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「昨日は本当に頑張りましたね、スミレ様」
「はい!と言いますか…国王陛下と王妃様はとても素晴らしい御方でした。私の粗相を気になさらずに、色々なお話しをしてくださったんです。寛大なお二人のお陰で、素敵なお茶会を経験させてもらいました」
大緊張のお茶会を終えて、気絶するように眠った翌日。
アレクシアさんとメアリさんの配慮で、私は日が高くなるまでぐっすりと眠りこけてしまった。御蔭様で連日の寝不足も解消されて、もりもりと昼食を食べた昼下がり。
メアリさんと部屋で昨日の茶会について回想していると、話題はその時に食べたお菓子の話になっていった。
「ムースの上にベリージャムが乗っているものがあって、さっぱりとした甘さでとても美味しかったんです」
「まぁ、とても美味しそうですわ。最近王都の店で人気があると聞き及んでいます。さすが王妃様、早速流行を取り入れていらっしゃるのですね」
女性は新しいものや珍しいものに敏感であり、流行すらも作り出す。特に王妃リアンヌ様は流行に敏感で、常に新しいものを取り入れては発信されているらしい。王妃様のお陰でスイーツ、美容、ファッションなどの分野がより活気あるものになったそうだ。
「研ぎ澄まされたコミュ力…憧れます」
「?」
「あぁいえ、ええと、それでふと思い出しました。ムースとは違うんですが、パンナコッタというスイーツがあって」
メアリさんに作り方を説明すると、あまり王都では見られないスイーツだそうで。この世界の野菜や食肉はほとんど地球と変わらず、名称が違うだけで同じ料理ということもよくある。パンナコッタも名称は違うけれど、存在しているお菓子だった。
「時間が無くてコンビニで買うことがほとんどでしたけど、何度か作ったことがあるんです。意外と簡単だったのでまた作ってみたくて。上手く出来たらその、皆さんにも食べてほしいなぁと」
この数日間、お茶会のためにと薔薇の宮の人たちは沢山協力してくれた。
せめて、お礼というにはささやかだけれど、甘いものを食べて少しでもリフレッシュしてもらえたら嬉しい。今の私に出来ることなんてこのくらいだけど、少しでも感謝の気持ちを伝えたい。
それから、へなちょこな私を全面的にサポートしてくれたアレクシアさんにも食べて欲しい。アレクシアさんが一緒にいてくれたから上手くいったのだ。
「まぁ、是非食べてみたいですわ。厨房に材料があるか確認しましょう」
「ありがとうございます!今材料があれば、キッチンの端をお借りして作りたいです」
きっと今から作れば、三時のおやつに間に合うはずだ。さっそく私たちはジャムズさんのいる厨房へと向かった。
厨房を覗くと、昼食の後片づけが終わったところらしく人がまばらで、残っていた人に声をかけてジャムズさんを呼んでもらう。
すぐにコックコートを着たジャムズさんが裏口から出てきて、いつもの優しい笑みで迎えてくれる。ぺこりと会釈をしてから、パンナコッタのこと、材料、それから少し厨房を貸して欲しいことをお伝えする。
「えぇ、それでしたら材料は揃っているのですぐに作れますよ。それに、その菓子は昔よく母が作ってくれましたので、レシピも覚えています。久しぶりに食べたくなりましたので、わたしも是非仲間に入れて貰えますかな」
ジャムズさんの生まれ育った地方では酪農がさかんで、そこでは甘いものと言えばパンナコッタが出てくるくらい、メジャーなものだったらしい。
「もちろんです!レシピがちょっと不安だったので、ジャムズさんが参加してくれると心強いです」
強力な助っ人が入ってくれたところで、早速調理開始だ。
分量はうろ覚えだった私に代わって、ジャムズさんがしっかりと計測して材料を用意してくれる。やっぱり一人だと難しかったなと反省しつつ、ここからは私の出番だ。
鍋に牛乳を入れて弱火にかけて、砂糖を加えて溶かしながら混ぜる。沸騰する直前で火を止めて、ゼラチンを加えて混ぜる。さらに生クリームを少しずつ加えて混ぜていき、最後にラム酒を入れて風味をつけたら、あとは冷やして固めるだけ。
「はぁ、ラム酒と甘い匂いがたまりませんね」
「ふふ、私もです。早く食べたいですねぇ」
ガラスの器におたまで注ぎ入れていく。
出来たものをバットに並べて、調理室の奥にある保冷庫に入れて冷やしていく。水色の魔石を押して、冷却温度を低めに設定。これで冷えて固まったら完成だ。
パンナコッタに合わせるカラメルも作ったらあとは待つだけだ。
「いつものティータイムに間に合うようにお持ちしますから、それまでの辛抱ですよ」
「はい、あの…上手く出来ていたら、ジャムズさんにも、それから薔薇の宮の皆さんにも食べて頂きたいです。いつもお世話になっているので、少しでも感謝の気持ちをお伝えしたくて」
「ほっほっほ、嬉しいですな、皆とても喜びますぞ。アレクシア様にも夕食の後お出ししましょうか」
「はい、お口に合うと良いのですが…」
私の好きなものを、アレクシアさんも好きになってくれたら嬉しいなぁと思う。こんなふうに感情を共有したいと強く思うのは、私の中でアレクシアさんという存在がどんどん大きくなっているからなのかもしれない。
「大丈夫、きっとお喜びになられると思いますよ」
ジャムズさんが背中を押してくれるように声を掛けてくれて、私は笑顔で頷く。
「はい、ありがとうございます」
**
それから軽く体をほぐした後、メアリさんにダンスを教わる。
私が体力をつけようと色々やっているのを見て、それならいずれ披露するかもしれないダンスの練習をして体力もつけましょうと提案されたのだ。
少しずつ出来ることが増えていくのは嬉しいので、二つ返事で了承した。
それが終わって部屋に戻ると、ジャムズさんのお弟子さんが出来上がったパンナコッタを持ってきてくれた。
分離したりせず上手くできたようで、さっそくスプーンですくって一口食べてみる。つるりとした食感と、ラム酒の香りと甘さが口の中に広がっていく。上に注いだカラメルのほろ苦さも相まって絶品だ。求めていた味そのままで、声にならない叫びを上げてしまう。
「~~~っ!これです、美味しい!」
「んんっ…!とても美味しゅうございます」
メアリさんも一口食べて表情を崩したので、お口に合ったようでなによりだ。二人であっという間に食べてしまったけれど、まだまだあるのでまた食べられそう。
これならきっとアレクシアさんも喜んでくれるはずだ。
**
「本当に?スミレが作ってくれたの?」
夜。アレクシアさんと夕食を食べ終える頃に、ジャムズさんがわざわざ給仕するために顔を出してくれた。アレクシアさんはジャムズさんに気が付くと、目を瞬かせて何かと問いかけた。
ジャムズさんが仰々しく「スミレさんがアレクシア様のためにお作りになったのですよ」と答えてテーブルに置いたので、私はなんだか恥ずかしくなってしまう。じんわりと顔が熱くなっていくのを堪えながら、アレクシアさんにお答えする。
「はい、私がコンビニでたまに買ってたお菓子なんです。パンナコッタというものなんですが…」
「パンナコッタ…うーん…あれ、かな?青いパッケージの、ソースのようなものが袋に入って外に張り付けてある」
「それです!あれと同じものを作ってみました」
「おぉ!嬉しいよ!早速頂いていい?」
「はい、お口に合うと良いのですが」
アレクシアさんは待ちかねたとばかりに一口分をスプーンですくうと、そっと口に含んで咀嚼する。次の瞬間にはぱあっと目を輝かせて私を見た。その表情を見て、胸にじわじわと温かいものが込み上げてくる。
「美味しい!スミレ、とても美味しいよ!こんな美味しいもの食べたことがない!」
「それは言いすぎです…!」
「皆に自慢してまわりたいくらいだ!いや、そうなると知らないやつも食べたがるからダメだな、ふむ、自慢したいのに独り占めしたくなる、もどかしい…!」
そう言って、ぶつぶつと早口で呟き始めるアレクシアさん。
感情のままに賞賛してくれるアレクシアさんに、私はにこにこと相好を崩す。どうやらとても喜んで貰えたようで、作った甲斐があった。
ジャムズさん、メアリさんと顔を見合わせて良かったと頷きあっていると、あっという間にアレクシアさんが完食してしまう。
「あぁ、もうなくなってしまった…。スミレ、またいずれ作ってはくれないだろうか…」
「ふふ、もちろんです。喜んでもらえて良かった」
ジャムズさんが見計らったように給仕へと合図を送ると、いたずらっぽく笑って肩をすくめた。
「実はまだお作りになった分が残っておりましてな。もう一つお出しできますよ」
「なんと!直ぐに持ってきてくれ!」
さすがはジャムズさん、どうやら既に用意されていたらしく、すぐに二個目がアレクシアさんの前に置かれた。嬉しそうににこにこと二個目を食べ始めるアレクシアさんは、なんだかとっても可愛い。普段の凛とした姿からのギャップがたまらない。
「はぁ、美味しかった…ごちそうさま、スミレ。作ってくれて嬉しい」
「ふふっ、お粗末様です」
アレクシアさんがこうして喜んでくれるのなら、また何か作ろうと思う。




