18-1
朝、メアリさんが心配そうに部屋の外から声を掛けてくれて目覚めた私は、アレクシアさんが既に仕事に向かったことを確認すると、そっと扉を開けた。
「スミレ様、お目が…」
「へへ…腫れちゃいました。昨日はすみませんでした…メアリさんに沢山迷惑を掛けてしまって」
「良いのです、お顔を見せて頂けて安心しました」
優しく微笑んでくれるメアリさんに、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
あまり食欲は無かったけれど、これ以上心配させるのは良くないと自分を奮い立たせて朝食を頂くことにする。
瞼の腫れは午前中いっぱい冷やして、午後には大分ましになった。
メアリさんが目を冷やしている間傍にいてくれて、それだけでささくれだった心が静まっていくようだ。
私は確信に触れずとも、昨日魔術協会の中庭で見てしまったことを正直に話した。
「…お二人が仲良く食事しているのを見て、お似合いだなぁと思ったんです」
目元にハンカチを当てているからメアリさんの表情は見れないけれど、きっと私の気持ちに気付いたはずだ。
メアリさんはアレクシアさんの相棒のような人だから。こんなことを告白されて、さらに困惑させてしまっただろうか。
「スミレ様のお気持ちを聞かせて頂いたこと、わたくしはとても嬉しく思っています。そのうえで申し上げるのならば、アレクシア様は決してスミレ様のお気持ちを無下にしません。少しずつで良いので、どうか避けずにアレクシア様のお心も見てはいただけませんか」
そう優しく提案されて、私はこくりと一つ頷いた。
昨日部屋まで来てくれたアレクシアさんを無言で追い返してしまったことに、罪悪感を抱いていた。自分がそうされたらと思うと胸が苦しいのに、やってしまった。
初めての自分の感情に翻弄されてばかりで、大切な人を傷つけてしまっていたら元も子もないのに。
ようやく客観的に自分の状況を見られるようになって、沈みこんでいた気持ちが少しだけ戻ってきたように思えた。
「…はい、そうしたいです。アレクシアさんは今日帰ってきますか?」
「ええ、その予定です。遅くなるかもしれませんが、寝る前に挨拶だけでも良いのでお顔を見せて頂ければ、きっと喜ばれますよ」
メアリさんの心遣いが、私の心をじんわりと温めてくれる。その優しさに何度も救われているなと感じて、心からのありがとうを口にした。
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中庭が見える一室でぼんやりと昼下がりを過ごしていると、エルモンド様が来訪した。
メアリさんは体調不良だから会えないと帰そうとしたけれど、ならば見舞いをすると聞かず、いつものように宮内に入ってきたようだ。
部屋の扉を開け放って私の対面のソファーに腰を下ろすと、私の顔をまじまじと見て眉を寄せる。
「酷い顔をしているな。何があった?」
「はは…御見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「無理に笑わなくて良い。私に出来ることなら協力するから言ってみろ」
高圧的なのに、無理して笑うなとか協力してやるとか、相変わらずエルモンド様はツンデレで優しい人だ。
――私がこうなったのは、アレクシアさんのことが好きだと気が付いてしまったからで。婚約を申し出てくれているエルモンド様に話すにも、まずは誠意を伝えなければ。
「エルモンド様、申し訳ございません。先日の婚約の件、改めてお断りさせてください」
「あぁ……すまないスミレ、泣くほど嫌だったのか…」
頭を深く下げていると、エルモンド様の動揺した声が落ちてきて慌てて顔を上げた。先程までの威厳はどこへいったのか、その顔には悲しみが浮かんでいる。
「ち、違います!」
つい大きな声で否定すると、エルモンド様は驚いたように瞳を揺らす。
「エルモンド様は魅力的で素敵な御方です!嫌いになるなんてありえません!」
「ならば、どうして」
「それは―――自分の気持ちに気付いたからです。好きな人がいるんです」
初めて、恋心を打ち明けた。
「たとえ叶わなくとも、その人の傍に居たいと思っています。だから、ごめんなさい」
再度深く頭を下げる。私がもっと早くに気付いていれば。結果的にエルモンド様も振り回してしまっていることに胸が痛くなる。
しばらく頭を下げ続けていると、ふうっと大きなため息が聞こえて、ぴくりと身体が強張った。
「わかったから、ひとまず頭を上げてくれ。相手は私の姉上か?」
「……はい」
こくりと一つ頷くと、エルモンド様は「あ~…」と声を出して髪をぐしゃりとかき乱した。
「もう少し出会うのが早ければ、いや遅かったから傷が浅く済んだのか?どちらにしても姉様か…くそっ」
ぶつぶつ呟きながら思い出すように頭を何度も横に振る姿を、どうしていいか分からずに見つめていると、再度大きくため息をついた。
「スミレの気持ちは分かった、婚約の打診は取り消す。まぁありえないとは思うが、もし気が変わることがあれば私の滞在中に言え。その時はそのまま外遊に連れていく」
「…お心遣い、ありがとうございます」
「まぁ、そなたとは友人としてもやっていけそうだからな。それでだ、私が理由でないならなぜそんなに泣いていた?」
エルモンド様はこんな状況でも私を気遣ってくれて、その心遣いに感謝をしつつ、素直に魔術協会で見たアレクシアさんとカサンドラ様の様子を話すことにした。
そこで自分の想いに気が付いたことも。




