本当の、返答。
彩花の「猶予」は、美優に大きな「間」を残した。
とはいえ、時間は否応がなく過ぎていく。
美優の告白があったとはいえ、二人の仲は警察学校の最終局面において特に変わらなかった。
美優は出来るだけの指導を続け、彩花はひたむきにそれに応える。
それは、二人が互いの感情に蓋をしたのではなく、これからの警察官という公的な責任を優先するという、彩花の望みを美優が尊重したからだった。
そして卒業式。美優は卒業生総代となった。晴れやかな舞台で自分の意を含めた文章を読み上げ、美優も彩花も卒業という達成感を味わっていた。
感動の卒業式...しかし、それはほんの一瞬の区切りでもあった。否応がなくこれからが本当の「警察官」の責務を味わう時間の始まりだった。
幸い、二人は同じ警察署に配属となった。美優は、自己の合理的な分析力を生かせる生活安全課へ。彩花は、市民と直接関わり、体を張る地域課へと配属された。
緊張の初赴任、初任者とは思えない完璧な業務遂行を行う美優と、泥臭いながらも懸命に現場へと適応する彩花—「始めて」の連続を乗り越え、ようやくそのひと月が経った。
この一ヶ月・・・二人がプロの警察官として、「公」の責任を全うする覚悟を確かめ合う時間でもあった。
・・・
その日、美優は生活安全課での事務作業を終え、地域課の非番である彩花と署から少しはなれた喫茶店で待ち合わせた。二人とも私服だが、その背筋は警察官として鍛えられたまま、ぴんと伸びている。
署内でも時々見かけてはいたが、美優は、一ヶ月前に博物館で感じたのと変わらない、激しい緊張に包まれていた。
彼女は完璧な「公」の顔を持つようになったが、いざ二人でいるときの「私」の感情だけは、彩花の前で制御できなかった。
それを見ていた彩花は美優に促した。
「どこか人目のいない場所に移りましょう…」
「そ、そうだね…うん…」
喫茶店で緊張の味しかしないコーヒーを飲んだ後、二人は静かな公園へと移動した。
ベンチにすわり、美優が喉の奥から絞り出すように言った。
「…彩花。約束の一ヶ月が経った…」
美優は、この一ヶ月間、彩花の答えが「公私を区別するための拒絶」ではないかという不安と戦ってきた。
「...答えを聞かせてくれない...か...」美優は彩花に話しかけた。
「…うん…」
彩花は、静かに頷いた。その瞳は、以前の頼りなさや、必死な焦りではなく、確かな決意の光を宿していた。
「美優…さん。この一ヶ月、私は地域課の制服を着て、市民の前に立ちました。公務の重さを、肌で感じました。その上で…美優さんの気持ちに、答えさせてください」
彩花は、一歩美優に近づいた。
「美優さん。私も、美優さんのことが好きです。
尊敬だけじゃない。あの登山訓練のとき、児島さんを助けようとした私を、誰も見てないところで指導してくれた美優さんの不器用な優しさが、愛おしいです」
美優の目に、自然と熱いものが込み上げてきた。
「私は、『この仕事』と、『美優さんとの愛』を、両立させる覚悟を決めました。
簡単ではないと思っています。でも、美優さんの性格と、私の性格が合わされば、きっと乗り越えられると思います」
彩花は、そっと美優の手を取り、しっかりと握った。
「公務は厳しく。私的な時間は、誠実に。二人の愛を、二人で支え合い、大切にしていきましょう。改めて言わせて下さい。『私と、付き合ってください』美優さん」
その言葉は、警察官の制服を着て責務を味わい、そのうえで覚悟を経た、彩花の真の「愛の宣誓」だった。
ひと月張り詰めていた美優の緊張の糸が、そこでプツンと切れた。
美優は、長年の孤独が、一瞬にして埋め尽くされるのを感じた。
「ありがとう…うん…ありがとう…」
美優は潤ませながら彩花に言葉をなげかける。愛の言葉でもない、感謝するだけの言葉だったが、彩花には十分伝わる言葉だった。
この後、美優と彩花が同じ警察官、同じ署内で、いかに「公」と「私」を両立させ、この愛を守りながら、警察官として成長していくのでしょうか…




