16-2
アレクシアさんは今日も戻ってこれなかった。
けれど何か問題が起きれば宮内から追い出して良いと魔法鳩が届いたらしく、私としてはそんな物騒なことが起こらないことを願うばかりだ。
そして翌日、同じ時間に予告通りにエルモンド様はやってきた。
手土産にとケーキを持ってきてくれて、こういった気遣いは出来る人なんだなぁとこっそり感心してしまう。
「こちらのケーキ、とても美味しいです。お気遣い頂きありがとうございます」
「だろう?帰国したら必ず食べるのだ」
昨日と同じくガゼボにて頂いたケーキを食べながら、昨日の話の続きだ。
食べながら某アニメのストーリーを話していると、眉を顰めたエルモンド様が途中で話を止めた。
「スミレ、そなた話し方に慣れておらんな」
痛いところを突かれてしまい、私はぐっと奥歯を噛み締める。何かまずいことを言ってしまっただろうか、それとも選んだアニメが好みじゃなかっただろうか。
「も、申し訳ございません…」
「謝ってほしいのではない。スミレはもっと砕けた話し方をするのだろう?説明するときにもたつくのは、その話し方に慣れていない証拠だ。この場では不敬だなどと言わぬから、いつも通りに話せ」
「ですが、不快にさせてしまうかもしれませんし」
「よいよい、私はスミレが何を言っても不問にする。堅苦しいのは疲れるし、私はもっとアニメの臨場感を味わいたいのだ。だからいつも通り話せ、よいな?」
これは、もしかして気遣ってくださっているのだろうか。
何を言っても不問にする、という言質を頂いたので、少し迷ったけれどその提案をありがたく受け入れることにした。
「わかりました。かなり砕けた話し方になると思いますが…お話を進めますね」
「うむ、それで?その鬼にはどういう過去があるのだ?」
それからエルモンド様は本当に楽しそうに話を聞いてくれた。
たまに屈託なく笑う笑顔は、ちょっとアレクシアさんに似ている。ちょっと強引なところはあるけれど、エルモンド様は優しい人なのかもしれない。
そしてうっすらと私は気付いてしまったのだ。彼はたぶん、ツンデレだ。
いくつかのアニメを話し終えると、私も口調と一緒に肩の力が抜けて、エルモンド様と普通に会話できるようになっていた。
「スミレ、そなた話すのが上手いな。聞いていて手に汗握ったぞ」
「私が好きなアニメだからですよ。基本的には口下手です」
「ははっ、そうか、そなたとは趣味が合いそうだな」
エルモンド様は観劇が趣味で、世界中の物語を観に行っているらしい。どうりで熱心に聞いてくれるわけである。
「私、最初エルモンド様がいらっしゃった時は何を言われるかとびくびくしていたんですよ」
「あぁ、驚かせてしまったか。非の無い人間に難癖つけるような性格ではないぞ、私は」
「はい、それを今日知りました。エルモンド様は興味のあることに真っすぐで、そして優しい人です」
ふふっと笑いながらエルモンド様の内面について触れると、驚いたように瞳を揺らした。
「優しいなどと言われたのは初めてだ。ご令嬢方には言い方がきついとよく窘められるのに」
「あー…確かにこの国の男性はレディファーストですから、そう感じる人も多いのかもしれません。日本だったらエルモンド様の外見はもちろんですが、その内面に好感を持つ人は多いですよ。日本人は大好きですからね、ツンデレ」
「ツンデレとはなんだ?」
独り言のように小さく発言したのに、しっかりと聞かれている。
「…とても思いやりがあるのに、少し不器用な形で言葉にする人のことです。日本では、そういう人が好ましいと受け取られるんです」
大丈夫、大きく間違ってはいないはずだ。
「そうなのか…スミレはどう思う?」
「私もエルモンド様のそういう部分、とても魅力的だと思いますよ!」
ここは全力で肯定したい。
そしてエルモンド様のツンデレな部分を、可愛いと思う人は絶対に居るはずだ。というかご友人や側近の人たちなんかは絶対理解している。
エルモンド様は私の力説に目をぱちぱちと瞬かせると、少し照れたように顔を背けた。日本の皆さん!ここにとんでもない逸材がおります!
アレクシアさんは素敵なご兄弟がいるんだなぁ、と微笑ましく思ってしまった。
「んんっ、私が魅力的なのは当たり前だからな!」
「ふふ、そうですね」
それからエルモンド様の交友関係を聞いてみると、学生時代は留学していたとのことで、他国に友人が多い。きっとツンデレに魅了された人たちだ。その友人達から社交の輪が広がり、現在は外交官として各国を巡っているそうだ。
外交の手腕は素晴らしいと以前聞いていたので、天職なのかもしれない。
「私もいつか、この世界を巡ってみたいです」
「楽しいぞ。日々新しい発見があって新鮮だ」
「わぁ…旅の醍醐味ですよね。憧れます」
異世界旅行なんて、どれほど楽しいだろう。
ノルスタシア王国をもっと沢山知ってから、国外も見てみたい。
そんな贅沢なことを夢想している間、エルモンド様がじっと私を見つめていたのに気付かなかった。
「…スミレ、婚約者はいるのか?」
「いえ、いません」
「欲しいと思わないのか?そなたも適齢期であろう」
「あはは…、日本は恋愛結婚が主流だったので、婚約とかは馴染みがなくて。それにこのまま結婚せずに過ごしていくのも良いかと思ってます」
アレクシアさんの姿がちらりと脳裏に浮かぶ。このまま結婚せずとも、アレクシアさんの傍に居られるならそれで十分だ。
私の言葉を受けて、エルモンド様は顎に手を当てて何かを考え始めた。
結婚観の違いについて考えているのかな、なんて思っていると、考えがまとまったのかきりりと引き締まった表情で私を見た。
「わかった。スミレ、私と婚約しないか」
「……へっ?」
言われた意味がわからなくて、ぽかんと口を開けて呆けてしまう。
「スミレと私は気が合うようだし、共に外遊すれば新たな発見ができるかもしれん。スミレの望む旅行も楽しめる。時越え人で辺境伯令嬢ならば家格も問題ないだろう。どうだ、私より好条件の者などおるまい」
次々と投げかけられる現実離れした言葉に、私の脳内が急加速で動き出す。
私がエルモンド様と婚約?だめだめ、第三王子で仕事のできる非の付けようもない人だよ!?私みたいな何の取り柄も無い人と結婚なんてありえないでしょ!
そもそもこんな簡単に婚約の話していいの!?
エルモンド様も時越え人で毛色の違う私を珍しがって提案したんだと思うけど、さすがに話が飛躍しすぎだ。
「っええと、お言葉は嬉しいのですが、私には過分すぎます。エルモンド様も私が時越え人なので、物珍しさから仰って頂いたと思いますが、私には隣に立てるほどの魅力も実力もないのです」
「スミレに外交をさせるために婚約するのではない。ただ共にあってくれたら良い。スミレの性格や心根を気に行ったのだ、私は」
にっと歯を見せて笑うエルモンド様はとても素敵で、美形耐性がなければ落ちていたかもしれない。
「ですが…!」
「まぁすぐにとは言わぬ。次の外遊まで時間があるからな、それまでに答えを聞かせてくれ。また来る」
そう言ってすっと立ち上がると、私の傍に来て流れるように腕を掬われる。
そのまま私の手の甲にキスを落として、エルモンド様は好戦的な笑みを浮かべた。
「なっ…!!」
驚きのあまり、ぱくぱくと口を動かしている私を見て、楽しそうに目を細めた。
「考えてくれ、ではな」
昨日と同じく、見送りは要らないといって部屋を出ていく姿をただ見守るだけで、私は暫くその場から動けなかった。




