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21-2


「これ以上事を荒立てれば私も容赦しない。何度問われても同じだ、それでもまだ続けるか?」


「―――いえ。承知、しました」


苦虫を噛み潰したように、苦悶の表情を浮かべながらカサンドラ公爵が手を引くと了承した時には、夕食の時間をとっくに過ぎた頃だった。


ようやく話が纏まって、疲れ切った公爵を帰す。


少々強引な手段だったが、紅茶に微量の自白剤を入れた。

効いてきたところを見計らって、令嬢誘拐の件を仄めかして反応を見たが、やはり思ったような反応はなかった。


黒魔術についても、知識や技量があればすぐに気づくような術を敢えて部屋内で使用してみたが、そちらにも無反応。黒魔術を扱うものは、自身も惑わされないようにと敏感になるはずなのに、だ。付き従えている護衛達でさえ無反応ときた。


本当に公爵家で黒魔術を使った何かが行われているのか?


捜査に協力してくれれば今回の件は不問とするとして、婚約の件もありえないと突っぱねた。



それからレイチェル嬢には公爵が来る前に少し話をした。婚約をするつもりはないといえば理由を問われ、改善するからと縋られた。


『アレクシア様が望むのなら平民にだって慈悲を与えましょう!あの女よりも誠心誠意アレクシア様を御支えいたしますわ!幼い頃より貴女様のことをお慕いしているのです…、どうかお願いです…わたくしと…っ』


『スミレを引き合いに出すな。そなたは苛烈すぎる――細かいことを言ってもきりがないからはっきり言おう、私はレイチェル嬢に恋愛感情を抱けない』


『っあ…うそ…嫌です、嫌です…!』


『私はそなたと婚約することはない、何があってもだ』


『いや、ぁ…』


泣き崩れるレイチェル嬢に、私はもっと早いうちに言うべきだったと後悔した。同時に己は酷い人間だと自覚する。

レイチェル嬢の泣き顔を見て心配するより先に、そうすれば澄玲も傷つくことはなかったのに――と思ってしまう。人間関係を面倒がっておろそかにしたことが全ての元凶。己の浅はかさを戒めなければならない。


レイチェル嬢にも悪いことをしたとは思っている。彼女を娶れない以上、早く私への執着から解放してやるべきだった。

私などさっさと忘れて新たな出会いを掴んでほしい。


落ち着いたら帰るようにと告げて部屋を出ようとした時、後ろから絞り出すような声で言葉を投げかけられた。


『ひどいわ…っ、こんな…最低よ、この、人でなし…っ!』


彼女から見た私はその通りだっただろう。結論は変わらない以上、もう何を言っても互いに良いことは起こらない。私に出来るのはただ受け止めることだけ。


『―――そうだな、その通りだ』


『あなた、なんてっ…好きにならなければよかった…っ!だいっきらい!』


叫ぶ彼女の表情を見た時、ようやく自分が何をしたのかを実感する。

レイチェル嬢の気持ちを弄ぶようなことをしたのは自分だ。澄玲を好きになったからこそ、レイチェル嬢の気持ちが、痛みが、突き刺さる。


『…あぁ、今まで…すまなかった』


そう言って、私は彼女に背を向けると部屋を出た。

その後、レイチェル嬢は公爵とは合わずに帰っていったと執事から聞いた。




「ふう…」

ソファの背に寄り掛かって体重を預ける。こういった貴族間のやり取りは本当に疲れるのだ。

澄玲を待たせてしまっているから、すぐにでも夕食にしよう。

どこまで話そうかと考えていると、ぱたぱたと応接室に駆けてくる音が聞こえた。公爵がまたごねて帰らないとでもいっているのかとため息をつくと、侍女が血相を変えて私の元へ走りこんできた。


「たっ、大変です!!スミレ様が!スミレ様の姿が見えないんです!!」


「は…?」


目を見開いた私に、そのまま早口で侍女が告げる。


「ずっとお部屋にいたはずなんです!夕食のお声がけに行ったら、お部屋にいらっしゃらないんです!」


「どこか散歩している可能性は?」


「スミレ様にいつお声掛けされても動けるように、交代で部屋の近くに人を置いていました!ですが誰もスミレ様を見ていないのです!!」


「誰かスミレを見ていないか!?」


メアリがすぐに確認に走っていき、私も速足でスミレの部屋へと向かう。


どういうことだ?いったい何が?

ぞわぞわと嫌な予感が背筋を走る。


部屋の前に着くと、ノックと共に扉を開ける。

室内を足早に歩いて澄玲の姿を探すが、がらんとした室内に人の気配を感じない。寝室の扉が開け放たれており、寝室を覗こうと向かった時、嫌な魔力を感じて足を止める。


「なんだ…これは…」


僅かに残る焦げ臭さが鼻につく。それからピリピリとする魔力の残滓。この二つから導き出せる答えは一つだ。この魔力の痕跡を私は知っている。


ドン、と自分の拳が壁に激突した。

絶望と怒りに飲まれそうになりながら、必死に頭を回転させる。


「誘拐犯か…!くそっ、やられた!!」



**



「ん…」


ぼんやりとしながら目を開くと、見たことのない天井が見えた。


ここはどこだろうと頭を緩く動かす。窓が無く全て石造りの部屋で、魔導ランプがあちこちに灯っている。どこかの部屋の地下室だろうか、奥には執務机と書類、それから人影が見えた。


そういえば、私はさっきまで――と意識を失ったことを思い出して、一気に覚醒する。


その人影は私が起きたことに気付いたのか、こちらを振り返った。

振り返った人物の顔をみて、私は目を見張る。


「え…」


コツ、コツ、ともったいぶるようにゆっくりと足を進める姿に、慌てて起き上がろうと力を入れるが、首から下がまったく動かない。簡易ベッドに寝かされている私の身体には、鎖のようなものが巻き付いていた。


抜け出そうと身体をひねっていると、それを見て楽しそうに声を上げて笑ったその人に、得体の知れないものを感じて冷や汗が伝う。


「おはよう、目が覚めたみたいだね」


「クロスフォルノ様…?」


「おや、覚えてくれていたようで光栄だ」


しゃがみ込んで私に語り掛けるその人は、クロスフォルノ侯爵その人だった。


「これは一体、どういう」


「ふふ、とっても大変だったんですよ?医者の資料は断片的で使えないし、薔薇の宮の守りも硬くて中々崩せなかった。馬鹿だから扱いやすいと思っていた公爵はあまりにも馬鹿すぎて苦労しました。私の頑張りを貴女には褒めてもらいたいところです」


クロスフォルノ様が何を言っているのか、頭に入ってこない。ただ嬉々として話す姿とその内容が乖離しすぎていて、理解しようとするのを本能が拒んでいる。


「そしたら今日、ようやくですよ。馬鹿娘が手を出してくれたお陰で、その邪魔で仕方なかった守りが薄くなりました」


人差し指が首元に触れ、滑るように動いて、首に掛けていたブローチに触れる。コツコツとブローチを叩く指に恐怖を覚え、ごくりと喉を鳴らすと、目を湾曲させて心から嬉しそうに嗤った。


「――っ!!」


次の瞬間、ぶちっと首筋に強い衝撃が走って飾り紐ごとブローチを引きちぎられる。


がくがくと震えながらクロスフォルノ様を見上げると、先程までの不自然なくらいの笑顔は鳴りを潜め、手にしたブローチを無表情でじいっと見つめていた。


静けさの中、はっはっと自分の浅い呼吸音だけが部屋に響く。


「ふむ、流石は師長といったところです。アレクシアが一番厄介でしたが、黒魔術については私の方が一枚上手です。私を疑う事すらできずにいた」


次の瞬間には、興味を失ったようにブローチを背面へと投げ捨てた。カランと虚しく転がっていく音が聞こえて、私は最後の守りが無くなったことを知る。


「それに貴女も手に入りました。ようやく下準備が整ったのです。黒魔術を使った痕跡というのは残りやすく、強力であればあるほど使用者を特定できてしまう。でも貴女さえいれば…ねぇ?」


またにこにことほほ笑みながら、クロスフォルノ様は動けない私に顔を近づける。恐怖のあまり歯がカチカチと鳴りそうなのを必死でこらえながら、私は唇を動かした。


「わ、私には、黒魔術なんて使えません」

「あぁ、そんなことは求めておりません」

「なら、何を…」


「スミレ嬢、あなた時越え人でしょう?」


そう問われて、私は思わず息を呑む。気付かれている――私の反応を見たクロスフォルノ様は満足そうに頷く。


「やはりそうでしたか!そうでしょうとも私には人の魔力が見えるのです!貴女の魔力を見たときに衝撃を受けました、探し求めていた時越え人のオーロラのような魔力!」


ビリビリと耳が痛くなるような大声で宣う姿は、まるで演説のようだった。何も言えずに恐怖を押し殺すために必死に奥歯を噛み締める。


「神は私の志を支持してくださっている!今の腑抜けた王家を打倒し、この国を統べるのだと!そうだ、私は侯爵に収まる器ではない、もっと気高く美しい…」


恍惚とした表情で自分に陶酔していくように喋りながら、クロスフォルノ様は懐から小瓶と小さいナイフを取り出した。そしてそのナイフをためらいもなく振って、私の腕を切り裂いた。


「痛っ…!」


ぴりっと熱い衝撃が走って、じくじくと腕が痛み始める。動かせない腕からはぷつぷつと血液が溢れ出てきて、クロスフォルノ様は鼻歌を歌いながら私の血を小瓶に入れた。


「あぁ、これが最上の魔力伝導率の血…!最高です…最高の触媒になります」


私の血をランプに翳しながら、うっとりと呟いた。



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