その時は
警察官採用試験、特に女性警察官の採用試験の高い倍率をくぐり抜けたことは、美優にとって、自己の「正しさ」の証明の最終段階だった。
この規律に満ちた警察学校で、いち早く頭角を現し、リーダーという名の孤独な頂点に立つ。その完璧な筋書きに、何の狂いもないはずだった。
そこで出会ったのは、警察学校の教場の同期達。誰もが切磋琢磨に本当の警察官になるべく努力を重ねていた。
「この同期なら勝てる」そう肌感覚で感じていた。
教場での成績が最下位の、橋本彩花。
この同期もそうだった。いや、余裕で勝てる…。
運動能力テストでは常に最下位。座学では教官の問いにまともに答えられず、美優がすでに頭の中でまとめている黒板の内容を、いつも授業後に一人で残って写している。その姿は、女性警察官の高い倍率をどうやってくぐり抜けたのか、努力をしなければ卒業できるかさえも危うい、ギリギリの存在に見えた。
性格も真逆だ。美優が冷徹なまでに無駄を省き、完璧を追求するのに対し、彩花はいつも汗だくで、失敗するたびに「すみません!」と明るい声で謝る。
一番嫌いなタイプだった。
彼女は、美優が最も軽蔑する「努力の非効率」を体現していた。個人戦を志す美優にとって、彩花のような「足枷」は、組織力の邪魔にしかならない。仲間になれるはずがない。
しかし――。
「ガラガラ…」と、美優が居残り稽古をする道場の戸を開けると、暗闇の中でも、道場の隅で腕立て伏せをする彩花のシルエットがいつも見えた。教官に命じられた罰則ではない。いつも、自由時間に、ただひたすらに、限界まで。
その直向きさが、気になる。気になってしまうのだ。
なぜだ。
無駄な努力、非効率な時間の使い方。美優の合理的な思考が、彼女に意識を向けることを拒否する。なのに、なぜ、あの泥臭い汗と、決して折れない背中から、目が離せないのだろう。
そんなある日、美優は道場で汗を流していた彩花に、ふと声をかけた。
「橋本!…おい、何をしている」
美優は気づけば、自分自身の規律を破り、彩花に声をかけたのである。




