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12ー1


「…なんだか、アレクシアさんがこの前から違う…気がする」


就寝準備を終えた私は、ひとり自室にて首を傾げていた。


酔った勢いで変な空気になってしまった翌日、朝食の時間に顔を合わせるのが少し気まずくて緊張していたのだけど、アレクシアさんは至って普通、それどころか楽しそうに食事にやってきた。

どうやら昨日の事は気にしていないようだとほっとして、いつものように食べていると、何やら物凄く視線を感じる。

顔を上げるとアレクシアさんとばっちり目が合って、問いかけてもなんでもないと言う。少ししてまた顔を上げるとぱちりと目が合う。

視線の意味が分からず困惑していると、メアリさんが食事に集中なさい、と子供に注意するような言い方で窘め、アレクシアさんが素直に頷いて食事を再開するのだ。


それからというもの一緒にご飯を食べるときは謎の視線を感じるようになった。別段嫌ではないのだけれど、完璧ではない食事のマナーをチェックされているような気がして緊張してしまう。


スキンシップも更に増えたような気がする。

今まではテーブルを挟んで向かい合うように座っていたのに、私の真横に座るようになった。膝がつきそうな距離で当たり前のようにお茶をして、私の髪を掬い上げて遊んだりもする。


極めつけが、薔薇の宮内でのエスコート。アレクシアさんと一緒に居るときは必ずエスコートされるようになってしまった。

さすがに外出時だけでいいと遠慮すると、アレクシアさんはひどくショックを受けたような顔をして、『私に触れられるのはいや…?』と不安がるような事を言うのだ。

そんなの誰が断ることなど出来ようか。

嫌じゃないです!よろしくお願いします!と力強く返すのが精いっぱいだった。


あの夜の出来事を消化できずにいるのに、こう距離を詰められると変に意識してしまいそうなのだ。

アレクシアさんの距離感に慣れる日は来るのだろうか。

以前にも増してアレクシアさんが楽しそうにしているので、私も現状維持で慣れていけるよう頑張らなければ。


「よし!明日は貴族街のカフェに行くんだから、もう一度だけマナーをおさらいしてから寝ようっと」


ぱち、と軽く頬を叩いて気持ちを切り替えると、私は書棚からノートを引っ張り出した。



**



「んぅ…」


心地よい微睡の中、ぼんやりと意識が浮上してく。

身体があつくて、このままだと汗をかきそうで、冷やしたくて身を捩る。布団を捲ろうとしているのだけど、何かに阻まれてうまくできない。


うぅ、暑いのに、なんで――


「おはよう、スミレ」


おでこに柔らかいものが触れて、そこから声が落ちてくる。

その声で覚醒した私は、はっと目を開けて声の主に顔を向けた。そこには朝一番に見るには眩しすぎる金髪美女のご尊顔。


「あ、お、はよう、ございます…」


聖母のようなほほ笑みを称えたアレクシアさんが、寝ぼけた私を照らす。


もう何度もこの状況が起こっているのだけれど、未だにびっくりするし動揺する。またアレクシアさんが夜中ベッドへ入ってきたのだな、と客観的に事実を理解するだけですごいと思う。

でも今日はなんだかちょっと変だ。その違和感をぐるぐると考えていると、はたと気が付いた。私より早く起きているなんて珍しい。


「あれ、アレクシアさん、もう起きてたんですか…?」

「うん、なんだか今日は早く目が覚めてね。だからスミレの寝顔を見ていたんだよ」


「…ひえっ」


自分の寝起きの顔なんて酷いに決まっている。

勢いよく自分の顔を袖で拭っていると、今度は腕を掴まれた。


「そんなに顔をこすってはだめだよ、綺麗な顔が傷ついてしまう。ほら、もっとよく見せて」

「~~~っ!」


かろうじて、私は声にならない叫びを上げた。

百歩譲っても私の寝顔に対して使う言葉ではない!


枕元のクッションに無意識で手を伸ばすと、そこに勢いよく顔を埋めた。

背後でアレクシアさんが動揺した声を上げているけれど、もう無理、どう反応したらいいかわからなくてパンクしそうだ。


「スミレ?スミレってば!もう……仕方ないなぁ」


今度は背中からぎゅうっと抱きしめられて、耳元で私の名前を何度もつぶやく。寝起きの少し掠れた艶のある声でささやくのだ。

ついに私はクッション越しに悲鳴を上げた。


「ひいいっ!!ダメです!無理です!ちょっとキャパオーバーですっ!!」


ぐりぐりとクッションに顔を付けながら思いのまま叫んだ。


「朝から面白いことを言うね」


楽しそうにアレクシアさんは私の腕を掴むと、クッションから引き離そうとする。

これは……はじめてのアレクシアさんとの戦いだ。


私は必死になってクッションを掴み直しては顔を埋めるが、アレクシアさんはくすくすと笑いながらぐいぐい腕を掴んでくる。

右手を掴まれたら左手を、左手を掴まれれば右手を、両手を掴まれたら顔をクッションへ突っ込ませて阻止していると、私の必死さがツボに入ったのかアレクシアさんが大声で笑い始めた。

私はやり切れない思いでふーふーと荒く息をする。


なぜだ、なぜ朝からこんなことになっているのだ。酸欠になりかけていると、救世主メアリさんが部屋に入ってきてくれた。


「あらあら、朝からどうされましたか」

「め、メアリさんっ…助けてくださ…」


真っ赤になっているだろう顔を上げて、涙目でメアリさんの方を見ると、一瞬、ほんの一瞬だけどメアリさんがものすごく楽しそうな顔をした。


私はそれを見逃さなかった。


「メーアーリーさんー!!」

「うふふっ…!お二人とも、お早うございます」



**



朝からわちゃわちゃと騒がしく起きて、昼までに出かける準備を整えたところで。


今日はアレクシアさんとお出かけなのだ。


目的地は貴族街。

その名の通り貴族御用達の飲食店や呉服店、宝石店などが立ち並んでいる場所だ。


城下街とは違って変装しているほうが怪しまれるので、今回は変装なしだ。

私が着ているブルーのドレスはスリットネックに繊細な模様のレースがあしらわれており、布をたっぷり使ったフレアスカートとマッチして上品に見せてくれる。


アレクシアさんは薄金のジャケットセットに白いシャツ。華美過ぎない装いだけれどとても上品で、長い脚が際立つ。

薄々気付いてはいたけれど、スカートはあまり好まないらしく、公の場以外ではほとんど着ないらしい。


「今日はお忍びだから貴族街を歩くことは出来ないけれど、良い店だから楽しみにしていてほしい」


二人で馬車に乗り込むと、小さく開けた窓から見える景色が動き出す。

しばらく進んで行くと、城下街でみた店よりも華美な店が立ち並ぶ大通りへと入っていった。

一目見ただけで高級街だとわかる。建物の作りが根本的に違うし、道を歩く人々の服装も、賑わい方も違う。


目に映る景色に圧倒されながら道を進んで行くと、脇道に馬車が入ってすぐに止まった。

御者さんが馬車の扉を開けてくれて、さっとアレクシアさんが降りる。そこから私に手を差し出してくれて、私はその手を支えに馬車を降りた。


紳士服を着た初老の男性が立っており、私たちに向かって左手を胸に当てて恭しくお辞儀をする。


「お待ちしておりました。本日はどうぞごゆっくりおくつろぎください」

「あぁ、よろしく頼む」


扉をくぐれば、そこには開放的な空間が広がっていた。

天上まで吹き抜けになっている店内は、窓から柔らかな光が線となって差し込んでいて、ショーケースに陳列されている宝石やアンティークらしき物がきらきらと光を反射している。


大きなソファーがいくつもあって、この部屋のいたるところでくつろげるように配置されていた。

見上げれば二階、三階には書棚や人形、化粧品と思われる可愛らしい瓶も見えて、フロアごとに同じ制服を着た従業員が胸に手を当て礼をとっている。


「わぁ…!」

「貸切にしてあるから、人目を気にせずゆっくり出来るよ」


迎え入れてくれた男性が先導して、館内の案内をしてくれた。

この店では食事を始め、洋服、ジュエリー、書籍、美容品など幅広く扱っているらしい。

それぞれに専属の従業員がいて、一流のサービスが受けられるそうだ。


目に入るもの全てがキラキラと輝いて見える。数か月前までの私とは違って、今はオシャレや美容への欲が高まっているのだ。


「素晴らしすぎて…本当に良いのでしょうか」


「もちろん、王家の茶会を頑張ってくれたスミレへのご褒美だよ。遠慮せず好きなものを教えて欲しい、スミレの好みをもっと知っておきたいからね」


「た、試すだけでも良いのでしょうか…美容品とか、ヘアセットとか…」

「ふふ、好きなだけ試してみよう」


さぁさぁ、とアレクシアさんに背中を押されるようにして、私はお店を満喫させてもらうことになった。


貴族の間で大人気だというブランドのリップやアイシャドウで、濃いめのメイクや、普段使わない色味を試してみる。鏡の前の自分が変わっていくのが楽しい。アレクシアさんは一緒に色を選んでくれて、一つ一つに感想を言ってくれた。


「あの、私もアレクシアさんに色々試してみて欲しいです」

「そう?私はスミレを見ているだけで楽しいのだけれど…スミレがしたいなら」

「ありがとうございますっ、じゃぁ真剣に選ばせてもらいますね!」


他者の追随を許さない圧倒的な美貌とスタイルに、何を掛け合わせたらより映えるのか。凛とした涼やかなイメージが強いアレクシアさんに、少し妖艶な雰囲気を纏わせてみたら凄い破壊力になる気がした。


なので販売スタッフさんにお願いして、青みピンクや赤を使って透明感があって甘すぎないメイクをしてもらう。敢えてチークは入れずに強めの赤リップでセクシーさを強調させて、髪は首筋が見えるようにサイドに纏めて束感を出しながら流すように。


こうすればあら不思議、いつもの光の女神のような印象からがらりと変わって、ちょっぴりダークで妖艶な美女の完成である。


「とても美しゅうございます、王女殿下。スミレ様のセンスには脱帽いたしました」


「貴女が私のイメージを現実にしてくれたおかげです!はぁ、アレクシアさん、美しくて妖艶でたまらないです…アレクシアさんの持つ色気をここまで引き出せるとは…!」


ほう、と息を零しながら、スタッフさんと共にアレクシアさんをうっとりじっくり眺める。

アレクシアさんはそんな私たちに苦笑いしつつも、こんな感じかな、と流し目をしてくれたり、簡単なポーズを取ったりしてくれた。

更に私たちは盛り上がり、さながら女子会のごとく声を上げながらアレクシアさんを満喫させて頂く。


「あぁ、この場にカメラが欲しい…アレクシアさん、映像記録の魔道具はあるのでしょうか」


「いくつか協会に置いてあるから、今度持って帰ってくるよ。それよりスミレ、もう少しこちらへ寄って」


数歩下がって全体像を眺めていた私は、手招きされて傍へと寄っていく。

こういうのはどうだい?姿勢を動かし始めたので、どんなポーズをしてくれるのかとわくわくしていると。


「じゃぁ、次はこうしてみようか」


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