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10-3


会場は、王宮の中でもより厳重な警備がなされている、国王夫妻の居住区画にほど近い迎賓室。

美しい壁画に、柱や扉の細部にまで贅沢な装飾がなされ、陽射が柔らかく降り注ぐ大窓からは、広大な庭園が望める美しい部屋だった。


私とアレクシアさんは目線を下に、腰を落として国王夫妻が御前にいらっしゃるのを待つ。近づいてくる二人の気配を感じ、足音がぴたりと止まると「楽にせよ」とお声が掛かった。


アレクシアさんはすっと姿勢を正したけれど、私は少し顔を上げるだけに留めて、目の前に立つ人物を視界に入れる。けれどまだお顔を見ずに、視線を落としたままだ。

それから「名を申すとよい」と再度お声を掛けられて、私はようやく陛下を正面から見据えて息を呑んだ。


想像はしていたけれど、その何倍も勇ましくて整った顔立ちで、白が混じった金髪に濃いブルーの瞳。アレクシアさんが持っている色と同じで、顔立ちもどことなく似ている部分があった。その風格と気品が否応なしに私に伝えてくる。

この人が国王、マクシミリアン・フォン・ノルスタシア陛下であることを。

手汗でスカートを持つ手が滑る。けれどぐっとこらえてほほ笑みを浮かべたまま、私は口を開いた。


「スミレ・フユツキと申します。この国を統べる尊き御方へお目通りがかなったこと、心より光栄に存じます。何よりお招き頂いたこと、感謝の念に堪えません」


震えずに言えた。

最後に何度も練習をした、最上位のカーテシーを披露すると、ほう、と息を漏らしたのは王妃様だ。

陛下の隣に並び立つ王妃様は、艶やかなベージュの髪をふわりとなびかせて、穏やかな表情を浮かべて私を見つめていた。アレクシアさんのお母様の年齢とは到底思えない美貌に、浮かぶ慈愛の微笑みは国母、リアンヌ・エル・ノルスタシアとしての包容力。


「この国の礼儀を学んでくださったのですね、その心遣い、大変うれしく思います」


囀るような美しい声で、私に労りの言葉を掛けてくれた。


「っ…身に余るお言葉、恐悦至極にございます」


それからすぐに案内されて、私とアレクシアさんは用意された席へと腰を下ろす。アレクシアさんは私の手をきゅっと握ってから隣の席へと座った。それだけで、まだ頑張れると力が湧く。

既にテーブルには様々な茶菓子が取り揃えられていて、座ってすぐに紅茶が給仕された。


「今日はごく私的な茶会だ、そう固くならずともよい」

「ええ、ですから臆することなくお話ししてほしいのです」


陛下はふっと表情を緩めた。その表情はアレクシアさんにとても良く似ている。

お二人の心遣いにお礼を言おうとしたところで、アレクシアさんがたまらずという感じに口を開いた。


「まだスミレは療養期間だったのですよ。それなのに茶会に呼んだのですから、そのつもりでおります」


つん、と唇を尖らせて突き放すような物言いをしたアレクシアさんに、私を含め陛下と王妃様も目を丸くした。


「スミレはとても真面目なのです、茶会の三日前に届いた招待状に、粗相をしないようにと必死になってマナーの勉強をして…わたくしはまた倒れてしまうのではと心配でしたし、そうなった場合は母上に申し立てようかと思ったほどです」


国王夫妻は互いに顔を見合わせてから、二人とも面白そうに笑い始めた。


「それはすまなかった、そうか、そのようなことを言うようになったか、アレクシア」

「まぁまぁ、わたくしがスミレに早く会いたいばかりに、ごめんなさいね。それにうちの子がこれなら礼儀は不要ですわ、ねぇ?」

「そっ…そ、それではお言葉に甘えさせて頂きます…」


それからは和やかな雰囲気で茶会が進んで行った。

王妃様がおすすめのショコラを教えてくれて、それを頂く。口の中に濃厚なチョコの甘さが広がってとっても美味しかった。


「スミレ、こちらでの暮らしはどうですか?」


「とても楽しく過ごしております。アレクシア様には感謝してもしきれない程です。薔薇の宮の方々にも支えて頂き、体力も気力も大きく回復しました。あの、わたくしを召喚することを許可してくださった陛下と王妃様に、直接お礼を申し上げる機会を得られて嬉しく思っています。本当にありがとうございます」


「まぁ、嬉しい言葉をありがとう。以前スコープで見たときのあなたはとても衰弱しているように見えたの。それが今は見違えるほど元気になってくれて、わたくしも安心いたしました。それにこんなに可愛らしいお顔をしていたのね、アレクシアがあなたに執心するのがわかるわ」


ぱあっと明るく微笑みながら王妃様が喜んでくれて、私は照れつつもにこにこしてしまう。王妃様は陽だまりのような温かい人だった。お話ししているとどうしても気が緩みそうになり、締まりのない顔になってしまう。


それから日本のことをいくつか聞かれて、この世界との違いや日本の文化などをかいつまんでお話しした。王妃様はどうやら日本にとても興味があるらしく、目を輝かせて色々と質問してくださった。


「はぁ、わたくしもニホンに行ってみたいわ。ねぇミア、どうにかならないのかしら?」


ミアというのはアレクシアさんのミドルネーム。甘えるようにアレクシアさんにお願いする王妃様は、ちょっといたずらっぽくて可愛らしい。アレクシアさんは眉を下げて苦笑いを浮かべた。


「簡単にはいきませんが、研究は続けています。可能となればわたくしも行ってみたいので」


「まぁ!ミアが研究しているのなら、いつか実現しそうね。楽しみに待っているわ」


花が咲くような笑顔を見せる王妃様に、これは呆けてられんな、と陛下も笑う。

こうして和やかな雰囲気のまま茶会は進み、あっというまに時間が進んでいく。

気が付けば終了予定の時間となっていた。


「スミレ、そなたには苦労をかける。今は隠された身ゆえ、行動には制限が付いてまわるだろうが、近くそなたの望む身分を用意しよう。平民としての生活を望む場合も、しっかりと庇護することを約束する」


「陛下…格別のご高配を賜り、感謝いたします」


私はしかと頷いて、改めて特別な配慮に感謝を述べた。陛下はうむ、と目を細めて笑みを浮かべると、アレクシアさんへ視線を向ける。それから私を再度見ると、口を開いた。


「アレクシアはそなたに出会ってから、随分と感情豊かになったようだ。リアンヌの心配ももう不要だな。これからも娘をよろしく頼む」


「あ、アレクシアさんに許される限り、お傍に居たいと思っております」


「あら、ミアが許さないことなんてあるの?」


首を傾げて王妃様が問う。それに対してアレクシアさんが答えた。


「ありませんね、それよりもわたくしはスミレが離れてしまう方が心配です。いずれ夜会などに参加することになると思うと、よからぬ輩に目を付けられてしまいそうで」

「あ、アレクシアさん…」


そこまで心配してくれているなんて、はじめて知った。そんなことないと胸を張って言えれば良かったけれど、日本ではまさにその状況だったので何も言えない。


「正直に言うと、スミレを外に出したくない。けれどそれは行動を制限してしまうことになるし、何よりスミレの意思に反してしまう。だけど心配なんだ、それだけはわかってくれる?」


「は、はい。きちんと人を見る目を養います。それから手に職を得て一人でも生活できるようになりたいと思います。それなら城下に降りることになっても、アレクシアさんに安心してもらえるかと」


「ち、違うよスミレ!そういうことではなくて…うーん」



そんな話を最後に、茶会はお開きとなった。

またお話ししましょう、と王妃様は私の手を取って声をかけてくださり、私も手を重ねて笑顔で答える。国王様も目じりを緩めてほほ笑んでくれていた。アレクシアさんのご両親は、とても素敵な方々だ。


去り際、王妃様が何か思い出したようで、アレクシアさんへ声を掛ける。


「そういえば、エルモンドが近く帰国するそうよ。また夜会が賑やかになるわね」


口元に手を当てて楽し気に微笑む王妃様。

エルモンド様はアレクシアさんの弟で第二王子殿下だ。一年のほとんどを海外で過ごしており、外交をになう御方が帰ってくるらしい。


「そうですか、時間があれば異国の話を聞かせて貰います」

「ええ。折角だわ、スミレも紹介しましょう」

「それは…考えておきます」


短いやり取りが交わされた後、国王夫妻と最後の挨拶を交わしたあとは退出のお見送りをする。それから再び転移陣を経由して薔薇の宮へと戻ってきたときには、私はへろへろになっていた。


「スミレ、お疲れ様」

「アレクシアさん…わたし、上手くできていたでしょうか…?」

「あぁ、満点だ!」

「わぁっ」


アレクシアさんが声を上げて、私をぎゅうっと抱きしめくれる。

驚いたけれど、じわじわとやりきった達成感が湧き上がってきた。アレクシアさんにこうやって褒めて貰えているのがが嬉しくて、えへへとだらしない笑顔を浮かべてしまう。わたしはなんとか頑張り通せたらしい。

お茶会もとても楽しいものだったので、なんとか乗り越えられたように思う。


「あ…力が…」

気が緩んだとたん力が抜けてしまい、アレクシアさんにしがみついていないと立っていられないと気が付いた。

恥ずかしながらアレクシアさんに支えて貰って部屋まで戻り、精根尽きてベッドに突っ伏す。あっという間に意識が遠のいたのは言うまでもない。



**



その日の夜、王城の私室にて。


ソファーに隣同士に座ったリアンヌは「あの二人、初々しかったわねぇ」と少女のような笑みを浮かべていた。

マクシミリアンはまったくだと言わんばかりに肩を揺らし、口を尖らせる。その表情はリアンヌしか知らないプライベートなもので、アレクシアとよく似ていた。


「ミアも王家の血が濃いわねぇ。愛が重いったら」

「若いころの私にそっくりだ。恥ずかしくていたたまれない」

「まぁ!あなたもそう思っていたの?」


マクシミリアンはリアンヌが覗きこむように自分を見るのを阻止するために肩を抱き、じわりと熱くなった眦を隠すように、そっぽを向いた。

その姿にリアンヌは楽しそうにくすくす笑うと、のんびりと過去を思い返す。

今日は心地よい眠りにつくことができそうだ。



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