ぬるいコーンポタージュ
頭がダイヤモンドのように硬い私は何事にも屈しない。
しかし、父がゆっくりとピンク色に染まっていく光景だけは否定できない。
それはまるでこの世のものではない秘密が現れつつあるかのようだ。
そこで私は父に針に糸を通すようにお願いすると、なんと父は糸の先を舐めもせず、水に濡らしもせず、指で先を尖らせもせず、一度で針穴に糸を通してしまったのだ。
糸を通した針を受け取った私はいつものように縫い始める。
父は窓辺の椅子に移ってそんな私を見ている。
今日も姪のアグネスはくるだろうか。
コーンポタージュは熱いままだろうか。
明日も曇りになればいいのに…とどうしても考えてしまう。
私が縫っているものはクマだ。
でも、父はそうではないと言う。
父の目が光っている。
まもなくアグネスが来るだろう。
コーンポタージュが冷めていなければ良いが…
チクチク、チクチク…私は一定のリズムで縫い続ける。
見つめ続ける父。見ているのは私なのかクマなのか。
ドアをきしませ、男が部屋に入ってくる。
私はいつものように完成したクマ10体を入れた段ボール箱を彼に渡す。
彼もいつものように月行きのチケットを私に手渡す。
「アグネスは来ましたか?」 私の質問に「まだのようだ」と男は答える。
父は沈黙を続けている。
外はいつの間にか雨になっていた。
窓に落ちる水滴を父は数えているのかもしれない。
私はただ縫い続ける。
「アグネスは今日は来るだろうか」
窓の外の光景を見て、頭に思い浮かべるのは灰色のロンドン。
冷たい雨が窓をなぞり、ふと鋼鉄の突撃戦車が思い浮かぶ。
修道院の鐘がなる。
アグネスが待ち遠しい。
父は無言のまま窓の水滴を見つめている。
針は働く。
静寂だった正立方体の部屋の中には、今は遠くから聞こえる修道院のくぐもった鐘の音がある。
2+3=5。
3×3=9。
12÷3=4。
大丈夫、私は今日も正常だ。
日に日におかしくなるのは父の方で間違いない。
それにしてもアグネスはいつ来るのだ。
修道院の鐘も鳴り終わったというのに…
足音。アグネスの足音。
ドアが再びきしみながら開く。
「ごめんなさい、遅れてしまったわ。お父さんのお薬が切れてしまったので町まで買いに行ってたのよ」
バスケットを抱えながらアグネスがようやく現れた。
「あらあら、お父さんこんなになってしまって…お兄さんもお腹すいたでしょう」
バスケットから取り出したスープボウルにはなみなみと注がれたコーンポタージュ。
「さあ、お父さん行きましょう。お薬の時間よ」
アグネスは父を連れ出して部屋を出る。
私とすれ違う時に父が 「それじゃ」 と言って部屋から出る。
部屋に残ったのはコーンポタージュ。
私は木べらでそれを掬い飲み始める。
今日もぬるいコーンポタージュ。
(終)




