている。

 薄緑の茶碗に映る水面のような笑み、その指先には一片の焦りもない。

 秀頼はその光景に、言葉を失った。

「戻ったか、秀頼」

 淀殿は扇をゆるやかに動かしながら、涼やかな声を洩らした。

 その声音には、江戸で何が起きているかなど意に介さぬ気配が漂っている。

 秀頼は一歩進み、深く息を吐いた。

「母上……幕府より厳しき沙汰が下りました。

 このままでは、大和松平家は――」

 淀殿は茶碗を置き、ゆるやかに笑みを浮かべた。

「何を恐れることがある? 家康はもうこの世におらぬ。

 秀忠とて、わらわの言葉一つで揺らぐものではない」

 その言葉に、秀頼の胸に冷たい怒りが走った。

「母上、その放言こそが、わが家を滅ぼす刃となっております!

 幕府は、余の覚悟を試しているのです。

 一刻の猶予もない――今すぐ、わらわの言葉を改めていただきたい!」

 淀殿は扇を止め、秀頼を見据えた。

 その瞳には、かつて大坂を支配した女の誇りが宿っていた。

「秀頼……わらわは何も恐れぬ。

 だが、そなたがそう申すなら――見せてみよ、その覚悟とやらを」


 秀頼は悟った。転封しても、母の心はなお大坂の主であり続ける。このままでは、どこへ移ろうとも同じ禍が繰り返される――。

 しばし沈黙ののち、秀頼は渋い決断を下した。

「母上……お許しくだされ。このままでは、我が家は滅びます。

 余は、幕府に誓いを立てました。泰平を乱さぬため、余が身を裂いてでも守り抜くと。

 どうか、本日よりここを一歩も離れぬように。

 そして――余も、二度とこの座敷へ戻ることはございませぬ」

 声は静かでありながら、胸の奥で血を吐くような痛みを帯びていた。

 淀殿の扇が止まり、座敷に重い沈黙が落ちる。

 秀頼は涙を堪え、言葉を締めると、振り返らずに歩みを進めた。



 庭に夕陽が差し込み、赤く染まった砂が静かに光っていた。

 国松は稽古場の中央に立ち、木刀を握りしめる。

 肩で息をしながら、最後の一太刀を振り下ろすと、乾いた音が庭に響いた。

 その瞬間、全身の力が抜け、国松は木刀を脇に置き、稽古着の裾をはたいた。

 上半身はすでに裸。

 鍛え上げられた肩と胸に、汗が川のように流れ落ちている。

 首筋から背へ、腕へと伝う雫が、夕陽に照らされて銀の筋を描いた。

 稽古着は重く湿り、足元の砂に滴が落ちて小さな暗い斑点を作る。

 息は荒く、胸が上下し、熱気が肌から立ちのぼるようだった。

 縁側には阿梅が座り、じっとその姿を見つめていた。

 風が頬を撫で、阿梅の髪が揺れる。

 その眼差しには、幼い頃から見てきた兄の努力への誇りと、言葉にならぬ不安が宿っていた。


 その時、秀頼が縁側に歩み寄った。

 胸の奥に渦巻く重圧を押し隠し、できるだけ穏やかな声を出す。

「国松、よく励んでおるな」

 国松は剣を収め、父を見上げて深く頭を下げる。

「はい、父上」

 秀頼はしばし黙し、夕陽に染まる庭を見やりながら言葉を選んだ。

「国松、後日、阿梅と共に江戸へ参ってみぬか」

 国松の瞳がわずかに揺れた。

 その眼差しは、秀頼の胸に潜む不安を見透かしたかのようだった。

「承知しました、父上。もしお役目であれば、命を賭して果たします」

 秀頼はその言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「……かたじけない」


 夕陽が庭を染め、風が静かに吹き抜ける。

 その光景は、父と子の言葉を深く刻むように、長い影を縁側に落としていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この章では、静けさの中に潜む緊張と、守るために選ばれた覚悟を描きました。

言葉の重み、決断の痛み――それらが交わる場面は、泰平を支える者の宿命でもあります。

飛ばずんば則ち已む。

耐えた先に何があるのか、その問いを胸に刻みながら、物語は次へ進みます。

引き続きお楽しみください。

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