試練
翌日からの警察学校での訓練は、美優にとって、彩花との距離を測り直す新たな戦場となっていた。
警察学校の訓練は、剣道の個人戦とは対極にある。
集団行動、行進、逮捕術の連携、そして何よりも規律と協調性が求められる。
美優はすべてにおいて完璧だった。一糸乱れぬ行進、冷静沈着な判断力。彼女がリーダーシップを取れば、教室全体の動きは格段にスムーズになった。
だが、そこに彩花が加わると、常に小さな綻びが生まれる。
「上村!歩幅が乱れているのは、お前の教室だぞ!一番後ろを直せ!」
教官の怒声が響く。美優は顔色一つ変えずに指示に従うが、美優が直視せずとも、彩花が原因であることは分かっていた。彩花は体力的に限界に近く、少しずつリズムがずれていくのだ。
「橋本!ペースを上げろ。ここで全体の足を引っ張るな」
美優は感情を排した、冷たい声で命じた。
「は、はい!申し訳ありません!」
彩花は唇を噛み、限界を超えて美優の指示に従おうとする。しかし、集団のペースは乱れ、連帯責任として教室全体が追加の腕立て伏せを命じられた。
「どうして、こんな無駄なことが…」
美優の合理的な思考が、彩花の非効率な存在を再び拒絶し始めた。自分の完璧な戦略が、この成績最下位の同期一人によって崩されていく苛立ち。
やはり、彼女は排除すべき「足枷」だ。
その日の逮捕術の授業。二人一組の連携訓練で、美優と彩花が組むことになった。
相手の動きを読み、一瞬で技を決める美優に対し、彩花の動きは鈍く、受け身もぎこちない。訓練中、彩花は美優の腕を掴むタイミングを誤り、美優は体勢を崩した。
「橋本!何をやってる!」
美優は、初めて感情を滲ませた大声を彩花に出した。
これは、単なる訓練ではない。警察官にとって、連携の失敗は、現場での「死」さえ意味する。
「ごめんなさい、上村さん…私、本当に向いてないみたいで…」
彩花は今にも泣き出しそうな顔で謝罪した。その瞳は、昨日道場で竹刀を握っていた時の、輝きを失っていた。
その瞬間、美優の脳裏に、道場の光景が蘇った。あの時、誰にも見られずに必死に腕立て伏せをしていた、あの直向きな背中。
美優は冷静に、そして静かに言った。
「橋本彩花…お前は、昨日の夜、私に何を教わった?」
美優は彩花が倒れたままの姿勢を正し、彼女の目を見て続けた。
「『才能がないなら、人より多くやるしかない』と言ったのはお前だ。なら、ここでもそうしろ。技の数を数えるな。一瞬で技を決める私についてこようとするな。お前が、お前の速度で完璧にできることを示せ」
美優の言葉は、冷たいが、突き放すものではなかった。それは、「個人」を重視する美優の哲学を、初めて「組織(二人組)」に応用しようとする、美優自身の新たな試みだった。
…
美優は、気づかぬうちに、孤独を貫くための「リーダー論」から、「誰かを支える」という、真の意味での「仲間」の領域に、踏み出し始めていた。




