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22-1


残された魔力痕は黒魔術由来の転送術。

では転送先は――?巧妙に細工された魔術を解読するのは時間がかかる。


様々な魔術法則を無視しているのはどういうことだ。

何か巨大なエネルギーを使っているのか、触媒にしているのか、どちらにせよ個人の手習いの範囲ではない、深い知識を有している者の犯行だ。


「くそっ…スミレ…!」


こうしている間にも澄玲に危険が迫っている。

ブローチの力を使ったことで守りが弱まったところを狙われた。あの力を使ってすぐこうなったということは、犯人は澄玲をつけ狙っていたということになる。

守ると決めたのに、また私は―――!!


「アレクシア様、しっかりしてくださいませ」


「メアリ…」


「わたくし達は迅速にスミレ様を救出しなければなりません。必ず助け出しましょう」


「そう、そうだな…己を悔いている暇などない、か」


メアリに諭されて、私はぐっと拳を握りしめる。そうだ、私が取り乱すことなどあってはならない。必ず助け出す。


薔薇の宮内は中庭を含め探しつくした。周囲の宮にも捜索の手を広げてもらい探しているが、きっとこの周囲には居ないだろう。

だが転移先は良くて王都周辺の街までだ。いくら法則を無視出来たとて、国を跨いで攫う事は不可能。必ず、必ず探し出す。



**



「これは…全く一緒ですな」


緊急連絡により、マルク騎士団長が数人の供を連れて薔薇の宮にやってきた。澄玲の部屋の痕跡を見て、険しい表情で頷く。


「やはりか。マルク団長、現状で分かっている情報を共有してくれ」


「ううむ、申し訳ないがこれといった情報は…」


「どんな些細な物でもいい。以前までの情報には全て目を通し終えている。頼む」


「ふうむ…」


思い出すように顎をさすりながらマルク団長は考え込むと、あぁと声を上げる。


「一つありましたぞ。証言のみで裏取りはまだですが、被害者は全員、失踪前に旅商人から商品を買っていたようです。髪飾りや栞などですな。その旅商人がどういう人物か不明ですが、繊細な模様が入った綺麗なもので被害女性は周囲に自慢していたと」


「現物は?」


「それが、失踪時に持ち歩いていたようで」


「そうか…」


その情報だけでは、すぐに何かを結び付けるには弱い。


焦る気持ちを宥めながら、執事に誘拐犯の容疑者一覧を持ってきてもらうように頼む。これも全く絞り切れておらず、大枠の魔力型しかわかっていないため人数は膨大だ。平民が犯人ならこれすら意味は無いが、貴族崩れなら魔力登録から絞ることができるはずだ。


「クロスフォルノ卿は?」


「それが本日別荘地にいるようでして、すぐには行けないと」


「チッ、大変な時に…」


舌打ちと共に湧き上がった魔力が雷のようにバチバチと漏れ出して、マルク団長が目を瞠って驚いた。そんな些末な事などどうでも良い。早く、今すぐにでも澄玲を救出しにいかなければならないのに。


すると私たちの会話を後ろで控えて聞いていたメアリが、ふいに「あっ」と声を上げた。

振り返れば、口元を抑えて困惑したようにその場に佇んでいる。


「どうした?」


「いえ…少し気になることがあっただけで…」


さっと顔色が悪くなるメアリを見て、私は小さな光明を見出す。

こういう時のメアリの直感やひらめきは当たるのだ。重要なヒントを与えてくれるかもしれない。


「メアリ、何でもいい!言ってくれ」


「ですが、不敬に当たる可能性がございます」


「この場では全て不問だ!頼む!」


叫ぶように願い出ると、メアリは閉じて整理しているようだった。それからぱちっと目を開くと私を見る。その目にはもう迷いがない。


「かしこまりました。失礼ですがそこのジュエリーボックスを拝見しても?」

「あぁ」


メアリは私たちの間を通り過ぎ、現場に置かれているジュエリーボックスの蓋をそっと開けた。それから中に入っているものを一つ一つ確認していく。


全部確認し終えた後に、メアリは眉をひそめる。

それから足元に落ちていた花弁のようなものをしゃがみ込んでまじまじと見つめて、次は困惑したように首を小さくひねった。


マルク団長と私がその様子を見守っていると、考えがまとまったのだろうメアリがこちらを振り返った。


「今朝、ジュエリーボックスの中に入っていたものが一つ無くなっています」


「それは…!」


ざわりと肌が粟立つような感覚に、呼吸を押し殺す。


「先日、アレクシア様に昼食を届けようとスミレ様と魔術協会へ行った時の事です。私とスミレ様がはぐれてしまった時に、スミレ様がある方から頂いたと仰っておりました。それは金属プレートに押し花が付いた栞です。プレートには繊細な模様が掘られていて、とても美しいものでした」


マルク団長の話に出た特徴と一致していることに、騎士達がざわめく。


「それで、その者の名は」


「―――フレデリック・クロスフォルノ侯爵です」


その場にいた者全てが息を呑む。メアリが緊張を押し殺すように、いつもより低い声で続けた。


「クロスフォルノ様が娘の為にいくつか買ったと仰い、そのうちの一つをスミレ様へお贈りになったそうです。ただ、ここに落ちている花弁の色が栞の花と一致しません。赤黒い花ではなく、ピンクの花だったかと」


「それは魔術で変色しているのだ。そうか、元はピンクの花だったか」


「メアリ、ありがとう」


ノルクス襲撃、誘拐犯。カサンドラ公爵家の不穏な動き、黒魔術の痕跡、澄玲に渡したブローチ。全ての違和感が頭の中で真っすぐに繋がっていく。


あの飄々とした叔父がここまで憎く思えるとは。私たちはどうやら上手く踊らされていたらしい。


「動機は聞かねばわかるまい。だが――犯人はわかった」


執事が持ってきた容疑者一覧に、クロスフォルノの名があることを確認する。

マルク団長も踊らされていることに気付いたのだろう、怒号を上げると騎士団に指示を飛ばし始めた。


澄玲を奪おうなどと考えた愚か者に、私自ら鉄槌を下してやる。黒魔術など、私が塵芥にしてやろう。

澄玲、もう少しだけ待っていてくれ。


「マルク団長!!スミレを助けに行くぞ!」



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