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18-2


「ふうむ、それでスミレは落ち込んでいたのか?」


「はい…私みたいな人間が好きだなんて、おこがましいですよね。自分でも分不相応だって分かっているんです。アレクシアさんとカサンドラ様のお二人が本当にお似合いで、ただ見ていることしか出来ない自分が情けなくて。叶わないってわかっているのに…」


「勝手に失恋した気分になっているわけか。はぁ、よくもそこまでウジウジと…キノコでも生えそうだ」

「うっ」


「そもそもだ、そなたは自己評価が低すぎる。この私が婚約を打診したのだぞ、もっと自分に自信を持て。でなければ好意を寄せてくる相手に対しても失礼だ」


エルモンド様の容赦ない言葉がぐさりと心臓に刺さる。その通りだ、私は自分を卑下するのが癖になってしまっている。

すぐに変わることは難しいけれど、好意を寄せてくれる人を否定するようなことはしたくなかった。


「はい…精進します」

「そうしろ、もっと胸を張るといい。あとは姉上と話し合え」

「はい…エルモンド様、ありがとうございます」


エルモンド様の優しさに、思わず顔が緩んだ。目元が上手く動かなくて、へにゃりと締まりのない笑顔になっているのは自覚しているけれど。


エルモンド様はそんな私の顔を見てぱちりと目を瞬くと、テーブル越しに距離をぐっと詰めてきて、私の顔を両手で包み込んだ。


「んえっ!?」


「あー、これは良くないな。実に良くない。スミレは人たらしなのか?」


ふにふにと目元を親指で撫でながら、エルモンド様は綺麗な顔にしわを作る。


「あの、ひどい顔なのであまり見ないで欲しいんですが…」

「確かに酷いな、目が半分しか開いていない。なのになんだ、それもまた良い」

「あ、あの…」


更に端正な顔が近づいてきて、この距離はさすがにまずいのではと焦り始めたときだった。


「エルモンド!!!」


雷を落とすような声に、私たちはびくうっと盛大に肩を揺らす。

息を合わせたように二人で声の方を見ると、アレクシアさんが目を爛々と光らせて眉を吊り上げていた。


「姉上」

「貴様!!スミレから手を放せ!!」


ずんずんとこちらへ向かってくるアレクシアさんを、メアリさんと執事長が両腕を掴んで必死に止めている。あまりの状況にぽかんと放心していると、エルモンド様はやれやれと首を振った。


「姉上、スミレが怖がっている」

「―――っ、エルモンド、その手を放せ」

「余裕のない人間は嫌われるぞ」

「うるさい!」


やれやれと余裕たっぷりに言ってから、エルモンド様は私を覗き込んでにやりと笑った。どうやらこの状況を楽しんでいるらしい。


「少しくらい八つ当たりしても良いと思わないか?」

「あ、はは…」

「ではまた遊びに来る。別のアニメの話を用意しておけ」


そう言って私の頭にちゅっとキスを落としたところで、ぱっと手が離された。私とアレクシアさんが声にならない悲鳴を上げる。


邪魔したな、と上手くアレクシアさんを躱して部屋を出ていくエルモンド様。逃がすものかと腕を掴んで静止する二人を引きずってアレクシアさんも部屋を飛び出していく。


残された私は怒涛の展開に追いつけず、廊下から聞こえてくる声をただ呆然と聞いていた。



**



エルモンド様とアレクシアさんはそれからひと悶着あったようで、宮内に静けさが訪れたのはしばらく経ってからだった。

アレクシアさんと顔を合わせるのは少し不安だったけれど、先程の余韻が強すぎて意外と冷静でいられる。


逆にアレクシアさんはとっても気まずそうにしていて、まるで立場が逆転してしまった。


「あ、アレクシアさん…」


「スミレ、すまない、怖がらせるつもりは無かったんだ…そこの椅子に座っても怖くない?」


そう言って私から一番離れている椅子を指さすのだ。

確かに驚いたけれど、アレクシアさんに怯えるほどじゃないし、エルモンド様が煽ったのは私が原因だ。


「あの、少し驚いただけですから大丈夫です。こちらの椅子に座ってください」


私はテーブルを挟んだソファーを勧めると、アレクシアさんが私の様子を伺いながらそろそろと座ってくれた。なんだか猫のようで、少しだけ可愛いと思ってしまったのは秘密だ。まずは私からきちんと謝ろうと思い、顔を上げる。


「アレクシアさん、昨日はご心配をおかけしてすみませんでした。まだこんな顔ですが、もう元気になったので安心してください」


「あぁ…その、本当に無理はしていない?」

「はい、ちょっと具合が悪くなってしまっただけなんです」


「そうか…」


二人の間に沈黙が落ちる。

あぁ、普段はどうやって話していたっけ。重くなった空気を軽くしたい。何を話そうか考えていると、アレクシアさんが沈黙を破った。


「サンドイッチ、とても美味しかった。持ってきてくれたと聞いてすぐに食べたよ」

「えっ…すぐにって、昨日のお昼ですか?」


「うん、ありがとう」


「でもアレクシアさんはカサンドラ様と…」


私が言いたいことを察したのか、アレクシアは平然としたまま口を開く。


「中庭で休憩していたら顔色が悪いと凄い勢いで捕まったんだ。すぐにエドワードが呼びにきたから殆ど口にしていない。おかげでスミレの作ったものが食べられた」


「そう、でしたか…」


にこりと嬉しそうに笑うアレクシアさんを見て、胸に湧き上がってきたのは相容れない二つの感情だった。あの時の二人を思い出すと、やっぱり胸がじくじくと痛む。でも作ったサンドイッチを食べてくれたことは素直に嬉しくて。


「それから、その、エルモンドのことなんだが、何もされていないか?」


保護者のような表情になったアレクシアさんに問われて、先程の騒動を思い出して苦笑いした。


「何もされてません。エルモンド様は少し強引なところもありますが、思いやりのある優しい御方ですね」


「それはそうだが頑固で融通が利かないところもあるだろう?スミレはその、エルモンドと、こ、婚約したい?」


「いえ、それはお断りしたんです。エルモンド様も私とは友人としてやっていけそうだと。先程は少々揶揄われただけで、深い意味はないと思います」


「…そうか、そうか!よかった、それならいいんだ!」


ぱあっと満面の笑みを浮かべたアレクシアさんを見て、どうやら私とエルモンド様への誤解は解けたようだ。私はほっと安堵の息をはく。好きな人に別の人との恋を応援されるのは苦しいから、そうならなくて良かった。


「…アレクシアさんと久しぶりにお話しできて嬉しいです。今日はまた仕事に戻るんですか?」


「あぁ、戻らなければならない」

「お仕事、大変なんですね…」


一瞬だけ、アレクシアさんが苦しそうに顔を歪めたのを私は見逃さなかった。きっと大きな負担となっているんだろう。責任を伴う仕事を抱えているのだ。


「無理、しないでくださいね。アレクシアさんが心配です」

「問題ないよ、あと少しで終わる」


すぐに表情は繕われて、アレクシアさんは笑みを浮かべたけれど。

アレクシアさんが強がるように浮かべた笑顔に、私の心にはじわりと不安が広がっていった。



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