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第二十五章 泰平を繋ぐ意志

春の光が差す中、物語は新たな節目を迎えます。

人の理と情が交わる時、泰平を繋ぐための意志が試される――。

嵐の気配を孕む空気の中で、誓いを胸に歩む者たちの姿を描く一章です。

静けさの奥に潜む緊張と、守るべきものへの想いを、ぜひお楽しみください。

 元和二年(1616年)十二月 姫路城

 大和郡山城にて督姫逝去の報が届いたのは、冬の初めのことだった。

 千姫はその場で言葉を失い、袖に顔を埋めて泣き崩れた。

 秀頼は静かにその肩に手を置き、短く告げる。

「急ぎ播磨へ参ろう」

 一行は京を経て姫路へ向かった。

 街道には冷たい風が渡り、枯れ草の匂いが漂う。

 山並みは薄紫に霞み、川面には凍りの気配が宿る。

 千姫は駕籠に身を預け、懐の重みを守るように両手を添えていた。

 その瞳は遠くを見つめ、幼き日の記憶を追っていた――

 督姫の声、やさしい手、笑み。

「千、泣くな。世がどれほど移ろうとも、そなたは誇りを失うな。強く、優しくあれ」

 その言葉が胸に響き、涙が頬を伝う。


 やがて姫路城の白壁が冬の陽に輝き、城下に香の匂いが漂った。

 葬儀の支度は整えられ、御座之間には白木の飾りと静かな灯が揺れていた。

 御座之間には白木の飾りと香の匂いが静かに漂っていた。

 督姫の葬儀は滞りなく進み、控え所には千姫が座していた。

 その顔は涙に濡れ、袖で目元を押さえても嗚咽は抑えきれない。

 懐には新しい命を抱え、日ごとに重みを増していた。


 秀頼は静かに歩み寄り、膝をついてその手を取った。

「お千……叔母上が、夏で会った時もお千の事を案じていた」

 千姫は唇を震わせ、かすれた声で応える。

「幼き頃より、私を慈しんでくださった叔母様……もう一度、お会いしたかった……」

 秀頼はそっと千姫を抱き寄せ、懐に手を添えた。

「亡くなった人は帰られぬ。でも、この命も、そなたも、余が必ず守る。……あまり悲しむな、子に障る」

 千姫は袖で涙を拭い、秀頼の胸に身を寄せる。

「はい……わかっております。殿が戻ってくださった、それだけで……」


 その時、襖の外から足音が近づき、侍女が低く告げる。

「殿、本多正純様がお見えにございます」

 秀頼は千姫にやさしく微笑み、

「しばし待っていてくれ」

 と声をかけて立ち上がった。

 廊下に出ると、冬の光が障子越しに差し込み、冷たい空気が頬を撫でる。

 その先に、家康の使者・本多正純が控えていた。

 正純は深く頭を下げ、穏やかな声で語りかける。

「督姫様は、千姫様を何より慈しんでおられました。その御方を失い、千姫様がこれほど悲しまれるのも道理。

 秀頼様、これからは、そなたが支えねばなりませぬ。彼女を慰め、力となれるのは、そなたただ一人にございます」

 秀頼は正純の言葉を静かに受け止め、深く頷いた。

「承知しておる。余が必ず守り、心を寄せる。叔母様の笑みを取り戻すこと、それが余の務めだ」

 正純は満足げに微笑み、

「そのお心、上様にも必ず伝えます」

 と告げて席を辞した。


 障子の外では冬の風が松を揺らし、遠くで鐘の音が響いていた。

 秀頼の胸には、家族を守る決意がさらに強く燃えていた。


 冬の寒気を抜け、秀頼と千姫は姫路から大和へ戻った。

 城下には新年を迎える支度が整い、門松が立ち、白い息を吐く人々の声が凍てつく空に響いていた。

 長き旅路を終えた二人に、家中は安堵と喜びをもって迎えた。



 やがて春の兆しが訪れる三月――。

 郡山城の奥深く、静かな産室に灯火が揺れていた。

 千姫は産褥に伏し、懐の命を迎える時を待っていた。

 その身は重く、汗が額を伝う。

 侍女たちの声が低く響き、緊張が張り詰める中、千姫は心の奥で静かに祈った。

『叔母様、私は殿を支えて強く生きます。

 そなたが教えてくださった誇りを、決して失いませぬ。この子とともに、殿の歩む道を守り抜きます』

 その瞬間、産声が産室に響いた。

 力強い声が、張り詰めた空気を一気に解き放つ。

 侍女が赤子を抱き上げ、秀頼のもとへ差し出した。

「殿、男子にございます!」


 秀頼は息を呑み、赤子の顔を覗き込む。

 その小さな手が、未来を掴むかのように動いていた。

「……ついに、我が家に嫡男が生まれたか」

 声は低く、しかし震えていた。

 千姫は疲れの中に微笑みを浮かべ、かすれた声で言う。

「殿……この子を、どうか強く、優しく育ててくださいませ」

 秀頼はそっと千姫の手を握り、赤子に目を落とした。

「この命、必ず守る。余がすべてを賭して」


 春の風が障子を揺らし、遠くで鶯が鳴いた。

 その声は、大和松平家に新たな希望が芽吹いたことを告げる調べのようであった。

「徳松」と名付けられたこの嫡男が産声を上げたその時、遠い出羽で嵐の始まりが突如として起こった。



 出羽山形藩・山形城。

 広間には雅な調べが響いていた。

 最上家親は上座にあり、猿楽の舞を楽しんでいた。

 面をつけた役者が舞台で緩やかに舞い、笛と鼓の音が静かに重なる。

 家親は杯を手に、満足げに笑みを浮かべていた――その時である。

「……うっ」

 低い呻きが漏れ、家親の顔が歪んだ。

 杯が畳に転がり、家親は腹を押さえて身を折る。

「殿!?」

 家臣たちが一斉に駆け寄り、広間は騒然となった。

「水を!薬を!」

 声が飛び交い、侍医が呼ばれるが、家親の呼吸は荒く、目は虚ろになっていく。

「しっかりなされませ!」

 肩を支える手に力がこもるも、家親の手は力なく垂れ、やがて動かなくなった。

 猿楽の舞台は止まり、楽の音も消え、広間に響くのは慌ただしい足音と押し殺した悲鳴だけ。


 やがて、侍医が首を振り、沈痛な声で告げる。

「……御最期にございます」

 その言葉に、家臣たちは顔を見合わせた。

「なぜだ……つい先ほどまでお元気であられたのに」

「毒ではあるまいな……」

「いや、まさか……」

 低い声が広間の隅で交わされ、疑念が静かに広がっていく。

 あまりに急な最期であったため、城中は混乱に包まれ、家中には不安の影が濃く落ちた。

 ――この急報が、やがて国を揺るがす騒動の幕開けとなることを、まだ誰も知らなかった。



 家親の訃報が、やがて郡山城に届いた。

 春の光に満ちた城に、その報せは重く落ちた。

 秀頼は座したまま、しばし言葉を失う。

 胸に去来するのは、かつて刃を交えた因縁を越え、和解した日の記憶。

 父の罪は清算した。されど、それで終わりではない――。

 生涯をかけて償うべき重みがある。

 秀頼は静かに立ち上がり、低く告げた。

「弔いに参る。供を整えよ」

 幸昌と勝家が深く頭を下げる。

「御意」


 その夜、秀頼は産褥に伏す千姫のもとへ歩み寄った。

 傍らには、生まれたばかりの徳松が眠っている。

 秀頼はその小さな顔を見つめ、胸に痛みを覚えながら口を開いた。

「子を産んだばかりにて、すまぬ。されど、行かねばならぬ」

 千姫は弱々しく微笑み、首を振った。

「大丈夫にございます。仕方なきことにて……。

 それに、海を渡る旅ではございませぬ。殿が遠く離れるわけではないと知っておりますゆえ、そこまで辛うはいたしませぬ」

 秀頼はその言葉に救われる思いで、そっと千姫の手を握った。

「必ず戻る。そなたと、この子のもとへ」

 千姫は静かに頷き、眠る徳松に視線を落とした。

「殿のお帰りを、心よりお待ち申し上げます」


 翌朝、一行は北国への街道を急いだ。

 春の風はまだ冷たく、雪解け水が川面に光る。

 馬蹄の音が山路に響き、遠くの峰には白が残っていた。

 秀頼は言葉少なに前を見据え、幸昌と勝家が黙して従う。


 日が暮れるころ、一行は宿場に入り、灯火が揺れる座敷で休息を取った。

 湯気の立つ膳が並び、静かな空気の中、幸昌が声を潜めて秀頼に近づく。

「殿……町人の噂にございますが、家親公の急死、毒ではあるまいかと」

 秀頼は盃を置き、視線を幸昌に向けた。

「幸昌、そのような言は慎め。真偽も定まらぬことを軽々しく口にするは、死者への不敬にてある」

 幸昌は深く頭を垂れ、

「心得ました」

 と短く応じた。

 障子の外では春の風が吹き、遠くで水音が響いていた。

 秀頼は眠りにつけぬまま、胸に重い影を抱え続けた。

 ――この噂がただの風聞であることを願いながら。



 途上、秀頼は駿府に立ち寄り、家康のもとを訪れた。

 静かな書院に香が漂い、障子越しに春の光が差している。

 家康は秀頼を見据え、低く言葉を発した。

「家親公が急逝の報、余も聞き及んでおる。

 この件、正純に従い、調べを進めよ。

 ただし、事の真を見極めるのはそなたの眼だ。

 余は、そなたの判断を信じておる」

 秀頼は深く頭を下げ、静かに答えた。

「御意。必ずや真を確かめ、乱れを鎮めて参ります」

 家康は満足げに頷き、

「よい。国を守るは理と情、その両を忘れるな」

 とだけ告げた。

 秀頼の胸には、重い責務と家康の信頼が深く刻まれていた。



 江戸城にて、将軍秀忠より正式な依頼を受け、秀頼は正純とともに山形へ向かうこととなった。


 野には若草が芽吹き、畦道には菜の花が揺れている。

 遠くの山々は淡い緑を帯び、川面には春の陽がきらめいた。

 柔らかな風が頬を撫でる中、正純が馬を並べて声をかけた。

「秀頼公は、家親公と仲がよろしかったと聞き及んでおりますが」

 秀頼は遠くの峰に目をやり、静かに答えた。

「左様にございます。されど、余はかつて父の所業により、家親公に負い目を抱いております。ゆえに、この度の急逝、真偽を確かめずにはおれぬ。

 もし毒殺とあらば、犯人を成敗し、乱れを鎮める。さりながら、そうでなければ、真を明らかにし、家親公の名誉を守る所存にございます」

 正純は深く頷き、

「御心、まことに重し。上様も、その覚悟を頼もしく思われましょう」

 と低く言った。


 街道に春の光が満ち、二人の影は北へ向かう道に長く伸びていた。



 秀頼と正純の一行が山形城に入ったのは、夕刻近くであった。

 城内は重苦しい空気に包まれ、広間には最上家の一門と重臣たちが顔を揃えていた。

 秀頼は裃を正し、静かに進み出る。

「このたびは、家親公の御急逝、まことに痛惜に存じます。

 御霊前において、心より哀悼を捧げます」

 広間の奥、まだ幼き義親が正座していた。

 十二歳の新当主は、父の急死により、突如として五十七万石の重圧を背負わされた少年である。

 その顔には不安と緊張が色濃く、視線は畳に落ちていた。

 傍らには母・尊姫が控え、徳川の血を引く誇りを胸に、毅然とした姿を保っている。

 秀頼は義親に近づき、柔らかな声で言葉をかけた。

「義親殿、御父上の御志を継ぐは容易ならぬこと。されど、余はそなたを支えるために参った。

 乱れを鎮め、家を守るため、共に力を尽くそう」

 義親は小さく頷き、かすれた声で応じる。

「……ありがたく存じます」


 その背後では、山野辺義忠が沈黙を保っていた。

 成人した義忠を推す声が一部の重臣から上がっていることを、秀頼はすでに耳にしていた。

 氏家光氏の鋭い視線が広間を走り、志村一族は義親の側に固まっている。

 緊張は、静かな水面に潜む渦のように広がっていた。

 秀頼は正純に目をやり、低く告げる。

「まずは状況を聞こう。何が起きておるのか、余にすべて話せ」

 正純は頷き、重臣たちに視線を向けた。

 その場の空気は、嵐の前の静けさに似ていた。


 灯火が揺れ、沈黙が重く垂れ込めていた。

 秀頼と正純は上座に並び、広間を見渡す。畳に正座する重臣たちの顔には、不安と疲労が刻まれている。

 その奥、幼き義親が視線を落とし、母・尊姫が毅然とした姿で控えていた。

 その指先は微かに震えていたが、顔には一片の弱さも見せぬ。


 秀頼の声が低く響く。

「家親公急逝の折、何を見、何を聞いたか。包み隠さず申せ」

 氏家光氏が進み出る。

「猿楽の舞を御覧の最中にございました。殿は杯を手に、笑みを浮かべておられましたが、突如、腹を押さえ、苦悶の声を上げられ……」

「その時、殿の顔色は?」

「蒼白にございまして、汗が滲んでおりました」

 志村光安が続ける。

「薬を求め、侍医を呼びましたが、間に合わず……毒の匂いはございませぬ」

 その声には必死さが滲む。義親を守ろうとする忠臣の焦りが、言葉の端々に宿っていた。

 秀頼は視線を鋭くし、問いを重ねる。

「供された膳は何であった」

 家臣が答える。

「白酒、鯉の煮物、そして海より運ばれた鯛にございます」

 広間にざわめきが走る。秀頼の眉がわずかに動いた。

「海魚か……この地では珍しきもの。誰が手配した」

 氏家光氏が低く答える。

「わが配下にございます」

 その声は落ち着いていたが、灯火に映る瞳の奥に、何かを隠す影が揺れた。


 正純の目が細くなる。

「その膳を下げた者は?」

「同じく、氏家家中の者にございます」

 志村光安が声を荒げる。

「氏家殿の手配にございますれば、疑いは氏家殿に向かうやもしれませぬ!」

 氏家光氏の顔が紅潮し、広間に緊張が走った。

「戯れ言を申すな。余が殿を害する道理があるか!」

 秀頼は膝に手を置き、さらに問う。

「共に食した者は、異変を訴えたか」

 志村光安が答える。

「数名が腹痛を申しましたが、軽く済んでおります」


 尊姫は沈黙を守り、ただ幼き義親の肩に手を添えていた。

 その眼差しは、嵐の中で灯火を守るような強さを帯びていた。

 秀頼は一人ひとりに視線を走らせ、声を低くした。

「膳を調えた者、酒を注いだ者、舞台の脇に控えていた者――すべて名を記せ」

 家臣たちが顔を見合わせ、緊張が広間を覆う。


 秀頼は膝に手を置き、広間を見渡した。灯火が揺れ、重臣たちの視線が一斉に集まる。

 声を低くして、ゆるやかに言葉を紡ぐ。

「余は、そなたらの証言を聞いた。猿楽の舞の最中、殿は笑みを浮かべておられた。毒を盛られた者が、あのように平然としておれるか?」

 秀頼は一拍置き、続ける。

「毒ならば、氏家殿、そなたらが即座に権を握る手筈を整えているはず。しかし、家中は乱れ、ただ混乱している。周到な暗殺にしては、あまりに粗雑だ」

 広間にざわめきが走る。秀頼は膳に視線を落とし、指先で一つひとつをなぞった。

「供された膳には海より運ばれた魚があったと聞く。この地では珍しき品、春の陽に向かう季節、管理は難しい。

 海魚は、雪解けの水が流れるこの時期、道中で傷むこともある。しかも、共に食した者の中に腹痛を訴えた者がいる。毒ならば一人を狙うはず、されど複数に症状が出ておる」

 秀頼は声をさらに低くし、言葉に重みを込めた。

「毒殺ならば、悪意をもって仕組まれたもの。しかし、余が見たのは悪意ではなく、日常の隙――一切れの傷んだ魚が、壮健な当主の命を奪ったのだ」


 正純が目を細める。

「毒と断じれば、幕府は即座に改易を命じましょうな」

 秀頼は広間を見渡し、言葉に力を込めた。

「正純殿、余は申す。この家を潰すは容易い。されど、それでは義親殿に何も残らぬ。

 家親公とは、天下泰平を共に目指す同志であった。その急死により、残された家族が不幸な運命に沈むを、余は見たくない」


 正純は黙して秀頼を見つめる。秀頼はさらに言葉を重ねた。

「当主は幼き身なれど、幕府がその正統を認めれば、家臣たちは一致団結せざるを得ぬ。

 余がここに誓う。この最上家を安定へ導くこと、余が保証する。戦火を呼ぶより、秩序を保つが泰平の道にございます」

 正純の目が細くなる。

「秀頼公、その覚悟、上様に伝え申す。されど、失敗は許されませぬぞ」

 秀頼は深く頷き、静かに答えた。

「御意。余の命を賭して、この家を守り抜く」



 江戸城にて、秀頼は将軍秀忠に最上家の騒動収拾を報告した。

 広間に静けさが満ち、秀忠は深く頷く。

「よくぞ成した」と言葉を添え、秀頼の働きは幕府に高く評価された。

 その報は、すぐに駿府へと伝えられることとなった。

 家康は秀頼を見据え、ゆるやかに言葉を発した。

「秀頼、よくやったな。戦火を呼ばず、理をもって乱れを鎮める――これぞ泰平の道よ。

 天下の安寧は、そなたの働きでさらに固くなった」

 秀頼は深く頭を垂れ、静かに答える。

「過分なお言葉、痛み入ります。

 されど、これは大御所様の御願いと、家親殿との誓いを守るためにございます。

 余はただ、その務めを果たしたまでにて」

 家康は満足げに頷き、

「その心、忘れるな。泰平は人の理と情で築かれるものぞ」

 と低く言った。

 秀頼は深く頭を垂れ、その言葉を胸に刻む。



 駿府を後にした帰路、春の光が街道に満ち、若草が芽吹く野を越え、大和へと向かう旅路は穏やかであった。

 胸にあるのは、政の緊張を終え、家族のもとへ戻れる安堵――。

 郡山城に着いた秀頼を迎えたのは、千姫の笑みであった。

 座敷には産褥を終えた千姫が徳松を抱き、柔らかな光に包まれている。

 その傍ら、お奈津は明姫を、お藤は大松を腕に抱き、母のぬくもりに包まれた幼子たちが静かに眠っていた。

 幼い国松と奈阿は笑い声を上げて駆け回り、座敷には春の息吹が満ちている。


 秀頼はその光景を見渡し、胸に深い安らぎを覚えた。

「戦もなく、こうして皆で膳を囲める……これこそ、余が守りたき世だ」


 膳には春の山菜が並び、湯気がほのかに立ちのぼる。

 障子の外では春の風が庭を渡り、遠くで鶯が鳴いていた。

 その音は、泰平の調べのように、座敷にやさしく響いていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この章では、理と情が交わる場面を通じて、泰平を繋ぐ意志を描きました。

しかし、穏やかな光の奥には、次なる影が潜んでいます。

新たな季節が訪れ、抑え込まれていた思惑が牙を剥く時――。

大和編の山場が、いよいよ幕を開けます。

どうぞ続きもお楽しみに。

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