自己嫌悪
登山訓練を終え、へとへとになりながらも、美優、彩花、そして同期たちは、なんとか全員で警察学校へと帰還した。全員で乗り越えたという事実は、普段の訓練では得られない、強い連帯感を生んでいた。
帰校後の夜。美優は真っ先に、足首を挫いた児島のもとへ向かった。
「児島さん…登山中の私の判断、間違っていたよ。申し訳ない…。私個人の合理性を優先し、君を下山させるという冷徹な提案をしてしまった。君の安全と精神的な負担を考えれば、あの場では最適解ではなかった。本当に申し訳なかったよ…」
美優は、一分の隙もない敬礼の後、深く頭を下げた。
児島はそんな美優の姿に恐縮し、慌てて手を振った。
「う、上村さん!そんな、頭を上げてください!私は、結局皆に助けられましたし、上村さんが最後まで私の反対側を支えてくれたことも感謝していますから。大したことありませんよ!」
児島は、美優の完璧な謝罪と、訓練中の美優のサポートに感謝し、何事もなく美優を許した。
…
次に美優は、彩花の部屋を訪ねた。
「橋本。お前にも謝罪する。あの時、私がお前や加藤教官のように行動できなかった。私はリーダーでありながら、個人の安全と集団の連帯を、児嶋や橋本たちに教わった。本当に…ありがとう」
彩花もまた、恐縮しきった様子で手を振り続けた。
「上村さん、そんな!私、大したことしてないです。それに、最後は上村さんが一番力強く支えてくれたじゃないですか。上村さんのおかげで、児島さんも無事に帰ってこれたんですから!…気にしないでください」
彩花は、いつものように、美優の行動のポジティブな部分だけを受け止め、許してくれた。
仲間たちは美優を許した。
しかし、美優は、自分自身が許せなかった。
部屋に戻った美優は、トレーニングウエアの襟を握りしめ、ベッドに座り込んだ。
「人として、そして、これから警察官となる身として、…許せない」
己の傲慢さ、合理性という名の冷徹さ。
剣道で培ったのは、相手を打ち負かす「強さ」だけだった。
しかし、警察官に求められるのは、「人を守る力」と「仲間を支える力」だ。あの登山訓練で、美優が最初に示したのは、「切り捨てる判断」だった。もしそれが現場だったら、美優は仲間や市民を見殺しにしかねなかった。
美優が長年作り上げてきた「孤独なリーダー」という自己像は、もろくも崩れ去った。代わりに残ったのは、自己嫌悪と、そして、彩花という同期への、深い感謝と尊敬の念だった。
(私は、橋本から、人間として、警察官として、最も大切なことを教わった…)
美優は、窓の外の暗闇を見つめた。彼女の「個人戦」は終わり、ここから、「組織」と「愛情」という、美優にとって未知なる戦いが始まるのだとも悟った。




