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椅子に座っていたアレクシアさんがさっと立ち上がると、私の肩を掴んでくるりと反転してしまう。そのままアレクシアさんが座っていた椅子に私が押されて座り込むと、顎をくいっと持ち上げられて、覆いかぶさるように椅子の腕置きに手を置いたアレクシアさんと向かい合った。
上から至近距離で覗きこまれる瞳とばっちり目が合うと、少し意地悪そうに眼を細めてアレクシアさんがほほ笑んだ。
普段しない蠱惑的な表情に、どきりと胸が鳴る。
あの日の夜を思い出してしまい、羞恥に一気に顔が熱くなっていくのを感じていると、ささやくようにアレクシアさんが言った。
「こうしたら、スミレは私にときめいてくれる?」
「~~っ!あ、その、えっと」
動揺して目を合わせていることが出来ずにきょろきょろと視線を動かしていると、見ていたスタッフさんがきゃあっと黄色い声を上げるのが聞こえてきた。
「ひ、人前でこういうことをしたら、その、誤解されてしまいます!」
「別に私は良いんだけれど。スミレは嫌?」
「は、え、っと、嫌とかそういうことではなくてですね…!」
おろおろと言葉を探す私を見て、アレクシアさんがくすりと笑う。それからするりと顎を支える手が離れていった。
「ごめんね、ちょっとやりすぎたかな」
「…アレクシアさん、最近私がおどおどするところを見て楽しんでませんか…?」
ぎゅうっとドレスを両手で握りしめて、私はじいっとアレクシアさんに視線を送る。本当に最近は距離が近すぎるのだ、私の心臓が持たない。
「そんなことはないよ。色んなスミレの顔が見たいだけ」
ぽんぽんと頭を撫でられて、私はなんとも言えずに唇をもごもごさせる。アレクシアさんと仲良くなれたことに嫌なことなんてないのだ。
ただ、私には刺激が強すぎるだけで。
そんなこんなでメイクを楽しんだ私たちは、店内にある様々な商品をみて、ティータイムを挟み、また商品を見て…と各フロアを楽しんでいく。
最後にジュエリーコーナーを見て歩いていると、カラフルで美しいジュエリーボックスに目を奪われた。
「きれい…」
金枠に藍色の箱の側面は、様々な宝石が星々を見立てるように配置され輝いている。蓋はガラスが嵌め込まれているので中に入れたジュエリーが覗けるのだ。月がモチーフの有名なアニメを彷彿とさせるようなファンシーさがあって、乙女心をくすぐってくる。
「スミレ、これが気になる?」
「…はい、すごくかわいいです。それにきれい」
「そう、じゃぁプレゼントさせて」
「あ…でもとても高価なものでは…」
「気にしないでほしい。実は先程からいくつか購入しているよ。スミレの顔を見ればすぐに気に入っているのがわかるからね」
「そうなんですか!?あの私、これを頂けるだけで十分です!なので他には何もいりません!」
「そう言わず、私からの贈り物として受け取ってほしい。どうしても嫌と言うならあきらめるけれど…」
しゅん、と音が付きそうなくらい悲しそうな顔をするアレクシアさん。私はこの顔にめっぽう弱いので、言葉に詰まってしまう。
「…あの、嫌なわけではなくて、とても嬉しいんです。ただその、恐縮してしまうので出来るだけ少なくして頂ければ…」
「なるほど、では私が厳選した物なら大丈夫だね。スミレに似合っていたものをもう一度見たいんだ。薔薇の宮へ戻っても身に着けてほしい」
アレクシアさんの喜色を浮かべた笑顔に、私はつられるように頷いてしまった。その後で、ここに連れて来てもらって恐縮しすぎるのも良くなかったのかな、と考えてしまい、結局アレクシアさんのお言葉に甘えることにした。
「さぁ、今日はもう一か所連れていきたいところがあるんだ。遅れないうちにそろそろ出よう」
次はどこへ連れて行ってくれるのだろう。逸る胸を抑えてお礼を伝えて店を出る。
まばらに歩いている人を馬車から眺めていると、城下街で見たように同性同士で手を繋いで歩いている人々を見かけた。
ついその人たちの事を目で追ってしまっていると、アレクシアさんが私の視線の先に気付いたようで声を掛けてくる。
「気になる?」
「そうですね、まだ新鮮で目で追ってしまうというか…」
「ふふ、そのうち慣れるよ。スミレだって同じように歩く日がくるかもしれないね」
そう言われて、ふと昔のことを思い出した。
先ほどの手を繋いで歩くカップルのように、幸せそうに歩けただろうかと考えて反省する。中途半端に付き合うと決めた私は不誠実だったし、申し訳ないことをした。
あの頃の感情に比べると、アレクシアさんと一緒に居るときの方が感情の揺れが大きい。
「私、やっぱりちゃんと恋愛したことがないのかもしれません。彼氏がいた頃より、アレクシアさんと一緒に居るときの方がドキドキしちゃいますもん。最近のアレクシアさん、それをわかってて私の反応を楽しんでますよね?もうちょっと私の心に優しくしてもらえると助かります…」
最近思っていたことを伝えると、アレクシアさんは驚いたように目を瞬く。
「それは、スミレが私にドキドキしているということ?」
「そうですよ、アレクシアさんはずるいです。もう少し自分の美貌と言葉の破壊力を理解してください」
「ふふっ、そうか、それは嬉しいな」
はははっと嬉しそうに笑い始めたので、私はむうっと口を尖らせてしまう。笑い事じゃなく本当に理解して自重してほしいのだ。
「もうっ、本当に手加減をして欲しいんです」
「ははっ、わかったよ、そうか、これはまずいな、かなり嬉しい」
くくくっと口元に手を当てて更に笑いを深めていくので、これは伝わっていないかもしれない。
そんな会話をしていると、馬車がゆっくりと速度を落として止まった。
さぁ着いた、とアレクシアさんが声を弾ませて席を立って、私の手を取って先導してくれる。そのまま石造りの建物へ入り、目的のフロアに魔導式エレベーターが止まって扉が開いた。
こちらへ、とアレクシアさんに続いて二つの扉を抜けていくと、眩しい西日と共に吹き抜けた風が私の頬を撫でる。どうやら外に出てきたようで、西日に目が慣れてきて目を開くと、そこには。
「わぁ…!」
眼下に広がるのは、西日に照らされてオレンジに浮かび上がる城下街。
カラフルな家々すべてが同色で彩られ、足元には茜色の影が伸びていていく。逢魔が時がやってくる前の、美しい光の景色だった。
「すごい…綺麗な街…」
「貴族街から少し外れたところの高台でね、ここから城下街が一望できる。この時間は特に綺麗に街が見える、私のお気に入りの場所だよ」
城下街へ行った日の帰り道、馬車に乗り込んで街を眺めるアレクシアさんと、夕方の賑やかな街の風景が調和してとても綺麗だと思った。
そのアレクシアさんが好きな景色が、夕日色に染められた城下街の景色で。
それは私があの日、この国へ来てよかったと父に伝えたいと思った情景でもあった。
なんだか急に胸にこみあげてくるものがあって、視界がじわりと滲む。言葉に出来なくなる前に、私は口を開いた。
「…アレクシアさん、私、この国の景色が好きです。美しくて、温かくて、眩しい」
「…そう。ありがとう」
そっと肩を抱かれて、アレクシアさんの温度を感じる。二人で暫くの間、沈みゆく夕日に光る景色を眺め続けた。




