重み。
美優は、彩花の純粋な努力を「愛らしい」と感じながらも、その感情をどう扱えばいいか分からずにいた。
美優が求める「リーダー」とは、「最も強い個人」ではなく、「不完全な集団を率いる存在」へと、静かに定義を変えていった。
そんな彼女たちの警察学校生活で、二回目の登山訓練が実施されることになった。
一回目の訓練では、美優は文句なしのトップを歩き、さっさと頂上に到達していた。
それは美優の体力と自己管理能力の証明であり、彼女の「個人戦の応用」戦略が機能した証だった。
しかし、二回目に選ばれたのは、前回よりも少し難易度が上がった山道だった。
今回も美優は先頭集団の一角を占め、冷静にペースを保ちながら登っていた。自己を律する美優にとって、困難な状況こそ力を発揮する場、そうなるはずだった。
山の五合目あたり――その時、後方から悲鳴が上がった。
美優が足を止め、振り返ると、最後尾を登っていた彩花の前で、列の中盤を歩いていた同期の児島が足首を挫いてうずくまっていた。美優は小島に駆け寄る。訓練は一時中断し、美優は冷静に状況をみて、判断した。
「児島、君はここで待機し、後続の教官の指示で下山することを勧める。無理に登頂を続けるより、それが一番合理的だ」
だが、児島は顔を歪めて首を振った。
「大丈夫だよ、なんとか歩けるから…」
「いや、足を捻ったのだから登山するのも体力的に厳しいし、なにより、ここから登ってさらにで下るのは危険すぎる…」
誰もが状況の重さに口をつぐむ中、美優の完璧な合理性が導き出したのは、「個を切り捨てる」という冷徹な結論だった。
その瞬間、美優の横を、彩花がよろめきながらすり抜けた。
「大丈夫。なんとか背負えるから」
彩花は、すでに疲れ切っているはずの身体で児島を右から肩を入れ抱え上げた。その顔は青ざめていたが、瞳の奥には、昨日道場で見た、あの直向きな光が宿っていた。
「私たちが、置いていくわけにはいかないです。皆で登るのが、訓練の主な目的ですから」
彩花は周りの同期や教官を、自分でも驚くほどの力強さで説得する。美優の合理性とは正反対の、非合理で感情的な、しかし誰もが否定できない「連帯の意志」だった。
美優は、その光景を、ただ呆然と見つめていた。
彩花の行為は、美優が最も排除してきた「無駄」「非効率」「感情論」の塊だ。だが、その非合理な行為が、仲間を諦めさせないという、真に警察官としてあるべき姿を示していた。
その時、最後尾から様子を見ていた教官の加藤警部補が、静かに近づいてきた。
加藤警部補は、美優と彩花の様子を交互に見ると、彩花の隣に立ち、児島のもう片方の肩を力強く担いだ。
「よっと。少しは楽になるだろ、橋本」
そして、美優の方を振り向いた。教官は、その口元に、美優が訓練中に見たことのない、柔らかな笑みを浮かべていた。
「ほら?上原も見てないで肩を貸せ。リーダーだろ?たまには助けろよ」
「リーダー」という言葉が、美優の冷たい胸に突き刺さった。それは、美優が目指していたはずの称号だった。しかし、今の美優は、その称号に最も相応しくない傍観者だった。
美優は、初めて自分の「完璧な戦略」が、人間的な欠陥を露呈したことを悟った。
美優の合理的な思考回路が停止する。そして、彼女の身体は、純粋な衝動に従った。
美優は無言で、児島の反対側に回り込み、加藤警部補の代わりにその身体を力強く支えた。彩花と、二人で初めて、同じ重さを、同じ意志で分かち合った瞬間だった。
厳しい規律の中で生まれたはずのその機会は、今、「孤独な個人戦」を終わらせる、決定的な一歩となった。




