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あの日、クロスフォルノの黒魔術が成功していたとしたら。
世界を巻き込む災厄が起こっていたかもしれないと国民は知ることになる。
呪物を利用した反逆が起こり、次々に王族が儚くなる原因を突き止められずに時間ばかりが過ぎていく。疑心暗鬼に陥る国民の前に、黒魔術の権威として王弟が立ち上がり犯人を仕立て上げてしまえばどうなる?
―――国民はその手腕を賞賛し、王弟を新たな国王として望むだろう。
そうなればもう止められない。沢山の血で汚れた手で、新たな国王は何をするのかも想像出来ない。
それを止められたことは僥倖だったと言わざるを得ないのだ。
王弟が起こした残虐な事件は王侯貴族たちを震え上がらせた。
今や国中がこの話題について関心を持っており、他国にまで噂が飛び交っているらしい。
クロスフォルノ侯爵家の屋敷地下からは、今まで誘拐されていたご令嬢たちの持ち物が発見され、禍々しい魔力を放っていた小箱には複数の遺体の一部が入っていたそうだ。
小箱は魔術協会で解呪した後、国教となっている教会が手厚く弔うことになっている。
供物台に置かれていたあの小箱を思い出すと、胸が痛む。どうか安らかに眠って欲しい。彼女たちの弔いの儀式で祈りを捧げるつもりだ。
誘拐殺人と禁術の使用、そして国で一番重い反逆罪により、クロスフォルノ侯爵は処刑が決まっている。けれど余罪が多く、刑の執行はしばらく先となるそうだ。
侯爵家は取り潰しが決まり、洗脳により廃人になりかけていた妻子は辺境の療養施設に送られている。
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私は眠るたびに、また悪夢に魘されるようになってしまった。
やはり植え付けられた恐怖は中々消えないもので、何度も誘拐された時のことを思い出してしまう。
動かない身体、抜かれていく血、禍々しい小箱。次は自分もこの中に入るという切迫感。
一人になれば必ず思い出して苦しくなってしまう。
それでもきっと、この悪夢にも打ち勝つ日がくるはずだ。
あと少しの辛抱だと。私にしては随分と楽観視していると思うだろうけど、これには理由がある。
「はい、あーん」
「あー…」
ひんやりとした果物の果汁が口の中に溢れて、自然と頬が緩む。
「とっても美味しいです…」
もぐもぐと口を動かして嚥下すると、すぐにまた差し出される果物。とろけそうな笑みを浮かべて私に食べさせてくるのはアレクシアさんだ。そんな笑顔をずっと向けられて、私が平常心でいられるわけがない。
毎回どきどきと心臓が早鐘を打つのでまた貧血を起こしてしまいそうだ。
こうして何度も食べさせられたので慣れてはきたが、やっぱり恥かしさが勝った私は制止するようにそっと手をかざした。
「あの、一人でも食べれますから」
「いいから、私がしたいんだ。ほらあーん」
「…」
こ、これは押し問答になって結局私が折れる流れだ。諦めて薄く口を開ければつるりと果実が転がり込んで、何も言えずに咀嚼する。
おわかりいただけただろうか、これが楽観視できる理由なのである。
あの日から、アレクシアさんが終始こんな感じで甲斐甲斐しくお世話をしてくれるのだ。眠る時も一緒で、夜中魘されるたびに頭を撫でたり手を繋いでくれているらしい。そのお陰で私は全然心細くないのだ。
この短期間で色々あったせいか、アレクシアさんは私に対して殊更に甘く過保護になっている。それはもう私が溶けてしまいそうなくらいに。
事件の恐怖や直前に起きたカサンドラ様とのことで、ふさぎ込みがちだった恋愛感情がむくむくと大きくなって、アレクシアさんの際限ない甘さで破裂してしまいそうだ。
「もう今日で療養も終わりなんだ、最後まで食べさせたい」
「う…本当に最後ですからね。恥ずかしいんですから」
「あぁ、約束する」
傷は治癒できても抜かれた血液は元には戻らず、わたしは一週間の療養を言い渡されていた。その間は殆どベッドの住人で、部屋を出たり庭に顔を出すときはアレクシアさんが付き添ってくれる。
この一週間は薔薇の宮で仕事をしているらしく、毎日エドワード様もお見舞いに来てくれていた。エルモンド様もすぐにお見舞いに来てくれて、滋養に良いものを食べろと毎日何かしらの食材を送ってくれている。
部屋の一画に飾られた豪華な花束は、なんとあのカサンドラ様から贈られてきたものだ。
お見舞いの花束と共にメッセージカードも添えてあって、私はあの憎悪の瞳を想像してしまい一体何が書いてあるのかと震えた。
メアリさんに大丈夫だと宥められつつ恐る恐る読んでみると、そのあっさりとした内容に拍子抜けしてしまう。
『この前はごめんなさい。ムカつくくらい綺麗な魔力色だったわ。仕方ないからアレクシア様は譲ってあげるので、わたくしに感謝することね』
要約するとこんなことが書かれていた。後で知ったのだけれど、カサンドラ様とアレクシアさんの間で話合いの場がもたれ、無事に和解したそうだ。
きっとカサンドラ様は素敵な人を捕まえるだろう、そうなったら私に自慢してくるだろうか。ライバル関係が終了したことを少しだけ寂しく思いつつも、私の療養期間は無事に終了したのだった。




