新しい関係の始まり
翌朝、美優は朝食後の、教科が始まるまでの僅かな時間、彩花を呼び止めた。
「橋本、少し話がある」
彩花はいつものように恐縮し、「あ、はい!」と居住まいを正した。
「…。橋本、お前は、警察官に必要な最も重要な資質を持っている。連帯責任を負い、仲間を見捨てない覚悟だ。私は、それを今回の訓練で初めて理解した」
美優は真っ直ぐ彩花の目を見た。
「だが、お前の体力と座学の成績は、その崇高な覚悟を現場で実現する足枷になる」
彩花は、美優の冷徹な分析に、初めて表情を曇らせた。
「…はい。わかっています。だから、人より多く練習しないとって…」
「非効率だ」美優は遮った。
「お前の努力は真摯だ。だが、闇雲に時間を費やしている。昨日の登山訓練で、私が冷静さを欠いたように、お前もまた、他者の力を借りるという合理的な判断を欠いている」
彩花は、黙って美優の言葉を聞いていた。美優は、覚悟を決めたように言葉を続けた。
「私は、お前の指導をする。剣道だけでなく、体力訓練、座学の要点整理もだ。お前が目指す合格ラインまで、効率的かつ合理的に引き上げる」
彩花は驚きのあまり目を見開いた。教場主席の上村美優が、成績最下位の自分に、時間を割いて指導すると言っている。
「え…でも、上村さんの貴重な自由時間を…私のような人間に割くなんて…」
彩花は戸惑いと恐縮を隠せない。
美優は、フッとわずかに口元を緩めた。それは、剣道部の厳しい規律の中で生き、孤独を装ってきた美優が、初めて見せた、個人的な感情を伴う笑みだった。
「これは、私自身の訓練だ。登山訓練で、私はお前と加藤教官に、真のリーダーシップとは何かを教わった。その返礼だと思え。そして、私はもう、自分の組織の人間を、一人でも欠けさせたくない」
美優の言葉には、以前の「個人戦応用」の冷たさはなく、「仲間を守る」という強い意志が宿っていた。
彩花の目から、一筋の涙がこぼれた。美優の合理性の裏に隠された、熱い感情を受け取ったからだ。
「…はい!お願いします!上村さん!」
彩花は、力強く、頭を下げた。それは、指導を求める姿勢というよりも、美優という「仲間」を受け入れる意思表示だった。
こうして、美優の完璧な孤独の城は完全に崩壊し、美優と彩花は、「友情」や「仲間」という、美優が最も遠ざけていた、警察官としての「団体戦」の絆を結ぶことになった。




