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14-1


カサンドラ嬢に不運にも遭遇してしまった夜、澄玲は落ち着いているように見えた。


取り乱すことも無く変わりない笑顔も見せてくれて、澄玲の心が順調に回復していることを知った。

その喜びと自身の不甲斐なさで胸がいっぱいになる。謝らないでほしいと澄玲は言うが、また傷つけてしまったことは事実なのだ。


そんな澄玲と二人の大切な時間に、水を差すように窓をコツコツ、と叩く音がする。

この音は緊急の連絡に使用される魔法鳩だ。

嫌な予感がするなか、澄玲に断りを入れて窓を開けると鳩が一匹入ってくる。

そしてボンっと音を立てて手紙に姿を変えたところをつかみ取って、早速開封する。さっと目を通したが、無意識に眉を寄せてしまう。


「あの…何かあったんですか?」


おず、と遠慮がちに聞いてくる澄玲が可愛い。いやまずはこの手紙の内容を伝えるか否か。少し逡巡したのち、概要だけでも伝えることに決める。


「ノルクスが破落戸に襲われたらしい」


「ノルクスさんが!?無事なんですか!?」


「安心して。軽傷だったようだし、もう治癒魔法で回復しているよ。問題は研究関連の資料を奪われたことかな。持ち出せる資料には厳しい制限があるから、見た所で何の資料かも分からないはずなんだけれど」


ノルクスは仕事を終えて自宅に帰る途中、待ち伏せしていた数人から暴行を受け、鞄を奪われた。鞄の中身は共同研究資料と澄玲の健診結果を記したもの。


城下町は貴族街と違い、スリや暴力事件が起こることはままある。と言いたいところだが、ノルクスは城下町といえど貴族街に近い場所に住まいがあったはずだし、本人が好まないため、金持ちと分かる服装はしない。


ノルクスの持つ情報が欲しい貴族か商家の人間がいる。

狙ったのは果たして、医療魔道具と澄玲のどちらだろうか。


「はぁ、不服だけれど確認することが出来てしまった。スミレ、部屋に戻って一人で眠れる?」


「も、もちろんですっ。一人で眠れますから、もう今日の事は気にしないでください。それよりもノルクスさんが心配です」


「スミレは優しいね。少しメアリと話しておいで、その方が落ち着くだろう」


「…はい」


安心させるように頭をそっと撫でると、言葉を飲み込むようにこの手を受け入れてくれる。ノルクスが心配なのだろう、でも現状何も出来ないからと口を結んだのだ。そんな健気なところも愛おしい。


いつか一人では眠れないと言われたいものだとこっそり思いつつ、就寝の挨拶を交わしあう。


さぁ、ノルクスを殴ったやつらを捕らえなければ。



**



「ノルクスを襲った破落戸たちは、翌日昼間から堂々と酒をあおっていたところを第三騎士団に取り押さえられている。

いずれも借金持ちのその日暮らしで、取り調べでは「仕事を依頼された」と口をそろえた。依頼主はフードを目深に被っており、背丈と声から男である可能性が高いが、それだけだ。

報酬として提示された金額は平民が一年暮らせる金額で、生活に困っていれば飛びついただろうな。鞄を奪ったあとは、指示された近くのごみ箱にそれを放り込み、同じく中に用意されていた報酬を受け取って早速酒を飲んでいた、というところだ」


「依頼主の情報が全くありませんわね、使えない破落戸ですこと」


メアリが呆れたようにため息をつく。

その気持ちには同感だ。


「医療関係者か、スミレを探る人物か。この状況では判断が難しい。ノルクスには暫く護衛を付けることにしている」


「ではわたくしからも。母に公爵家の参加する夜会に出席してもらいましたわ。予想通り、公爵夫人が母の元に来て、わたくしから薔薇の宮内のことを聞いていないかと尋ねられたそうです。それから新しく入った異国風の顔立ちの侍女についても」


「魔術協会については?」


「新しく発売された美容品が素晴らしいと話していましたが、それだけです。また、王城の会議に参加した父が、共に出席していたカサンドラ公爵に声をかけられました」


「続けて」


「わたくしのことを行き遅れだと非難して、新しい侍女の方がアレクシア様に目を掛けて貰っているのではと嫌味を言ってきたようです。顔立ちからスミレ様を他国の貴族だと推測したらしく、どこの国の者か聞かれたと」


すっと目を細めて酷薄な笑みを浮かべるメアリの姿は、慣れた私でさえ背筋が冷たくなる。

あの公爵の口が悪いのは有名だし、メアリが毛嫌いしているのも知っている。これは伯爵夫妻に改めてお礼を送らなければなと苦笑する。


「ありがとう、伯爵夫妻にお礼の手紙と上等なワインを送っておくよ。ノルクスの件もスミレを嗅ぎまわっているカサンドラ公爵家が絡んでいるかと思ったが…今の話を聞くと白に近いな」


「さようですね。公爵家は国政や領地運営に強い影響力をもつ家ですから、魔術協会とは距離があります。ノルクス医師がスミレ様と関わっていると知るのは難しいかと」


「公爵に協会内部のものが協力しているとも考えられるが、派閥的にもこの推理は厳しいな。となるとノルクスを襲った者の目的は、スミレではなく医療魔道具か…?」


とんとん、とテーブルに指を叩いて考える。魔術協会の関係者について動向を探る必要がありそうだ。澄玲についても、そろそろ隠し通すのは難しいだろう。公にした方が守りやすい時期に入ったと言える。


「近く、スミレを公表する必要がありそうだ。嫌な思いをさせたばかりで心苦しいが、どうしたものか…」


「ええ、やはり異国から招いたアレクシア様のご友人、という形で進めるのが良いかもしれませんね。スミレ様にもご意向を確認しましょう」


「そうだな。エゾリオート王国の師長が協力を申し出てくれている。側近の家が我が母とも懇意にしていてね、その家で話を纏められそうだ」



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