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この日はなんだか眠れなくて、気分転換のために夜の宮内を歩いていた。すると、開け放たれた執務室の奥から聞きなれた声が聞こえてきて。
部屋をそっと覗いてみると、アレクシアさんとメアリさんがなにやら渋い顔をして話し合っている。真剣な様子で、私が覗いている事に気が付いていない。
「公爵の…」
「スミレをどこかに…」
「噂話など…」
そして会話の中に、気になるワードがいくつか出てきた。立ち聞きしてしまっている罪悪感より、その話の内容が気になってしまう。
少し迷ったけれど、自分の名前が出ているのだ。思い切って部屋の扉をコンコンとノックすると、二人とも顔を上げて私に気が付いた。
「スミレ様」
「あの、立ち聞きしてしまって申し訳ありません。でも今お話ししていた内容、私にも聞かせて貰えませんか」
二人は顔を見合わせて、小声で話し合いを始める。大人しく部屋の入り口で待っていると、話しが纏まったようでアレクシアさんが声を掛けてくれた。
「わかった。スミレにも気を付けて欲しいことがあるし、きちんと話しておこう」
それから聞いたのは、レイチェル様の家、カサンドラ公爵家がわかりやすく動き始めたということだった。
前回の夜会以降、アレクシア王女とレイチェル様は恋仲だという噂が流れているらしい。
近々薔薇の宮に招待される予定だとか、友人である私も認めているとか、婚約まで秒読みだとか。
これらの噂は公爵家が流布しているらしい。権力を持つ家は、まずは世論を操作して有利な状況を作り出す。今まで孤高の存在だったアレクシアさんに、突然私のような虫が付いたので慌てて事を進めようとしているらしい。
そして、公爵家はすでに何度か薔薇の宮に訪問の打診をしにきている。執事や侍女などが先ぶれを持ってくるが、アレクシアさんが不在のため対応出来ないと訪問を断り続けているのだ。
「近いうち、公爵かご令嬢が突撃してくるでしょうね。まぁお帰り頂きますが」
「メアリが対応する分には大丈夫だろう。スミレと公爵の人間を会わせなければ問題はない」
問題は、私が直接会ってしまう事らしい。
薔薇の宮は第二王女アレクシアさん所有のため、公爵家だとしても押し入ってくることは難しい。
けれど私だったらどうか。
私は現在、他国であるエゾリオート王国の辺境伯令嬢という肩書を持っている。そのため、薔薇の宮においても私に関することに限れば治外法権に近い扱いを受けるのだ。
要するに、応接間や私室といった共用空間ならば、私の権限で招くことができてしまう。
そしてエゾリオート王国はノルスタシア王国より小さい国。
辺境伯令嬢より公爵令嬢の方が爵位も上。となると、もし出会ったうえで、招待しろと強く出られれば断ることなど出来ないのだ。
「心苦しいのだけれど――数日の間は外出を控えて貰えないだろうか。出来れば薔薇の宮の正門と裏口にも近づかないようにしてほしい」
「わかりました!」
「こんなことばかりですまない、なるべく早く対処するから」
「いえ、いつも気にかけていただいて感謝しています」
アレクシアさんは申し訳なさそうに眉を下げるので、私はいつも守ってくれることへ感謝の気持ちを込めてにこっと笑う。
アレクシアさんもメアリさんも安心したように微笑んでくれたので、伝わったはずだ。
「そうだ、落ち着いたら少し羽を伸ばしに行こう。王族が利用する別荘があるんだけど、湖畔が美しくリフレッシュするには良い場所なんだ」
「わぁ…!嬉しいです、楽しみにしてますね」
そうして私はアレクシアさんとの約束を守り、薔薇の宮の出入り口には近寄らない日々を過ごしていた。
そして本日の昼下がりも、中庭をぐるりと囲むように咲いている花を見ながら庭師さんに花の種類や花言葉などを聞いていた。
中庭は全てを建物で囲まれてはおらず、境界を柵で囲っている場所もある。けれど柵の向こうは草木が茂っていて、とても人が入ってくるようには見えない場所だった。
その柵越しに、ガサガサと何かが動く音が聞こえてきて驚いて顔を上げる。
「今、柵の向こうからガサガサ音がした気がするんですが…」
「おや、ここらではあまり動物は見かけないんですが…」
そう言った庭師さんが、はたと何かを思い出したような顔をして慌て始めた。
「いけない、スミレ様!一度戻りましょう!」
「えっ!は、はいっ」
つられる様に慌てて宮内に戻ろうとしたのと、がさりと大きな音を立てて何かが飛び出してきたのは同時だった。
音に気を取られて振り返ってしまった私は目を見張った。
そこには草木にまみれた大男が立っていた。目を爛々と輝かせたご令嬢をお姫様だっこしながら。
その人物がだれか理解した時、さあっと血の気がひいていく。
にやぁと蠱惑的に嗤ったご令嬢が口を開く。
「あらぁ、奇遇ですわねぇエゾリオート王国の辺境伯令嬢。ここで会ったのも何かの縁、わたくしを薔薇の宮へ招待なさい?」
有無を言わせぬ圧力を前に、私は「はい…」と情けない返事をすることしか出来なかった。
現実逃避した脳内では、この登場って笑うところだったかな、と冷静にツッコミをいれていた。




