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「わぁ…綺麗…!」
底が見えそうな透明度の高い湖を覗きこめば、小さな魚が群れをなして泳いでいる。濃厚な草木の香りを胸いっぱいに吸い込めば、それだけでデトックスになりそうなほど心地いい。
湖の傍に佇むのは、この清浄な場にぴったりの白亜の城だ。湖畔には可憐に咲いた花々が私たちを歓迎してくれているようだった。
「気に入った?」
「はい!」
満足そうに微笑むアレクシアさんに、興奮で目を輝かせながら返事を返す。
私たちは早速、王族の別荘である南の街へやってきたのだ。
港町ということで、王都とは違う街並みや海沿いを散策したり、湖で釣りをしたり、海鮮料理に舌鼓を打ったり。あっという間に過ぎていく毎日だけれど、まだ休暇は折り返しに入っていない。
この城には専属で働いている執事や侍女が居て、薔薇の宮と変わらずに私たちをサポートしてくれている。
それもあって今回、薔薇の宮で働く人々にも長期休暇が与えられているのだ。久しぶりの長期休暇に薔薇の宮メンバーは浮足立っていて、休暇初日からしっかりと満喫しているようだった。一緒にこの城を拠点として観光する人もいるし、地方に旅行に行ったり実家に帰ったりする人も居て自由に過ごしているようだ。
メアリさんは城を拠点として色々観光しているようで、食事の時間が合う時に情報を教えてくれたりする。
「メアリさ~ん!俺も連れてって!」
「今日もですか?」
怪訝そうに片眉を上げたメアリさんに、怯むことなくエドワードさんがにぱっと笑顔で頷く。
「うん!邪魔しないし、荷物持ちとしても結構役立つでしょ?」
「まぁ、荷物持ちとしては優秀ですが…」
「お願いします!観光の邪魔は絶対しません!」
「…はぁ、うるさくしないのであれば好きにしてください」
「やった~!!」
エドワードさんが元気よく両手を上げて喜ぶと、「早速うるさいです」と呟いたメアリさんがさっさと扉を開けて外へと出ていく。
慌てて追いかけていくエドワードさんを見て、今日も元気だなぁと笑ってしまった。
今回の旅行、エドワードさんも同じ日程で長期休暇をとって一緒に来ているのだ。私はメアリさんと同じように、ちょこちょこ一緒に食事したり、湖で釣りをしたりと構ってもらっている。
ここのところメアリさんと出かけるのが楽しいようで、渋るメアリさんから持ち前の明るさと勢いで許可をもぎ取っている。その鋼の心には尊敬の念を抱いてしまう。
「さ、私たちも出かけよう。今日は海にいくよ」
「はい!楽しみです」
アレクシアさんにぽんっと肩を叩かれて、私はソファーから立ち上がった。
私たちはお忍びなので、初めて城下町に遊びに行った時の服装だ。
淡い水色のワンピースに、編み込んでもらった髪には向日葵の飾りをつけて。
アレクシアさんはベージュのジャケットパンツに、後ろ髪をマリンキャップの中に収めた男装姿。気障な服装と仕草が完璧すぎて辛い。破壊力は抜群だ。
「っ…」
「どうしたの?」
覗き込むような姿勢になると、アレクシアさんの髪が一筋顔に掛かって、それだけで絵になりそうな色香を放つ。
「その…アレクシアさんが素敵すぎて…緊張します」
素直に思っていることを告げると、アレクシアさんは嬉しそうに笑ってマリンキャップをくいっと上げた。どんな仕草も様になるなぁと見ていると、そのまま顔が近づいてきて、ちゅっと唇にキスを落とされて。
「~~~っ!」
思わず口元を両手で塞ぐと、アレクシアさんが色気たっぷりに笑う。唇をちろりと舐めながらウインクを飛ばされると、自分の顔が一気に赤くなるのを感じる。
「もう!外ではだめですからね!」
「いやだ、外でもしたい。周りに見せつけたい」
唇を尖らせるアレクシアさんが可愛すぎ…じゃなくて、いや本当にありのままはしゃいでくれるのは嬉しくてたまらないんですけれど!私が!もたない!!
今までは隠していたらしい感情を口に出してくれるようになって、私は全てに翻弄されてしまいそうだ。
両想いになったあの日から、私の心臓は悲鳴をあげているのだった。
**
「気持ちいい~…」
波打ち際に裸足で立つと、砂浜とひんやりとした海水の感触に癒される。
日傘の下でも暑さを感じていたので、冷たくて気持ち良いのだ。アレクシアさんもズボンの裾を捲って同じように足を冷やしている。
海沿いのレストランで昼食を終えた私たちは、腹ごなしに波打ち際を歩いていた。快晴の空の下、青海原がきらきらと輝いて眩しいくらいだ。海鳥の鳴き声を聞きながら波打ち際を歩いていると、大きな波が勢いよくやってきて私の膝近くまで濡らした。
「わあっ!」
「スミレ!?」
笑いながら声を上げると、アレクシアさんが心配そうに駆け寄ってきた。
常に気にかけてくれるのは嬉しいけれど、その表情からは不安が先行しているように見える。
誘拐事件は私の心に大きな傷を作ったけれど、アレクシアさんの心にも影響を与えてしまっているのだ。
身につけているブローチの守護魔法も強化され、それ以外にも実は魔道具を身につけている。これから先、そうそう今回のような危機は起こらないだろう。
だからもっと安心してほしくて。
思い立った私は、駆け寄ってきたアレクシアさんに向かって足を跳ね上げた。
「えいっ」
「うわっ!?」
ばしゃんと音がして、アレクシアさんに飛沫がかかる。ぽかんと口を開けて驚くアレクシアさんに、私は笑いかけながら手で水を掬い上げる。
「日本のカップルはこうやって、水をかけあうんですよっ!」
「ええっ、何故?」
「私もわかりませんでしたけど、今楽しいからだってわかりました!」
ばしゃっとアレクシアさんに向けて掬った水を投げると、濡れたアレクシアさんはまだ固まったままだった。ちょっとやりすぎたかなと思ったのも束の間、お返しとばかりに私に向かって両手で水をかけてきた。
「きゃっ!」
「なるほど、確かに良いかもしれない!」
にかっと楽しそうに笑ったアレクシアさんと、水の掛け合いが始まった。本気になったアレクシアさんは豪快に水を掻いては浴びせてくるので、私は逃げ惑いながら必死になって反撃する。
あっという間に二人ともべちゃべちゃになったけれど、それが面白くて仕方ない。
馬鹿みたいに笑って、上手く避けられずに尻もちをついて転んで、慌てて傍にきたアレクシアさんにスカートで掬い上げた海水を浴びせる。
「あははっ!隙ありですっ」
「スミレがこんなに策士だったとはね!やられた!」
「ベタな青春に憧れてましたからっ!」
私はずぶ濡れだけど、まだアレクシアさんには余裕がある。
どう攻めようかと考えていると、アレクシアさんが被っていたマリンキャップを海に沈めた。はっと思い立って、私はアレクシアさんに向かって飛ぶように距離を詰めた。
キャップの中に入れた水が私に直撃するけれど、構わずアレクシアさんに飛び掛かった。勢いに負けたアレクシアさんの身体がぐらりと傾いて、そのまま二人で倒れこんだ。
「うわぁっ!!」
ばしゃん!と大きな水音が二人を包み込んだ。
尻もちをついて全身ずぶ濡れとなったアレクシアさんを見て、私はしたり顔だ。
上に乗る形で膝立ちになった状態のまま、アレクシアさんの鼻先にちょんと人差し指をくっつけた。
「わたしだってやる時はやるんです!」
にやりと笑って見せると、アレクシアさんは目をまん丸にした。
「くっ…ははは!やられた!スミレの勝ちだ!」
ぎゅうっと抱きしめられて、私も笑い声をあげる。こんなに後先考えずに遊んだのは子供の時以来だ。開放的になった心がとても軽くて、どこまでも行けそうだ。
影として付いてくれている護衛の方が、微笑ましそうに目を細めてこちらを見ていたのには少し照れてしまったけれど。




