3-2
「病み上がりですから、こまめに休憩をはさみつつご案内しますね」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
メアリさんが宮内を案内してくれることになり、後に続いて部屋を出る。
そこで知ったのは、なんと私の部屋がアレクシアさんの隣室だということ。隣室といえば夫とか婚約者とかが住むものだと思っていたので驚いたけれど、アレクシアさんが決めたことなので問題ないらしい。
ということは、アレクシアさんは結婚していないのだろうか?勝手にこういった世界は結婚が早いと思っていたし、アレクシアさんは私より年上だと思ったから、婚約者にあたる人は居るのだろうけど――これはいずれ聞くことにしよう。
そんなアレクシアさんの部屋の扉は、綺麗な薔薇絵の扉を囲むように、金蔓で縁取られた模様だった。どの部屋よりも華やかで、すぐにこの宮の主室だということが分かる。いつまでも眺めていられそうだ。
そのほか沢山の部屋を見せてもらった。
深紅のカーペットが敷かれた廊下を歩く。どの場所も天井が高くて解放感があり、壁は白に近いクリーム色で統一されている。天井と壁のつなぎ目である廻り縁には、金で象られた薔薇の意匠が施されており細部まで綺麗だった。
広い中庭は薔薇園になっていて、ガゼボで景色を楽しむことも出来る。
神話に出てきそうな美しい宮に私をおいてもらえるなんて、本当に夢のようだ。
「あぁ、この蛇口も魔道具ですよ」
メアリさんは宮内の魔道具も教えてくれた。
侍女や執事の住まう使用人部屋近くにある水場の魔導蛇口は、赤青どちらかの魔石を指で押し込めば温度が変化する。微量の魔力が流れて魔石が反応して、内部に刻まれた魔術式が起動するらしい。
それからキッチンにある大きな魔道オーブン。
料理女子があこがれそうな大きな窯のオーブンは、窯の中の温度、調理時間をメモリで合わせてから魔石を押し込むと、指定された通りにオーブンが稼働するらしい。
正確に焼けるらしいので、家電製品に負けない性能みたいだ。
感心しつつ見ていると、誰も居なかったキッチンに人が入ってきた。白いコックコートを身に着けている恰幅の良い男性だ。年齢は五十過ぎくらいだろうか、にこやかな表情は人柄の良さを感じさせる。
「おや、メアリさん、もしやこちらの方は」
「はい、スミレ様です」
さらりと紹介されたので、私は慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして。数日前からお世話になっている、冬月澄玲と申します。よろしくお願いします」
「おお、これはご丁寧にありがとうございます。私はこの宮で料理を作っているジャムズと申します。お名前はスミレさんで良いのかな?それともフミッ、フユ…すまない、どうもなじみが無くて上手く発音できないみたいだ」
「あっ!ええと、フユツキは苗字、ラストネームで、名前がスミレです。スミレと呼んで下さい」
ではお言葉に甘えて、とほほ笑んだジャムズさん。薔薇の宮の料理長で、私の食事を作ってくれていたのもジャムズさんだった。
以前は王宮に勤めていたけれど、アレクシアさんが幼いころから慕っていたこともあり、薔薇の宮に移る際、アレクシアさんが頼み込んで一緒に来てもらったそう。
「体調不良の間、食べやすいものを作って頂きありがとうございます。おかげですっかり回復できました。」
「おぉ、それは良かった。口に合わなかったらどうしようと思っていたけれど、しっかり食べてもらえていたから安心しておりましたよ」
そこでメアリさんが思いついたようにジャムズさんに一声かけ、私に振返る。
「スミレ様、これからオーブンを使うようなので実際に起動してみませんか?」
「えっ、良いんですか?」
「もちろん良いですよ。軽食にどうかと焼き菓子を準備していたのです。焼きたても美味しいのですよ、いかがでしょうか」
「ぜ、是非!」
ジャムズさんは笑顔で一つ頷くと、キッチン奥のホイロらしいところから形成された生地を持ってきて、窯の前に置く。
それからジャムズさんに魔道具の使い方を教えて貰って、私は初めての経験に久しぶりに心が浮足立つ感覚がした。
出来立ての焼き菓子をガゼボで頂くことになり、私たちは中庭へ出た。美しい薔薇が咲き誇る中心にあるガゼボは、宮と同じ意匠が施されていておとぎ話に出てきそうな素敵な造りだった。
「スミレ様、少しでも体調に変化がありましたら仰ってくださいね」
「ありがとうございます。十分すぎるくらい休んだので、もう大丈夫ですよ。それに、とても気持ちいい天気ですから」
初夏のような日差しに、たまにそよぐ風が心地よい。
備えられたクッションの上に腰を下ろすと、メアリさんが紅茶を入れてくれる。
「あの、メアリさんも一緒に座ってお話しすることはできますか?」
「わたくしは侍女ですから……いえ、そうですね。スミレ様が望まれるのなら、わたくしも座ってお話してもよろしいでしょうか」
「はい!ありがとうございます」
テーブルをはさんで対面にメアリさんは腰をおろす。一緒に紅茶も飲みたいとお願いすると、ティーカップを一つ増やしてくれた。
薔薇を中心に綺麗な花々に囲まれ、見上げれば美しい宮殿が佇んでいる。柔らかな花の香りが鼻腔を蕩かす。
「ここから見える景色は、格別ですね。まるでおとぎ話の世界みたいです」
「ふふ、お気に召して頂き嬉しいです。この薔薇をモチーフにした離宮を含め、王国には同規模の離宮が五つあるのですよ」
「五つもですか?王宮以外に、ということですよね」
「ええ、それらは五大離宮と呼ばれております。それと少し小さい離宮が五つ、全部で十の離宮がございます」
なんと、大小含めノルスタシア王国には十もの離宮があるらしい。
「五大離宮には、薔薇の宮、獅子の宮、瑠璃の宮、金月の宮、そして王太子が賜る英明の宮と名がそれぞれ付いております。第一王女であられたオリヴィエ様は隣国へと嫁がれたので、現在は薔薇の宮、獅子の宮、英明の宮の三つが王族居住宮となっております」
英明の宮に住まう王太子殿下は、既に結婚しておりお子様もいるらしい。
第二王子は外遊を含め世界を飛び回るのが好きで、殆ど国内には居ないそうだ。ちなみに二十三歳だそうで、私と同い年。それで堂々と外交をする手腕をもっているなんて、間違いなく尊敬する人物だ。
「未だ婚約をしていないお方ですので、貴族令嬢たちに大人気なのですよ。帰国して晩餐会や舞踏会に出席すれば、それはもう恐ろしい数のご令嬢に囲まれるのです」
「わぁ…想像するだけでも凄そうです。そういえば、この国では結婚する平均年齢はいくつくらいなのですか?」
「貴族と平民とで差異はありますが、貴族であれば二十歳までには婚約をして、二十代前半には結婚、というのが一般的ですね」
「なるほど…あの、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが…」
第二王子はアレクシアさんより年下、となるとおのずと出てきてしまう問い。言葉を濁して伝えると、メアリさんは察したようで苦笑いを浮かべた。




